※この作品はR-18です。

リコリス・リコイル SSまとめ   作:扇 漱真

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千束がゲロ吐いて、自殺しかける話。


Something to bind 百合

「っはぁ……はぁ……っゔぇぇ……」

 

洗面所でまた私は胃の中の物を吐き出した。

また、夢に出てきた。最近は全くと言っていいほど出てこなかった『あなた』は、まだ私を『縛り続けている』。

私の才能を認めてくれた救世主さん。それでも、今の『あなた』は『私を縛る悪魔』だ。

鏡の向こうに私は映っている。

 

「っ…!?」

 

鏡の中の自分は私に手を差し伸べてきた。

その手はまるで男の人の手のようで。

その手はまるで血まみれで。

その手は私の心臓を握っていて。

ゆっくりと顔を覗かせてくる。

私の顔が変わっていく。

 

「っ……っ……」

 

消えろ……。

 

「ぁ…っ……ぁ…」

 

消えろ……。

 

「ぅ……あ……」

 

来ないで……。

 

(ちサと)

 

真っ黒の顔をした私の憧れた救世主。

 

「ぁぁあああ!!!ああぁぁぁ!!あああああああぁぁぁ!!!ァァァァァァアアアア!!!」

 

ガシャンガシャン!ガシャンガシャン!

周りにあるものを投げて、鏡を割る。

来るな…!来るな…!私にまとわりつくな…!

私は『あなた』じゃない。『錦木千束』だ。

 

「千束!?」

 

誰かが私を抱き止める。誰…?誰なの…?

今は怖い。全てが怖い。抱き止める誰かも、鏡に映る自分も。

 

「いやぁぁ!!いやぁぁ!!」

「千束!私です!たきなです!落ち着いてください!!」

 

嫌だ嫌だ嫌だ。

まとわりつくな。

私を一人にしてくれ。

私ヲ。

一人二。

 

「来ないで!触らないでっ!!」

「千束っ!大丈夫ですわたしで…っい!」

 

私の振り払っていた腕が誰かの顔にぶつかった。

私は誰かを傷つけた…。

たきな…?そこにいるのはたきななの…?

 

「いっつ……」

「た、き…な?」

「はい。大丈夫ですよ。千束」

 

言うと、たきなはすぐに私を抱きしめてくれた。

 

「はっ……はっ……はぁ…はぁぁぁ………」

 

深く息を落として、私はたきなに縋り付く。

たきなの鼓動が私のリズムを取り戻してくれる。

たきなの暖かさが私をまた落ち着かせてくれる。

 

それでも、私はまだあの人に『縛られている』

 

・・・・・・

 

結局その後は一睡も出来なかった。目を閉じてはいたが、閉じればまたあの人が出てきそうな気がした。

もう、会いたくない。会いたくなかった。

だから、あのペンダントも返したし、海に投げた。

人殺しの才能なんてそんなのじゃない。私はただ、ヨシさんみたいに誰かを助けられる人になりたかった。

なのにあの人は。私に誰かを殺す事を求めた。

先生を否定して、私を死にかけの人形と呼んで、人工心臓を自分に埋め込んで、それでも私の人殺しの才能を引き出そうとした。

やっぱり私にはそれが分からなかった。

 

「はぁ……」

 

幸せの逃げるため息。なんだか、体が重い。寝てないからと言えばそうだが、それだとしても体がだるい。

照りつける太陽の下で私は呆然と立ち尽くしている。

あ…ヤバい…目見えなくなってきた…。

やば…立って…らんな…い…。

 

「千束?、千束!!!」

「おい!どうした千束!!」

「千束!」

「ちょっと、アンタ!」

 

・・・・・・

 

「熱中症ですね」

「…そうですか」

 

千束が倒れてから直ぐにクルミが探してくれた日本人の人が営む病院へ。

意識はあったものの、朦朧としていたので受け答えは出来なかったが、診断結果は熱中症。やはり昨日の夜が響いていたのだろうか。冷や汗と体の震え。意識が朦朧とするぐらい無理をしていた。朝ご飯も食べれていなかった。分かっていた自分が何もしてやれなかったのが悔しい。

ハワイに来てから数ヶ月。私は初めて千束がここまで荒れている姿を見た。まだ隠し事をしているのだろうか。

 

「こっちでは観光に来た日本人の人がよく熱中症になるんですよ。こっちの人達は暑さの耐性が凄いですから。フルーツなどを食べて体を冷やすといいでしょう。一応、解熱剤と……」

 

医師の話があまり入ってこなかった。千束の元気の無い顔だけが脳裏に浮かんでは消える。一緒にいた私ですら察せられなかった。

嫌がる千束を。

怖がる千束を。

周りが見えなくなってしまった千束を。

私は初めて見た。

 

「ありがとうございました」

 

千束が眠る病室へ。

よかった。今は安らかな寝顔だ。しかし、昨日の千束の様子が分からない。なぜあんなに荒れていたのか。千束をあそこまで動揺させるもの…きっとそれは千束の中にある人工心臓。だと思う。けれど店長は何も言ってくれなかった。誰のものなのか、どこから持ってきたのか、それは千束も同様だった。

眠る千束の前髪を撫でる。

 

「ヨシ…さん」

「っ!?」

 

聞いた瞬間。心臓が握りつぶされたような感覚がやってきた。

信じられない名前が出てきた。

吉松。吉松シンジ。

そうか。あの男が原因なのか。奴は千束の前から消えてもなお、千束を『縛り続ける』。

どれだけ千束を苦しめるんだ…あの男はっ…!

私は歯を食いしばる。

何も出来ない自分に対して。

何もしてやれなかった自分に対して。

でも、もう、私には本当に何もしてやれない。今はもう吉松は消えてしまった。私に出来るのは奴を撃つことだけ。

だから、これは、千束の力でしか解決できない事…。

私に出来ることは精々、傍に居てあげることぐらい。

 

「千束…」

 

そっと彼女の手を握る。少し震えている。

悪夢でも見ているのだろうか。せめて夢の中だけでも今は安心して欲しいのに。出来るなら…出来るなら私もあなたの夢へ入り込んでこの手で今度こそ、吉松を…。

 

「ん……たき、な?」

「千束!」

 

千束は目を覚ました。体をゆっくりと起こすとだるそうに頭を抱えた。

 

「まだ起きない方が…」

「ううん…大丈夫。ごめんね。また迷惑かけちゃって」

「いえ…そんなことは…」

 

弱っている。私が見ても分かるぐらいに。声も体も瞳も意識も、何もかも。時々こんな風に弱る事は何度かあったがここまで重症なのは初めてだった。だから私は何も出来ない。吉松の名前が出てくるのは予想だにもしてなかった。

 

「あのっ…」

「ん?」

 

言葉に詰まった。喉元まで出てきた吉松の名前が言えなかった。言えばまた千束は苦しむかと思ったから。

私は千束を苦しめたくない。だから別な言葉に切り替えた。

 

「診断結果は熱中症だそうです。医者の先生からは1週間は自宅で安静にした方が良いとの事です」

「そっか…うん。ありがとう。たきな」

「…はい」

 

空元気の笑顔。それは偽りの笑顔。

何故ですか、千束。

私にでさえ…作り笑顔なのですか。

 

・・・・・・

 

「では千束。すぐに戻りますから」

「うん。行ってらっしゃい」

 

そう言って、たきなは今日の夕飯のおかずを買いに行く。昼下がりの時間。風邪がぶり返した様な状態の私はお留守番。見送った後に、そっと窓際にたって空を見上げる。また、澄んだ青空。でも、私は元気じゃない。

たきなと病院から戻ってきて三日。それまでは良かった体調がまた悪くなってきた。体が重くて吐き気がする。ヨシさんの夢を見てもいないのに。たきなも付きっきりで看病してくれている。本当に迷惑をかけてばかりだ。

『あなたに縛られている』私は、あなたからは逃げられない。

ねぇ…ヨシさん。ここにいるのはヨシさんなの…?

私には分からないよ。

なんであなたは私にまとわりつくの。

私にはわからないよ。

 

「っ……げほっ!げほっ!がはっ!」

 

込み上げてきた咳きに吐き気が混じる。

ベッドの上では吐きたくないのでまた洗面所へ行く。

 

・・・・・・

 

「ぅえ゙っ…ぉえ゙ぇ゙……っはぁ……はぁ……」

 

朝と昼に食べたものが出ていってしまった。

たきなの手料理。固形物じゃなくて、お粥みたいに流し込めるものにしてもらったのに。ごめんねたきな。

割れたままの鏡に映る自分はゲッソリとやせ細っている。こんな顔の私をたきなに見て欲しくはなかった。

今まで隠してきた罰か。

たきな達に見つかる少し前まではこんな日々が続いていた。誰にも縋ることなくただ苦しむだけの夜。

でも、宮古島のあの景色を見ていたらその時だけは何もかもを忘れられた。本当に景色に溶け込んだような。

それなのに、なんで今更…なんで…

 

「っはぁ……はぁ……」

 

少し横になろう。薬を飲んで横になろう。

たきなもすぐに帰ってくるし、具合が悪いんだから安静にしてるべきだ。

割れた鏡をもう一度見て、鏡に映っている自分が『錦木千束』であることを確認してから、私はベッドへ向かった。

 

「っ!?」

 

はずだった。洗面所から出てすぐのこと。

信じられない人が目の前にいた。どこから入ったのかも分からず、土足で人の家にあがり込んでいる。帽子を指で回しながら、ソイツは立っていた。

 

「よォ…久しぶりだなぁ。アランリコリス?」

「真島…」

 

顔に包帯を巻き、包帯が目隠しのようになっているがこの男には関係ない。私は構えはとってはいるが、出来ればこんなフラフラな状態では会いたくなかった。

抵抗出来るか否か、私は恐らく今は勝てない。

 

「まぁ、そう身構えるなよ、アランリコリス」

「私はもうアランのリコリスじゃねぇっつの。つーかなんでアンタ生きてんのよ」

「別に。ただ助かっただけの事だ。んじゃあ今はただのリコリスか」

「私は活動休止中なの」

「へぇ…それのせいか随分弱ってるな」

 

ニヤニヤと口を歪ませる。

懐に隠してる銃が見え見えで厄介だ。本当に目が見えてないのか?

私を見透かしたような態度でこちらを覗いているように見える。一方こちらは立ちくらみと吐き気、そして体のだるさの三点セット。本気で歯向かわれたら太刀打ち出来ない。

 

「愛しのヨシさんに会えて嬉しかったか?」

「っ…アンタには関係ないでしょ。今はもうヨシさんは…」

「くっはは、やっぱり居ねぇのか。それとも…」

 

真島は私を指さした。

 

「『そこ』にいるのか?」

 

私の心臓を指さした。

 

「っ!」

 

寒気が走り、私は胸元に手をやった。そして、そのまま服を握りしめる。そして、真島はゆっくりと私に向かって歩き出す。

 

「やっぱり、か。殺したんだな、愛しのヨシさんを」

「違う…!」

 

一歩。

 

「ヨシさんを殺してまでお前は生き延びたかったって訳だ」

「違うっ…」

 

また一歩。

そして私の前へ。

 

「どうだ?愛しのヨシさんと一緒になった感想は?」

「ひっ!」

 

どくん。

無い心臓が跳ねた気がした。

 

「うっ…ぅえ゙ぇ゙!!」

 

さっき飲んだ水が戻ってきた。想像するだけで既にダメになっている。私はあの人を拒絶している。こんなにも、吐き散らすぐらいに。

そんな私を見て、真島は愉快に笑う。

 

「っははは!おいおい、本気でヨシさん殺したのか?お前意外とがめついな」

「っ、うるさいっ!」

 

殴ろうとした弱々しい右腕はあっさりと真島に受け止められた。その後、反対の手で私の顔を掴む。

頬を潰すように握りしめ、私と無理やり目を合わせる。

 

「お前のせいでヨシさんは死んだんだな」

「ち、がう…」

「ゲロ吐くぐらい囚われてんだろ?悲しいなぁ?」

「私は…」

「…なぁ、千束」

「っ…!?」

 

今コイツ……私の事……名前で……?

私の口の周りの吐瀉物の混じった唾液を真島は指で拭う。手つきが気持ち悪い。抵抗しようにも体に力が入らない。口の中に指を入れられて、口の中を弄られて。

それでも、真島はお構い無しに話を続ける。

 

「やっぱり俺と組まないか?」

「なに…が…」

 

体が震えて上手く話せない。呼吸も浅くなる。

包帯の隙間から見える瞳から目が離せない。

怖い。怖くない。

人肌が私を揺さぶる。良い方に。悪い方に。

ぐちゃぐちゃな感情が入り混じる。

 

「俺達でアランをぶっ壊そうぜ。そうしたら、お前もヨシさんに『縛られる』事はなくなるだろ?」

「そんな…こと…」

「だってそうだろ?お前これからもそんな人生歩んでくつもりか?」

「だっ…て、私に…は」

「楽になろうぜ?」

「……!?」

 

楽…に?

 

「お前の心の闇を理解出来るのは、俺だけなんだよ。千束」

「アンタ…だけ…?」

 

この人を受け入れれば…私は楽になれる?

もう、ヨシさんの事を考えなくて…済むの?

私を理解出来る。

私を理解してくれる人。

私の、唯一の。

理解者…?

そ、れ、は……。

 

 

 

『千束』

 

 

 

「っ違う!!」

「うおっ?」

 

私は出来る限りの力で真島を押し退けた。ついでに懐に隠していた銃を奪い真島へ向けた。

私を理解してくれる人は、お前じゃない。たきなだ。

どれだけ迷惑をかけても、どれだけ突き放しても、どれだけ離れていても、私の事を優先でしてくれる。

これも確かに私のわがままだ。私の欲だ。自分勝手で、たきなの事も一切考えてないわがままだ。だけど、真島の言葉で一番最初に浮かんだ人はたきなだけだった。

 

「アンタと私は絶対に違う!早く私の目の前から消えてよ!」

「おいおい、それは実弾だぞ?撃てんのか?」

 

私が撃てないことは知っているかのように真島は煽ってくる。それでも、私は銃口を向けたまま真島を睨みつけた。とにかく今はコイツを遠ざけたかった。

 

「……」

 

涙目で息を切らして銃を向ける。それでも、真島は呆れたように私を見やる。そして、ため息を吐いて口を開いた。

 

「お前がどんな思いでここにいて、どんな思いで今を生きてるのかは知らねぇけどよ」

 

真島は私へ歩み寄り、銃を退けて私の胸に指を突き刺した。

 

「お前が存在してるせいでお前に『縛られ続けてる奴』がいるって事は覚えておいた方がいいな。千束」

「っ……」

 

それから真島は窓から消えた。

私は気張っていた体が限界を迎えてその場に崩れ落ちた。今度は涙が出てきた。

分かってる。そんな事は分かってるんだ。私のせいで誰かが苦しんでるなんて。それでも、私には解決できない。私には何もしてやれない。だから、私は死ぬ事を受け入れていた。それなのに、伸びてしまった時間は刻々と進み無情にも私の進む道を作る。その道には、先生がいて、ミズキとクルミもいて、そして、たきながいて。

皆が手を引いてくれる。私が生き延びて嬉しくないと思っているのかも知れない。

でも、私は、それでも。

 

「私は……」

 

ゴトン。力なく開いた手から落ちた真島の銃。

確か、実弾と言っていた。

 

「……」

 

疲れた…もう生きる事に疲れた。

私を『縛り続ける』あなたと一緒に生きるのが疲れた。

私もここから消えれば私が与えてきた皆を『縛るもの』が無くなるのなら。私はそれでも構わない。

 

「………」

 

顎から頭にかけて弾丸を貫かせるように銃を構える。

これでいい。私が消えれば皆が幸せになるのなら。

たきなの『縛るもの』が無くなるのなら。

たきなが幸せになるのなら。

私は、覚悟なんて決めないで引き金に指をかける。

もういい。もうなんでもいい。こんなものを受け入れようとした私が馬鹿だったんだ。

もう…なんでも。

 

ガァン!

 

・・・・・・

 

信じられない光景が目の前にはあった。

夕飯のおかずを買って帰ってきたら千束が自分に銃口を向けていた。引き金を引く瞬間だった。ギリギリ引き剥がすのが間に合ったからいいものの。私にとっては心臓の止まるような思いだった。千束の何も覚悟の決まってないその顔は、私を待っているわけでもなく、誰かに縋る様ではなく。

ただただ、希望を捨てた顔だった。

 

「何やってるんですか!」

「離してよったきな!いいの!私はもういいの!」

「いいわけないでしょう!?」

 

ただをこねる子供のように。とても簡単に千束は自分の命を手放そうとしている。前に見た、鏡を割った時の千束だ。何かに『縛られている』千束だ。

 

「もういいの!私は元々いなかった人間なの!だから…」

「貴方が今死んだら!!!!!」

「っ!?」

 

自分でも出した事のない程の大きな声。誰かを静止させる声ではなくて、ただ千束に私の言葉を聞いて欲しいという声。

 

「私も、もう生きる意味が無くなってしまいます…」

 

情けないが今にも泣き出しそうな自分の顔を見て、千束もようやく改心したのか、銃を下ろして、下を向いてしまった。それはまるで、何も出来なくなった戦士のように。後悔を手放せない人のように。

 

「なんで…たきなは私にそこまでしてくれるの…」

 

して欲しくなさそうに今は声が弱々しい。

そんなあなたは見たくない。吉松に『縛られている』あなたは、いつになく何処にも希望を見い出せていない。何もかも、自暴自棄になってしまうくらいに。亡霊の声を聞いて、それでもなお、吉松を受け入れようとしている。それは死人を背負って生きていくようなものだ。

私はそっと千束の肩に手を置いた。

 

「千束。私はあなたに自分の為に笑って欲しいんです。何にも囚われず、何にも『縛られず』に。今まで色んな苦労をした分、自分自身の為に。だから、少しぐらいは私を頼ってください。また一人で抱え込まないでください。今は、もう、皆がいるんですよ。千束」

 

この人は、人を思いやることが出来る。でも、それはその人の事を一生考えて過ごす事。その人に『縛られ続けて』しまうこと。どれだけ記憶の片隅に置いても、いつかは蘇るもの。人を思い続けるというのはそういうものだと思う。

 

「私は…もう私じゃなくなったんだよ…」

 

下を向いたまま、首を横に振った。

そうか…また自分を見失っていたのか。本当に人に頼るのが苦手な人なんだ。何処にも行けないで、誰にも聞かないで、鎖に『縛られて』。千束はまた全てを受け入れようとしていた。どんなものも、どんな思いも、また疲れるような事をしている。一人でそれを受け止めるには疲れてしまう。そんな事は散々してきたでしょう。だから、私はあなたに自分の為に笑って欲しかった。

 

「例え、あなたが『錦木千束』で無くなったとしても、私はあなたの隣にいます」

「え…」

「私は、千束の中から『千束』が消えても、散らばって欠片になったとしても私はその欠片を拾ってあなたをまた見つけてみせます。どんなに小さな欠片になっても、私があなたの隣にいる限り、あなたは『錦木千束』です。そのために、私は今ここにいる」

「たき…な」

「確かに私は、あなたに『縛られて』いるのかも知れません。でもそれは、私にとっては嬉しい事なんです。病院から勝手に消えたあなたがここにいる。一人になってしまったあなたに私は寄り添いたいんです。例え鎖に繋がれてでも、だって、そうでしょう?あなたは一人で抱え込みすぎる。なんでも、一人でやろうとしないでください。これは、あなたが一人でできる、あなたのやりたい事ではないでしょう?」

「っ…ぁ…ぁ…ああ゙ぁ゙ぁ゙〜〜〜!!!」

 

いつの間にか、私と目線を合わせていた千束の顔は救われたかのように泣き顔へ崩れていた。この人は本当に、自分で解決しようとし過ぎた。ようやく分かった。あの時の荒れていた様子。この人はまだ、吉松の事で『縛られている』。あの人工心臓はおそらく吉松のものだ。でも、それは店長に聞かないとわからない。でも、千束を苦しめるのはもう吉松しかいない。

それでも、私に出来ることはこうして傍に居てあげること。あなたに言葉をかけてあげることだけだ。

飛べなくなった天使のように誰かの銃を胸に抱えて千束は跪いて泣いている。

言葉が足りないような気がする。千束を安心させたかったが、この埋まらない感覚はこれからも背負っていくことになる。これは千束の問題だからだ。ついた傷がカサブタになるのも待たずにこの人はすぐに駆け出してゆく。そうやって、自分の気持ちを押し殺して沢山の人の思いに触れてきたのかも知れない。

 

「千束……」

 

陽だまりの中で泣きながら震える私の最愛の人へ遠のいていたような気がしたが、それでも私はあなたに『縛られて』いるんだ。

泣き止むことの無い千束を抱きしめる。

全く。あなたは。

過去を塗りつぶすことが出来ないのですね。

だから今は無理に吉松を愛そうとしなくてもいいのに。

だから今は無理に全てを受け入れようとしなくていいのに。

一人で堪えて、我慢して、そんな事はもうしなくていいというのに。

 

「もう、大丈夫ですよ。千束」

 

例え私は、貴方に永遠に『縛られて』でも。

 

・・・・・・

 

「千束…」

「ごめん、先生。急に呼び出したりして」

 

突然電話がかかってきて出てみたら、千束からの呼び出しだった。弱っていたのに急に呼び出された。千束の家の玄関を開ければそこにはいつものように明るい千束ではなく、なにか真剣な話をしようとしている千束がいた。久しぶりに見た。真剣な顔の千束を。

 

「今日はどうしたんだ?」

「っ……」

 

何かを躊躇った動き。言いづらいことを聞きたいのか。

口の動きもまごつかない。いや、俺自身も千束の言いたいことは分かっているつもりだ。だが、千束の口から聞かない事には進まない。俺からは何も言ってやれない。

 

「っ…この心臓のことを…ヨシさんの事、教えて欲しいの」

「…!?」

 

驚いてしまった。いつかそれを聞いてくる日が来ると思っていたのに。

 

「千束。もうそんな事は気にしなくていいんだ」

「それでも、知りたいの!この心臓が誰のものなのか、ヨシさんはどうなったのか。そうでもしないと、私は今とは向き合えない…」

 

何にも『縛られ』ないように、何にも囚われないように、そう思って行った俺の千束への行為はいつの間にか、千束を『縛り』つけていた。シンジにまた囚われていた。何も伝えなかった俺への罰なのか。

 

「……それは…」

 

言葉に詰まった。打ち漏らしたメールのように、改行して止まってしまった書き手のように。

この真実を伝える日はいつか来ると思っていた。それを受け入れてくれるかどうか怖かった。他人の心臓を貰って生きていた。それは千束にとっては望んでもいない事だ。きっと千束は『要らない』と言うだろうと思った。千束の記憶に残るシンジは、今は千束を苦しめているらしい。

理屈では消えない過去だ。

理屈では消えない傷になる。

それでも、俺は千束に生きていて欲しかった。千束を自由にしたかった。殺しの才能なんてそんなものではなく、誰かを助けられる人になって欲しいと。千束自身の願いをいつの間にか心で願っていた。

 

「千束…」

「教えて先生。今ヨシさんは何処にいるの?これはヨシさんのなの!?」

 

こんな風に俺に何かを聞いてくる千束の瞳は真剣だった。それでも、涙を浮かべて瞳が揺れていた。

もう分かっていたんだ。千束も。俺が伝えるより先に分かっていたんだ。だから、千束は今苦しんでいた。俺はそれをどこかで見ないふりをしていた。

 

「っ……お願い教えてよ。お父さん」

「!?」

 

その言葉は、俺を『縛りつける』。父親を気取っていた俺にはその言葉はとても重いものだった。理屈では消せない。千束を育てた理由も。シンジが千束に願っていた事も。俺が千束にどうなって欲しかったのかも。だが、これは俺自身がいつか伝えようとしていた事。それを今、千束が知りたがっているというのなら。

 

「……そうだ。その心臓はシンジの中にあったものだ。そして、シンジは……俺が殺した」

 

とうとう真実を伝えた。

そして千束は泣き崩れた。

誰かを殺して自分が生きても、それはもう自分じゃない。

千束にそう言われた。

嘘をついて生きて欲しくないという俺の願いは、千束へ送ったもの。そのために俺は千束へ嘘をつき続けてきた。何かを隠して、何かを躊躇い、千束を騙し続けてきた。でも、それは俺が心のどこかでシンジに『縛られず』に生きて欲しいと言う願い。いや、呪いだったのかもしれない。

 

「バカ!先生のバカ!!なんでヨシさんまで殺したんだよ!!」

 

泣きながら俺を子供のように殴る千束を俺は止められなかった。

あれだけ自分を否定した相手にすら。

そんな相手を想って、千束は泣いてくれる。

それでもお前はシンジの為に泣いてくれるのか。

シンジを終わらせた時に何の躊躇いもなかったと言えば嘘になる。だがその時に優先してたのは千束の方だった。俺はただ、元気に日常を過ごす千束が見たかった。

だが、千束はちゃんとシンジの事を受け止めようとしてくれていた。子供なのは俺の方だ。大人になりきれない子供だ。なら、受け止めようとしているのなら、千束にはシンジに会わせるべきだ。

 

「千束」

「っ…ぐすっ…何?先生」

「シンジに、会いに行こう」

 

 

・・・・・・

 

 

「気をつけんのよ」

「うん。ありがとうミズキ」

 

千束が完全に回復するのを待って、店長と千束は一度日本へ用事を済ませに行く。でも、それはきっと吉松の事だ。私が入る余地はない。

 

「いいのかミカ、千束にとっては辛いんじゃないのか?」

「いや、今の千束ならシンジと話せるさ」

 

クルミが飛行機のチケットを渡しながら店長と話していた。千束の顔はなんだか少し浮かないように見えたが、以前とは違う、何かとしっかり向き合おうとしている顔だ。すると、私の目線に気づいたのか、千束は私へ駆け寄ってきた。

 

「ごめんね、たきな。三日ぐらい空けちゃうけど…」

「いいですよ、ちゃんと、帰ってきてくれれば」

「う、ぐ…」

 

ちゃんとを強調して言えた。千束の罰の悪そうな顔が可笑しくて笑ってしまった。

 

「でも、ちゃんと帰ってくるよ。たきなのところに」

 

千束は躊躇いなく、真っ直ぐと言ってくれた。

もうその顔は何にも囚われていない。『縛られていない』。だから、私もちゃんと頷いた。

 

「はい。行ってらっしゃい。千束」

「うん!」

 

それから程なくして、千束が乗る飛行機は日本へ飛び立った。

別に、ちゃんと帰ってくると言われたのに私はその飛行機を見送り続けてしまった。少し信用ならないと言えばそうなのだが、千束がいなくなるのは少し寂しかった。

 

「たきな。よかったのか?お前は一緒じゃなくて」

 

それを見兼ねたクルミが私に声をかけてきた。

 

「えぇ、もし吉松氏のお墓でも見せられたら、私は力任せにぶっ壊してしまうでしょうから」

「ははっ…お前らしいな。そういう躊躇いのない所」

「ありがとうございます」

 

呆れたように頬に汗を垂らしたクルミ。一度鼻で笑うと私をまた見つめた。

 

「………なら、千束とミカがいない間はリコリコも休みだ。今日からはボードゲーム三昧だぞ」

 

クルミは私に笑いかける。また気を使わせてしまっただろうか。今は甘んじてクルミの誘いを受けよう。

 

「望むところです。今日は負けませんから」

「よし。ならまずは夜更かし用のお菓子の買い物だ」

「食べ過ぎはダメですよ。クルミも栄養が偏ったものばかり食べてるんですから」

「なら、たきなの手料理が食べてみたい、な?ミズキ」

「あー、そういえば私も食べたことないのよね」

「仕方ないですね」

「よっしゃ」

「なら、夕飯の買い物ね」

「はい。お願いします。ミズキさん」

 

心地よい風が吹く。千束はもう『縛られていない』ようだった。空を見上げて私は千束が乗っているであろう飛行機を見てもう一度送りの挨拶をした。

 

「行ってらっしゃい。千束」

 

・・・・・・

 

「日本は寒いね。先生」

「あぁ、ちゃんと防寒着持ってきてよかったな」

「うん」

 

ホノルルから8時間。たどり着いた日本はもう冬景色だった。首のマフラーが少しくすぐったい。先生と二人で歩くなんていつぶりだろうか。相変わらず杖を突いて歩きづらそうだ。持っている花束を揺らしながら私は先生の背中を追う。大きな背中を。

 

「ここだ」

 

連れてこられたのは、小さな神社のとある墓地。谷中霊園でも、青山霊園でも、雑司ヶ谷霊園でもない。何の変哲もない小さな神社。

 

「行こう」

 

また先生に着いて行くと、一つのお墓にたどり着く。

お墓に刻まれている『吉松シンジ』の文字。先生はそのお墓の前にしゃがみこんで線香を用意し始めた。

 

「ここにはシンジは入っていないのだがな」

「え」

「シンジはあの後見つからなかった。誰かに回収されたか、それともDAに持っていかれたか…俺には足取りを追えなかった」

「そう、なんだ」

 

先に先生が線香をあげて手を合わせると、今度は私の番だ。少し花束を握る手に力が入る。初めて人のお墓と向き合った。こんなにも緊張するものなのだろうか。それとも、相手がヨシさんだからだろうか。それでも先生はこうして話す機会をくれた。だから私も先生みたいにしゃがみこんでヨシさんのお墓に目を向けた。

 

「久しぶり。ヨシさん。ごめんね私ヨシさんのこと先生に聞くまで知らなかったの。薄々は分かってたんだけど、それでも、ヨシさんと一緒になったなんて信じられなかった。ヨシさんに『縛られてる』ってずっと思ってた。でも、もう違うんだ。私、ヨシさんのおかげでまたこうして生きれてる。先のない未来に絶望してた私にヨシさんはまた時間をくれた。本当にありがとう。だからヨシさん。向こうでどうか見守ってて欲しいの。私がこれからどう生きるかを。あんな才能なんかじゃなくて、もっと別な。ヨシさんみたいに誰かを助けられるような人になることを祈ってて欲しいの。この命もまたヨシさんから貰ったものだけど……今度は私のしたい事に使わせて欲しいの。わがままかもしれないけど、もう、ヨシさんはここには居ないから。その代わりに私は、誰かを助けられる人になるよ」

 

線香をあげて、手を合わせてヨシさんへ安らかな眠りを祈る。少し長めに祈る。祈りで閉じていた目を開くとちゃんとそこにはヨシさんのお墓がある。

そして、花束を添えた。

紫と赤そして多めの白のスイートピー。その束をお墓に添えて、私は立ち上がる。風でよそいだスイートピーの花びらが舞う。

 

「ありがとう。ヨシさん。またね」

 

先生の方を向くと、また少しお墓を見つめていた。

 

『狂わされたな俺達も。千束に』

 

先生は目線を下にやった。

 

「いや、もしかしたらそうでもないかもな。シンジ」

「ん?なんか言った?先生」

「いや、なんでもない。さぁ、少し観光して宿に戻ろう」

「うん!…あ、でも歩くの大丈夫なの?あんまり無理しなくても…」

「いや、二人でお出掛けするのが久しぶりでな年甲斐もなくテンションが上がってしまっているんだ」

「ぶっはは!何それ!」

 

先生の意外な言葉に私は笑ってしまった。

 

「うん!じゃあ行こう。先生」

 

そうして私と先生は歩き出した。こうやって歩いている私と先生はまるで家族のように見えてるのだろうか。私にはよく分からないけど、私は今、その歩いている足は、今動いているこの心は、何にも『縛られていない』。鎖で繋がれている訳でもない。私の為に歩いている。心が軽くなった気がする。

でも、それはちゃんと私の帰る居場所へ帰ってからのお話だ。

 

・・・・・・

 

「ただいま〜!」

「おかえりなさい、千束」

 

しっかりとたきなに聞こえるように帰ってきた挨拶をする。たきなはパタパタとスリッパを鳴らして出迎えてくれた。三日ぶりのたきな成分を吸いに私は勢いよくたきなに抱きついた。たきなはしっかりと受け止めて私の髪を撫でる。

 

「疲れたよ〜!たきなぁ〜!」

「ちょっ…と、もぅ…」

 

存分にたきなの匂いを嗅いだ後、私は今回のことについて謝らなければならない。取り乱してたきなを殴りもした。来ないでと触らないでと拒絶もした。それなのにたきなは私のそばに居てくれた。だから謝らないといけない。

 

「たきな、ちょっといい?その…話があるの」

「…はい」

 

いいながら、私はソファに座る。たきなも続いて座る。

そして私はたきなの方へ向く。少し呼吸を整えて、たきなの目を見て息を吸った。

 

「今回は本当にごめんなさい」

「えっ!?」

「私はまたたきなに迷惑をかけちゃって、また何も言わないで勝手に荒れちゃって、本当にごめんなさい。その…許して欲しいの」

「そ、そんな!私だって、何も分からなくて…」

「ううん。たきなは悪くない。迷惑かけないようにって思ってずっと黙ってた私が悪いの。だから、また余計な心配と苦労かけちゃって。本当にごめん」

「千束…」

「もう、たきなには何も隠さないし、嘘は吐かない。だから……その……私の事…嫌いにならないで欲しいの」

 

情けなくなった顔を隠すように伏せてしまった。たきなの顔が見えない。たきなの顔が見れない。何も言ってくれないたきなが怖い。

 

「っ……」

 

恐る恐る顔を上げると、たきなは微笑んでいた。

 

「たき…な?」

「そんな顔しないでください。私はこんな事で私があなたを嫌うと思いますか?」

「それは…」

「私はあなたがまた戻ってきてくれて嬉しいんです。だから、謝る必要はありません。言ったでしょう?どんなあなたも受け入れると。一人で抱え込まないでくださいって」

 

たきなは私の頬に手を添えて笑いかけてくれた。

 

「うん。ありがとう。たきな」

 

その手に自分の手を重ねて私は頷いた。

良かった。帰って来れたんだ。私の居場所に。

 

「なら…その…もう一つ、いい?」

「はい。なんですか?」

 

目が泳ぐ私にたきなはしっかりを目を見つめて答えてくれる。許して貰ったら一番最初に言おうとしていたこと。まずはこれを言わないと私自身が始まらなかった。

 

「こ、今回の件で駄々っ子みたいになってた私の事は忘れて欲しいの!」

 

たきなはキョトンと目を丸くすると、直ぐに吹き出した。

 

「ぶっ!…っくくくく…そう…ですねっ…忘れないといけないですね……」

「わらうなぁ!」

 

私のグルグルパンチをハイハイと軽く止めながら、たきなは笑っている。すると、たきなはまた抱きしめてくれる。

 

「でも、何故ですか?忘れて欲しいなんて」

「……あの時は本当に何もかも怖くて自分が自分じゃなくなったみたいな感覚だったの。あの時荒ぶってた私も間違いなく私のままだから、だから…その…」

 

上手く言葉に出来ない。とにかく今は安心しきっているからだろうか。

 

「私には今回の事は分かりませんでした。死人に引っ張られるのは、きっと…あぁなってしまう事なのでしょう。でも、もう大丈夫なんですよね?」

 

顔を見合わせる。なんだか気恥ずかしくて目を合わせられない。こんなにたきなが優しくしてくれるとそれに溺れてしまいそうになる。髪を撫でられる手が暖かい。ずっと狂った私の世話をしてくれたのに、こんなにも暖かい。

 

「うん。大丈夫。……んっ」

 

私が頷くのを見てから、たきなのそよ風のようなキスは私に突然やってきた。

 

「それはそうと、千束」

「ひゃい……」

 

あんまりにも突然の事で変な声を上げてしまう。

そして、ゆっくりとソファに押し倒されていく。

 

「あなたを看病していた1週間。そしてあなたが店長と用事を済ませるために日本に帰国した3日。私はとぉ〜っっても寂しかったのです」

「お、おう…そうか…」

 

たきなの髪が私の司会を遮る。たきな以外何も見えなくするように。少し圧のあるたきなの言葉は寂しさを隠しているようにも、甘えているようにも聞こえた。

スルスルと頬を撫でるくすぐったい手は私の胸へたどり着く。

体が熱い。触れられた所が熱い。吐き出す吐息は熱を帯びている。

 

「っ…んっ…」

 

ゆっくり確かめるように私の体を撫でる。瞳が溶けるように垂れ下がっていく。頬に優しくキスを落とされて耳にもキスを落とされる。

 

「千束…」

「あっ…」

 

耳元で囁かれるその声は私の中へ響いていく。

いつの間にか絡み合った手は、決して離されることはなく私を『繋ぎ止めてくれる』。

 

「寂しかった分の埋め合わせ。してもらいますね」

「…っ…うん…」

 

こうして、私達はお互いを『繋いでいく』。

 

 

・・・・・・

 

 

「んっ…っは…あ…んん…っ…」

 

終わることの無い深いキスは私を離してくれない。抵抗にようにも手が『繋がれていて』離してくれない。

息が限界になった頃にようやくたきなのキスは終わった。

 

「っぷぁっ!…はぁ…はぁ…」

「っはぁ…はぁ…はぁ…たきな、ちょい待って…休憩…んんっ!?」

 

互いの唾液が互いの唇を『繋げている』。

休憩と静止しても休ませてくれない。放置しすぎた結果だろうか。何も相手してあげられなかった反動だろうか。たきなは言うことを聞いてくれない。

 

「ダメです…ずっと、寂しかったんだから…んっ」

「やっ…まっ…たきなっ…んんっ…」

 

だいぶご無沙汰だった事もあり、私の体もいつもより反応が良かった。たきなに触られている部分が全部気持ちいい。

 

「服…脱がしますね…」

 

Tシャツを丁寧に剥がされると、私の胸へキスを落とす。それはまるで挨拶のように。

 

「千束の胸。大きくて暖かくて安心します」

 

傷つけないように、掬うように胸に触れる。そしてそのまま私のブラをずらして、綺麗に立った乳首を頬張る。

 

「んっ…!」

 

丁寧に舐められて、吸われて、吸われながら舐められて。反対の胸は指で乳首を転がしている。ハワイに来てからたきなは本当に私の胸を弄るのが好きになったようだ。

 

「ちょ…いちょい、胸ばっかり…んんっ…触りすぎ…ぁん」

「普段から見せつけられてるこっちの身にもなってください。こんなイケナイ体をして」

「ゃん!」

 

ピンと指で私の乳首を軽く弾く。痛くは無いしむしろ気持ちいい。私もいつの間にか責められる側になっていたらしい。

私の胸を堪能すると、狂犬は舌なめずりをして私と目を合わせる。

 

「それとも、胸以外の場所を触って欲しいんですか?」

 

私の太ももの内側を舐めるように手で撫でながら、たきなは煽る。たきなのテクニックに体が蕩けて力が出ない私頷いた。

 

「下…もう、触って欲しい…」

 

ほんの少し、たきなは口角を上げると、私の下着を少し乱雑に脱がすと、頬張るように私の秘裂に口をつけた。

 

「っぅ…!」

 

シーツを掴み、声を堪える。

たきなは待ってなどくれない。責める時は一気に来る。

私の秘裂の形をなぞるように舌を動かして、秘裂の突起を吸いながら舐める。

 

「っ!……っっ……!んんっ〜!」

 

たきなの舌が動く度にゆっくりと腰が上がっていく。

ぐじゅぐじゅと自分から鳴っているとは思えない水の音。私の秘裂から出ている愛液を啜るその様はまるで…。

 

「んぐぅ!」

 

たきなに集中してたせいか、快感が一気に押し寄せてきた。私の愛液を堪能したたきなは体を起こすと、私の頬に擦り寄ってきた。そして耳元で囁く。

 

「千束の甘くて美味しいですよ」

「そういう事言わないでよぉ…」

 

恥ずかしすぎるのでまた顔が赤くなる。あんなのが甘いわけが無い。知っている。私だってたきなのを舐めたことがあるのだから。そういう謳い文句なのは知っているが好きな人に言われるとやはり昂ぶってしまうものなのだ。

 

「こんなに濡れてるなら。指、もう大丈夫ですよね」

 

耳元で囁くのをやめない。いつの間にか両手は上に持っていかれてたきなの手に『繋がれている』。

たきなは耳を舐めながら、私の秘裂を指でなぞる。

 

「んんっ…ゃ…それ…やぁ…」

「いやなんですか?千束」

「ちが…そういうんじゃなく…てぇ…!」

 

珍しく、焦らしてくる。いつもなら今頃もう一度は達しているはずなのだが、私の秘裂の突起をゆっくり撫で回す。届きそうで届かない絶頂に私の腰は無意識に前後に動いている。たきなのやり方に慣れているせいでもう我慢がきかなかった。

 

「なんでぇ…?今頃もう…」

「今日は千束に放っておかれた分ゆっくりしようと思ったのですが、もう我慢出来ないんですか?」

「できなぃぃ…もうしてよぉ……たきなぁ…!」

 

狂犬はまた欲望に『縛られた』目で舌なめずり。

 

「変態ですね千束は♡」

「っあ゙!?」

 

ぐちゅん!

いきなり襲ってきた快感は、止まることなく私の体を染め上げる。腟内を搔くようにたきなの指が暴れて、私の体を犯しに来る。

 

「うぁっ!ちょ、ま、いきなりっ…そん…なっ!」

「何故ですか?千束が言ったんですよっ、欲しいって」

 

そこから先は早かった。焦らされた分が一気に来て私は限界に達していた。

 

「まっ、も、もう、ィ、ッッ、っ〜〜〜〜〜〜!!!」

 

一番奥に来たたきなの指が私の体に快感を差し込んだ。

体が跳ねて、腟内が締まる感覚。体に絶頂が染み渡って、私は意識が飛んでしまった。途中たきながなにか言っているような気がしたがよく聞こえなかった。

『繋がれた』の手が心地よくて、暖かくて、私は安心しきって、落ちるように眠ってしまった。

 

たきなと手を『繋いだまま』

 

・・・・・・

 

「え…?」

 

目が覚めると、不思議な空間にいた。目の前には一本の小川と一面彼岸花が咲いている所。でも、私の立っている所はただの草原のような場所。

 

「うぇぇ……なんだろ…ここ…」

 

当たりを見回しても誰もいない。何も感じない。

ただ、草原の暖かい空気と、彼岸花の冷たい想いが混じっている。

 

「ヨシさん!?」

 

目の前にはヨシさんが現れた。何がどうなっているのか分からないが、まるで夢の中にいるようだった。

 

「ヨシさん!ヨシさん私……え?」

 

ヨシさんは待て、と手を前にかざした。

足元を見ると私はあと一歩で目の前の小川に入る所だった。何故…ここで止められたのか分からなかった。

 

「ヨシ…さん?…ん」

 

ヨシさんは何も言わずに私の頭を撫でると、花を一輪。髪飾りのように刺してくれた。

それは、ヨシさんのお墓に備えた、スイートピー。

ヨシさんは、うん、と頷くと私の向こうを指さした。

振り返ると、そこにはたきなが立っている。先生もクルミもミズキもフキも楠木さんも皆そこにいる。

 

「なら、ヨシさんも…ヨシさんも行こうよ。皆の所に、先生だって、きっと…」

 

ヨシさんは首を横に振った。そしてそのままヨシさんは微笑むと彼岸花の方へ歩いていく。

 

「ヨシさん!ヨシさん待って!」

 

追いかけようとしたその時、私は誰かに手を引かれた。

 

(あっちはだめだよ)

「っ誰!?」

 

振り向いた瞬間私は驚愕した。私の手を引いたのはリコリスになったばかりの頃の小さな私自身だった。

 

(行っちゃダメだよ)

「でも…」

(行こう。皆待ってる)

 

手を引かれてされるがまま、私はたきな達の方へ歩き始めてしまった。振り返ると、ヨシさんはやっぱり彼岸花の方へ歩いていく。

声が出せなかった。伝えたかった事はあったけれど声が出なかった。貰ったスイートピーを見て幼い私は口を開いた。

 

(もう千束は大丈夫だよ)

「私…は?」

(もう千束は皆と『繋がってるんだから』。だから大丈夫。千束はもう一人じゃないよ)

 

幼い私はたきなの前で立ち止まる。

 

(さぁ、行って)

 

たきなは手を差し伸べてきた。私はなんともなしにその手をとった。

 

「千束。おかえりなさい」

「たき、な…っ!?」

 

眩い光とゆっくりとした眠気が襲ってきた。

そこでまた、私の意識は途絶えた。

 

・・・・・・

 

「千束…千束!」

「ん…んん…?」

「起きてください、千束!」

 

寝起きで開きづらい目を開けると、たきながエプロン姿で私を見つめていた。

 

「たきなぁ…?」

「もぅ…早く起きてください。遅れてしまいます」

「え?…あ!うわぁ!今何時!?」

「今起きないと、リコリコの開店時間に遅れます」

「ちょいちょいちょい!なんでもっと早く起こしてくれなかったのさ!」

「起こしましたよさっきから目一杯!早く支度してくださいね!?」

 

私は慌てて、いつの間にか直されていた洗面所の鏡へ向き合い、髪を整える。そこに映っているのは寝起きで慌てている私だった。

そしてそのまま、二人慌てて『手を繋いで』家を飛び出した。

 

・・・・・・

 

「うぃぃぃ…一時はどうなるかと思ったよ…」

「全く、誰のせいですか?」

 

何とか間に合った私達はリコリコの開店準備をしていた。南国の太陽が照らす中今日も澄み渡る青空と心地よい南風が吹く。今日も天気で私も元気だ。

 

「う、ぐ、ごめんなさい…っていうか、昨日はたきなが悪いじゃん!全然寝かせてくれなかったし!」

「私はちゃんとすぐ眠れるように一回でちゃんとイかせたでしょう!?」

「うわわわわ公衆の面前でイかせたとか言うなぁ!」

 

慌ててたきなの口を塞ぐ。不機嫌そうに私を睨むたきなの顔は少し怖かった。

 

「たきな〜?こっち手伝ってくれる〜?」

「あ、は〜い!」

 

私の手を剥がすと、たきなはミズキの方へ走っていく。

そんなたきなの背中を見送る。私も先生の方に手伝いに行こう。ずっと休みっぱなしだったから。

 

「先生〜?こっち終わったよ。なんか手伝う?」

「あぁ、ならさっき運んできた材料。冷蔵庫に入れといてくれ」

「ほ〜い」

 

言われるがまま、ダンボールを開けて材料を取り出して冷蔵庫へ並べる。と、そこにはこないだ考えたリコリコの南国新メニューの材料があった。これは……どこに置くんだ?先生に聞かないとわかんないやつだ。

 

「ねぇ、お父さ………」

「え?」

「ん?」

「お?」

「はい?」

 

振り向きざまに自分が何を言ったのかを反芻すると思いのほか恥ずかしい間違いをしてしまい、見る見る顔がトマトのように赤くなる。

 

「千束〜?アンタ今なんて言った〜?」

「ま、間違いだってば!間違い!ほ、ほら、学校の先生とか間違ってお父さんお母さんって言っちゃうでしょ!?」

「だからって、本気で間違えるやつがあるか?」

「店長はやっぱり千束のお父さんですからね」

「たきなにまで言われるとなんだか恥ずかしいな」

「ぃぃいいから!さっきのは忘れて〜〜〜〜!!!」

 

ヨシさん。私は、こうして皆と『繋がっていく』事が嬉しい。誰を『縛る』んじゃなくて、誰かと『繋がって』生きたいんだ。もう私は死にかけの人形じゃ無くなったから。ありがとう、ヨシさん。これからも私は、誰かを助けて、その『繋がり』を大切に生きていくよ。

だからどうか、私を見守っててください。

私の、救世主さん。

 




1万7千字超えたんだけど……
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