気をつけてください。
「………」
ハワイの波打ち際のベンチ。私は一人で黄昏ていた。こうやって、ただ景色を眺めるだけで心が落ち着く。今までの思い出を振り返るとかしないで、ただボーッと眺めてるだけでも好き。夕陽の色もそよぐ風も、この世界の匂いも、全部好き。全部私を彩ってくれる。
「またこんな所でサボって」
声の方向へ振り向くと、たきながいた。店仕舞いの時間だから私を捕まえに来たんだろう。
「サボってないよ〜。私はこの景色を目に焼き付けてたのさ〜」
「全く…貴方は…」
言いながら、たきなは横に座る。
私はサボってない。しっかりこの目に焼き付けている。なぁんて言いたいだけなんだけど、本当はちょっと違う。これだけは聞いておきたかった。たきなに。
「たきな、さ」
「はい?」
「ほんとにDAに戻らなくてよかったの?」
つまらない質問だと思った。
別に聞かなくてもいい質問だと思っていた。
ここまでやってきて、今更何を言ってるんだと言われるのを覚悟して言った。でも、今更何を言っているんだと言われたかった。死にかけの人形だった私のゼンマイがまた巻かれて、また少し時間が伸びてしまった私に。
「いいんです。皆と一緒にいる方が私は好きです」
「そっか…」
言われなかった。意外だね。言わないんだ。
お互い顔を見ることなく会話を進める。顔なんて見なくてもどんな顔をしているのかは分かってる。なんて、心が通じあってるようなことを考えてみる。ちょっとおかしくて笑っちゃった。まぁた知らない内に大人びちゃってまぁほんとに…
そっか、皆と一緒にいる方が好き…か。皆と…ね。
「千束だけは、特別ですけどね」
「え…」
ピクリと動いたブレスレットが鳴る。それと同時に思わず振り向いてしまった。そよぐ風に揺れるたきなの黒い髪。ほんとに綺麗に。心が読まれたか?ちょっと動揺して心臓が動いた気がした。すると、見透かしたかのようにたきながこっちを向く。
「意識しました?」
「なっ!」
やっぱり読まれていた。わかってて言ったんだ。
うっわ、恥っず…マジで意識しちったよ。
今更口元を隠して顔を逸らしても意味はなかった。その様子を見てたきなは笑った。
「ほんとに、千束は分かりやすいですね」
「た〜き〜な〜?」
「ふふっ」
コイツ…こんなに表情豊かだったか?前までトランクス履いてるような女だったのに。こんなに南国の彩が似合う美少女になりやがって、揺れる黒髪も、紫陽花のような薄紫色の瞳も、透き通るような綺麗な肌も。二人で買ったお揃いのブレスレットも。せっかく私達で似合うようにしてやったんだぞ〜。
こんなに、私が意識してんだぞ〜。
こんなに……こんな……に……。
「あれ…?」
今何を思った…?
え、今、私、たきな…のこと…。
「っ!」
「ちょ、千束!?」
私は堪らずそこから逃げ出した。
これは私が抱いていい感情じゃない。
これは私が思っていい事じゃない。
これ以上踏み込めば私は…ヒトリから…。
「千束っ!」
「ちょ、たきな!?」
引っ張られた腕を引き剥がそうとしたら私達はバランスを崩して倒れた。たきなに見つかった時もこんな感じだったな。また二人してびしょ濡れだよ。
「もう…逃がしませんよ千束」
「いゃ、ちが、これは…」
「なんで逃げ出したんですか?」
それはいつの話?
今?それとも、あの時?
たきなの目は真剣で、上に乗られてるからまた逃げ出そうにも逃げられない。つーか色々透けてるですけど。
そんなことはどうでもいい。たきなに答えないと…早く。
「私は、この世界が好き。人が動き出す前の時間の世界。仲間がいて、友達がいて、先生達とお店を開いて、困っている人を助けて、その出来事が私を作ってる。だから、私はそれ以上望んじゃいけないって思って…」
本当は大切な人を作って、二人で過ごして、きっと明るい未来があって、手を繋いでその道を歩いて、最期を迎える。そう考えてる日もあった。でも、私はまた新しい私になっていて、そうしたら、今までの事よりもこれから先のやりたい事を……うわ、もうなんか訳わかんなくなってきた。何言ってんだろ私。
「望んじゃダメなんて事はないでしょう」
言いながら、たきなは私が気づかずに落としていたブレスレットを取り出した。
「全くこういうのも、補ってくれる人が必要でしょう。私は言いしたよね?諦めていた事から始めようって」
「うん…」
言いながら、たきなは私の左腕にブレスレットをはめる。
「千束は、千束の思う事をしてください。私も私の思う事をしますので」
「たきなも、諦めてた事…あるの?」
「はい」
「それっ…て?」
私はたきなと目を合わせる。
「はい。これです」
「え…んっ…」
あんまりにも、唐突で、突然で、いきなりで、予想だにもしなかった。
『私のファーストキス』。
たきなにとっても私にとっても。
こんなハワイの、夕陽の波打ち際で、二人きりの。
「貴方を好きになる事。私はもう諦めません。もっともっと、ずっとずっと、これから好きでいさせてもらいます」
なんて大胆な告白。私が抱いた感情はたきなも同じように内に秘めていた。
「だから、千束も私には隠し事はもうしないでください」
そう、たきなは言う。
水も滴るいい女。色悪ってこういうやつのことを言うんじゃないだろうか。あ〜あ、せっかく何も言わないで忘れてやろうとしたのに。これじゃぁ…私がバカみたいじゃんかよ。
「私も…たきなが…好き」
呆然とだけど、確かに言葉にした。
「はい。私も好きです」
たきなは頷いた。
頷いてくれた。凄い笑顔で、今までにないぐらい眩しい笑顔で。あぁ、こんなに嬉しい事はない。
ブレスレットをはめてくれた君の手を握ってしまった。
友達みたいじゃない。指と指を絡めた恋人繋ぎ。
暖かくて、心地よくて、『これ以上』を望んでしまう。
「たきな…私…いいのかな、こんなに貰っちゃって」
素朴な疑問だった。
私は命を貰っている。だから、これ以上望んではいけないと思う。
「勿論ですよ。まだあげ足りないぐらいですから」
「そっか……」
私の好きな人はそう頷いてくれた。
よかった。私はたきなを好きになっていいんだ。
手を繋いで、隣を歩いて、たきなと過ごしていいんだ。
よかった。呆れられてなかったんだ。
「うおおおおお!!!たきなぁ!!」
「ちょ、ま、なんですか千束いきなり」
感情が爆発したので、思うがままに抱き上げて、その場で周り出してしまった。愛情表現はこれしか知らない。
だって、嬉しいんだもん。たきなが頷いてくれたのが。
嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい。
好きで好きで好きで仕方ない。
「私は君を好きになれて嬉しい!!」
「ちょっ、と」
「嬉しい!嬉しい!大好き!たきな!」
なんか吹っ切れてしまったようにたきなへ笑顔を向ける。やっぱり相棒は凄い。さすが私の相棒だ。
何の枷もない笑顔で、私は今笑えてる。
巡り会えた君との全てが私の鼓動になる。
巡り会えた君との全てが私の中で生きている。
だから、今日も私はここにいる。君に会えてよかった。
ありがとうたきな。ありがとう。
・・・・・・
「満足しましたか?」
「うん、満足した」
メリーゴーランドを終えて、私達はまたリコリコへ歩き出した。とっくに遅い時間。夕陽も沈みかけている。
「えへへ」
ふにゃぁと顔が笑顔に溶けてしまう。繋いでる手を見ると。あんまりにも嬉しいから。
「なんですか?」
「んーん、なんでも」
繋いだ手のブレスレットが当たる。
カラン、カラン。私たちの足音みたいに。
しばらく歩くとミズキ達が探しに来ていた。
「ちょ〜っと!あんた達!どこ行ってたのよ!」
「おぉ、帰ってきたか。二人共」
「店仕舞いするゾ〜」
いつも通りのリコリコの皆に、私達は顔を見合せて笑った。
「「は〜い!」」
二人揃って手を上げて、二人揃って歩き出す。
かけがえのない。私達の居場所へ。
・・・・・・
「所で、たきなサン?いつまでお手手にぎってるのかな?」
「行ったでしょう?今度は逃がしませんって」
「え、あ、それそういう理由…ひぁ!?♡ちょ、まっ、心の準備がっ…ぁん!♡」
「ダメですよ、千束。私はもう我慢しませんから」
「ま、まって、らめらめらめらめ、らめぇぇ〜〜〜〜〜〜〜!!!!♡」