優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――――――――美咲視点
時間は過ぎ、そろそろシフトの終わり時間が迫ってきた。
「先輩、レジ閉めますね」
「あ、うん。りょうかーい」
大学生の先輩だ。
この時間から閉店まではほとんどお客さんが来ない。だから、閉店までレジは1台で行い、いざとなれば商品補充を行っている1人がもう1台のレジを開設して対応する。
私と翔太さんはリミットがあるのでここでシフトは終わりだ。
「...先に締めますね」
「...ああ」
翔太さんに声をかけ、レジの閉店作業を行う。
今日の売り上げや余剰の釣り銭を持ち帰るので少し作業は多い。
「...終わりました」
「了解」
短いやり取り。...大学生の先輩は不思議そうな顔でこちらをチラチラと見ていた。
それもそっか...一部のバイト仲間には付き合っていることを知られていたのだから。
店長や社員の一部や麻衣が居なくなったことで話題は持ち切りかもしれないけれど、私たちが破局したことも噂されるかもしれない。
「...」
お金が入った袋を持ち、事務所に向かった。
「お疲れさまです」
事務所に入り、経理をしている社員さんに声をかけた。
「お疲れ様です!」
威勢の良い挨拶と共に席を立つ"新しい社員"さん。
一応、スラックスとYシャツにネクタイ姿にお店のエプロンをしているという"社員スタイル"ではあるけれど...問題はその風貌だった。
話す分には普通に良い人だけれど、その姿はまるでヘビー級のレスラーのようなガタイの良さに強面でスキンヘッドという...およそカタギの方には見えない社員さんであった。
復帰の話をするためにお店に来たとき、桜さんが兄さんと一緒に後から入ってきたのだけれど...その際に『お疲れ様です!!姐さん!!兄貴!!』と言って直立不動の姿勢になっていたのは見なかったことにしよう。
「美咲さん、お帰りはどうされます?ウチの若い連中に迎えに来させましょうか?」
「い、いえいえ!そんな...本当に大丈夫ですから...」
「そうですか...」
...間違いなく、事情を知っている人だ。まあ、桜さんも兄さんも信用している人みたいだから大丈夫だとは思うけど。
「...お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
再び立ち上がって返事をする社員さん(仮)。
「お、お疲れ様です...」
翔太さんは気圧されていた。
身長が高い方の翔太さんより更に大きい...茜先輩と並ぶと凄いことになるかも。
「...」
「...」
「...」
なんとも気まずい空気の中、無事に精算を済ませる事が出来た。
「それじゃあ...お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
翔太さんと同じタイミングだったので、一緒に事務所を出た。
「お疲れ様でした!!」
再び立ち上がって返事をする社員さん。
強面だけれど爽やかな笑顔だった...やっぱり良い人なのかも。
「ふぅ...」
控室の奥に更衣スペースが有るのだが、特に男女で分けられてはいない。カーテンで部屋を区切られているだけだ。
「...」
「...」
会話は無い。...特に話題も無いので当然か。
着替え終わり、手荷物を纏めていると―――
「なあ、美咲...」
カーテン越しに翔太さんに声をかけられた。
「...何ですか?」
特に感情を込めずに返事をした。...無視しようにも、ここを出る際に必ず顔を合わせることになるので気まずい。
そんな逃げ場のない状況で話しかけられるというのは...なんとも気分が悪い。
「その...ちゃんと謝りたくてさ。ちょっと、話せるかな?」
「...」
さて、どうしたものか。
正直なところ、もうこの人に何の想いも無い。だから謝罪など求めていないし、されたところで何も変わらないのだけれど...無碍に断るのも失礼な気がする。
「...とりあえず、場所を移しましょうか」
「...ああ」
手荷物をまとめ、更衣室を後にした。
......................................
「...」
「...」
近所の公園。その奥のベンチに並んで座っている。
私は無意識のうちにカバンを二人の間に置いており、翔太さんとの距離も少し離れている。
「その...本当にゴメン」
こちらに体を向けて頭を下げている翔太さん
「...」
全く何も感じない。自分でも驚くほど感情に変化が無い。
『今更何を謝っているのか』『この人は謝っているのだから許してやっても』みたいな感情が沸いてくるかと思いきや...何も感じない。
ただただ、不思議な気分だ。それに、そもそもこの人は―――
「何を謝っているんですか?」
と、頭に浮かんだシンプルな疑問を投げかけていた。
「何をって...」
もごもごと言葉に詰まる翔太さん。
...何も考えずに謝ったのかな?
「私、別に謝ってほしいなんて言ってませんよね?」
「そ、それは...っ...!」
彼は何故か焦り始めた。
「...?」
分からない...この人が何を考えているのか。
「...ごめん。今までの子にも同じ質問されたことあるんだけど...今回は本当に心から君に謝りたいんだ」
「え?」
意味が分からなかった。
今までの子...翔太さんが今まで付き合った女の子のことかな?でも...どうして今その話をすることになったのだろう?
それに...何を謝っているのかという質問に対する答えが無い。
「だから...これしか言えない。本当に...ごめん」
「いえ、あの...だから、何を謝っているんですか?別に翔太さんに謝ってもらう事なんて無いんですけど...」
もう関係のない人なのだから。
「ゆ、許してくれるのか...?」
「許すも何も...」
最初から言っているはずだ。謝ってもらう事が無いと。
「よ、よかった...」
はぁ...無駄な時間だったなぁ...早く帰りたい。やっぱり兄さんに迎えに来てもらえば良かった。
「...」
そう考えると、早く兄さんに会いたくなってきた。
きっと、今日はお母さんと晩酌の約束をしていたはずだ。けれど、私が帰ってこないからまだお酒を飲んでいないに違いない。
...今から帰るってメッセージを送ろうかな?
私はスマホを取り出して、メッセージアプリを開いた。
「俺...ずっと考えていたんだ」
「...?」
翔太さんが何か語り始めた。
...今はメッセージが優先かな。
「俺...間違ってた」
「...」
えっと...『今、公園に居ます。すぐに帰ります』と...よし。
「やっぱり、俺...美咲が好きなんだ」
「はい?」
聞いてなかった...
「だから...っ...俺はっ...!」
さっぱり話を聞いていないうちに、翔太さんの話はクライマックスに差し掛かっていたらしい。
今にも抱き着いてきそうな勢いの彼を慌てて制した。
「ま、待ってください!何ですか?何を言っているんですか!?」
...怖い。でも、話を聞かないのはさすがに失礼だ。もう一度聞きなおそう。
「ごめん...いきなりこんなこと言っても困惑するよな...」
「あの...ですから...」
何を言ったのか聞いているというのに...もうすっかり自分の世界に入り込んでいる。
...そういえばこういう人だった。
二人で会話していても、いつもサッカーの話や自慢話ばかりだった。
今思えば、彼との時間で私の気持ちは癒されていたのだろうか...?
勝手に喋る人だから何も考えずに話を聞くだけ済むので楽、という付き合いだったのかもしれない。
「でも...っ!俺は本気なんだ!頼む...もう一度、俺にチャンスをくれないか?」
本気...チャンス...言葉の端から察するに、この人...ひょっとしてもう一度私と付き合いたいの...?
「あの...翔太さん?」
確認しようとした...その時だった。
「美咲...!」
翔太さんは私の両方の二の腕をつかみ、いきなり距離を詰めてきた。
「きゃあっ!?」
怖い...怖い怖い怖い怖い...!!
助けて...助けて助けて助けて助けて...!!
「美咲...俺は―――」
私を捕まえたまま何か言いかけた途端、翔太さんの体が急に離れていった。その反動で私はバランスを崩したけれど、倒れる寸前に誰かに抱き留められた。
「美咲、大丈夫か?」
「に、兄さん...」
硬直していた身体が解れていく。
安心感で全身が満たされて、早鐘のような鼓動が落ち着いていく。
「よしよし...もう大丈夫だからな」
兄さんは私を抱きしめたまま、優しく頬を撫でてくれた。
「ぁ...」
そこで気が付いた。...私、泣いてたみたい。
「っ...」
ぽろぽろと涙が溢れてくる。...兄さんが来てくれたから安心したのかもしれない。
「...小井川、美咲に何の用だ」
...怖い声。でも、私に向けられていないので怖くはない。
兄さんの顔も...抱きしめられているのでよく見えない。
「お、俺は...何も...っ...」
「...用事が無いなら帰れ。学生が徘徊して良い時間じゃない」
「っ...!」
すると、翔太さんはいそいそと手荷物をまとめて公園を後にしたのであった。
「...全く」
ぼそりと呟く兄さん。
「ごめんなさい...」
「え?...あ、美咲に対して言ったわけじゃないぞ?」
「でも...また兄さんに心配をかけさせたから...」
そして...また助けられた。
「...全く」
今度こそ私に向けられた言葉だ。
「兄さん―――」
「...美咲はもっと俺に甘えなさい」
ごめんなさい、と言う前に遮られてしまった。
「でも...」
「良いから。君は俺の...そうだな...ぴったり当てはまる言葉は無いけれど、娘みたいなモノなんだ。子供は親に甘えるモノだ。だから俺を頼りなさい」
兄さんは私を優しくなでながらそう言ってくれた。
「ぁ...」
ぽろぽろと溢れ出た涙が頬を濡らす。
私はただ...兄さんに抱きしめられたまま涙を流し続けたのであった。
......................................
「それじゃあ...小井川はもう一度美咲と付き合いたいと言っていたのか?」
「はい...多分、そうだと思います」
半分以上聞いていなかったので自信は無いけれど、そのような事を口にしていた気がする。
「そうか...」
ちなみに、今も兄さんと手をつないでベンチに座っている。
「美咲はどうしたい?まだ翔太に対して気持ちは残っているか?」
む...そんなことは聞かれるだけで心外だ。
「...兄さん、さんざん
質問を質問で返してしまったけれど、この際許されるはず。
「...それもそうか」
「兄さんにとろとろにされてから...もうあなたの事しか考えられません...♡」
自分でも驚くほど甘ったるい声で答えていた。
「...ありがとう。俺も嬉しいよ」
兄さんは優しく答えてくれた。...ちょっと顔が赤い気がする。
「それに...さっき、翔太さんに迫られたとき...すっごく怖かったんです。だから...あの人はもう完全に"他人"なんだと...思います」
知らない人にいきなり強引なナンパをされたときと同じ気持ちだった。
「そうか...」
兄さんは何か考えている様子だ。
「...小井川は執念深い性格か?」
「うーん...言われてみれば...」
自分が浮気するのは良いけれど、私は許さない...とまではいかないが、少し束縛がキツい方ではある気がする。
「そうか...それなら、少し考えが有るんだけど...協力してくれるか?」
「はい。ふふふっ...♡兄さんの言う事ならなんでもしますよ♡」
兄さんに喜んでほしい...ただただそれだけの想いで何でも出来そうな気がする。
「よし...それなら―――」
それは...翔太さんの心を完全に破壊する作戦だった。