優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――茜視点
「...」
カレールーが陳列されている什器の前。フレーク状の辛口カレーを並べながらも、美咲さんの言葉が頭の中をグルグルと回っていた。
「一瀬さん、レジお願い出来る?」
シフト上がりが近いパートさんからヘルプが入った。
担当のレジを閉めるのでそのサポートだろう。
「はい。今行きます」
在庫の箱を端に寄せてレジへと向かった。
流石は地域でも安くて品質が良いと有名なスーパー。17時から20時にかけてはお客さんが多い。
「お次でお待ちのお客様どうぞ」
責任者番号を入力して会計処理が出来る状態にしてお客さんを呼び込む。
...今はとにかく仕事に集中しないと。中途半端に考えても解決しない問題なんだから。
私は無心でレジ打ちを続けていた。
...まだまだ慣れない作業なので速度は遅い。
でも、遅くても良いからミスをしないように気を付けることが大切...と美咲さんに教えてもらったので、それを意識している。
「ありがとうございました」
とりあえずレジに並んでいたお客さんが
「お疲れ、一瀬さん」
「あ...小井川君。お疲れ様」
目の前のレジでパートさんと交代したのは小井川君だった。
...先程の美咲さんの言葉のせいでなんとも気まずい気分だ。
「...?」
視線を逸らせた私を不思議そうに見ていたのだが、すぐに彼のレジに並んだお客さんの方へと意識が向けられたのだった。
「...」
私はレジを一度止めて再び品出しへと向かった。
「あ...」
中途半端に陳列していたカレールーは綺麗に並べられており、在庫の段ボールは既に片付けられていた。
....次はお菓子の補充ね。
あらかじめ補充が必要な品名をメモしていた段ボールの切れ端を確認し、バックヤードへと向かった。
「ふう...」
空調が効いていないバックヤードは少し暑い。
狭い通路に所狭しと並んだ食品の在庫。
常温で保存できるものばかりなので問題ないのだが、なんとも複雑な気分だ。
「茜先輩」
物陰から美咲さんの声が聞こえて来た。
「っ...!」
不意に声をかけられたので身体が跳ね上がってしまった。
「ふふふっ♪驚かせちゃいましたね」
「...ええ。本当に」
年甲斐もなく悲鳴を上げそうになったので恥ずかしい。
「もう...そんなお顔で睨まれても可愛いだけですよ?」
私より身長が高い美咲さん。
見ようによっては私の方が年下に見られるかもしれない。
「...からかわないで」
「ふふふっ...ごめんなさい。あ、カレー補充しておきましたよ」
今日は品出しがメインの美咲さん。彼女が済ませてくれていたのね。
「ありがとう。ひょっとしてもうお菓子も終わってる?」
「あ、いえ。お菓子は手を付けていないです。今から飲料の方に行こうと思っていました」
ペットボトル飲料が満載されている大型のカートに手をかけている美咲さん。
「そう。それなら私がお菓子の方に行くわね」
「はーい。お願いします」
そう言ってその場を後にしようとした...のだが。
「...本当に大丈夫ですから。茜先輩はそんなに思いつめないでくださいね」
「...」
振り返ると、美咲さんは穏やかに微笑んでいた。
「...そう」
「はい♪」
...そんなに影のある笑顔で言われても余計に気になるだけよ。
でも、結局それを指摘出来なかった。
その後も...なんともすっきりしないまま仕事を続けたのだった。
.........................
「お疲れ様でした」
「はーい。気を付けてね」
時刻は21時
高校生の労働は22時までなのだが、社内規定によって遅くとも原則21時までのシフトになっているらしい。とはいえ、私の場合は家事も有るので20時に抜けることも多い。
「途中まで一緒に帰りましょ、茜先輩♪」
先に事務所を出ていた美咲さんと小井川君。
「そうね」
その2人に誘われて私も帰路に就いた。
「今日は忙しかったですね~」
確かに忙しかった。お客さんが多かったというよりは、アルバイトの人数が少なかった気がする。
21時からはもっと少ない人数になるけれど、この地域は夜間の人通りが少ないのでそこまで忙しくは無いらしい。しかし、夕方はかなり忙しく、今日はパートさんが誰も居なかったので特に忙しかった...とのことだ。
「そうだなぁ...流石に部活帰りで立ち仕事は疲れるよ。...美咲、褒めて?」
サッカー部の練習の後にレジに入るなんて...なかなか体力があるわね、この人。
「はいはい。ふふっ...よく頑張りましたね」
少し背伸びして頭を撫でる美咲さん。
...なんとも穏やかなカップルの日常ね。
「...」
私も先生に撫でて欲しい。
...帰宅したらお願いしてみよう。
「じゃあ、俺はこっちだから」
どうやら小井川君の家はスーパーから近いらしい。
「はい。ではまた明日」
「さようなら」
「おう。2人とも気を付けてな」
ひらひらと手を振って小井川君と別れた。
「...それじゃ、行きましょうか」
「ええ」
美咲さんと2人。静かな夜道を歩く。
この地域は治安が良いので比較的安心して歩くことが出来る。
「茜先輩の家ってここから近いんですか?」
「ええ。この先のマンションよ」
「この先の...え?あの大きなマンションですか?」
落ち着く間もなく先生の家に住むことになったので気にしていなかったけど、確かにそれなりに大きなマンションだ。
セキュリティも高く、駐車場に停まっている車も高級車や新車ばかりだ。
「...そうね」
そんな場所に住まわせてもらっているので本当に先生には感謝しかない。
「へぇ...別に嫌味というワケでは無いんですけど...茜先輩って実はお嬢様だったんですね...」
「別にお嬢様じゃないわよ。ただ...運が良かっただけ」
本当に...運が良かった。
あの地獄から救い出してくれた先生と夕華の為なら何でもできる。
「あなたこそ、あの女子高に通っているんだから」
美咲さんの学校は偏差値が高いだけでなく、県内でも有数のお嬢様学校として有名だ。
「いえいえ。ウチは普通ですよ。あの学校も学力特待生で通っていますし」
何事も無いような口調だが、あの名門校で特待生の枠を勝ち取るというのは容易な事ではないはずだ。
「それはそれで凄いわよ...私はそんなに勉強が得意な方では無いから」
今まではロクに授業内容を聞いていなかった。
....最近は余裕が出来たのできちんと授業を聞いているけれど、今までの積み重ねが無いので大変だ。
「そうなんですか?茜先輩って頭の回転速いから勉強も出来ると思いますよ?」
それは先生にも言われたことが有る。
先生曰く、地頭は良いからきちんと予習復習をすればすぐに授業についていけるようになる、と。
....激しいセックスでめちゃくちゃにされた後のトロトロになっているときに言われたので半分くらいしか覚えてないけど。
「...そうなれるように頑張るわね」
「ふふふっ...謙虚ですね」
何でもない...自然な会話。
しかし...どうにも落ち着かない。
「...美咲さんの家は近いの?」
別の話題にしよう。
「あ、はい。もうすぐですよ」
...案外ご近所さんだったのね。
「...」
しかし、この辺りの住戸と言えば...
「あ、見えてきましたよ。ここが我が家です。...1階の端の方ですけど」
そこは...単身者が多いアパートだった。
他人の住戸を悪く言うのは失礼だけど...お世辞にも新しいとは言えなかった。
鉄階段は酷く錆付いており、外壁には蔦が這っていた。
空室も多く、メンテナンスが行き届いているようには見えない。
「ふふふっ...ボロボロですよね。でも、案外快適なんですよ?風が抜けて涼しいですし...冬はちょっと寒いですけど」
「何処か分からないけど隙間風が入ってくるのよね」
ついこの前まで住んでいたアパートに似ているのでよく分かる。
「そうなんですよ~。なので冬は寒くて寒くて...」
「段ボールを敷いてその上に布団を敷くと意外と暖かいわよ」
私も前の家では敷いていた。
....先生の家でも同じことをしようとしたら止められたけど。
「あ、それ知ってます!あれって暖かいですよね~」
「そうでしょ?他にも―――」
その後も倹約について盛り上がってしまった。
「ふふふっ...茜先輩って物知りですね」
「そうでもないわよ。必要に駆られて覚えただけ」
そうでもしないと生きていけなかったから。
「それにしても...茜先輩ってお嬢様なのにどうしてそんなに詳しいんですか?」
「...お嬢様じゃないからよ」
...詳しく話すわけにはいかないけど...さて、どうしたものかしら。
「??」
美咲さんも不思議そうな顔をしている。
「...恋人と、同棲し始めたからあんなところに住めるようになっただけよ」
「!!」
恋人というワードを口にした途端、美咲さんの瞳が輝き始めた。
「...この話は終わりよ」
「そんなぁ...」
まだ、知り合って日が浅い。
凄く良い子なのはわかるけれど、身内の話をペラペラと話すことがどれ程リスクが有る事なのか理解はしている。
「ほら、もう遅いから帰りなさい」
何気ない、普通の会話のつもりだった。
「..................そうですね」
「...?」
トーンダウンした声。
チラリと美咲さんを見ると、今まで見たことが無いほど暗い目をしていた。
「み。美咲さん...?」
「...はい...?」
暗い声。
....さすがに放ってはおけない。
「...少し、あの公園でお話しない?」
「...はい」
私は美咲さんと肩を並べて公園へと歩いて行った。
......何の偶然か、そこは私が夕華と先生に拾われた公園だった。