①『絶望のバッドエンドを回避するために、無能力者の僕はもう一度世界に抗います。』
長い夢を、見ていた。
僕の意識は真っ暗闇に落ちていく。
底なし沼にはまっていくような、気だるいけど嫌では無い感覚に、身を任せる。
胸にあるのは、罪の意識と空虚感だけだ。
もしも、やり直せるなら、ゲームの様にリセットが可能だったのなら—————僕は。
僕は、今度こそ、彼女を守りたい。
♢ ♢ ♢
「——……ッ!?」
僕は、目を覚ました。不思議な感覚だ。まるで、気持ちよく眠っていたところを誰かに無理やり起こされたかの様な不快感を覚えた。
(生きている……まさか?そんなはずは無い。)
身体はマイに斬られた筈だ。なのに、不思議と痛みは無い。何よりも、それ以上に驚いたのは、
「アバターまで初期状態に……。」
ゴシック様式の西洋甲冑の姿では無く、銀髪のあどけない顔立ちをした昔の僕の姿が、ステータス画面には写っていた。武器もツヴァイヘンダーでは無く、初期武器のロングソードだ。畜生、僕はぎりりと歯軋りをした。
「時間も——……!?……2年前!?」
理由は分からないが、僕は何故かタイムリープ?してしまったらしい。
(筒井康隆の小説である、時をかける少女の様にタイムリープした、のか?)
そんな感覚は全くない。ていうか現実にあってたまるか。ここはゲームだけど。
僕が戸惑っていると、謎の男の声がゲーム画面上に流れてきた。いや、謎では無い。今回は。
(この男の声は……。)
「茅場……晶彦!!」
勿体ぶった狂人の声が、耳障りに響く。僕はぎゅっと拳を握りしめた。怒りを隠しきれなかった。隠し切れるはずなど無かった。あの男が、僕達の未来を、破壊したのだ。身勝手で歪んだ欲望の犠牲にしたのだ。許せるものか。
「必ず……今度こそ殺す……!」
僕は強く決意した。どんな理由で戻ってきたのかは知らない。だが、やるべき事は理解している。
美波を守り、そして今度こそ茅場晶彦を殺す。今度こそ、僕達の未来を壊させはしない。それが僕の最優先事項だった。
——Repeating world——
『絶望のバッドエンドを回避するために、無能力者の僕はもう一度世界に抗います。』
(まずは……美波を探さなければいけない。それから武器も、ツヴァイヘンダーかそれに代わる武器がいい。)
僕ははじまりの地に来ていた。まずはこの地でレベルを上げ、ツヴァイヘンダーを使用出来るステータスを上げなければならない。端的に言おう。僕の能力は弱い。弱すぎる、といいかえても良い。固有スキルも無く、装備もユニークでは無い。前回で戦えたのは、ツヴァイヘンダーの攻撃力に助けられていたからだ。僕は初期武器のロングソードを振り回しながら、ずっと考えていた。
ツヴァイヘンダーがまともに扱える様になるまで1年近くもかかってしまった。加えて僕は頭も弱い。だから、未来を知っていたとしても、打開策を打つ事が出来ない。情報が少なすぎるからだ。悔しい事に、茅場晶彦を殺した人間の目星も分からない。あの騎士団の中の誰か、だと憶測出来るだけだ。
「ふぅ。流石にここの敵は弱いな。」
はじまりの地、紛らわしいから初期エリアと言う。ここには猪や猿など、最初の敵に相応しい強さの敵が配置されている。経験値は低いが、アイテムも落とすし、何より死ぬ危険性が無い。僕は無能だ。だから前回を知っているからといってすぐに次のエリアには行けない。それに戦い方を知ってはいても、下手に干渉をしてしまう事で、前回、と同じ展開にならない可能性もある。
だから僕は———
「きゃああああああああッッッ!!」
良く知った女性の声が遠くから聞こえてきた。悲壮な叫び声は、猪に追われているからか。そしてその光景に、僕は強い既視感と懐かしさを覚えていた。
見つけた。
僕の、大事な人。僕が、守りたかった人。
僕が、殺してしまった人。
その人が—————“前回”と同じく居た。
「剣技(ソードスキル)発動!バーチカル!」
神速、のつもりで放った僕の垂直切りが猪の胴体を真っ二つにした。死体は結晶体となって消えた。心臓がばくばくと音を立てている。
なんとか、猪に追われている彼女を僕は助ける事が出来、安堵の溜息をついた。
「ありがとう。本当に危なかった。貴方は?」
ぱんぱん、とスカートの埃を払いながら、
彼女の柔らかい声色が僕の耳をくすぐる。
(——ああ……あああ……あああああ。)
「……貴方?どうかしたの?」
いや、違う。”助けた”んじゃない。”助けられた”んだ。彼女の変わらないあの時の姿が僕の目の前に映る彼女は以前と全く同じ姿で立っている長い黒髪に茶色がかった瞳が僕を見つめている僕は走り出し彼女を抱きしめた力の限り強く抱きしめたもう二度と離したくないと本気で思ったから僕は彼女に振り解かれるまでずっと彼女を抱きしめていた僕は——————
「生きていてくれて……よがっ……たぁ。」
鼻水と涙を垂れ流しながら僕は言葉を探した。
「えっ?……ちょっ!ちょっと貴方!そ!?そんなに!?大袈裟すぎじゃな……な、泣かないで!泣かないで貴方!ほら!」
僕は彼女にハンカチを渡された。柔らかい温もりだった。涙を拭く。
(ずっと、忘れていた。)
フルフェイスの兜越しでは分からない生の感覚。表情。僕は全てを思い出した。
僕はもう失わない。絶対に間違わない。
今度こそ、生きてこの世界から出る。
「……落ち着いたようね。私の名前は桜木 美波。アバター名もミナミ。まずは助けてくれてありがとう。」
「う、うん。こちらこそ……君を……助けられて……嬉しい。本当にッッッッッ!!」
「そ、そう。どういたしまして……って此方がいうのも変ね。貴方……どうしてそんなに。」
(いや、まさかこの方……大事な人を過去に失ったのかも知れないわね……。だからここまで大袈裟に喜ぶのかも。ちょっと、可笑しいけれど。)
彼女が何か神妙な顔で考え込んでいる。手元を首に向ける仕草は、昔と同じだ。可愛い。
「詮索はしないわ。じゃあ。私はこれで……」
(えっ?いっちゃうの?あっ!そうか。まだ仲が良くない段階だから行ってしまう!引き止めないと!)
僕は慌てて彼女の前に立ち塞がった。
「待ってッッッ!!君を1人には出来ない!」
僕は叫んだ。心の底から叫んだ。喉痛ぁ……。こんな声が自分から出るなんて。彼女は振り向いた。
「な……何故?」
僕の声に驚いたのか、彼女が僕を見る。正に不審者を見る目だ。しかし、ここは何としてでも彼女を止めなければならない。もしも1人にしたら、彼女は……。僕は突発的に土下座をした。
「僕とパーティメンバーになって下さい!」
やばい。自分でもこんな言葉しか出ない。何か他の理由とかありそうなのに。僕の頭で出るこの時点での理由が、これしか考えつかない。ミナミがパーティに入れば芋づる式にマイも仲間になる筈だ。彼女は重度のシスコンだからな。だから前回も僕を狙ったんだろう。くそっ。前回の僕はなんて馬鹿な事を。今回の反省に生かさなければ。失敗から学ばなければ。
「ど、土下座……っ。」
彼女がぷるぷると堪えている。アレだ。僕の読みが外れていなければあれが来る。
「あ……あははははははははははははっっ!」
来た。
「無理っ!笑うしかないでしょ!はぁー……ど、土下座っ……この2022年の時代に土下座って!」
やはり美波は乗ってくれた。彼女は笑いのツボがおかしい。僕の適当なギャグでも笑ってく、れ、た。
(……どうして涙が出る?)
草原の上に、涙が流れ落ちる。そうだ。僕は、彼女の笑顔が好きだから。美波を好きになったんだ。今更、思い出した。
「僕とずっと一緒にいて下さい。僕が、こん……いや貴方を守ります。」
今度こそ。とつい言おうとしてしまった。危ない。彼女は相変わらず笑っている。
「な……何それ、ぶ、プロポーズみたいじゃ……あっははははははははははっっ!もうっ!もう無理っ!貴方面白すぎる!いいわ!いいっ!仲間になりましょう。」
彼女がお腹を押さえて笑い転げた後、僕に手を差し出した。
「よろしくね。ええと。」
「僕の名前は神崎優斗です。よろしく。」
僕はその手を取った。彼女の小さい手。だけど僕が”今度こそ”守り切らなければならない手。
(もうこの手を、血で染まらせたりはしない。)
僕は固く誓った。
続く