※この作品はR-18です。

『生きてこそ』 ソードアート・オンライン   作:ビルダー林檎

8 / 10
⓺『決意』

 痛覚による各プレイヤーの反応は様々だった。PKの発生率は減少はしたものの、同時に攻略組の母数、そして士気は低下の一途を辿った。この突如発生した筈の痛覚に対して、カーディナルシステムは不気味なほど沈黙を保つ続けていた。

 

 ユウは停滞する現状を憂いながらも、こうしてツヴァイヘンダーの刃先を研いでいる。考え事をしているのか、その表情は険しい。

 

(痛み……。)

 

痛みは、恐怖を生む。

 

(【自分が本当に死ぬかも知れない】そんな状況下に置かれたら、二の足を踏むのも当然だ。)

 

 剣を研ぐ音だけが、静かに場内に響く。

しんと静まり返った城内は何処か寂しい。

 

「ユウ君。」

 

 不意に、後ろから声がした。彼は手を止め、視線を向けた。

 

「熱心だね。」

 

 現れたミナミが、穏やかな笑みを浮かべながら、ユウの手元へと目を向ける。

 

『何かしないと、不安ですから。』

 

「……そう。」

 

 沈黙が訪れる。ユウは何か話題を探そうとするが、ミナミは言葉を続けた。

 

「ユウ君は……怖い?」

 

“怖い”

 

 ぽつり、と投げかけられた言葉が、重い。

ユウは何を言えば良いか、迷っているようだった。

 

(怖いから。怖いから攻略を諦める?

死ぬのは嫌だから、戦うのはやめる?)

 

 違う。だが、恐怖があるのは事実。

そして、素直にその感情を吐露して良いものか迷ったのか、何度か言い淀んだのち、彼は答えた。

 

『……怖いです。」

 

 でも、と言葉を続ける。

 

『諦めたくありませんから。』

 

 ユウは、力強くはっきりと答えた。

 

(そうだ。こんな所で立ち止まれなどしない。)

 

 みんなを守りたい。もっと強くなりたい。自分はもっと強くなって、こんなゲームからは抜けて、彼自身……そしてみんなの人生を取り戻す。彼の心の底からの願いだ。彼はまた、視線を下に移す。手元のツヴァイヘンダーだけが、銀色に光っている。まだあの時の嫌な感触が色濃く残っていた。

 

「…………そうね。」

 

ふぅ。とミナミは溜息をつき。隣、座るわねと一言断ってから、ユウの横に腰掛けた。

 

「怖いけど、このままじゃ駄目。他の方法を考えないといけないわね……早くここから出ないと、私……お婆ちゃんになってしまうわ。」

 

 そう言って、ミナミはふふっと笑った。はにかんだような、悪戯っぽい笑顔にユウの心が再び和らぐ。張り詰めていた糸が、緩むような感覚を覚える。

 

『……僕は戦います。だから、ミナミさんは、安心して笑っていてください。大船に乗ったつもりで!』

 

 彼は、珍しく冗句を飛ばした。しかし、ミナミは表情を一変させる。彼の恐怖を察したのか、それとも別の意図が込められているのかは分からなかった。そして絞り出すかのように。

 

「……死なないでね。絶対に。」

 

 芯に迫る様な声色だった。その言葉には、どんな意味が込められているのか、ユウは推測することすら出来ない。

 

『ミナミさ……。』

 

 彼女の意図を問いただそうとしたその瞬間。

 

「貴方が死んだら、貴重な囮役を担う人がいなくなるわ……。」

 

(……意外と打算的な理由だった。)

 

 さっきまでの深刻な雰囲気が去り、微妙な空気が彼らを包む。

 

「そう。ユウ君!貴方がいなくなったらこの騎士団は終わりよ!?多分みんな攻略やめるわ!!だから死んではダメ!」

 

『ええっ!?そんな理由なんですか?』

 

 ユウの抗議の眼差しに気づいたミナミが、またふふふと笑う。

 

「うそうそ。冗談……6割くらいね。」

 

『残り4割は本気なんですね。』

 

「まあね。」

 

『まあね……って。ひどいなぁ。もう。』

 

 一瞬の間の後、2人はひとしきり笑った。

ユウにとっては久しぶりに心の底から笑えた瞬間だった。

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 その後も、純粋騎士団は勇敢に戦い続けた。1人も欠けることなく(ユウの体はぼろぼろだが。)着実にレベルを上げ、力をつけていった。彼はタンク役……つまり囮役を、トール達はその隙をついて攻撃をするという戦法は未だに有効だった。

 

 そして、とうとう彼らは辿り着いた。

あの忌まわしい階層に。ユウのトラウマとなったあの場所に。

 

 そこはあの時の同じく、円状の広場だった。

中世のコロシアムを彷彿とさせる様な、石造りの床、壁は冷たい大理石によって構成されている。何もかも、あの時のままだ。

 

 あの時のまま、このフロアのボスである双翼の飛龍が眼を血走らせながら、騎士達を睨みつけていた。

 

(……気持ち悪い。)

 

 ユウはここに辿り着いてきた時に切り伏せた、リザードマン達の血糊を拭いつつ、飛龍を睨む。

 

(以前は、何も出来なかった。だけど、今なら……!)

 

 ユウは片腕に装備した大楯を構え、もう片方の手にツヴァイヘンダーを持つ。片腕でツヴァイというのは変だが、経験を重ねる内に片腕でも扱えるまでに成長した。

 

 飛龍がブレスを吐こうとした瞬間、彼は盾を飛龍に投げつけた。吐き出された灼熱の炎は盾に防がれる。飛龍が次の動作に移る前に、ユウは遥か上空へ飛び——

 

『剣技〈ソードスキル〉発動。テフラ・ディーセント!』

 

 真下へと突き攻撃を放つ。重みが加わった剣先が、ずぶりと飛龍の顔面に突き刺さった。真っ赤な鮮血が視界を占める中、ユウは力の限り叫ぶ。

 

『今です!みんな!』

 

「へへっ!美味しいところ貰うぜッ!」

 

 トールのラージナイフの切先が飛龍の爪先を切り落とす。飛龍は痛みからか唸り声をあげ、その場から飛び立とうと翼を羽ばたかせる。

 

「ユウ様!透!後は私達が!」

 

「「「剣技〈ソードスキル〉!リニアッッ!!」」」

 

 その隙を突いて、ローゼン卿、テオドール 卿そしてシスター・ローズが突き出した3本のエストックが飛龍の翼を突き破壊。

 飛龍は狂った様に暴れ出す。ユウは飛龍から眼を離さない様に、先ほど投げた盾を拾い防御に徹した。飛龍のブレスが、尻尾の攻撃が彼の体を痛めつけるが、じっと耐える。

 

「……剣技……レデンプション。」

 

 止めと言わんばかりに、マイの鎌から繰り出される技が、大きな弧を描きながら飛龍を両断する。飛龍は、断末魔を上げながら消えた。

 

(はぁ……はぁ。終わったのか?)

 

 ユウは兜を脱ぎ、辺りを見渡す。マイが誇らしげに、ローゼン卿やトール達がマイを褒めているのが見えた。

 

(……ミナミさんは!?)

 

おかしい。彼女の姿が見当たらない。

そう思ったのも束の間だった。

 

(え?)

 

ユウは、自分の身体が黒い霧に包まれている事に気づく。

 

「ユウッ!!?」

 

 異変に気づいたトールが叫び、こちらへ走ってくるのが見える。彼は手を伸ばしたが、黒い霧はユウの身体を捕らえて離さない。

 

(み、みんな!)

 

 空中にふわりと身体が浮く。しかし何も出来なかった。

 

(息が、出来ない。頭が……朦朧と……する。)

 

 ユウの意識はそのまま闇に落ちていった。

 

 

 

 

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