「全てはこの国の平和のために!」
掲げる腕と共に周りの皆が敬礼する。私はリコリス。
日本の平和の為に動くもの。
その為に鍛えられ。
その為に銃を取り。
その為に朽ち果てる。
血と死に満ちた世界。それが私の『居場所』だった。
だから、甘えなんて許されない世界だった。
だから、生きるか死ぬかの世界だった。
だから、私の手には血がまみれていた。
目の前にいる教官。これは私が私として生まれた時の記憶。一人の孤児から、『井ノ上たきな』として生まれ変わる時の記憶。まだ養成所から京都支部にいた頃の記憶。ほとんど人と関わらず、ただひたすらに任務をこなすだけの機械。そう呼ばれるようになったのは養成所を出てからすぐの事だった。
べつに悲しくなんてない。後ろを振り向けば血溜まりの道が出来上がっている。そこには数々の罪人が倒れ、血に汚れていた。可哀想だとも思わない。罪人を殺して何が悪い。罪を犯す人間だ。そんなものこの世には要らない。
そう習った。
そう教えられた。
だから私の『居場所』。
それなのに、今の『居場所』はどうだ。
血にもまみれてない。誰も死なない。
私の知っている『居場所』とは違いすぎる。
貴方の背中を追っている私は、まるで私では無いみたいで。とても、考えられない世界。一瞬で変わってしまった私の『居場所』は私の想像以上の世界になってしまった。だからこそなのか、私はここでまだ違和感を感じてる。ここに自分の『居場所』は無い様に思えてしまう。
私の『居場所』はどこなのだろうか。
リコリコが私の『居場所』?
皆の影を踏まない所が私の『居場所』?
貴方の隣が私の『居場所』?
それとも───。
・・・・・・
「っ!?」
そこで目が覚める。
魘されていると分かるほどに自分の体は冷や汗でまみれている。随分と古い記憶。なんなら懐かしいと呼べる程の記憶。平和ボケしていたわけではないが、今となってはあまり見たくない夢だった。
「たーきな〜?起きた?」
「っ…はい。おはようございます。千束」
どうやら、千束よりも遅く起きてしまったらしい。ファーストリコリスの隣に立つものとしてなんと情けない。動悸は収まったが、汗が酷い。まずはシャワーを浴びないといけない。自分の手を見ると、まだ少し震えている。そうか。そうだ。あの時はこんな穏やかな朝をあまり迎えなかった。あの時の私の『居場所』では。
「たきな?大丈夫?」
「はい。なんか変な夢見ちゃったみたいで」
「ほえ〜。たきなもそんな事あるんだね。まぁゆっくり支度しなよ。今日は一日移動だけだから」
「そうですね」
そう。今日は遠征任務。京都支部へ派遣される事になった。前の自分の『居場所』へ行くのだ。不安がある反面嬉しいなんて考えもある。まぁ、今の京都支部にどれだけ自分を覚えているリコリスがいるかどうかだが。
・・・・・・
「んじゃ、先生。行ってきます」
「あぁ、気をつけてな2人とも」
「はい」
店長へ頭を下げて、新幹線へ向かう。
京都へ向かう新幹線。今回の任務は真島が都心部へばら蒔いた1000丁の銃。その一部が京都へ流れているとの事だった。だから、今回はそれを回収するのが任務。さらに、京都支部の人達の人手不足と作戦成功の絶対条件という事でファースト二名以上の人員が必要とされた。本来ならここでは本部のフキさんが出向くのだが、都心部にもまだ銃は残っている。その場から離れることは出来ない。だから私達が遠征組として楠木司令から渋々千束と私が選抜された。
「というのが、今回の任務ですが…って聞いてますか?千束」
「ん?うん」
全く…駅弁を食べながら外を見ている。絶対聞いてない顔だ。まぁ、京都支部に行けば全く同じことをもう一度言われるだろうから。それはそれで置いておこう。
千束につられて私も外を見る。
私が養成所にいた頃から存在している京都支部。数年居ただけだが、中身は未だに覚えている。お世話になった人も、一緒に訓練してた人も、一緒に作戦を行った人も、何もかも。懐かしい私の最初の『居場所』。
皆元気にしているだろうか。私のことを覚えてる人はどれだけいるだろうか。あまり人と関わりを持っていなかったから、あまりいないとは思う。
「そういえばさ?」
「はい?」
「たきなって京都支部にいたんだよね?」
「まぁ、リコリスになりたての頃は」
「じゃあ、あっちのリコリスと私達って違ったりするの?」
「さぁ…あんまり変わらないと思いますけど…」
「そっか〜。私京都のリコリスに会うの初めてなんだよね〜。どんなのかな?着物とか着てるのかな?」
「それは…さすがにちょっと…」
なんて他愛のない会話を繰り返しているうちに着いてしまった京都。新幹線から降りて、駅のホームに行く。
改札前で作戦を一緒に行うはずのファーストリコリスが迎えに来ているはずなのだが、何処にいるのやら。
千束と二人で周りを見渡す。
「いる?」
「いないですね」
「たーきな〜」
「ん?」
声のした方を向くとそこにはファーストの制服を着たリコリスが走ってきた。私達の目の前に着くなり手を膝について息を整える。
「かんにんな。遅れてもうて」
「いえ、貴方が迎えに来るって言ってた…」
「そう。うちが、今回一緒に作戦を担当するファーストやで」
そう言って顔を上げるファーストリコリス。
だが、その人は私が知ってる人だった。
「桜樹さん?」
「お?覚えとった?久しぶりやな。たきな」
「ん?知り合い?」
「はい。京都支部にいた頃に一緒に任務に出てた人です」
紹介すると、桜木さんは綺麗なお辞儀をして千束へ挨拶する。ショートヘアの薄目の青い瞳。綺麗な黒髪から覗く妖艶な紅色のインナーカラーとちらりと見える八重歯が特徴的な人。
「桜樹 すだれ言います。よろしゅうな〜」
小首を傾げて千束へ笑顔を向ける。
「錦木千束です。よろしくお願いします」
「噂は聞いてんで〜。あの電波塔のリコリスはんやろ?こっちでも有名やで」
「え?そう?あっはは〜なんか照れるな〜」
「応援に来てくれ助かったで〜。作戦終わるまでやけど、よろしゅう〜」
握手を交わすと、桜樹さんは私を見るなり堪らなくなり抱き着いてきた。
「はぁぁ〜!ほんまに久しぶりやなたきな!全然こっちに来うへんし上手うやれてるか心配しとったんやで〜!」
「ちょっ」
「っ!?」
グリグリ顔を擦り寄せられる。相変わらずだ。この人は。昔は仕事以外で話さなかったけど、今にして思えば、千束と同じぐらい距離が近い人なんだ。
「ちょちょちょ!ちょいちょい!」
「いたい、痛いです千束」
「う、ち、の、たきなとはどういう関係で?」
千束に無理矢理剥がされる。やたらと『うちの』を強調して言った。ギリギリと軋むように掴まれてる腕が痛い。
「え〜?元相棒やで〜。相棒。久しぶりの再会なんやしこれぐらい許してや〜」
「ほ、ほんとに?たきな」
「ま、まぁ…」
必死な顔の千束が私を見つめてくる。目が怖い。浮気を問い詰められる旦那の気持ちってこんなんだろうな。まぁでも、実際この人の下で仕事していたのは本当だ。あの時の桜樹さんはまだセカンドだったような気がしたがいつの間にかファーストまで上り詰めていたらしい。本当に凄い人だ。
「っ本当にお久しぶりですね。桜樹さん。お元気そうでなによりです」
「あぁ〜ん。敬語なんてええしこっちの方言で喋ってや〜」
「まぁ、気が向いたらで」
「ぶ〜」
いけず〜、と桜樹さんは口をとがらせる。なにが意地悪なんだか。一方の千束も相変わらず私の腕を掴みながら、う〜、と口をとがらせる。2人揃って同じ事をしないで欲しい。ツッコミが追いつかない。
「今のたきなの相棒は私だから!」
そんな必死な千束のセリフを聞くと桜樹さんはクスクスと見透かしたように上品に笑う。
「はいはい。分かったで。ほな京都支部に行こか」
「はい」
先が思いやられる事だ。
・・・・・・
「さぁ。着いたで。京都支部へようこそ!」
そこからしばらくバスや歩きで1時間。DAの京都支部までやってきた。何も変わっていない。学校のような建物。そこに入れば、リコリスがそこらにいる。サードもセカンドも。だが、現状ファーストはどうやら桜樹さんだけらしい。
「他にもファーストの人はいないんですか?」
「うん。うちだけ。他の子はそこらの支部に飛ばされてもうて。皆優秀やしねぇ」
「そうなんですか。他の所に…」
「会いたい人おった?」
「いえ、そういう訳じゃ」
「すだれ!」
呼ばれた方を向くと、そこに居たのは京都支部の司令官だ。また随分と若い。見た目で言えばミズキさんと同じぐらいだ。自分がいた頃とは違う司令になっている。この人は最近配属されたばかりのようだ。
「司令はん。連れてきたで」
「あぁ、ありがとう。二人とは初めましてだね。この京都支部の司令役です。よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
・・・・・・
そこから、一通り司令から作戦内容を説明してもらい、結構は明日の午後14時からになった。それまではとりあえず待機命令なので暇を潰すために京都観光と言われて、桜樹さんに千束と一緒に外へ連れ出される。相変わらず千束はまだ拗ねているようだが、観光をしているうちに打ち解けて行った。今では私と桜樹さんの中に割って入るほどだ。
「ねぇねぇ!二人とも!あれ何!?アレ!千本鳥居!?」
「あ!ちょっと!勝手に進まないでください!千束!」
「なん、急におてんば娘になるやん。待って待って〜」
さっきまでの不機嫌はどこへ行ったのか、本当に忙しない人だ。私の景色はあの人のせいで直ぐに変わってしまう。私の『居場所』。千束の所へ来てから目まぐるしい程に変化していく景色と共に追いつかない気持ち。それを無理矢理押し殺して千束へ付いていく。
それでも、この違和感は消えない。
何かを見ていないような。
何かを見ないようにしているような。
何かを忘れているような。
何かを忘れたがっているような。
見たら思い出してしまいそうな。
でも、それを逸らす。片隅に隠して私は前を向く。
それはきっとまだ、考えなくてもいいことだ。
・・・・・・
「たきな。今の支部って普段何してはるん?」
千本鳥居巡りの休憩がてら、道中の売店でソフトクリームを買って三人で食べている。三人が綺麗に半分程食べ終えた所で桜樹さんが話題を出してきた。
「任務が無い日は喫茶店として営業しています。コーヒーとか美味しいですよ」
「喫茶店か〜。なかなかオシャレやな。行ってみたいわ〜」
「いつでも、歓迎するよ〜。割引はしないけどね」
にひひ、と千束がイタズラに笑う。つられて桜樹さんも笑う。本当に仲良くなっている。これも千束の凄いところだ。さっきまでの険悪な雰囲気がもう二人の間には無くなっている。なんなら、別々な味のソフトクリームをシェアしている。
千束の食べるバニラ味。
桜樹さんの食べるチョコ味。
私の食べてるバニラとチョコのミックス。
「その喫茶店。どんなメニューがあるん?」
「あ!そうそう、たきなが考えたメニューがあるんだよ!ホットチョコのやつ!」
え?
「ほんまに!?見たい見たい!」
「ちょっと待ってね、写真あるから」
「ま、待ってください!千束!それだけはっ!!」
千束の腕を勢いよく掴んでポケットから出そうとしたスマホを止める。本当に『あのメニュー』を人に見せようとしてるのなら今の千束に人の心とかないんか?と言いたくなってしまう。若干涙目になりながら、自分の顔をずっと横に振る。あれだけは本当に見られたくない。もう完全に私の黒歴史だ。もうあんな歴史は繰り返させません。
「すだれさん、また今度で」
「えぇ〜なんでなん?見たかったな〜」
「お店来た時に出してあげるよ」
「出すのもダメです!」
「出すのもダメなの!?」
「あっははは、おもろいなあ〜2人共」
こんな風に誰かと笑い合える日が来るなんて私も思わなかった。笑えば笑うほど、心にへばりつく違和感。私は、何を遠ざけたがっているのだろうか。何故『居場所』に居座ることを怖がっているのだろうか。何か足りない。逆に多すぎる…?
私の『居場所』。それはもう無くなったものを探しているのか。それとも、もっと違うものを探しているのか。
(私は…)
・・・・・・
「たきなっ!」
「はいっ!」
鳴り響く銃声と薬莢の焼け焦げた匂い。
相変わらず血は流れず、死すらも訪れない私の『居場所』。化け物のように強い貴方は、修道女のような慈悲を与える。その身のこなしで弾丸を躱し、その赤い眼光で敵を捕らえ、狙い撃つ。そうすればたちまちゴム弾を撃ち込まれて敵はその場に崩れ去る。
「っ…ぐっ…」
「はい。もう立たないでね。とりあえず銃隠してる場所だけ教えてね」
ゴム弾で足を撃って行動不能にした所をグラップリングフックで拘束し、情報を聞き出す。といっても、その尋問を無駄となりそうだ。全く情報を吐く気がない。
「なんにも喋んないなら、もう一発行くけど?」
腕の肩関節部分にストライクウォーリアの銃口を押し当てる。
「二人とも〜。こっちは何にも無かったで」
ベレッタをクルクルと弄りながら桜樹さんも戻ってきた。
「お?1人確保出来たん?こっちは人っ子一人おらんかったで」
「正面側にしかいなかったみたいですね」
「裏口から色々見て回ったけど、銃なんて一つも見つからへんで。一体どこに隠したんやろ」
「確かに、この人達もナイフしか持っていなかったですね」
三人で唸る。桜樹さんも裏口から入って倉庫らしきものは漁ってきたが、何も無かったらしい。この建物は大きな平屋。まだ調べ尽くしてはいないが、とても銃を隠せるような場所など無かった。
するとそこで、オペレーター役で手伝ってくれているクルミから通信が入る。
『調べてみたが、どうやら地下があるらしいな。そこにあるんじゃないか?』
スマホに送られてきた図面を見ると本当に地下の部屋が存在している。部屋の大きさも十分。外と繋がる道もあるようだ。銃はここに隠されているはずだ。
私たちは三人で顔を見合せて、地下への入口を探そうとした、その瞬間───。
「させるかっ!」
ナイフで拘束を解いた男が走ってきた。
すかさず1番近くにいた千束が男の足を払い、うつ伏せに倒して取り押さえる。
「この反応、どうやらホントみたいですね」
「そうやな。早よ行こう」
「私はここの人達の手当してから行くから先行ってて」
「分かりました」
クルミに案内されるがまま、地下への入口へ向かう。
・・・・・・
「あの子、ほんまに誰も殺さへんねんな」
「えぇ…本当に…」
入口へ辿り着き、ドアを開ければ長い階段が待っていた。とりあえずそこを二人で降っていく。桜樹さんがさっきの千束の様子に呆れたように口を開いた。
「たきなも、あんな風にしてるん?」
「いえ、私は出来ませんよ。あんな事が出来るのはあの人だけです…」
そう。私には出来ない。誰かの血を流さずに戦うなど出来ない。死と血にまみれた世界。それが私の『居場所』なんだ。それはいつまでも変わらない。こんなものを握っているのだからそうだ。
「たきな。もしかして千束はんとわたしはちゃうなんて思ってたりしいひん?」
「え?」
心を見抜かれたと思った。つい本当の反応を出してしまった。桜樹さんは私の反応を見るとクスクスと上品に笑う。
「やっぱりね。何となくそんな気ぃしたんや」
「なぜ…そう思ったんですか?」
「あんた、ずっと千束はんの事ばっかり見てるし。分かりやすすぎんで。顔に出てたで。なんで殺さへんのやろ?って」
「……」
顔には出していないつもりだったが、まさかそこまで顔に出ていたとは思わなかった。そうだ。最近感じている違和感。それは千束と一緒に任務へ行く度に感じていたもの。前までは何も無かったはずなのに…。
なぜ、今更こんな…。
前に見た夢を思い出す。
私が私として生まれた日の夢。
日本の平和のために全てを捧げる。
それが私の知ってる『居場所』。
血にまみれて、死に満ち溢れて。振り返ると死体の山と血溜まりの道で。光なんて差し込まない世界で。でも、あの人は全然違う世界に居た。全然違う『居場所』を作っていた。それはあの人だけのあの人の為の『居場所』。私がそこに踏み入る事は許されない事のはずなのに。血で汚れた私が入って言っていい場所じゃあない。
「すだれさんは、千束が正しいと思いますか?」
「ん〜。そらややこしい質問やな…。うちはあんな風に戦う人は初めて見たで。そやけど、それが正しい時も正しない時もある。千束はんは千束はんなりに考えてはるんや思うで」
千束なりに…。
単純に誰かの時間を奪いたくない。だから、死なない程度にぶっ飛ばす。それが彼女が言っていた事。私にはまだそれが分からなかった。そうした先に何があるのかも分からない。実際、今までやってきて、千束が何人かの人をその場から逃がした事があった。その時その時の行動が本当に理解出来なかった。
彼女が見逃した敵が店長達を、彼女自身を殺すかもしれないのに。それなのに、敵を見逃したり、無力化するだけで、殺しはしない。命を守る行為。
私にはまだ分からなかった。
「お、着いたみたいやな」
話している内に地下の最奥のドアへ辿り着く。すだれさんはドアに耳を当てて中の様子を読み取る。
「複数人の話し声。車のエンジン音。鉄製品の音もする。どうやら、いるみたいやな」
「車で別な場所に運ぼうとしているのでしょうか?」
「多分そうやね。さ、パパっと終わらせんで」
「はい」
ドアを開けて、相手に銃を向ける。当然向こうは驚いているし、抵抗もしてくる。千束はまだやってこない。
だが、さすがはファーストのすだれさん。一瞬で数が有利だった相手を圧倒して全員を倒してしまった。
・・・・・・
「よし。これで皆殺ったなぁ。さ、銃を探すで」
「……はい」
やるせない、それよりも、納得いかない気持ち。相手を殺したことに納得いかない気持ち。こんな気持ちを抱いてしまうのも、きっと千束のせい。
でも、本来ならこれが正しい。私達は犯罪者を消して、日本を平和にするのが仕事。だから…これが…。
「たきな!後ろ!」
「っ!?」
振り返れば、男が一人ナイフを持って私に振るってきた。何とか避けたが、後ろには武装した男達がいる。
どこかに隠れていたのか。車からも数人降りてきた。想定外の敵、私の反応も一瞬遅れた。だが、すだれさんは違った。もう既に臨戦態勢に入っている。ベレッタのリロードは終わり、ナイフ代わりの長ドスを持っている。
「証拠人はなるたけ捕らえるように言われてるけど、
今は抵抗されてるし、こっちの方…がっ!」
「ぐぁっ…!?」
すだれさんは向かってきた一人の足を払い、宙に浮かせる、すかさず長ドスで浮いている男の首筋を切り裂いた。
「早そうやな」
首を切られた男は地に落ちる。頸動脈の部分を切られて一撃で絶命している。血溜まりの中ですだれさんは立ち聳える。
長ドスの血を払うと、出てきた男達を見据えて青い瞳が眼光を放つ。
「まだ抵抗すんなら少し痛いけどええか?」
・・・・・・
「ぅよし!これで終わりっ」
包帯の最後の一締めを行うと、男は少しだけ痛がる。
「なぜ…助ける」
「これは私の勝手だよ」
「………」
納得いっていない瞳。まぁ普通はそうだよね。仕方ない。でも、死んでしまうよりマシだ。
「俺達は、死ぬ覚悟でやってきた」
「だから生き地獄だって?」
「っは、かもな…」
男は少し俯くと、私を見据えて口を開いた。
「この建物の地下、お前達はそこへ行くと言っていたな」
「?、うん」
「そこには俺達の仲間がいる」
「え…」
「ずっと、自分ばっかり世界から見放されていると言って燻ってきた連中ばかりだ。銃を手に入れた時、目が輝いていたよ。アイツらは、何かヤバいことを企んでいる。俺達はその手伝いをさせられていたんだ…」
「まさか…」
「何をしでかすか分からない。早く行くなら行った方がいい、お前の仲間が殺される前に」
「っ!?」
たきな達が…!?
・・・・・・
目の前で広がるのは命のやり取り。
千束の所へ来てから見なくなった景色。
私が元から見ていたはずの景色。
舞い散る紅と舞い踊る赤。
床が血で染め上げられていく。私の『居場所』が出来上がっていく。そうだ…ここが私の『居場所』。血と死に満ちた世界。犯罪者を消して、平和を齎す行為。
だが、今の『居場所』は違う。
誰の血も流れずに、誰も死なずに、私の『居場所』は作り上げられていた。
私は、本来なら人を殺している。
私は、本来なら血でまみれている。
私は、本来なら誰かを殺しているはず。
なら、今の私は…?
銃を握っていても撃てずにただ目の前の景色を見るだけの弱い私は…?
千束を守ると決めたのに、守りきれずに『居場所』を失っている私は…?
それを許せない私は…?
皆といるのが息苦しくなってその『居場所』から遠ざかろうとしている私は…?
私は───。
私が───。
私の───。
「た〜きなっ」
「っ!?」
名前を呼ばれて、肩を揺らす程驚くと、すだれさんか平然と立っていた。
「終わったで」
言われて辺りを見回すと、血溜まりの中にいた。
頭を撃ち抜かれているもの。
惨殺された死体。
返り血を浴びたすだれさんの姿。
8人はいたであろうガタイの良い男達はすだれさんが全て片付けてしまった。一歩踏むと、血液を踏んでしまう。弾けるような水音。生々しい臭い。
笑顔で返り血を浴びているすだれさんが少し異常に見えた。だが、本来なら私もこうなっているはずだった。
そうだ。思い出した。これが、私の『居場所』。
犯罪者を殺して、平和を齎す為の『居場所』。
私の知ってる、私の身近なもの。
「いける?怪我あらへん?」
「あ…は、い…」
M&Pを握る手が震えている。慣れない光景ではないはずなのだが、今この景色を怖がっている。少し荒くなった呼吸を整えて、すだれさんへ向き直る。
「銃使こてるのも見たし、あとは回収して終わりやな」
「はい。とりあえず一旦千束の所へ戻りましょう。人手が必要ですから」
「そやね」
「たきな!!!」
戻ろうと踵を返した所で千束の方から私達の元へやってきた。かなり慌てた様子でやってきた。だが、目の前に広がる光景を見て少し唖然としている。
「これ…」
「すみません千束、これは───」
「抵抗されたしな、しゃあなかってんよ」
微動だにしない死体を見て千束は何かをこらえるように口を紡ぐと、私達へ向き直る。
「ここよりももっと奥に部屋があるみたいなの。そこにも仲間がいるって」
「えっ…」
「なんや、まだおるんか」
私達は辺りを見回すと車の影で見えなかったが、そこには確かに奥へ続く1つのドアがある。どうやら、まだ終わっていないようだ。この奥を片付けない限りは。
「アレですね」
「そうやな。ほな行こか」
「うん」
私達はそれぞれの銃を構えて、ドアへ付く。
千束とすだれさんが後方から、私が前を担当して、ドアを開けて、一歩前進。正面へM&Pを構える。
だが、目の前に広がるのは倉庫のような空間。さっきと似たような場所だ。正面にはこれから使われるであろう銃やその予備マガジン。その他ナイフやグレネードまでもが置かれている。まるで紛争地域の倉庫だ。
「これは…」
「なにこれ…なんでこんなんまで置いてるん?」
「この数…前々から接収していたようですね」
「うん。一週間そこらでは無理な量だね」
「やっぱりなんか行動を起こすつもりやったんやな。にしては、お仲間はん何処におるん?」
「確かに、何処だろ?」
三人で倉庫内を探索する。やはりここに置いてあるものは軍で使われているような装備ばかり、DAでもいくつか見たものもある銃に弾薬、その他諸々。何かをするように計画していたらしいが、まだそれは分からない。とにかく今はこれらを回収して、DAに帰還するのが先決だ。
しかし、これらを一気に持ち運ぶことは出来ないので、先に京都支部の司令と連絡を取る。
『あぁ、わかった。だがまだ仲間がいるのだろう?ソイツらには気をつけて一旦戻ってきてくれ、サードとセカンドをあるだけ同行させよう』
「了解」
通信を切る。
「とにかく一度戻れとのことです。そのあとはサードとセカンドを同行させると」
「そっか、わかった」
「ほな一旦戻ろ───っ!?」
すだれさんが振り返った刹那。すだれさんの頬を何かが掠めた。小さな切り傷から血が垂れる。すぐさま私達は何かが飛んできた方向へ銃口を向けると、さっきまで隠れていたのか、情報通りの奴らの仲間がいた。
「よォ…さっきはよくもやってくれたな」
前にも後ろにも、いつの間にか囲まれていた。さっき千束が手当していた人たちも戻ってきている。どうやら千束へ見せた態度は演技だったらしい。傷口にまだ血が滲んでいるが、動けるまでに回復している。
「どないする?囲まれたけど?」
「とにかく、片付けないと…」
「これじゃ、こっちが不利ですね」
三人背中合わせで囲まれた。幸い倉庫そのものの場所は広い。だが、完全に出口を塞がれている。これだけはどうしようもない。ここにいる敵が全員出てきたとは限らない。まだどこかに潜んでいるかもしれない。まずは目の前の敵を片付けることに専念したい。
(私が出口を確保するよ。とにかくここから出られれば援軍は来るみたいだしね)
(そうやな。ここは千束はんに任せんで)
(了解)
私達はそれぞれの方向を向く。千束が出口付近の敵を一掃している間にこちらも数を減らす。その為にはまずは遠距離武器を持った人間から攻撃する。向こうが撃つよりも早くこちらが先手を仕掛ける。
「行くよっ!」
「はい!」
「よっしゃ!」
千束は出口付近の敵を。
すだれさんは右、私は左の敵を。それぞれ担当する。
とにかく時間を稼ぐ動き。倉庫内は爆発物もあるので迂闊にM&Pは撃てない。だからなるべく爆発物を盾に位置取りを変えながら接近する。向こうが持っている銃さえ無くせればあとは何とかなる。なので、棚を盾にしながら左へ右へ、動いて輩の一人へ間合いを詰める。私の動きを追いきれていないので、既にこちらのナイフの間合いに入れた。
「くそ!」
男は銃を向けるがもう遅い。私はナイフで銃を弾くと、肩関節を狙いM&Pの引き金を引く。
「がぁっ!」
撃ち込まれた弾丸と男の体から鮮血が弾け飛ぶ。致命傷では無いが、動けないようにするには充分だ。
「このガキっ!」
次いでやってきた男が私に掴みかかってくる。その片腕を後ろ回しで蹴り飛ばし、再びM&Pで今度は右足を抜く。跪いた所へ左の肩関節を撃ち抜く。これなら暫くは動けない。
最初は震えていた手も、今は大丈夫。
こんな状況でも、私は千束の隣で戦えている事に喜びを覚えている。対等に渡り合うとまではいかなくても私は千束を守れればそれでいい。
「っ───?」
守れればそれでいい。と思ってしまった。私に『居場所』はないというのに、なぜ自分でそう考えてしまうのか。私は私自身を過大評価している。千束に追いついた事なんて何一つないはずなのに。
「たきな!すだれ!行こう!」
「分かりました!」
「待ってました!」
すだれさんの方も千束の方も片付いていた。とにかく今はこのまま走り抜けて、援軍を呼ぶ。それだけだ。
それなのに。なんでこんなにも───。
「っ!?、千束ッッ!」
「えっ…?」
そこには確かにゴム弾で倒したはずの敵が起き上がり、千束へ向けてナイフを振りかぶっていた。
それなのに。私の伸ばした手は届かない。
・・・・・・
前にもこんな事があった。
千束は誰も殺さない。故に、敵を逃してしまうことがあった。故に、千束の家にその復讐に来る者がいる。その日もリコリスの仕事で出向いた先で敵数人に逃げられてしまった。それをまた千束がヘラヘラと何食わぬ顔で見ているもんだから、私はいい加減に頭が来て大声を上げてしまった。
『千束!やっぱり敵は始末するべきです!実際、貴方の家に襲撃に来てる人達がいるじゃないですか!』
『んな事言ったって、いっつも追い返してるじゃんよ。気にしなくてもいいんだよ。たきな』
違う。そうじゃないんだ。私は貴方にちゃんと生きて欲しいんだ。幸せになって欲しいんだ。だから、私はこんなにも貴方を心配している。私は私の『居場所』を守りたくて、貴方と共にいる。貴方の隣という私の『居場所』を。でも、それなのに、今は逆にどんどんと遠のいていく感覚に苛まれる。
『いい加減にして下さいッ!なんで分からないんですか!私はっ……私は貴方のためを思って……っ……』
あの時の私は私の肩に置かれた千束の手を振り払ったはずだ。だって、そうだ。何も終わらない。何も変わらない。一歩踏み込もうとすれば境界線が引かれて、私はそれを超えるのを躊躇ってしまう。今まで違う『居場所』にいた私が千束達の『居場所』に踏み込んでいいのか、分からないから。蹲って目の前に広がる光が怖いから、私は、自分から貴方から遠ざかっているものだと思っていたが、違う。根本的に貴方と私の『居場所』が違っていたんだ。
だから、貴方に惹かれた。
だから、貴方に見惚れていた。
だから、貴方を大切にしたいと思った。
それなのに、貴方の居る場所は光が煌々と差していて。
それなのに、私の居る場所は暗く濁っていて。
全然違う世界に居て、全然違う場所を作っていた。
それでも貴方は、私の手を取ってくれた。隣に居させてくれた。
『だって、たきなは私の隣に居てくれるでしょ?』
『ぇ…?』
あぁ。そうか。あの人はこんな私でも隣に居させてくれた。隣に居させてくれた分、私は私なりに貴方を守れるようになろうと思った。そう。
私なりに。
だから、本当は気にしなくて良かったんだ。自分の『居場所』なんて。
私はただ、忘れていたんだ。
千束が私を受け入れてくれていた事を。宮古島から追いかけていて私が勝手に離れてしまっていたんだ。ハワイで過ごしていて当たり前になっていて私が忘れていたんだ。
本来の私と、千束と共に居たい理由を。過大評価なんかじゃなくて、千束に頼りきっていたんじゃなくて、ただ私が私自身を忘れていた。
あの時、千束が延空木から自身を投げ出してまで真島を倒そうとした時に、あの時に私がそばに居てあげられたら。とずっと千束を探している間に考えていた。
もう足手まといなんて思われなくない。
手遅れだったなんて思いたくない。
だから───。
・・・・・・
今度は私が、千束を守ってみせる。
「がっ…!」
振りかぶっていた男の胸をM&Pに取り付けたバヨネットナイフが貫いた。すぐさま引き抜いて、胴体へ向けて発砲。しかし弾は弾かれる。
「っ、防弾ベスト!?…ならっ!」
そして、咄嗟に狙いを変えて男の脳天を撃ち抜く。
脳天の真ん中に風穴が開いて、男はそのまま倒れて絶命。
「すだれさん、早く!」
「っわかった!」
すだれさんを促して二人をドアの向こうへ見送る。そして私はドアをそのまま閉じた。
「ちょ、たきな!何してんの!」
「早く行ってください!私が時間を稼ぎますから!三人でドタバタ走るよりも合理的です!」
「馬鹿言わないで!たきなを置いて行けるわけないでしょ!?」
「貴方達が早く援軍を呼べば、私もその分早く助かります!」
向こうでガチャガチャとドアノブが動いている。鍵もかけた、銃で打ち破ってこない限りは大丈夫。
それにしてもこんな時ですら融通が効かない千束にはウンザリする。私だって死ぬつもりなんて毛頭ない。
私は思い出したんだ。私の『居場所』を。だから、今私はその『居場所』に立っている。
「ちょっと!たきな!開けてよ!」
「千束はん!」
「なんだよ!離してよ!たきな!開けてってば!」
「千束はん!たきなの言う通りにしよ!早う行ったらその分ちゃんとたきなも助かるし!三人後ろ向きで撃たれるよりマシやで!」
「っでも……っでもっ……」
向こうで何か言い合っている。千束の声がしなくなった。どうやら納得してくれたらしい。相変わらず少し面倒な人だ。
「っ……たきな!!」
「はい」
「死んだら殺すからな!」
その声と共に千束は階段を駆け上がっていく。
全く。理不尽極まりない言葉だ。
「ほんとに殺し文句ですね」
M&Pのリロードを終えて、バヨネットナイフとは別に仕込んでいたナイフを取り出して逆手に持つ。
久しぶりのまともな戦闘だ。果たして殺り切れるかどうか。それでも約束を違えて千束に殺されたくはない。これは生き延びないと後々面倒だ。目の前には敵、後戻りは出来ない。
こんな窮地に立たされているのに心は静かに燃えている。頭も焦りが無くなって逆に落ち着いている。それのせいか口角も少し上がっている。改めて自分が戦闘狂へ片足を突っ込んでいることに驚いた。
「さて、うちも頑張らなね」
私が構えると同時に先手を打ってきたのは相手だった。前方の三人から銃口を向けられたが、私は狙いを絞らせないよう地面を蹴り、壁を走った。
「早い…!?」
横一列に並んだ三人の右の男の銃をバヨネットナイフで弾き、次いで真ん中の男の銃もはじき飛ばした。仰け反った二人を確認して、1番左に居る男へ向けて逆手に持っていたナイフを投げ飛ばした。胸元辺りに刺さってフラついた所へ、また地面を蹴り上げて、浅く刺さったナイフへ向けて回し蹴りを繰り出す。ナイフはしっかりとくい込んで男の心臓を貫いた。
「クソこのッ!」
武器を弾かれた二人は当然私へ向かってくる。武器も何も持たずに戦うのは合理的ではない。私はしっかりと二人の動きを見て、ゆっくり銃口を向けた。射撃場の的を撃ち抜くように、一人に胴体へ3発。一人に右足に1発、喉と胸に1発ずつ叩き込んだ。
バタバタと倒れていく男達。私の足元には血溜まりが出来るばかり。返り血を浴びた私はきっとすだれさんと似た姿になっているはずだ。それでも、これでいい。
私は、本来ならこうなっている。
私が、望んでこうしている。
私の、『居場所』がここだから。
あなたを守る為に。
あなたに誰も近づけさせない為に。
私はこの血溜まりを作る。そこに立って私は目の前にあるあなたの障害を打ち壊していく。
あなたを守った証が。
あなたを守って出来た血溜まりこそが。
私の『居場所』。
「っはぁ…はぁ…はぁ…」
気づけば私は全ての敵を片付けていた。体に風穴を開けた者や首筋の頸動脈をぶった斬った者もいる。時間稼ぎどころか片付いてしまった。千束はきっとこの結果を望んではいないだろう。なんとも言えない後ろめたい気持ちが残りつつも、疲れきってヘトヘトな体で私も千束達の所へ戻るためにドアノブへ手をかける。
「千束達と合流しないと…」
そしてドアノブを捻ったその瞬間だった。
「…え?」
鳴り響いた銃声と共に私の腹部に突然痛みがやってきた。その痛くなった部分を抑えると、穴が空いていて、血が出てきている。一拍遅れて吐血した。
「ぁっ…っく、そ…」
撃たれた。後ろから。方向的には真後ろだ。僅かに残った体力を振り絞り、後ろを向いてM&Pを構えると、銃を持ったボロボロの男が上半身だけをなんとか起こして私へ銃口を向けていた。
「はぁ…はぁ…ぅ…」
だが、向こうは虫の息。その一発が限界だったらしい。私が手を下すまでもなく男は絶命した。
完全に油断していた。数が数だったから一人一人の絶命の確認なんてしなかった。
「早く…行かないと…」
痛みを堪えながら階段を登っていく。体を動かしているから血が止まらない。出口までの一段一段が遠い。一歩歩くだけで全身が悲鳴をあげる。私はどこまで行っても血溜まりからは抜け出せないようだ。
「っ……ぅぐっ…」
深い呼吸が出来ない。壁に手を付きながら歩いていく階段から見えるのは、千束の顔だった。恐らく今見てるのが走馬灯とか言うやつだろうか。
私はまた、千束を悲しませてしまった。守ると誓ったのに。光へ向かって歩いていく貴方の背中を守ると誓ったのに。それなのに、貴方は私を見て悲しそうな顔をする。何故なのですか千束。私は貴方に笑っていて欲しいのに。貴方の居る『居場所』を守り、貴方を笑顔にしたいだけなのに。私はまた貴方を悲しませてしまった。きっとこれはその罰だ。甘んじて受けるしかない。貴方には血溜まりは似合わない。そんな『居場所』に居なくていい。
『君も分かっているだろう?千束の居場所はあそこじゃないと』
最悪だ。こんな時に限って吉松が出てきた。
見たくもないヤツの顔と言葉が私の中を巡る。最後の最後に出てきた言葉が千束の言葉ではなくて吉松の言葉だとは、思いたくもない。
「っ……ぁ……」
いつの間にか私は階段に伏していた。指一本動かせない。意識が遠のいて、目が見えなくなっていく。眠気も出てきた。
少し眠ってしまおう。千束達がきっと後は解決してくれる。役目は果たした。これでいい。これで良かったんだ。
『たきなっ!!』
幻聴まで聞こえ始めた。良かった、聞こえてくる幻聴が千束の声で良かった。
千束、貴方はどうか…この血溜まりへ入らないでくださいね。
『たきなぁ!!』
・・・・・・
少しずつ、意識が戻ってきた。
聞こえてきたのは電子音。自分の鼓動を鳴らしている。
匂ってきたのは薬品物。アルコールの匂いがする。
感じ取れるのは誰かの温もり。誰か手を握ってくれているらしい。
「っ……ん……」
目を開けば、見知らぬ天井。ベッドの上。窓の向こうの空が青い。どうやらあの状況で生き延びたらしい。周りを見渡すとそこは病院の一室だった。
「私は…」
手が握られている方を見ると、そこには千束が眠っていた。
「千束…?」
「ん……んんぅ…たきなぁ?」
寝起きの目覚めてない顔が私の顔を見ると一瞬にして変わってしまった。
「たきな!?目覚めたの!?ちょ、ちょい待っててね、山岸先生呼んでくるから!先生!せんせ〜!!!」
全く。病院では静かにしてくださいと言っているのに。忙しない人だ。よくフキさんも耐えられたものだ。
傷ついた体に少し響く彼女の声は私に、安心を与えてくれた。生き延びてしまった、と言うよりも、生き残れた事に。青い空が眩しい。さっきまで戦っていたのが嘘のようだ。静かな朝に最愛の人のうるさい声が混ざって、私はまた、いつもの朝を迎える事が出来たようだ。
「おや、やっと起きたかい?」
「山岸先生…ここは…?」
「京都支部の病院。全く、アンタの詳しいカルテ持ってるのがアタシだからここまで出張する羽目になっちまったよ」
「すみません…先生」
「いいよいいよ。千束に、ずっと駄々こねられるよりはマシだしね」
「ずっと、ですか。私はどのくらい寝てたんですか?」
「4日と半日。その間はずっと千束がここにいたよ」
「千束が…?」
「あぁ、京都支部のファーストもほぼ付きっきりだったけど、今は報告書を書いてるみたいだね」
「すだれさんも…」
自分は病院から逃げたというのに、私が死にかけている時は付きっきりでそばに居てくれたらしい。やっぱり分からない人だ。千束は。
4日と半日。そんなに眠ったままだったのか。と、私はまた空を見る。なら今は昼下がりの時間だ。
その後山岸先生の話を聞いたら、どうやら私を運んだのは千束らしい。その後直ぐにここへ運び込まれて、緊急の手術が行われた。幸い体から弾丸は抜けていて内蔵もあまり傷ついてはないとの事だったので、傷口を塞ぎ、輸血する事で私は一命を取り留めたという。出血が酷くて後少し遅れていたら助からなかったと山岸先生は言っていた。少しゾッとしたけど、千束が助けてくれた事に私はおこがましくも喜びを覚えてしまった。
「まぁ、何はともあれ意識が戻ったなら何よりだよ。千束。もういいよ」
「あ、うん…」
ドアの向こうでひょこりと顔を出してきた千束。その表情はなんだか申し訳なさそうだった。
おずおずとおっかなびっくりに私に近づいてくる。
「ほんとに生きてる?」
「はい。生きてますよ」
なんだその質問。その質問ならあの時の貴方にしたかった。生きてると答えたのにそれでも信じられないのか、椅子に座るなり私の手を握ってきた。
「なんで囮なんてやろうとしたの…」
「すみません。任務の優先事項を決めた結果です」
「それじゃぁ、たきなが死んじゃうでしょうが」
「それも…すみません…そこまでは考えてませんでした」
「ったく…バカがよぉ…」
言いながら千束は私の頭を撫でてくる。
「……」
「……」
しばしの沈黙。互いに口が開けない状況になってしまった。そして私はまた青い空を見る。
「千束には…」
「ん…?」
「千束には、あんな場所に居て欲しくなったんです。人の死体が転がっていて、血溜まりが出来ていて、そんな場所は貴方には似合わないから…だから、先に逃がせば、あんな場所に貴方を置かなくて済むと思ったんです。貴方には誰かの血は似合わない。貴方の『居場所』はそこじゃないって…」
わがままを言ってしまっただろうか。だが、これは本心だ。ちゃんとした本心。紛れもない私の心。ようやく気づいた私の思い。それでも、彼女は納得しないだろう。今、そんな顔をしている。
「たきなが死んだら…私の『居場所』なんて無くなっちゃうよ」
「え」
「私の今の『居場所』は…たきなの隣だよ?それなのに、なんで君は遠ざかろうとするのさ」
言葉を失ってしまった。千束にとって私がそんなにも大きな存在になっているとは思わなかった。
遠ざかろうとしていた、逆だと思ってたのに。でも、言われてから理解した。確かにそうだ。私は自分から遠ざかっていた。勝手に境界線を引いて勝手に下を向いて、それなのに私は周りのせいにしてしまっていた。周りが私と違うからと勝手に。
「千束は───」
何故あの時逃げたのですか?、なんて言えなかった。今はこうして戻ってきていて、私のそばに居てくれる。それで充分なのに。でも、私はその差し伸べられた『居場所』が怖かった。あまりにも綺麗で、楽しくて、嬉しくて、受け入れるのが怖かった。
「何故貴方は私にそこまでしてくれるんですか?」
千束は少し目を丸くしたが、握っている手に目線を置いて話し始めた。
「私に、新しく生きる意味をくれたんだ。ずっと蹲って、死ぬ時を待っていた私に。あの時言った『ありがとう』は本心だよたきな。私が死ぬのが嫌だって言ってくれたの。すごい嬉しかった。
戸惑った私を引っ張ってくれたのも、迷った私を引っ張ってくれたのも、全部たきななんだ。
あの時はどうしようもなかったけど、今は違う。ヨシさんから貰ったこの心臓で、たきなから貰った諦めてた事から挑戦していくっていう生きる意味で。私はまた新しい私の『居場所』を作れたんだ」
千束の瞳に涙が浮かんでいた。私はやっぱりどこまでいっても貴方を悲しませてしまう。だから、引き下がっていたのに、貴方は私の方へ歩み寄ってきてくれる。
こんな私に貴方は───。
「だからさ、自分を囮にするような事はしないでよ…たきな」
優しく、確かめるように私の頬を撫でてくれる。
暖かい。久しぶりに感じた温もりは、私の心を溶かすのにも十分だった。
そうか。千束も私を見ていてくれたんだ。私が勝手に皆から引き下がっていただけで、千束は私の事を引き入れてくれようとしていたんだ。
「すみません。千束、私は…」
ポロポロと涙が出てきた。もらい泣きで上手く話せない。
「うぅん。いいの。生きていてくれて嬉しいよ。たきな」
あの時とは逆の言葉。
死ぬのが嫌だなんて言った私とは逆の言葉。
ようやく見つけた私の『居場所』は優しい笑顔と共に、涙を流している。貴方の涙を見たくないと進んできた私の先にあったのは、貴方と泣き顔だった。こんな皮肉な話があるものか。
それでも、貴方から許された。それならこの手の温もりをもう少し感じさせてください。今まで冷たい血溜まりに居た私の初めての温もりを。
「あの〜、あの〜、もうそろそろええか?」
「っ!?」
「ぃ!?」
聞こえた瞬間、私達はすごい速さで互いの手を離した。すだれさんがいつの間にか来ていたらしい。全然全く気が付かなかった。さすがファーストリコリス。まるで暗殺者だ。
「あらら〜?もしかしてうちあかんタイミングやった?」
「え、えぇっと……」
ジリジリとにやけづらで千束へにじり寄る。問い詰められた千束は恥ずかしさなのか顔を赤くしながら目線を逸らしている。
そんな千束を見るなりすだれさんはまたクスクスと上品に笑う。
「はいはい。お邪魔蟲来てもうてかんにんな。明日にも退院できんでって報告しに来た。よかったねたきな」
「はい。ありがとうございます。すだれさん」
微笑んで、すだれさんは言ってくれた。本当に何から何まで面倒を見てもらって申し訳なさが込み上げてくる。リコリコに来た時はうんとサービスしてやらないといけない。
それはさておき、さっきからすだれさんは千束ににじり寄りまくっている。さっきの様子を見られてしまったから聞きたいことが多いだろう。
「ま〜、またえらいお熱いご様子で?こっち来た時の夜もえらい声漏れとったけどやっぱり付き合うてるん?二人とも」
「ブッ!!」
千束が飲んでいたお茶を吹き出した。
あぁ、どうやら聞こえていたらしい。だから遠征中は我慢しようと言ったのに。
「ままままままま待って!?え、待って!?漏れてた!?そんなに声おっきかったかなぁ!?割とマジめに抑えてるつもりだったんだけど!」
「あら?ほんまに付き合うてるんや。カマかけただけなんやけど」
「どぅえ!?あいや今のは言葉の綾でほんとは違くてえとあのその……」
取り消そうとしても、もう遅かった。別に隠しているわけではないが、バレると案外恥ずかしいものだ。
すだれさんは相変わらず笑っている。
「なんや。ええ人見つけたんやな。たきな」
笑いかけてくれたすだれさんに答えるように私も笑顔で答える。
「はい。おかげさまで」
二人で千束を見ると、顔を真っ赤にして伏せている。顔が今にも爆発しそうだ。千束のこういう所も相変わらずだ。
正直言えば、そろそろ慣れて欲しい所ではある。
それでも、この人のこんなおかしな顔は私を日常へ戻してくれる。どうやら大変だった任務は無事に終わったようだ。
・・・・・・
「本当にありがとうございました。すだれさん」
「ううん。ええでええで。元気になって良かったで。お店絶対に行くしちゃんとサービスしてや」
「はい。お待ちしております」
「って、千束はんは?」
「あぁ、駅弁買いに行ってますよ。今」
「相変わらずやな。楽しんでんな千束はん」
「私の事を見てくれている時は何も食べてなかったと聞きました。それなら仕方ないですよ」
「なぁ〜、たきなぁ。そろそろこっちの言葉で喋ってほしいなー?」
「………」
まだ諦めてなかったのかこの人。それなら仕方ない。
「はい。これでええ?」
「うんうんうん!やっぱりこっちの方言も似合うなぁ。たきな」
「べつにどこの話し方でも一緒やん」
「何言うてんの。向こうの相棒とはちゃう。こっちにおった時の言葉で話すし特別なんやん?」
「それただの自己満足やろ」
「まぁ、そうとも言うなぁ」
その通りだからか、すだれさんは満足そうだ。
「うちらの方にはいつか来るん?」
「うん。近いうちに楠木司令に報告しに行くしそん時にたきなんとこに行く予定やで」
「なら、そん時は連絡してや。ちゃんと待ってるし」
「ほんまに!?あぁ〜ん!たきなに待ってるって言われんのは何年振りやろ!行くし!絶対行く!」
よくある女子高生の行かない時の言い訳に聞こえるがこの人は違う。こういう時はちゃんと来てくれる人だ。
「たきな〜!」
「千束」
駅弁片手に千束が戻ってきた。時計を見ればちょうど新幹線が来る時間だ。
「買ってきたから行こう」
「はい。それじゃあ…すだれさん…」
「うん。また連絡するしその時はよろしゅう」
「はい」
「じゃね、すだれ」
「千束はんも、元気でな〜」
ヒラヒラと手を振るすだれさんを背に私達は東京へ戻った。
・・・・・・
「んっん〜〜〜!着いた〜!」
新幹線に乗ってしばらく。窮屈だった座席から降りて、千束は大きく背伸びをする。
「ほんとに今回は色々すみませんでした。次からは…」
「あーあーあー!いいのいいの。気にしない気にしない。たきなが無事ならそれでいいです!」
ピシャリと言葉を遮られ、千束はその大きな胸を張る。迷惑をかけてしまったのに許してくれるのも千束の優しさだ。
「んじゃあ、たきなは先に帰ってていいよ。私寄るところあるから」
「え?何処ですか?」
「あ〜……っと」
千束は何かバツの悪そうな顔をする。私に言えない所に行こうとしているのだろうか。出来れば言って欲しい。
「何処に行くんですか?」
少し強めに問い詰める。それでも、千束は目を逸らしながら口を開いた。
「ヨシさんの…お墓なんだけど…」
「吉松氏の…」
聞きたくない名前のお墓だった。前にハワイに居た時に店長と二人で日本に一度帰国していたがその時もそんな用事だった気がする。私はまだ一度もそこには行ってない。
「それ、私も付いて行っても良いですか?」
「えっ!?」
千束は驚いた。
「よ、ヨシさんのお墓だよ?たきな…ほんとに付いてくるの?」
「どんな人であれ、一度はお店でお世話になっています。挨拶ぐらいは行かせてください。それに…」
「それに?」
死にかけの走馬灯に出てきた吉松氏が私に言った台詞。あれの返事をまだしていない。
「いえ、なんでもありません。とにかく付いて行きます」
「そっか…わかっ……た」
千束はあまり納得していないようだが、それでも千束の後を追いかけた。
・・・・・・
通りの花屋で飾るための花束を買い、着いたのは小さな神社。その隣の墓地だった。
「こっち」
言われて千束へ付いて行くと、本当にそこには吉松氏の墓があった。刻まれた苗字とその横には享年が記されている。
「ここには、ヨシさん入ってないんだって」
「え?」
「あの後にヨシさん。見つからなかったって。先生が言ってた」
「そう…なんですか…」
千束は線香を準備しながら、墓の花瓶に花束の花をさす。千束は多めのスイートピー。私は様々な色のペチュニア。自分の心境をそのままこの花として買った。
私は確かにこの人が嫌いだ。千束を苦しめた張本人だからだ。でも、同時に千束の大切さを教えてくれた人でもある。不思議な気持ちだ。怒りを顕にした人に安らかな眠りを願う日が来ようとは。どうやら私も外道にはなりきれないらしい。
「ヨシさん、ちゃんと向こうで元気してるといいけど」
こんな時にも千束はあの人の安らぎを願っている。死にかけの人形と呼ばれ、人殺し以外に才能がないと蔑んできた人間のはずなのに。千束は優しすぎる。それ故に色んな人の『居場所』になってしまう。
私もその優しさに惹かれた一人だ。だからこそ、次は私が守ってみせる。千束の事を。
そばに居ていいと言ってくれた千束の事を。
だが、吉松氏。貴方は千束の『居場所』はここじゃないと言いましたね。
えぇ、確かにそうです。千束の『居場所』はここじゃない。こんな血にまみれた、死に満ち溢れた所じゃない。もっと光で溢れた暖かくて優しい場所なんだ。それが、千束の『居場所』。
なら、私は千束がそんな場所に行かないように守りましょう。支えましょう。どんな事があっても私自身が血にまみれても、死にかけてでも、守りましょう。
貴方がくれた千束の命は私が守ります。私の『居場所』は『千束の隣』なのですから。
ですからどうか、今は貴方も安らかに眠っていてください。そして、私達をどうか見守っていてください。
千束の救世主さん。
「……」
二人で手を合わせて、吉松氏の安らかな眠りを祈る。祈りを終えると、千束は私へ向き直る。
「行こう。たきな」
差し伸べられた千束の手。それは私が守りたい。
私の『居場所』。
「はい」
ようやく見つけた私の『居場所』。
それはこんなにも近くにあって、こんなにも暖かな場所だった。繋がれた千束の手は私へ温もりを与えてくれる。血で濡れた冷たい手なんかじゃない。誰かを助けてきた暖かな手。それが誰かの血で染まることなんて無い。そんなことは私がさせない。だって、隣に居ていいと言われたから。
これからも私は貴方の隣で生きていく。
貴方の隣で過ごしていく。
ずっと変わらない。
私の守りたい。私の『居場所』だから。