痛覚による各プレイヤーの反応は様々だった。PKの発生率は減少はしたものの、同時に攻略組の母数、そして士気は低下の一途を辿った。この突如発生した筈の痛覚に対して、カーディナルシステムは不気味なほど沈黙を保つ続けていた。
ユウは停滞する現状を憂いながらも、こうしてツヴァイヘンダーの刃先を研いでいる。考え事をしているのか、その表情は険しい。
(痛み……。)
痛みは、恐怖を生む。
(【自分が本当に死ぬかも知れない】そんな状況下に置かれたら、二の足を踏むのも当然だ。)
剣を研ぐ音だけが、静かに場内に響く。
しんと静まり返った城内は何処か寂しい。
「ユウ君。」
不意に、後ろから声がした。彼は手を止め、視線を向けた。
「熱心だね。」
現れたミナミが、穏やかな笑みを浮かべながら、ユウの手元へと目を向ける。
『何かしないと、不安ですから。』
「……そう。」
沈黙が訪れる。ユウは何か話題を探そうとするが、ミナミは言葉を続けた。
「ユウ君は……怖い?」
“怖い”
ぽつり、と投げかけられた言葉が、重い。
ユウは何を言えば良いか、迷っているようだった。
(怖いから。怖いから攻略を諦める?
死ぬのは嫌だから、戦うのはやめる?)
違う。だが、恐怖があるのは事実。
そして、素直にその感情を吐露して良いものか迷ったのか、何度か言い淀んだのち、彼は答えた。
『……怖いです。」
でも、と言葉を続ける。
『諦めたくありませんから。』
ユウは、力強くはっきりと答えた。
(そうだ。こんな所で立ち止まれなどしない。)
みんなを守りたい。もっと強くなりたい。自分はもっと強くなって、こんなゲームからは抜けて、彼自身……そしてみんなの人生を取り戻す。彼の心の底からの願いだ。彼はまた、視線を下に移す。手元のツヴァイヘンダーだけが、銀色に光っている。まだあの時の嫌な感触が色濃く残っていた。
「…………そうね。」
ふぅ。とミナミは溜息をつき。隣、座るわねと一言断ってから、ユウの横に腰掛けた。
「怖いけど、このままじゃ駄目。他の方法を考えないといけないわね……早くここから出ないと、私……お婆ちゃんになってしまうわ。」
そう言って、ミナミはふふっと笑った。はにかんだような、悪戯っぽい笑顔にユウの心が再び和らぐ。張り詰めていた糸が、緩むような感覚を覚える。
『……僕は戦います。だから、ミナミさんは、安心して笑っていてください。大船に乗ったつもりで!』
彼は、珍しく冗句を飛ばした。しかし、ミナミは表情を一変させる。彼の恐怖を察したのか、それとも別の意図が込められているのかは分からなかった。そして絞り出すかのように。
「……死なないでね。絶対に。」
芯に迫る様な声色だった。その言葉には、どんな意味が込められているのか、ユウは推測することすら出来ない。
『ミナミさ……。』
彼女の意図を問いただそうとしたその瞬間。
「貴方が死んだら、貴重な囮役を担う人がいなくなるわ……。」
(……意外と打算的な理由だった。)
さっきまでの深刻な雰囲気が去り、微妙な空気が彼らを包む。
「そう。ユウ君!貴方がいなくなったらこの騎士団は終わりよ!?多分みんな攻略やめるわ!!だから死んではダメ!」
『ええっ!?そんな理由なんですか?』
ユウの抗議の眼差しに気づいたミナミが、またふふふと笑う。
「うそうそ。冗談……6割くらいね。」
『残り4割は本気なんですね。』
「まあね。」
『まあね……って。ひどいなぁ。もう。』
一瞬の間の後、2人はひとしきり笑った。
ユウにとっては久しぶりに心の底から笑えた瞬間だった。
♢ ♢ ♢
その後も、純粋騎士団は勇敢に戦い続けた。1人も欠けることなく(ユウの体はぼろぼろだが。)着実にレベルを上げ、力をつけていった。彼はタンク役……つまり囮役を、トール達はその隙をついて攻撃をするという戦法は未だに有効だった。
そして、とうとう彼らは辿り着いた。
あの忌まわしい階層に。ユウのトラウマとなったあの場所に。
そこはあの時の同じく、円状の広場だった。
中世のコロシアムを彷彿とさせる様な、石造りの床、壁は冷たい大理石によって構成されている。何もかも、あの時のままだ。
あの時のまま、このフロアのボスである双翼の飛龍が眼を血走らせながら、騎士達を睨みつけていた。
(……気持ち悪い。)
ユウはここに辿り着いてきた時に切り伏せた、リザードマン達の血糊を拭いつつ、飛龍を睨む。
(以前は、何も出来なかった。だけど、今なら……!)
ユウは片腕に装備した大楯を構え、もう片方の手にツヴァイヘンダーを持つ。片腕でツヴァイというのは変だが、経験を重ねる内に片腕でも扱えるまでに成長した。
飛龍がブレスを吐こうとした瞬間、彼は盾を飛龍に投げつけた。吐き出された灼熱の炎は盾に防がれる。飛龍が次の動作に移る前に、ユウは遥か上空へ飛び——
『剣技〈ソードスキル〉発動。テフラ・ディーセント!』
真下へと突き攻撃を放つ。重みが加わった剣先が、ずぶりと飛龍の顔面に突き刺さった。真っ赤な鮮血が視界を占める中、ユウは力の限り叫ぶ。
『今です!みんな!』
「へへっ!美味しいところ貰うぜッ!」
トールのラージナイフの切先が飛龍の爪先を切り落とす。飛龍は痛みからか唸り声をあげ、その場から飛び立とうと翼を羽ばたかせる。
「ユウ様!透!後は私達が!」
「「「剣技〈ソードスキル〉!リニアッッ!!」」」
その隙を突いて、ローゼン卿、テオドール 卿そしてシスター・ローズが突き出した3本のエストックが飛龍の翼を突き破壊。
飛龍は狂った様に暴れ出す。ユウは飛龍から眼を離さない様に、先ほど投げた盾を拾い防御に徹した。飛龍のブレスが、尻尾の攻撃が彼の体を痛めつけるが、じっと耐える。
「……剣技……レデンプション。」
止めと言わんばかりに、マイの鎌から繰り出される技が、大きな弧を描きながら飛龍を両断する。飛龍は、断末魔を上げながら消えた。
(はぁ……はぁ。終わったのか?)
ユウは兜を脱ぎ、辺りを見渡す。マイが誇らしげに、ローゼン卿やトール達がマイを褒めているのが見えた。
(……ミナミさんは!?)
おかしい。彼女の姿が見当たらない。
そう思ったのも束の間だった。
(え?)
ユウは、自分の身体が黒い霧に包まれている事に気づく。
「ユウッ!!?」
異変に気づいたトールが叫び、こちらへ走ってくるのが見える。彼は手を伸ばしたが、黒い霧はユウの身体を捕らえて離さない。
(み、みんな!)
空中にふわりと身体が浮く。しかし何も出来なかった。
(息が、出来ない。頭が……朦朧と……する。)
ユウの意識はそのまま闇に落ちていった。