「ここだ。」
紹介を終えたトールに案内され、僕達は長い廊下を歩いていた。「ローズ・キャッスル 」と呼ばれる石造の立派な城の中を歩きづける。
(随分長い廊下だ……。しかし、立派な作りだな。まるで15世紀時代のイングランドの城みたいだ。ドンジョン(地下室)まで備えられているところを見ると、城主は相当な歴史マニアだな。)
僕も、中世騎士マニアだから理解出来る。特にイングランドのヘンリー5世が好きだ。この城は15世紀をモチーフにしている様だから、城主とは趣味が合うかも知れない。御丁寧にモット・アンドベーリー方式(小高い丘の上に建築された石造の城)だから、丘を登ってくる時も異様に疲れたけど。
隅々を観察すると、やはり所々に地下室へと繋がるような階段が備えられている。理由は勿論、敵襲に備えてだろう。ドンジョンの影に潜み、刺客を死角から挟み撃ちにする戦法。だからこんなにも廊下が長いのだ。天井まではおよそ10m。廊下の長さは200mくらいはあるだろう。薄暗く広い真っ直ぐな廊下が、ひたすらに続いている。
(……一体、どんな人が出てくるんだろう。)
僕は、万一のために盾を構えながら、真っ直ぐ歩いた。その様子をトールが嗜める。
「安心しろ。取って食われはしない。奴らにそんな悪意は無い。むしろ。」
「むしろ、なんだ?」
僕が食い下がった。答えに詰まったのか、トールは一瞬沈黙した後、会えば分かるさ。とだけ一言だけ言った。
♢ ♢ ♢
「ようこそ、お越し頂きました。」
廊下を抜け、青白い光を放つ結界を抜けた先に何人の姿があった。恐らく、奥にいる女性が協力者だろう。そして手前にいる2人の騎士はトールが言っていた、「イノセント・ナイツ」のメンバーに違いなかった。
「長い廊下を歩かせて申し訳ございません。我々は弱いので、敵の奇襲に備えて防御を固めておりますので。」
奥にいた長い黒髪の女性が、僕達の前に歩み寄る。紫色の瞳は知性を感じさせ、透き通る様な静かな声色は耳に心地よい。マイが来ていた物と良く似たゴシックドレスを身に纏っている。しかしマイの様な幼さは感じさせず、優雅だ。完璧な着こなしだ。
「……すごい。あの人可愛い。お姫様みたい。」
先程からずっと黙っていたままのマイも思わず口を開く。僕も同意見だ。
(ミナミさん程では無いが、彼女も相当な美人だな……トールは何故彼女達を知っているのだろう。)
思わず疑問を持つ。トールはあまり女には興味はない硬派な男だと思っていた。だから意外に思えた。まあ、こんな綺麗な人がいるなら、ミナミさんに手を出す事は無いだろうから心配は無いか。
「透。彼等が例の方達ですね?」
その女性はトールを透。と呼んだ。
「ああ。姉貴、その話し方恥ずかしいから止めろ。普通に話してくれ。」
「あらあら。御免なさい。」
女性は、悪びれずに答えた。
(……家族か。それにしても、トールとは全く似てないな。)
僕も驚きを隠せない。
「私の名前は船橋 愛。そこの透の姉です。”純粋騎士団 イノセント・ナイツ”のギルドリーダーを勤めております。本名を名乗るのはリスクがございますから、この世界ではシスター・ローズと名乗っております。」
シスター・ローズと名乗った婦人は、恭しい態度で僕達に自己紹介をした。
「……此方こそ。招待していただき、ありがとうございます。」
僕は対応した。彼女の立ち振る舞いには、育ちの良さを感じさせる、丁寧なお辞儀だった。
少なくとも、嫌いでは無い。ミナミさん達も僕につられて礼をした。一方、トールは黙って腕組みをしている。なるほど。彼が渋る理由も分かる。
「シスター・ローズさん……貴方は私達に協力していただけるとトール君から伺いました。それは、事実でしょうか?」
僕が、単刀直入に尋ねる。シスターは柔和な微笑みを崩さず答えた。
「ええ。事実ですよ。ローゼン卿、テオドール卿、お願い致します。」
銀色の西洋甲冑を見に纏った二人の騎士が、僕達の前に出る。素晴らしい出来栄えの甲冑だ。銀色の甲冑に、赤い十字架が刻まれた白いサーコートを身に纏っている。その出来栄えに思わず見惚れていると、彼等はいきなり膝を折り、十字を切った。
(あの十字架の切り方……カトリック風だな。キリスト教徒なのかな?)
僕は意外に思った。
(キリスト教徒という事はモチーフは十字軍。しかし城の様式はイングランド……ちぐはぐだ。)
僕の混乱を他所に、ローゼン卿と呼ばれた1人の騎士が口を開く。
「よろしく。ボクはローゼン卿。リアルでの名前はごめん。名乗りたく無いんだ。だから変だけどローゼン卿って呼んでもらえると嬉しいな。」
兜越しには分からないが、その声色は少女のものだった。思わず驚く。ローゼン卿は言葉を続ける。流石にマイよりは歳上だろうが。その声色は活発な少女性を感じさせた。
「隣の無口な騎士さんはテオドール卿だよ。海外の交換留学生なんだけど、運が悪かったみたい。日本語はあまり詳しく無いから、出来れば大目に見て欲しい。」
「ヨロしク……オネガいシマス。」
辿々しい声色でテオドール卿が喋った。相当無理しているのだろう。緊張した様子が手に取るように分かった。
「こちらこそ、宜しく。ローゼン卿、テオドール卿。会えて嬉しいです。」
僕は、彼等に警戒されないように努めた。
歴史観はチグハグだが、2人の印象は悪く無い。しかもクセがある、とトールは言ったが別に普通の人達だ。寧ろトールの方が癖は強い。
「こほん。ところで、先程のご協力のお話なのですが。」
咳払いをした後、シスター・ローズが重々しく口を開く。
「ユウ様達が私達の仲間に加わって下さる。という認識でも構わないでしょうか。」
意外な言葉だった。確かに協力する、とは言った。たが仲間に入れてもらえる。という事までは話してはいない。
(確かに、シスター・ローズは悪い人には見えない。)
不思議だ。協力するも何もこちらの得が大きい。ギルドに入れば装備やクエスト報酬も分配される他、ソードスキルや経験値もギルド内で共有する事が出来る。ある程度制約があるとはいえギルドに入る。という事は利点しかないのだ。経験値を独占したいからとソロで戦い続けるプレイヤーもいるには居るだろうが、早々に命を落とすだろう。この世界はそんなに甘くはない。無論、デメリットもある。仲間が増えるという事は、人間関係も複雑になるからだ。実際、メンバー同士で喧嘩になりギルドを解散する事も少なくない。だから透……弟の仲間とはいえ、そんな身元も分からない人間を仲間に引き入れて危なくは無いのだろうか。先程、自分達は弱いと言っていたばかりのに。
「僕達は構いません。ですが、宜しいのですか?こちらの素性も分からないのに。」
僕達としては願ったり叶ったりだった。この城の雰囲気は気に入ったし、西洋甲冑の趣味も良い。だが念の為に確認を忘れなかった。
「勿論ですよ。だって、”弟”のご友人ですから。そうよね、透?」
「…………まあな。」
僕は合点がいった。トールはただ紹介してくれただけでは無いのだ。彼なりに気を遣ってくれたのだろう。今回はまだ、出会ったばかりなのに。僕は粗野だと思っていた男に、まさかそんな一面もあったと思い知らされた。
僕は尊敬と戸惑いを混じえながらトールを眺めた。
「何だよ。仲間が欲しいって言ったのはお前だろ。俺は……まあ、あんたは何か信用出来ると直感した。だから、紹介しただけさ。決めるのは姉貴だしな。」
ぶっきらぼうに彼は言った。敵意は感じない。僕が初めて聞く彼の優しい声だった。ここはやはり前回、とは違うようだ。
「なるほど。ありがとう。トール。」
僕は彼に礼をした。彼は恥ずかしそうにそっぽを向いた。僕はシスター・ローズの方に向き直る。
「シスター・ローズ。僕達は貴方のギルドに加わります。」
「私達も最善を尽くします。一緒に頑張りましょう。ローズさん。」
僕とミナミさんは、シスター・ローズに礼を述べた。シスター・ローズは、にこやかに微笑んでいた。交渉成立だ。
♢ ♢ ♢
「みなさんはこちらの部屋を使ってください。」
シスター・ローズに案内を依頼されたローゼン卿が、僕達一向を部屋に招き入れた。広い部屋だ。内装はイタリアのバロック様式を彷彿とさせる豪華な部屋。男女共に分けられてはいるが。その内装は、特に中世マニアの僕を喜ばせた。
「……いい。素晴らしい部屋ですね。ローゼン卿。特に部屋のカーテン(仕切り)の青の色合いが素晴らしい。」
僕は目を爛々と輝かせながら答えた。こんなに素晴らしい城は写真の中でしか見た事が無かったからだ。いくら課金したらこんなに良い城が買えるのだろうか。羨ましい限りだ。
「ユウさん。詳しいんだね。ボク、あんまりお城とか歴史には詳しく無いから、説明出来なくてごめんなさい。」
ローゼン卿は素直に謝った。その様子は、やはり純粋な少女の様だった。
(……マイと仲良くしてくれたらいいな。)
僕は期待した。一方でマイはシスター・ローズのゴシックドレスに目を奪われていた。今は彼女と一緒にドレスの試着をしている筈だ。
「……ところで、あの部屋の隅にある剣。ツヴァイヘンダーだよね。あの剣、貸してもらえないかな。」
僕は、部屋の隅に飾られている騎士が持つ大剣。ツヴァイヘンダーから目を離せなかった。
銀色の、巨大な剣。傭兵部隊ランツクネヒトが保有していたという、歴史ある大剣。まさかここで見つけられるとは。やはり自分がこの剣に引き寄せられているのか。それとも偶然か。判断はつかない。だが、自分はあの剣を使わないといけない気がした。
「うーん。ボクの持ち物じゃないからいいとは言えないけど。ローズ様に確認してみるね。」
彼女は一瞬困った表情をしたが、どうやらとりはかってくれるらしい。その優しさも、僕は気に入った。仲間になったとは言え、無理ですよと一蹴しても良いはずなのに。
「お前……意外と図々しいな。」
トールも呆れ顔だ。無理もない。
「ユウ君、意外と図太いもんね。」
ミナミさんも、僕を笑った……やはり笑顔がかわいい。
「図太いとか……酷いな。ミナミさん。」
僕は少し傷ついた。
(確かに頭は良くは無いし、神経が図太いのは自覚してるけど。)
繊細であれば、生き残れなかったから。
考え過ぎれば、心が壊れてしまうから。
とは、口が裂けても言えなかった。
「だって本当のこと……そういえば、ユウ君はどうして私にだけさん付けなの?」
「それは……。ミナミさんがしっかりしていたので、歳上だと思ったからですね。」
少しだけ、嘘をついた。僕は彼女が僕より一つ歳上だと知っている。船橋が僕と同い年だという事も覚えている。しかし現時点ではその事を知らない。知っていたら不審に思われてしまうだろう。だから、他人行儀に接する他、無かった。
「そう……嬉しいわ。でも、ミナミでいいわよ。私達は仲間なんだし。それに、貴方は何だか”他人という感じがしない”から。」
彼女の認識は、僕を戸惑わせた。
(それは、彼女も、記憶がある、という事なのか。)
「わかりました。でも、呼び慣れてくるまでは
僕の好きにします。」
僕は、作り笑いを浮かべながら答えた。
僕は自分の心が、ずんと重くなる感覚を覚えた。まるで鉛を飲み込んだみたいだ。
(今度こそ、守り切れるだろうか。)
僕は、目の前で鈍く光るツヴァイヘンダーを眺めた。今回こそ、この剣で全てを守らなければならない。
読んで頂きありがとうございます。冒頭に述べましたが、次の話から更新ペースが落ちます。月に1話、良くて2話投稿する予定ではいます。最後まで書き切りますので、長い目で応援して下さると幸いです。