優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――圭介視点
「あ、ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」
暑いからと言ってジュースをがぶ飲みしたのがいけなかった。冷房が効いた店内と暑い駅前ロータリーを何度も行き来したせいでお腹が冷えてしまった。
「うん」
先程試着した服を持ったまま夕華が返事をしたのだった。
.....................
高級店らしい綺麗な洋式トイレでコトを済ませ、夕華のもとへ戻って来た。
「ごめん、お待たせ」
「あ、うん。大丈夫だよ」
レジの前に居た夕華。レジの中には先ほどの清楚な店員さんが立っていた。
「?」
何か買ったのだろうか?夕華は財布を手に持っていた。
「じゃあ行こっか。また来ますね」
「う、うん」
「ありがとうございました~」
ひらひらと手を振る店員さんに見送られ、アパレルショップを後にした。
「さて...これからどうしようか」
歩きながら夕華に問いかけた。
「本当に何も考えてなかったんだね...」
少し呆れたような表情になる夕華。
「ごめん...」
ただ、謝る事しかできない。
「うーん...」
その時、夕華のスマートフォンが鳴り始めた。
「あ...」
その画面を見て表情が明るくなった。....すぐに相手がお兄さんであることが分かった。
「もしもし?...うん...うん、そうだよ。....うん、言われた通りにしてるよ。....あ、本当!?....ふふっ...うん。じゃあ、待ってるね」
終始明るい笑顔だった夕華。...少しだけ、胸が痛んだ。
「先生?」
「うん。今からこっちに来るって。今からお兄ちゃんと買い物に行くけど...圭介も来る?」
「あ、う、うん」
まただ...また、お兄さんと一緒だ。
思い出されるのは先日の映画館デート。思えばあの時も最初と最後にはお兄さんの影があった。
....とはいえ、このまま帰っても特にすることが無い。せっかくなので一緒に行くことにしよう。
「わかった...えっと、もうすぐ駅のロータリーに着くらしいけど...ひゃっ...!」
突然、内股になって立ち止まる夕華。
「夕華?」
「な、なんでもない...っ...!」
「でも...」
万が一、足に異常があってはいけない。もうすぐ大会も近いはずだ。
「大丈夫、大丈夫だから...っ。ちょ、ちょっとトイレに行ってくるね」
そう言いながらフラフラとした足取りで夕華は駅の方へ向かって行った。
「...?」
一体どうしたのだろう...?
心配だ...
「...ん?」
ほんの一瞬、見覚えのある白いセダンが駅の横にある立体駐車場に入って行ったような気がした。
.....................
「遅いな...大丈夫かな」
かれこれ30分近く待っている。
スマホに着信を入れて見るも、反応が無い。
「あ...」
そう思っていたその時、折り返しの電話がかかって来た。
「もしもし?大丈夫?」
『あっ♡...だ、大丈夫...っ...ああっ...♡...だよ...っ...もう少し...したら...そっちにイけるから....あああっっ♡♡...――――』
途切れ途切れの声が聞こえて来た。....余程悪いのだろうか?なんだか苦しそうな声だった。
そして...そこから更に時間が経過した後、夕華が戻って来た。
「あれ?」
...何故かお兄さんも一緒だった。
「ご、ごめんね?待たせちゃって...」
「あ...ううん、大丈夫だけど...夕華こそ大丈夫?なんだか苦しそうだったけど...」
「そ、それは...っ...」
何故かお兄さんの方を見る夕華。
「悪いな、圭介。夕華が調子悪そうだったから少し休ませてたんだ。あの後に連絡しようと思ったんだけど、俺も夕華もスマホの電池が切れてしまってな...」
「そ、そうですか...」
なんとも不運が重なったみたいだ。
...........きっと不運が重なっただけだ。
...................................きっと気のせいだ。
...................................................夕華の口もとに黒い毛が付いているのも。
...................................................首筋に赤い痕がついているのも。
...................................................男なら嗅ぎなれた刺激臭がするのも。
「...ごめん。今日はもう帰るよ」
「え?」
突然の提案に夕華は驚いているようだ。
「圭介も体調が悪いのか?」
「あ...いえ...その...」
どうしようか...このまま一人でバスで帰るか、歩いて帰るか。このままこの二人と一緒に居るか。
「....どうせ行先は一緒なんだ。圭介も送るよ」
「あ...その...」
どうしよう...
と、迷っているうちに2人とも駐車場へと歩き出してしまった。
「っ...」
僕も駆け出していた。
....このままではもう手が伸ばせないと思ったから。
....夕華の肩を抱くお兄さんの腕に手が届かないと思ったから。
「ん?おっ...と」
「ひゃっ...」
もう少しで手が届く、そう思った。しかし、僕の右手は空を切り、お兄さんは夕華を胸元に抱き寄せて守った。
「うわっ...!」
ドサッっと音を立て、派手に転んでしまった。
「大丈夫か?」
お兄さんの声が聞こえる。
顔を上げると、夕華を胸元に抱きしめたままのお兄さんがこちらを見ていた。
....きっと気のせいだろうけど....
...........きっと気のせいだとは思うけど....
...................凄く冷たい表情で見降ろされて居た気がする。
「....大丈夫です。すみません」
軽く膝を払って立つ。派手に転んだ割にはケガは無かった。
「そうか」
平坦な返事。特に表情が読めない声だった。お兄さんを見ると、特に冷たい表情は浮かべておらず、むしろ心配そうにこちらを見ていた。
「じゃあ、行こうか」
そのまま、密着したままの夕華とお兄さんの後について立体駐車場へと歩いて行った。
....やはり、先ほど見かけた車はお兄さんの車だったのだろうか...?
その答えが出ないまま、立体駐車場の屋上から一つ下の階にたどり着いた。
都会とは言えない片田舎の駅とデパートなので、立体駐車場はガラガラだった。特に上階は空車ばかりで、停まっているのは奥の方に停められたお兄さんの白いセダンだけだった。
「?」
入口からお兄さんの車に向けてポタリポタリと何かの液体が垂れた跡が付いている。
「圭介?行くぞ?」
「あ、はい」
既にお兄さんと夕華は前席に乗り込んでいた。
僕も彼らに続いて後部座席のドアを開ける。
「...?」
ツンと香るミントの匂い。
まるで消臭スプレーをひっくり返したような強い匂いだった。
「圭介?どうしたの?」
乗り込まずに立っていた僕を、夕華は不思議そうに見ていた。
「あ...ううん」
「悪いな。この前、消臭剤をひっくり返したんだ。だからちょっと臭うぞ」
「ふふふっ...お兄ちゃん、不器用だもんね」
「...まあな」
「よしよし。そう言うところも可愛いから大丈夫だよ」
お兄さんの頭を撫でる夕華。
相変わらず、仲の良い"
............................"
もやもやとした気分のまま、車は発進したのだった。
.....................
終始、楽しそうに会話するお兄さんと夕華。僕は中々話の輪に入ることが出来なかった。
「あ、そういえば...頼まれてた服、買っておいたよ」
「おお、ありがとう。受け取り日の指定もしてくれたのか?」
「うん。19時なら誰かいるから大丈夫だよね?」
「ああ。悪いな。秋物のシャツがそろそろ欲しかったんだよな」
「ふふっ...圭介にも協力してもらったんだよ?ね、圭介」
「え...?」
突然話を振られて動揺してしまった。
「ほら、試着してもらったでしょ?あの服、お兄ちゃんに買っていく分だったの。お兄ちゃんと圭介って身長が同じくらいだから」
「でも、圭介の方が細身だろ?」
「あ...」
そういう...ことか。....最初から....僕の買い物じゃなかったんだ。
「うん。でも、チェストと腕の長さでしょ?」
「ああ」
「大丈夫。ちゃんとお兄ちゃんのサイズの服で合わせたから」
「まあ、夕華がそう言うなら大丈夫か。とにかくありがとう、2人とも」
「ふふっ...いえいえ」
「あ...は、はい...」
疎外感を感じたまま、窓の外の景色は流れていく。
片田舎の外灯が少ない街並み。遠くに聞こえるエンジン音が響いている。
「...?」
ふと座面に手を着いたとき、なにか湿った感触がした。
ヌルヌルとした感触はきっと消臭剤の残りだ。
...........きっとそうだ。そうに違いない。
.....................
こうして....僕と夕華の放課後の一幕は終わりを迎えたのだった。