埋まらない気持ちというものがある。
例えば、彼氏と別れたとか。彼女と別れたとか。誰かを失ったとか。欲しいものが手に入らなかったとか。
他にもいろいろあるだろう。
私にもある。残り少ない寿命でどう生きるか考えるとどうしてもたどり着けない物も場所も時間もある。
だから、私は苛立つ。それに辿り着ける人達に。
だから、私は慰める。それに辿り着けない自分を。
だから、あの時言ったことは、たきなに言ったことは。
ある種、私の『八つ当たり』のようなものだったのかもしれない。
・・・・・・
「たきな、さぁ…」
「はい?」
「セックスってした事ある?」
「なん……ぇ…」
顔を赤くして困惑しているたきな。まぁ急に言われればそうだよね。ベッドに転がっている私達はお互いに向き合っていて。
「なんですか…急に…」
「んー、なぁんかそういう気になってきたな〜って」
たきなに覆い被さる。逃げ場を無くすように両手で両サイドを塞いで、しっかりたきなの目を見る。今私はどんな顔をしてるのかな。優しい顔を作れてるだろうか。幼い顔をしたたきなの微熱を感じてるから。私は私で多分それなりにやばい顔にはなってると思う。
たきなはまだ困ってる。どうしていいのかも分からないって顔してる。そらそうだ。急に言われたら誰だって困る。
「私は、たきなのこと、好きだよ?」
「……わたし…は…」
なんか考えてるように見えたけど、構わないでたきなを犯した。それなりには良かった。急に始まった事なのにたきなは恐ろしい程に優しく受け入れてくれた。驚いたのはたきなが初めてだった事。私のモノを受け入れた時に痛がって、血が出て、涙目になってたのは理解してた。逆にそれが唆られるっていうやつだった。
私のせいで苦しんでるたきなが愛おしく見えた。
私と同じ苦しみを味わってる様で気持ちよく見えた。
すごく綺麗に『八つ当たり』出来た気がする。
別に、たきなに向ける感情じゃないんだけれど、私はそれをぶつけられる何かを心のどこかで欲していた。
「千束は…誰にでもこういうこと…するんですか?」
「んぇ?」
一頻りたきなを堪能した後にスマホを弄っていたらたきなが泣きそうな顔で言ってきた。
へぇ…こういうこと言うんだこの子。
「ううん。たきなが初めてだよ」
顔。作り笑顔で作れてるだろうか。嘘は言ってない。自分一人でしたことはあるが、誰かとは一回もたことがない。優しく頭は撫でてるつもりだし。優しく見つめてるつもり。演技は下手くそって言われるけど取り繕うのは結構得意なんだよね。こんな事上手くなっても仕方ないのは分かってる。それでも、私はこうして生きてきた。
当然。誰かが死んだら悲しくなるし、人を思って涙を流す『事は出来るようにしてきた』。
あくまで作業のように。だってそうでしょ。私より長生きする人がいるんだもん。そんな人のため…おおっとこれ以上は行けないよね。生命の冒涜だ。
そんな事もお構い無しに私はまだ私に苛立っている。
『そんな事』を思うようになった私自身に。
「ごめんね。ありがとう。たきな」
「はい…」
何がごめんねなんだか。我ながら意味がわからない。
・・・・・・
「もう少しでミズキさん着くそうです」
「ん、そかそか、わかった」
リコリスのお仕事終わり。ミズキの迎えを待ってる途中。ふと、前を見ると、そこにいるのは、私と同じぐらいの女子高生。お隣のイケメンな男子高校生と手を繋いで歩いている。
そっか…私ぐらいの年齢なら『普通』あんな事をしてるのか…。そっか…幸せなんだろうなぁ。
死にものぐるいで戦った事とかないんだろうなぁ。
死にものぐるいで生き延びた事とかないんだろうなぁ。
誰かを殺した事も、血を見た事すらないんだろうなぁ。
羨ましいなぁ……。
見たって変わらないものを見たくないので私は顔を伏せて舌を打つ。
「チッ…」
死ねばいいのに。
「千束?」
「ん?」
「なにか居ましたか?敵が残ってたとか…」
「ううん。なんでもない。ちょっとぼーっとしてただけ〜」
「そうですか…」
きちんと取り繕う。たきなは少し納得いってなさそうだけど。
こんな事たきなに言ったって何も埋まらない。
こんな事たきなに言ったって何も変わらない。
だから今日も私は。この苛立ちを抑えるために。
私と同じ、たきなを求める。
「ねぇ、たきな」
頬を指で撫でると、たきなは途端に顔を赤くする。
「今日も…いい?」
「っ…はい」
少し躊躇って。でも、満更でもなさそうな顔で。
たきなは頷いてくれる。あぁ、この子は本当にいい子だ。無知が故に私みたいな女にすら騙される。私を見据えた瞳はまだ明るい。いつかその瞳のハイライトが消える時。君は、私に失望してしまうのだろうか。
・・・・・・
薄々、千束が私を抱く目的に気づいていた。
何故なら、千束は私を抱く時顔を見せてくれないから。後ろから抱き絞めて、絞めつけて、離してくれない。
私が何か喋ろうとすると、顔を無理やり向けてキスをしてきたり、口に指を入れられて、塞がれてしまう。
「ち、さと……んっ…んむっ!」
それはきっと、私が何かを喋れば千束は傷ついてしまうからなのだろうか。彼女は私の喘ぎ声だけを聞いて気持ちを昂らせている。
「っはぁ…あぅ!」
必死に私の腰を掴んで自分の腰を打ち付けてくる時も、何かブツブツと呟いている時もあった。行為中はあんまり意識してなかったけど、最近になってそういう声を拾う余裕が出てきた。
「っ…ぐっ…あ゙っ!」
気持ち良いか気持ち悪いかと聞かれれば、行為そのものは気持ちがいい。でも、終わった後の千束の顔を見ると、影が出来ていてあまりよく見えなかった。
「っはぁ…はぁ…ちさと…」
「はぁ…はぁ…なに、たきな…」
絶え絶えの息の中。
身体を千束へ向けて。
今日も顔が見えない貴方に私は問う。
「『これ』、楽しいですか?」
・・・・・・
たきなの言葉で核心を突かれた気分になった。
だから、思わず手が出てしまった。
たきなの言葉の後、一瞬止まってもう一度その言葉を心の中で反芻して自分に染み込ませた。すると不思議な事にたきなへ平手打ちが飛んで行った。飛んで行ったって言っても私がぶっ叩いただけなんだけどね。
凄く綺麗にたきなは私のビンタを受け入れて、泣くことも無く、怒ることも無く、ただ悲しそうな顔をした。
「分かったようなこと言うなよ!!たきなだってそんな簡単に私を受け入れてっ…情けのつもりかよ!その顔っっ…そういう顔が1番ムカつくんだよ!」
これは本心。本当に馬鹿にされてる気がした。
そういうのはスルーしてるつもりだった。でも、何故か心が煮えたぎってイライラした。
「大体っ───」
「なら…」
たきなは私の言葉を静かな言葉で遮った。
「ならなんで、貴方は泣いているんですか?」
「!?」
改めて自分を確認すると、瞳からは訳が分からない水分が流れてきている。訳が分からない。なんで泣いてるんだ?何処にも泣く要素なんてなかったのに。
分からない。1ミリも分からない。
「今貴方が何を考えているかは、分かりませんが」
今度は逆に私が押し倒される。
「今『こんな事』してて、楽しいですか?」
たきなの瞳はより紫が濃くなっている。
「涙を流してまで、『こんな事』をするのは気持ちいいですか?」
こんな状況でもまだ反り返るぐらいに勃起している私のソレを掴んでたきなは強く自分の入口に押し当て、自分の腟内に押し込む。
「っあぅ!」
「こんなっ、ふうにっ、一方的にヤられてっ…んっ!」
のめり込んでいく腟内がまた私のソレを包む。その温度はさっきのままより熱く、ヌメリも増している。
ズルズル引き抜かれていく感覚がさっきよりも濃くて強い。
「っぐぅぅぅ…!」
「ほらっ…気持ちいい…ですか?千束っ…!」
肉と肉が当たる音。さっきまで私が出てた音なのに今は全然違うように聞こえる。たきなが怒っているような、そんなふうに見える。
嫌だ嫌だ嫌だ。
なんだ何だナンダ?分からない分からない。
見られたくないこんな顔。たきなに見られたくない…?
「顔っ…隠さないでください」
「っ、や、だっ!」
顔を覆った腕引き剥がされそうになるが何とか抵抗する。心がぐちゃぐちゃになる。たきなの言葉が痛い。ずっと抱いていた感情に針を刺されたような感覚。
流れる涙は止まらなくて。
たきなの顔が見えなくて。
紫のハイライトは消えていて。
「大体貴方は、すぐに一人で考え込んだり、人に頼るのが苦手過ぎるんですよ」
「あっ…ぅ…んんっ…!」
騎乗位がこんなにキくとは思わなかった。
「分かりますか?こんなふうにっ…勝手に犯される気分っていうの」
知らないそんなの。どうでもよかったから。
「貴方が今どんな顔してるか分かりますか?」
知らないそんなの。見えないんだから。
「ちゃんと答えて、千束っ」
だって…だって『こんな事』をしてないと、私は私を慰められない。手を伸ばしても届かないものが多すぎて、周りにあるものをかき集めて蹲るしかなかった。蹲って、自分が生きてるって自覚するしか無かった。
そこに出来た『たきな』という言い訳。健気で、素直で、真っ直ぐで、見てるとすっごいイライラして。ゴム弾ぶち当てて虐めてやりたいぐらいで。でもそれはさすがにマズいと思ったから。でも、私よりも長く生きれる君に私は傷をつけたかった。
このイライラが消えるならなんでもよかった。
かき集めるものも無くなって。
なんでもいいから。どこでもいいから。
そこにあった、そこにいた。ちょうど良い『たきな』っていうしがみつくものがあったから。それに縋ってずっと、言い訳をしていた。だって、君を介してないと、私はそれ以上のものに手を伸ばせない。だから…。
「ははっ、そんなにイイですか?これ」
嘲笑のようなたきなの顔。私の情けない顔を覗いてたきなは喜んでいる。そんなたきなに見つめられて私も喜んでいる。自分の秘裂の液を指で絡めて、私の口に押し付ける。舌に塗り込んで、腰を早めて。
「ぁ゙…ぐっ…ん゙ん…」
「美味しいですか?貴方のと私のが混ざってますからね」
サディストに目覚めたのか、たきなは徐々に口角が上がる事が増えた。
「貴方は我慢が多すぎですっ、ちゃんと声、出して、ちさとっ…ほらっ、ちさとっ…!」
「あっ…!っいっ…!はっ…ぅんんっ!」
それはそうだ、こんな気持ちを我慢するために君を犯してたんだから。そうでもしないと、私は私に絶望してしまう。
つーか、声出せとか意味わかんないし。なんだよ。急に勢いつけやがって、意味わかんねぇな。私が良がってる姿がそんなに良いかよ。
「んっ…だよっ、急にっ…ふっ…八つ当たりみたいにさ…っ!」
「は?」
私の言葉を聞くとたきなは動き止めた。私を見据える瞳の紫が余計に濃く見える。
「───っ八つ当たりで人の体を使っていたのはどっちですか!?」
紫の瞳が見開いていた。私の肩を掴んでベッドへ押し付けていた。
「勝手に落ち込んで!勝手に私を慰みものにして!」
「た…き…」
「オナニーしたいなら一人でやってくださいよ!」
また核心を突かれた。顔が赤くなったのが見えてしまっただろうか。
「ち、違…」
「じゃあなんですか!?私が好きだからとか!?そんなんじゃないですよね!?」
「んぃっ…ちが…わかんっないっ…!」
「なんですかそれはっ、ただセックスがしたかっただけなら───」
ここで私も取り繕うのがめんどくさくなった。
だから、私ももうなんでもいいってなった。
「ンな言い方しないでよ!」
「っ…」
「たきなだって散々使われてたくせに!そうやって自分でわかってて、私がたきなの中に突っ込んでも何も言わなかったくせに!偉そうな事言うなよ!!」
「っ…うるさいっ!」
「ん……っ」
お互いに股を開きあって、お互いに罵りあって。噛み付くようなキスと上に乗ってるたきなの腟内が余計に震えててこっちが持たなくなりそうだった。なんでこんなセックスしてるのかも分からなくなってきた。
「っあ!ふっ…うぅっ…!ぁあ゙っ!」
我慢する事ばかり覚えた。覚えてしまった。そのせいで自分の欲しいものすら言えなくなって、手が届かないものは見送って、近くによってきたものばかりかき集めて。そこで眺めてる。それだけでいいと思っていた。所詮人が手を伸ばせるのは自分の腕の長さまで。崖から落ちそうな人を助けようとしても自分の腕が短かったら意味が無い。それでも、伸ばした先にある光を望んだことは何度もある。確かに届くものかもしれない。でもその一歩を踏むのにどれだけの恐怖があるか分からない。それを手に入れて、それを失った時、私が私で居られるかわからない。だから眺めてるだけでいいって思ってたのに君はそんなこと関係なく私に寄り添ってくれて。
『一緒にいるのが心地よくて』
もう何もかもがめちゃくちゃだ。一回緩めたからまた締め直すにも時間がかかる。その時間の間に私はどれだけのものを失うか。この短い時間の中で欲しいものだってある。
『私は悪くない』
そんなんじゃないってずっと一人で言ってた。
『皆大嫌い』
自分の行動は何も報われないってずっと一人で言ってた。
『何もかも消えればいい』
感情が瞳からずっと毀れてきている。
ボロボロボロボロ。堰き止めてきた分。
私の心が声をあげ始める。
『なんで私ばっかり我慢しなきゃいけないの』
手を伸ばして触れられるなら私だって欲しかった。
『一人は嫌だ』
それでも、君は私の隣で手を握ってて。
『君とまだ一緒にいたい』
使命なんて紐で結ばれた私を逆に君が引っ張って。
『自由になりたい』
『ひとりにしないで』
『私は悪くない』
『誰かの隣にいたい』
『君の隣にいたい』
『誰かと好き合いたい』
『こわい』
『悲しい』
『苦しい』
それでも、君は私を見つめていて。
『助けて』
傷跡つけたら愛想つかされて、目の前から消えてくれると思ってたのに。それだけでいいって思ってたのに。
『一緒に』
君は私の手を引いてくれて。
『そばに居て欲しい』
取り返しがつかなくなるぐらい。君を好きになってしまったら、君がいなくなった時に私はもう何処にしがみつけばいいか分からなくて。なんにも保てなくて。なんにも出来なくなりそうで。命なんて大事に出来なくなりそうで。
『死にたくない』
『好き』の言葉が違う意味になって。喉につっかえて言えなくなる。言ってしまえば君を縛り付けてしまうから。それが嫌だなんて一丁前に思ってしまったから。
「っ、ちさ、と…ちさとっ…!」
こんな形でしか、君に伝えられなくて。
「はぁっ…!あ、ぁぁああああっ!!」
こんな形でしか、誰かに甘えられなくて。
「ぐっ…!んッ…!」
こんな形でしか、自分を現せなくて。
こんな形ばっかり作り続けて。
そんな自分が情けなくて、そんな自分と同じだと思ったから私は君を傷つけて。でも、いざ見たら全然私と違う色をしていて。とても綺麗な色で。とても優しい光で。
なのに、ちゃんと眩しくて、伸ばしても届かないみたいで。
だから。私は。
「ひっ…っ…ぐすっ…ぅゔっ…」
こんな形でしか、私は今の私と向き合えない
「───なんで…貴方が泣くんですか…」
こんな形でしか、私は今の君と向き合えない。
『生きていたいと思ってしまったから』
・・・・・・
一頻り泣いた千束は、添い寝して欲しいのはそのままに。今度は背中合わせで寝てくれと言ってきた。理由は今自分の顔を見られたくないからとの事。時々聞こえる布の摺れる音。蹲っているのか。時々聞こえるため息。
まだ、何か思い詰めてるのだろうか。うずくまっては伸びて蹲っては伸びて。ずっとそれを繰り返してる。いい加減こっちはそろそろ瞼が落ちそうだと言うのに忙しない人だ。
「たきな…さ」
「はい」
「なんで、私のこと受け入れてくれたの?」
当然と言えば当然の質問が飛んできた。
「さぁ…なんででしょうね」
誤魔化した。つもりだった。受け入れたことは事実だし、誤魔化してももう遅いっていうのも分かっていた。でも、これは千束もやってきたこと。私を誤魔化して、私を利用して、私を使って。だから、私も意地になって答えなかった。千束も分かっているのか向こうから小さく笑う声が聞こえた。
「バカだよたきなは。ばーか」
ずいぶんフワフワと馬鹿にされた。
確かにそうだと思った。利用されているにもかかわらずそれでも貴方を受けいれた私は馬鹿だ。
体を重ねることでしか自分を慰められない貴方も馬鹿だ。それを受け入れて喜んでいる私も馬鹿だ。
「私、クズなんだよ?」
布の摺れる音。どうやら、こちらを向いたらしい。
蛇のように巻きついてくる千束の腕が私の体を縛る。
「どういう意味です?」
「んー。まんま」
「なら、私だって同じクズですよ。わかってて付き合ってたんですから」
「んはは、そだね」
乾いた笑い。千束の指と絡んだ指が私の目の前にあって離してくれない。顔も擦り付けてくるし、体の密度もどんどん増していく。寂しがり屋はこれだから困る。私と千束の間が無くなって温度がそのまま伝わってきて。後ろ髪を引かれて。
「たきな」
「はい」
一拍置いて。
「私、たきなの事好きだよ」
私もその言葉を体に染み込ませるために一拍置いて。
「なんですか、今更」
「もし会えなくなった時の為に言っとこうと思って」
「なんですかその理由」
「一緒に居てくれてありがとう、ほんとずっと甘えさせてもらっちゃったよね。そのおかげで、なんか…私もやっと歩けた気がする。前に」
継ぎ接ぎな言葉で千束は綴る。そんな今更なセリフを言っても私にはどうする事も出来ない。今出来るのは精々繋がれてる手を握り返すぐらい。言葉にしてもいつかは消えてなくなるから、今は繋がってる手を離さないようにするぐらいしか出来ない。
「たきな」
「はい───んッ!?…んんっ…んぅ…」
「はっ…」
「あの…私もう眠いんですけど…」
「私は寝たくない。今目閉じたらたきなが見えなくなるから」
呆れるほど意味がわからない理由。
「何なんですか、その理由」
こんなことされても尚、私は嬉しがっている。
・・・・・・
『はぁ?DAに戻る?』
『はい』
ふとした相談だった。私自身が自分でどうすればいいかわからなくなったから、ミズキさんに相談した。
『別にアタシは構わないけど、千束がなんて言うか…』
『やっぱりそうですよね…』
俯いた。マグカップのコーヒーに映る自分は相変わらず暗い顔をしている。
『アンタはいいの?それで』
『私は…』
『だって、アンタ。その話が本当なら、千束に無理矢理
…』
『そのことは、いいんです。私は千束になら何されてもいいし、何されても受け入れられますから』
意外そうな顔をしたミズキさんは心配そうに顔を寄せてくる。
『アンタ…ドM?』
『違いますよっ!』
大きな声でツッコんだ。
『私に出来ることがあるならそれでいいってことですよ…』
『ほぉ〜ん…』
ミズキさんは私を見る。
『やっぱり千束が好きなの?』
『え、や、そういうんじゃ───』
『アタシは真面目に聞いてんの』
意外にも真面目になったミズキさんの瞳は凄く真っ直ぐで。強かった。
一つしかない理由を、しどろもどろに口を開く。
『ち──千束ばっかり理不尽な目にあってる気がして。色々勝手に背負わされて、色々全部受け入れすぎて、心が壊れてるんじゃないかって思って。でも、DAに戻ればそれを解決する方法があるかもしれないって思って、そうすれば…千束はきっと千束のしたい事が出来るんじゃないかって思って。』
『……』
曖昧で継ぎ接ぎな言葉を真面目に聞いてくれるミズキさんの顔は優しい顔で。嬉しかった。
『なぁるほどねぇ〜』
バリボリ頭を掻きながらミズキさんは唸る。
『いんじゃない?それで』
『え?』
『アンタのやりたい事。ようやっと見つかった。って顔してる。多分その通りにやればいい事起きるわよ』
『私の…やりたい事…』
『自信持ちなさいよ。千束にそこまでしてやれるのはアンタしか居ないわよ』
ふっ、と笑いかけてくれた。なんだかこっちまで頬が緩んでしまう笑顔で。
『はい』
しっかり笑顔で答えられただろうか。
見つけ出せそうな答えに私は手を伸ばせるだろうか。
・・・・・・
いつか話したミズキさんとの会話を思い出していた。
あの時の答えは、きっと今の千束と同じ気持ちだったのだろうか。私には、まだ実感出来ない。
「ん…んふふっ…」
「なんですか、今度は」
最中に彼女は急に笑い出す。
「いやなんか…正面からのキスってなんだかんだ初めてだからさ。こんなにヤッてんのにおかしいな〜って思って」
言われてみればそうだ。いつもは後ろから抱きつかれて、顔を無理やり反対に向けさせられていた。正面から受け入れたのは初めてだった。
「やっぱなんか恥ずいね」
柔らかな笑顔に溶ける千束の顔は、私の気持ちを改めて実感させるのには十分だった。
「千束…」
「ん?」
「私も、千束の事が好きです」
千束は少し瞳を見開いた。
「千束の事が好きだから、今までされてきたことを受け入れられたんだと思います。だから───」
「待って。それ以上は今はやめて」
遮られた言葉は千束の抱擁と共に消えた。
温度を確かめるように体を重ねて。千束は私にのしかかる。少し震えている。寒さではない。きっと、もっと違う何かで。
「たきな」
「はい」
『ここに居る?』
それはなんの意味なのか。
ここに居る事なのか。
居て欲しいなのか。
そこまでは汲み取れなかった。
でも、今はそう。今はここに居る。
なんでこんな当たり前の事を聞いてくるのか。
私にはまだ分からない。
でも千束はそれ以上は要らないと言った。
なら、その意味は───。
『はい。ここに居ますよ』