「っうおぃ…たきなさん?」
「……」
セーフハウスのリビングのソファの上でスマホを見ていたら、急にたきなが正面から抱き着いてきた。何も言わないで、離れたくないと縋るように。一動作一動作、ゆっくり私との密度が増していく。たきなはまだこういう時の感情の『処理』の仕方が分からない。素直に甘えたいと言えばいいのに、この子はまだそういうことが分からない。
「今日は甘えたか〜?」
「………」
頭を撫でるとさらに密度が増す。絞め殺されるように。それでも、しっかり確かめるように私に腕を回して、私を感じている。私の膝に座ってるから、逃げられない。でも、こういう時の対処法はわかっている。
「たーきな?」
耳元で囁いて、反応を見る。今日は少し面倒臭い甘えモードだ。私が呼んでも反応しないのは久しぶりだ。
「なぁに〜?どうした〜?」
背中を撫でる。ブラはしてない。さっきお風呂から上がったばかりだからだろうか。背中からゆっくり手を下へ撫で下ろす。まさぐらず、一直線にズボンの中へ、手を入れる。すぐには脱がさない。下着の内に手を入れて、少し伸ばす。開いた空間を指で遊ばせて、指先でたきなの肌に触れる。つついたり、なぞったり、焦らしたり、そうするとたきなは体をビクビクと動かし始める。
「っ…ん…やだそれ…ちさと…」
熱っぽい声になった。
こうなると、たきなは『出来上がる』。
でも、まだ離れてくれない。珍しい。いつもならすぐにベッドの上なのに。今日は違うらしい。
「ちさと…」
顔を合わせると、蕩けきった顔なのにしっかりと私の目を見据えている。少し怒っているようにも見える。でも、鼻息は荒いし、顔も赤い。
私だけが知ってる、たきなの『作り方』。
私がたきなをおかしくした。それは事実だ。生活音が漂う部屋で二人。私たちはお互いの体温を感じている。
それでも、泣きそうな顔でたきなは私を見る。
「ちさとがいなくなる夢を見ました」
だからなんだと言いたくなった。私は今ここにいる。だからそんな夢なんて気にしなくていいのに。律儀にこの子は一つ一つ感情を『処理』しようとする。
一個一個目の前に出された的を撃ち抜くように。この子は一個一個の感情にぶつかって、砕けて、染められていく。怒ったり、泣いたり、笑ったり。でも、複数の感情が入り混じるとたきなは途端に使えなくなる。言い方は酷いと思うが、混じった感情の『処理』の仕方が分からないんだ。
きっと今は、いなくなる夢を見たから、焦り、不安、恐怖、デジャブ。色んな感情がたきなの中にある。
「私は必死に探したんですよ…千束…」
また縋りついてくる。私の首筋に顔を埋めて、私の匂いを嗅いで。
「ずっとずっと…探してたんですよ…」
また腕を回される。必死に、大事そうに。やっと手に入れたおもちゃを抱える子供のように。
「それでも、時々不安になるんですよ…またあなたが居なくなるんじゃないかって…。怖くて怖くて…たまらない時があるんですよ…」
染み込ませるように首筋に顔を埋めたまま喋る。当たる唇が柔らかい。
「あなたは平然とした顔で…違う所にいて…平然とした顔で、働いていて…私が、私がどれだけ心配したと思ってるんですか…。どれだけ、あなたのことを考えてたと思ってるんですか…それなのに…」
少し声色が黒くなった。
あぁ…『またか』。
これは覚悟しないとなぁ。
「なのに…それなのに…あんたは!!!!!!!」
「っが!」
たきなの手が私の首を締め付ける。確実に敵を殺すための。絞め殺すための力で。
「私がどれだけ、泣きながら心配したと思ってるんですか!!!」
言葉が連なる事にたきなは感情的になり手に力が入る。
「あ゙…がっ……っぐ…」
へし折られるかのように手を前に出して、たきなは言葉を続ける。
「うちがどれだけあんたを思うとったか分かるか!?」
抵抗はしている。だけれど、たきなの手が緩まない。
「うちがどれだけあんたに恋焦がれとったか分かるか!?ずっとずっとずっと、あんたの背中を追い続けて、やっと届いた思たらあんたはすぐにうちの目の前から消えて!どれだけ悲しなって泣いて、わしを慰めたか分かるか!?」
涙が見えた。たきなの目に。大粒の涙。
また、『処理』出来ない感情が出て来たんだね。
君の心にまた『処理』しきれない重さが乗ったんだね。ごめんね。私のせいで。ごめんよ…ごめんよ…たきな。
「どうせまたいーひんようになるんやろなぁ!?うちをすぐにほかして、皆をすぐにほかして!!」
ガクガクと締め付けられたまま、首を揺れ動かされる。
問い詰める拷問のように。たきなは思いのはけ口を探して、消えない傷を私に見せてくれる。
「だ……ぎ……な゙……」
喉仏の方を親指で押されてるからちょっと呼吸が出来ない。たきな程度の握力よりもっと強い奴から首を締められた事があるから別に大丈夫と言われれば大丈夫なのだが、たきながこういう事をするようになったのは私が宮古島から帰ってきてからだ。
「喋らへんどぉくれやす!あんたの声なんて聞きたないんどす!あんたなんか……あんたなんか…死ん…」
「い゙…い゙よ…わだしは…たきなに゙…なら…」
「───っ!?!?!?」
少し目線を合わせると、自分のやってることを理解したのか、たきなはすぐさま手を離して私から逃げるように後ずさりをした。酷く濁った紫の瞳が、涙を浮かべている。
「っはぁ……っはぁ……っはぁ……」
「がはっ!ごほっ、ごほっ!げほっ!!」
そう、私はたきなになら…そう望まれてもいい。
自分の手を見つめるたきなには私がどう映ってるのかな。その自分の手には何が見えてるのかな。
「ご、ごめんなさい!千束!私…私…」
何をしていいのか分からずにたきなは抱き着いてきた。
あ〜あ、たきなをこんな風にしたのは私なのにたきなは必死に謝ってくる。悪いのは全部私なのにね。
何度も何度も謝ってくる。泣きながらも謝ってくる。
「大丈夫だよ。たきな。私は生きてるでしょ?大丈夫。大丈夫だよ。私は許すから。悪いのは私だから、たきなは悪くないよ」
「千束……ちさとっ……ごめんなさい…ごめんなさいぃぃ〜……」
あ〜あ、泣いちゃった。まぁ、この後の『処理』は簡単だ。たきな泣き疲れて寝るだろうし、それほど気にしなくていい。そっか…そうだよね。こういうものの『処理』の仕方なんてDAじゃ教えてくれなかったもんね。全部殺すか死ぬかの世界で君はさ迷ってたんだもんね。
今の君には私の顔はどう映ってるかな。きっと、悪い顔をした女に見えてんだろうね。
それでも、いいんだ。私が全部受け止める。
何もかもを受け止める。
そうすれば、たきなはきっと安心出来る。
そうすれば、たきなはゆっくり考える時間ができる。
そうすれば、この入り混じった感情の『処理』の仕方も覚えられるでしょ?
そうやってずっと教えこんであげるよ。私が全部教えてあげるよ。君の知らない事を。君の知らないやり方で。
『そうすれば、たきなは私が居ないと生きていけなくなるでしょ?』