早朝、何か大きな音と共に、「敵襲!」という叫び声で目が覚めた。
(何だ……敵だって!そんな馬鹿な、前回よりも早い!?)
第10階層に存在する城塞都市<クリミヤ>は防護プログラムがかけられている筈だ。敵襲などあり得ない。と頭の中で混乱する。少なくとも、”2年間”は敵襲など無かった。
「皆様!敵です!モンスターが来ました。」
慌てた様子でシスター・ローズが僕達の部屋に来た。後方には、騎士の2人が待機していた。2人とも、兜を脱いでいる。ローゼン卿は黒髪に赤のメッシュが入った短髪。顔はやはり幼い。テオドール卿は金髪の青目、精悍な顔立ちは昨日の彼のイメージとは反していた。
(って……今はそんな事思っている場合じゃない。)
「なるほど。分かりました。僕達もすぐに出ます。ミナミさん!トール!2人も準備はいいな!?」
僕の言葉を皮切りに2人は装備を整える。僕も寝ぼけ眼のままステータス画面を弄り、戦闘用の装備に切り替えていく。防具はアバター初期の革の鎧のままだ。
(剣は……。)
ちらりと視線をツヴァイヘンダーに向ける。
「これ、借りても?」
「どうぞ。」
非常事態だからだろう。思いの外あっさりと許可が降りた。僕は壁に展示されていたツヴァイヘンダーを拝借する。ずっしりと重い、両手持ちの大剣。やはりこれでなくては、僕の戦いは始まらない。
(今度こそ……守り切ってみせるさ。)
長い廊下を走り抜け、外に出る。街は阿鼻叫喚だった。至る所から泣き叫ぶ声が聞こえた。住民や他のプレイヤーも、突然のモンスターの襲撃でパニックに陥っているようだ。無理も無い。ここは攻撃されないエリアだとみんな考えていたのだから。
(実際、2年前は攻略組の攻略が進むまでは防護プロテクトは破られなかった……。何故だ?)
考えながら、走る。すぐに到着した。広場には、大勢の蛇人「リザードマン」の姿が目に入った。身長は160程度だが、チェインメイルを着込み、手には剣と盾を持っている。動きは素早い。しかもレベルは15。この階層のモンスターとしては強いレベルだ。僕達はいい。だが、スキルを戦闘用に調整していない商人や鍛冶屋はなす術がないだろう。
リザードマンは手に血のついた剣を持ち、ちらちらと舌を出しながら獲物を探している。
「行くぜぇっ!先手必勝!!」
トールがナイフを抜いて走る。僕はツヴァイヘンダーを、ミナミさんは薙刀を構えてモンスターの元に向かう。
「オラァッ!!くたばれっ!」
トールのナイフがリザードマンの皮膚を切り裂き、血飛沫が舞う。
「そこっ!」
リザードマンはトールの攻撃に怯んだ。一瞬の隙を突いたミナミさんの薙刀が上段から振り下ろされる。リザードマンは容易く袈裟斬りにされた。
(この程度の獣では物足りないな……。)
僕は不満に感じた。どうせなら、もっと手ごたえのある獣が良かったのに、と。僕は欲求不満を覚えながら、ツヴァイヘンダーを軽々と振るう。リザードマンの胴体があっさりと両断された。彼等の胴体からは内臓が零れ落ちる。
(……内臓?)
おかしい。リザードマンの死体は、結晶体にはならずに生々しく地面に倒れている。
「な、なんかグロくねぇか?」
トールも異変に気づいたのだろう。ナイフを振るう手が一瞬止まる。
「トールッッ!危ないっ!!」
トールを狙ったリザードマンの剣先を、僕は庇った。ツヴァイヘンダーで弾いたが、ダメージは通った様だ。僕のライフポイントが一気にイエローゲージまで減る。ありえない減り方だ。”今回”は攻撃力も強化されているのか。
「このぉぉぉぉっっ!!」
僕はツヴァイヘンダーを叩き下ろした。剣技「兜落とし」だ。脳天から直撃を受けたリザードマンの背骨がぼきり折れる音が響く。彼は力無くその場に崩れ落ちた。止めにもう一度、振り下ろす。ぐきり、という生々しい音と共にリザードマンの身体が腐ったトマトの様に潰れた。
「トールッ!大丈夫かッッ!!」
僕は力の限り叫ぶ。
「済まねぇ!助かった!」
トールは気を取り直し、リザードマンを切り捨てていく。やはり彼は強い。不覚は取ったが、放っておいても問題はないだろう。僕はミナミさんを探した。
(彼女はどこだ!?何処にいる?)
「……なっ!?」
異常な光景を前に、僕は言葉を失う。彼女は舞っていた。いや違う。舞っているかの様に見えた。まるでリザードマン達が踊りに見惚れ、自ら首を差し出しているかの様だった。彼女が振るう薙刀に次々と首を撥ねられていく。断面から放たれる血飛沫が彼女を汚していく。
(綺麗だ……。)
僕自身も、真っ赤な彼女に見惚れると同時に、前回を思い出した。凄惨な光景。血溜まりに倒れる彼女の姿。
“血に狂っていたのは彼女の方だったのだ”
男は言っていた。彼女”も”血に狂っていたと。という事は。
(やはり彼女も、僕、と同じ……?)
僕は首を振るう。そんなわけは無い。あんなに優しい人が、自分の事すら後回しにする人が、殺しを楽しむ筈がない。彼女は、僕達とは違う。何しろ前回は、彼女は戦おうとすらしなかったのだ。部活で薙刀を使っていたから、あくまで自衛手段として振るっていたに過ぎない。
(嘘だよね。君は……違う。そんな人じゃない。)
僕の疑念を他所に、リザードマンが何体か迫る。振るわれた剣先を躱すと同時に僕は体勢を低くし、ツヴァイヘンダーを横凪に振るう。脚を切り落とされる間抜けな彼等。
(…………。)
僕は容赦なく、彼等の首を刎ねた。僕の体も、彼女と同じく血に濡れていく。暖かい、血の温もりだった。
(駄目だ。僕は……この感覚を、心地よい、と感じてしまう。)
何という、達成感。悦び。僕、は……。
久しぶりに、心の底から笑みが溢れた。
咄嗟に自分の顔を殴りつける。空虚感が胸を覆っていくのが分かった。
(ふざけるな。僕はもう、繰り返しはしない。)
この衝動が、彼女を殺したのだ。
決して繰り返しはしない。
数十分後、戦闘は終わった。辺りにはリザードマンの死体が転がり、死臭を放つ。その匂いは、本来ならばゲームの世界では感じるはずの無い匂い。下水と生ごみを混ぜたかのような悪臭。僕はまだしも、トールとマイは渋い顔をしていた。
(おかしい。)
前回、とは明らかに違う。タイミングが早すぎる。敵の攻撃力もだ。前者は「防護」プログラムが機能してないのだろう。だが後者は……。
「何か……おかしい。」
僕は呟いた。本当は理由も知っているはずなのに。僕はそれ以上何も言わなかった。
「ああ。気持ち悪ぃな。」
トールは鼻を押さえながら顔を顰(しか)めた。
「嫌な匂いね……。マイ、大丈夫?」
「うん……でも、何だか凄く嫌な感じ。」
桜木姉妹も同様に、不穏な空気を感じ取っているようだった。でも僕は見逃さなかった。
ミナミさんの口角が上がっている事を。あえて追求はしなかった。ただ、言いようの無い不快感だけが僕の胸を覆っていた。
♢ ♢ ♢
「皆さま。本当にありがとうございました。素晴らしい活躍でしたわ。」
シスター・ローズが僕達に深々と頭を下げる。
僕達は戦闘の後、城に帰ってきていた。ローゼン卿もテオドール卿も後から遅れて戻って来たようだ。
「ボク達も戻ってきたよー!」
「ただイまデス……。」
元気な2人の声が場内に響く。
(……傷一つない。やはり手練れか。)
僕は心の中で称賛した。リザードマン。前回ならなんて事ない雑魚だが、今回は強い。防具が初期装備だったからではない。明らかに攻撃力が強化されていた。にも関わらず、この2人は無傷だったのか。
「2人とも、御苦労様でした。」
シスター・ローズも2人に労いの言葉をかける。2人は黙ったまま十字を切る。これがイノセント・ナイツの慣習である事は明らかだった。
「あの。」
僕は思い切って声をかけた。
「その十字架を切る習慣は?」
「あはは。これはね。うん……おまじない。かな。みんなが生き残れますように。今日も生き延びられてありがとうございます。っていう、おまじない。」
「……ガチの宗教とかではないから!そういうのじゃなくてさ……なんつーか、こう……祈り?みたいな感じだから!」
ローゼン卿が必死に弁明する姿に、思わず吹き出しそうになる。この人達は、根っからの善人なのだと改めて思った。だが、それと同時に僕の中に疑問が生まれる。何故、彼等はこんなにも強いのに、攻略組に入らないのだろうか。
そう聞こうとすると、遮るかのようにテオドール卿が話し始めた。彼の話は片言混じりで、しかも長かった。要約すると、以下の3点だ。
1、モンスターの強さがおかしい。
2、資金が足りない。
3、攻略組の人数が少なすぎる。
どうやら、今回の襲撃は前回の比では無かったらしい。前回はモンスターのレベルが10だったが、今回は15。しかもレベルだけでは無く、スキルや武器も強化されていた。
幸い、僕達がすぐに動いた為、被害は最小限に抑えられたようだが。現状、レベル15以上のモンスターを倒せるプレイヤーは攻略組のトップ層のみだ。
しかも、レベルが20になったところで装備の強化が始まるので、レベル15のモンスターを狩れるのは、現時点ではレベル20以上という事になる。僕達のレベルは20。かなりギリギリではあった。
そこで、1つ目の問題。モンスターが強くなっている。インフレに近い現象が早くも起きていると。これは僕も感じた違和感の正体でもある。
彼等は前回はボス部屋の前までは行けたはしいが、その先は進めなかったという。それはつまり、ボス部屋を守るプロテクトに阻まれて、先に行けないという意味だと思っていた。しかし、実際は違った。単純に敵が強すぎて、進む事が出来なかったらしい。
だから、シスター・ローズは僕達を仲間に引き入れようとしたのだろう。また、レベルが5上がると新しい職業に転職出来るのだが、それをするには膨大なお金が必要だ。つまり、レベルの上がりにくい低階層では、なかなか難しいという事だ。そこで、2番目の問題が浮上してくる。資金の問題だ。
このゲーム内の経済状況は芳しくない。理由は単純だ。生産職が少ないからである。彼等は、商人ギルドに登録する事で商売が出来る。その為、彼等の作ったアイテムは商人ギルドを介して売買される仕組みになっている。商人は、素材や装備品を冒険者に売る事で生計を立てているのだ。
だが、それ故に値段が高くなりがちだ。当然だ。材料費に加えて、職人の手間賃が上乗せされているのだから。結果、生産職はどんどん減っていった。その結果、武具の質が落ちる。質が落ちれば、更に価格が高騰するという負のスパイラルに陥ってしまったのだ。
今、最前線にいるプレイヤー達が装備しているのは、比較的安価な品物ばかりだ。それでも、僕達にとっては高価な代物である事に違いはない。
結局、金が無いので稼ぐ為に、上層のより強い敵の居る場所に行こうとすると、必然的に僕達の様な低層のプレイヤーが、高難度の敵と戦わざるをを得ない状況になってしまったのだ。
ちなみに、シスター・ローズのギルドは、そういった弱小プレイヤーの救済措置として作られたギルドだったりする。
最後の問題は、一番分かりやすいものだ。人数不足だ。僕達も例外ではなく、ミナミさん、僕、トールを含めると3人。ローゼン卿達を含めても5人。やはり少ない。
シスター・ローズ曰く、教会の人間は全員戦闘要員らしく、他の仕事は全て外部に委託していたそうだ。彼女達は回復薬を使う事が出来るが、あくまでサブ的な役割に過ぎず、メインの役割は攻撃だと言う。
そうなると、どうしても前衛が足りなくなる。それに、いくら回復薬があるとはいえ、全員が回復に専念に出来るわけではない。もし戦闘不能者が出た場合、僕達が居なければ全滅もあり得るという事だった。だからこそ、トールや彼女は僕達を引き込もうとしたのだ。僕は納得した。
「分かりました……。僕に、考えがあります。」
僕はゆっくりと言葉を選びながら語り始めた。
更新遅くなり申し訳ございません!次回からいよいよ上層階に向けて話が進みます。
10.30日 追記 多忙により、次の更新は2023.3月以降になります。