「マイ、ただいまー!帰ったわよ。」
僕達は、ミナミに連れられ彼女達の家に招かれていた。
(ここも……懐かしいな。)
僕は、前回の記憶を思い出し、懐かしさを噛み締めていた。ここに来た当初は静かに、穏やかに暮らそうと考えていた場所でもあった。
マイの家は、第10層<クリミヤ>内に建てられている。クリミヤは緑豊かなエリアだ。治安もいい。
攻略組以外のプレイヤーにとっては専ら息抜きするためのエリア。として認識されていた。中でも釣りや農業といったレジャーは有名だ。
僕は、ここクリミヤの空気が気に入っいる。ヴァレリア・シャトーに移る前は、ずっとここに居たいと考えていた……ラフィン・コフィンの襲撃を受けるまでは。
「ん。」
気の抜けた返事が聞こえた。すると、玄関の奥から小学生くらいの少女が現れた。マイだ。
「紹介するわ。この娘はマイ。桜木 舞。私の妹よ。」
「初めまして。マイさん。」
僕は、幼いマイの姿を見て目を細めた。この子がいずれあのラージナイフを扱える様になるとは、思いもしなかった。
彼女を殺した時の感触が未だに残っている。
彼女の血みどろの笑顔も、その狂気も。
(今度は、死なせない。あんな表情なんてさせるものか。)
「お姉ちゃん。なんかこの人……怖い。」
マイが怯えた様子で奥に下がろうとする。それを、彼女が制止した。
「大丈夫。この方、変だけど悪い方じゃないわ。笑いのセンスがずば抜けているのよ。だからマイ、怖がらないで。」
ミナミさんが嬉しい様な悲しいような複雑なフォローをする。僕は少し傷つきながらも、桜木姉妹を交互に見つめた。
(姉妹だから顔はそっくりだけど、相変わらず性格は正反対だな……良し。)
「マイさん。僕の耳を良く見て……そうそう。耳が……耳が……でっかくなっちゃった!」
左手を耳に持っていき耳の形を作った。幼い頃に見たお笑いのテレビで見たネタだった。僕も特に好きなネタだ。しかし。
「………………は?」
マイは、呆気に取られた表情でユウを眺めた。この人何をしているんだろうという眼差しと軽蔑が浮かんでいる。
(おかしい……マイはシュールギャグが好きだったはずだが……。ここも前回とは違う展開だな。)
前回、マイは僕のこのふざけたギャグで爆笑していた。だから今回も試した。しかし今回は違ったようだ。
(同じ行動を取っても、全く同じ結果にはならないのか。やはり人間だからか?それとも偶然か。はっきりしないな……。)
同じ過程を辿っても、同じ結果にはならない。という事が判明した。前回とは対象的なマイの眼差しが、それを裏付けている。
(という事は、茅場晶彦を殺した人間を見つけても、今回もその人物が勝つとは限らない。と、いう事か?)
思考を巡らせる。仮に同じ結果になるのなら、茅場晶彦を殺した人物を特定すれば良い。仮にその人物を「A」としよう。そのAが茅場晶彦を殺す瞬間まで待つ。そこを狙えば良い。
若しくは、茅場晶彦が擬態しているこの世界での奴のアバターを見つける。そしてその情報を伝える。騎士団長———ヒースクリフこそが茅場晶彦であると。
(奴の尻尾を掴むにはタイミングが重要だ。例の騎士団……ええと、何と言ったかな。血脈騎士団?血統騎士団?だっけに接触しなければ。)
しかし、現時点ではその騎士団ギルドはまだ創設されていない。では、どうするか。ここが最も悩まされる点だ。
(対策を考える必要があるな……。)
「……妹がごめんなさい。気を悪くしないで頂戴ね。リアルで両親が離婚してから……ずっとあんな調子なのよ。」
ミナミさんが、僕にそっと耳打ちした。彼女なりにマイの態度に僕が機嫌を悪くしたのでは無いかと心配したのだろう。が、僕は彼女の耳打ちに脳が蕩けそうな快感を味わっていた。
(ほわあぁぁぁぁぁぁぁ……!)
一瞬で先程までの思考が中断される。
何という芳しい香り。吐息の艶かしさ。
僕は現実に引き戻されると同時に、また夢へと旅立ちそうになる。いけないいけない。僕は己の頬を引っ叩き、意識を取り戻した。危ないところだった。
「さ、さっきから何してるのこの人。」
マイがドン引きしている。
「ね。面白いでしょうこの方。」
ミナミさんがまた笑っている。不服だ。
♢ ♢ ♢
「で、これからの事なんだけど。」
居間に案内された僕は、彼女から差し出されたフレーバーアイテムの緑茶を一口飲む。堪能した後、思い詰めた様に口を開いた。
「僕は、攻略組に入ろうと思う。」
“今回”は、そう決めていた。例の騎士団にしても、茅場晶彦の件にしても、まずは最短で上層を目指さなければならない。上層を効率良く駆け上がればクリアまでの時間も短縮できる。何より、僕も70階層までは朧げながらマップの構造とボスの情報は頭に入っていた。僕は賢くはない。しかし、何故かゲームの事になればすらすらと情報が頭に入った。現時点ではデスゲームが始まってから3日。なのに20階層まで攻略が進んでいる。前回よりも圧倒的に早いペースだ。理由は分からないが。
(命を賭けたRTAが始まるな……。)
僕は思考する。不可能では無い筈だ。
「どうして?」
その思考を中断するかの様に、ミナミさんが問いただす。彼女は僕が強いとは思っていなかったのだろう。それもそうだ。
「……。」
マイは黙っていた。
「こんな世界に、ずっと居たいとは思わないからね。僕はここから早く出たいんだ。」
僕は、本音と建前の中間を言った。嘘では無い。でも完全に本音では無い。
「出たい……成程、分かったわ。私も妹もそこは同意見よ。でも……危なくないの?」
「死んだら終わり。」
マイがぼそりと呟いた。彼女のいう通りだ。
「そうだ。死んだら終わりだ。だから……まずは仲間を探したいと思う。」
僕には、1人だけ心当たりがあった。その人物が、素直に協力してくれるとは思わないが。僕が名前を覚えている数少ない人物の1人だった。
「とにかくまずは仲間を集めて……ギルドに入るなり、創設するなりして戦力を増やし、上層を目指す。」
僕は、2人の顔を見つめながら答えた。
「言うは易しね。」
ミナミさんは、呆れたように溜息を吐いた。不服だ。
♢ ♢ ♢
(ここか……。)
僕は、桜木姉妹を家に置いてとある場所に訪れていた。はじまりの地——後のスラム街となるエリアに、「彼」は居るはずだ。
「入りますよ……なんだ。鍵、かかってないのか。不用心だな。」
治安の悪いエリアだから、寧ろ掛けていないのかも知れないな。と考えながら、彼の姿を探す。安い木造建築の埃っぽい部屋の一室の中を、僕は探した。
(居た。)
机に突っ伏しながら、彼は寝ていた。大方「味覚再生エンジン」を応用して作られた酒でもあおっていたのだろう。未成年の癖に。僕は、寝ていた彼が起きるまで待つ事にした。
(無理矢理”起床”させると”気性”が荒くなるからな。)
僕は、下らない言葉遊びをしながら待った。
「うう……ん。」
彼が起きた。同時に僕は彼に声をかける。
「おはよう。”船橋”」
「ん……ああ。おはよ……って、お前誰だ!?不法侵入だろ!?」
自分の名前を呼ばれた少年は驚く。咄嗟に腰に携えた小振りのナイフを抜いた。普通のナイフだ。この時はまだラージナイフを所持してはいない様だ。
「それについては済まない。単刀直入に言おう。君をスカウトしに来たんだ。」
僕は、あえて淡々とした口調で言った。
「……は?」
またも船橋は固まる。意味が分からないのだろう。不思議そうに僕の瞳を見つめた。近い。おいちょっと近いぞ。離れろ……よし。
船橋は粗野だが有能な男だった。あくまで前回は、だが。ラフィンコフィンに入らず、普通に生きていれば優秀な攻略組の1人にもなれていた。というのが僕の見解だった。それがあんなにも詰まらない男になってしまった。それが多少なりとも不服ではあった。だからこそ、今回はあえて彼をパートナーとして選ぶ事にした。船橋の心に残る善性を信じて。
「君の噂は聞いているよ。攻略組に参加するも、無茶な命令をする自称中佐……だっけ?に反発し、君は軍から追放された。以降はここで荒れた日々を送っているとね。」
僕の言葉は半分は事実だった。船橋が病んだのは、「解放軍」から追い出されたからだと。
仲間が無駄死にする様を見ていたからだと。もしそれが事実ならば、決して元から悪では無かった筈だ。僕は言葉を続けた。
「君は、悪くない。悪いのはあの自称中佐だ。」
「……お前に何が分かるッ!」
船橋は激昂し、ナイフを僕に突きつける。構うものか。僕は言葉を続けた。
「……僕が攻略組で命を落とした人間の……親友だと言ったら?」
「なッ……?お前……あいつの……カミヤのダチか?そうか。済まない。早まった、謝る。」
船橋の動きが止まる。僕は、嘘を吐いた。「解放軍」と僕との間に関係は無い。だが、船橋を仲間にするため、彼を病ませないためには必要な嘘だった。
(良心は痛むな……。)
ちくり、と心に鈍い痛みが走る。嘘を吐くのは、やはり嫌な物だった。
「彼の様な被害者を出したく無い。僕は……一刻も早くこのゲームをクリアしたいんだ。その為には、君の様な優秀で正義感の強い男と組みたい。それが……。」
「あいつの弔いにもなる、か。そうだ、そうだな……クソッ!いつまでも自棄になっても駄目だって事は分かってるんだ。分かった!乗る。あんたの事は良く知らないが、仲間になってもいいぜ。」
船橋は、正義感の強い男と呼ばれた事に対し、少しだけ照れた様な素振りを見せた。
(……こんなに正義感の厚い男が、前回はどうして。いや、船橋。今回はお前の事も助けてみせる。)
僕はかつての敵に対し、心の中で誓った。
♢ ♢ ♢
「という訳で、彼が船橋だ。ええと、下の名前は……。」
あの後、僕は船橋をはじまりの地から桜木姉妹の家に連れてきた。本来ならば船橋を連れてくるのは不安でもあった。だが、彼を信じる事にした。ラフィンコフィンにいた頃でも、彼は女子供は狙わなかったからだ。
「透(とおる)だ。船橋 透 ハンドル名はトール。まぁ、そのままだな。」
「あら。トールって言ったら神様の名前だわ。素晴らしいセンスね。」
ミナミさんが船橋を誉める。
(ミナミさんが船橋……トールを誉めた。純粋かつ聡明な彼女らしい言葉選びだな。素晴らしい。)
僕は心の中で感涙した。
「……ありがとよ。」
トールが照れた様子で礼を述べる。
「好きになるなよ。」
僕はすかさず牽制した。こいつがミナミさんを狙わないとも限らないからな。
「……。」
マイが、何かを言いたげそうにもじもじしている。
「どうした……マイ?だよな。俺に言いたい事でもあんのか。」
トールが、しゃがんでマイと同じ視線に立つ。彼女に尋ねた。意外だ。問われたマイが口を開く。
「なんかお兄ちゃん、ワイルド系だね。」
マイがほんのりと頬を染めながら言った。
「お、おう。それ、褒め言葉……なのか?」
トールが困った様に、でも照れた様子でマイにありがとな。と言った。
「……うん。」
マイも柔らかい表情で答えた。
「何はともあれ、仲間は見つかったわね。」
「いや、まだ足りない。スイッチ戦法を取る為に後はタンク役が2人は必要なんだ。」
74階層までは問題無い。僕もマップは理解しているし、攻略組の存在もある。だが、問題はそれ以降の階層だ。前回、と同じ結果にならないのなら、クリスタルが使用出来なくなる75階層以降の攻略も見越さねばならない。
(ギルドに入るのが手っ取り早いが……)
ソロプレイヤーだった僕は、ギルドの情報には明るく無い。でも確か、「月夜の黒猫団」とか、「ウルトラハッピー・ピースホープ」とか怪しげな名前のギルドはあった筈だ。どれも怪しそうだからスルーしたが。
(確か、殆どのギルドは70階層を前に壊滅したはず……。全部は助けられなくても、一つか二つのギルドは助けられるかも知れない。)
前回、殆どのギルドはモンスターの強襲を受け壊滅した。その中には子供も、女性も含まれていた。僕が今回少しでも早く攻略を進めれば、クリアまで近づければ、彼等を助けられるかもしれない。そんな期待があった。
僕はトールが何か知っていないか期待し、ちらと彼の方を見た。
「タンク役か……心当たりはある。だがちょっとクセがな……。」
トールが、意外にも意見をくれた。
「クセが強くてもいい。今の僕達には仲間がもっと必要だ。」
僕は、強い眼差しでトールを見つめた。
「私からも、お願い。」
ミナミさんも懇願した。いいなぁ。僕もお願いされてみたい。
「分かった。紹介する。少し待ってくれ。」
トールも納得したようだ。早速、転移結晶を使用する。同時に姿が光に包まれ、彼の姿は一瞬で居間から消え去った。
「行動の早い方ね。」
彼女はまた誉めた。僕も同意見だった。恐らくトールも、自分と同じく直情型なのだろう。僕は、今回であれば彼と友人になれそうな気がしないでも無かった。
続く