千束が消えた。
千束が病院から消えた。店長が持ってきた心臓を千束へ移植し、目覚めるまで病院に通える間は通っていた。病院の看護師や先生方にも顔を覚えられるほど。毎日来ても皆何も言わずに受け入れてくれた。
それなのに、あの人は私や店長の目の前から消えた。私は千束が消えた病室を見た時は唖然としてしまった。何も言えずにただ立ち尽くしてしまった。延空木から引っ張り上げたあと時はお互いに意識が朦朧としていて、フキさんに何とか助けを求めて、お互いに病院へ運ばれて、私は応急処置で動けるようになったから良かった。でも、千束は違った。もう時間がなかったんだ。人工心臓が止まりかけていた。そこに現れたのはスーツケースを持った店長だった。酷く目が腫れていた。まるで大泣きしたように腫れていた。店長のそんな顔を見たのはミズキさんもクルミも初めてだったらしい。二人も驚いていた。吉松がその場にいなかった事を考えると、私は何も聞かずに店長へ感謝と謝罪をした。全て任せてしまったことを。店長に1番させてはいけないことをさせたこと。それでも店長は私を許してくれた。
『これは俺が選んだ道なんだ』と。
それでも、私は千束が消えたあの日から。
私は『何か』を許せずに過ごしていた。
・・・・・・
「店長、レジ締め終わりました」
「そうか、ありがとう。今日はもう上がっていいぞ。たきな」
「はい…では」
・・・・・・
「お疲れ様でした」
「あぁ、お疲れ様」
着替えを終えて、リコリコから外へ出る。ふと、店の前のベンチが視界に入った。そのベンチに座って、私に注射が怖いと言った貴方は今どこにいるのでしょうか。
クルミが必死に探してますよ。私や店長やミズキさんですら目の届かない所にいるんですか。それとも、影でコソコソしてるのですか。
それとも、『私』が許せないのですか?
誰も座っていないベンチの背もたれに手を置いて、私は小さいため息を吐く。呆れているような。寂しがっているような。後悔しているような。回った感情と渦巻く心が混ざりあって、また私が歪みそうになる。
でもそれも直ぐに無くなる。考えても仕方のない事だ。可能性の低いことを考えるのは合理的ではない。きっと貴方は、それでも。と言ってくれただろう。
でも今は違うんです。千束。
何も言わずに居なくなった貴方を探すのはクルミじゃないと出来ないんです。今は頼りっぱなしだけど、いつか、二人でクルミにお礼をしましょう。
「……」
明日は何をしようか。こんなに待ち遠しくない明日は久しぶりだ。千束が居なくなってからいつもこうだ。どうしてもここから抜け出せない。
もう戻れない。千束がいた日々にはもう二度と。
このまま帰ってこないかもしれない。
このまま戻ってこないかもしれない。
別れは誰にでも訪れる。それでも季節は巡ってくる。
時間も過ぎれば、感情も消えていく。
私はね、千束。目閉じると貴方との思い出が蘇ってくるんです。一緒に下着を買いに行ったこと、料理をしたこと、リコリコの新メニューを考えたこと、貴方と任務へ出かけたこと、それが大きな露となって私から落ちていく。その度に貴方を救わなければよかったと後悔します。私は貴方に背いた。貴方の思いに背いてまで、貴方を助けたかった。それなのに貴方はもういない。これで良かったのかもしれませんね。千束。
・・・・・・
「ただいま……」
帰ってくることの無いおかえりを聞き、私は家へ帰ってきた。千束のセーフハウスではなく、自分が使っている部屋に。
「はぁ…」
椅子にサッチェルバッグを置いて、ベッドに腰掛ける。さて、何からしようか。洗濯物も、皿洗いも、料理も、1人だからやることが無い。また1人の時間。
貴方はもうどこにもいない。ただただ時間だけが過ぎていく。通って来た道も、振り返ればそこには私一人。
また目を閉じると、貴方は遠巻きに笑っている。そこには境界線があって、誰も近づけなくて、貴方の顔に生気はなくて、それがいやで、目を開けると、また何も無い何の変哲もない、私の部屋。
千束から借りたままの漫画。もう何度も読み返した。ただの恋愛漫画。正直何が面白いのか分からない。でも今は、少し違って見える。こうして誰かを思うというのはこんなにも辛い事なんだ。
この漫画の主人公は相手に恋をしている。毎日学校で会えるのに、そばに居るのに、とても遠くに感じてる。まるで、声の届かない場所にいるかのように。
「千束…」
ふと呟いた。この声が貴方に届くように。
それも無意味だ。届かないのは知ってるし、帰ってこないのも知っている。
「はぁ……」
別になんでもないため息。
こんなにも、こんなにも、寂しいと思う日が来ようとは。昔の私には想像出来なかった。
一粒。借りてた漫画に雫が落ちる。
貴方との思い出が蘇る。パンケーキ屋、水族館、釣り堀とか、色々回った。寿命が僅かになっても私に何事も無かったかのように接してくれた。
それは、貴方はそこで終わるつもりだったからだ。
理解出来ない考えも、行動も、発言も、全て貴方は残して死するつもりだった。
最悪だ。今更になって貴方の考えが少しづつ理解できるようになってきた。失って気づくというのは残酷だ。理不尽だ。最悪だ。私にもこんな感情があったのですね。千束。
「本当に今更な『私』を許してくれますか?千束」
だから、帰ってこないというのに私は見えない貴方に問いかける。響いた言霊が消えるのを聞いてから私はそのままベッドへ横たわった。
・・・・・・
「おはようございます」
「おはよう、たきな」
「ん〜、おはようたきな」
たきな声だ。店のカウンターにいる二人に挨拶でもしてるのだろう。
「クルミ、いいですか?」
「ん?おぉ、なんだ?たきな」
千束が消えてから毎日、たきなはボクの所へやってくる。その目的は当然────。
「千束は見つかりましたか?…」
こういう事だ。だが当然まだ。だから、首を横に振る。
「すまない。まだなんだ。手がかりが少なくてな…」
「はい…分かりました。いつもありがとうございます。見つかった時のお礼は必ず…」
「気にするな。勝手に居なくなるアイツの方が悪い。皆きっと『千束』を許さないだろう」
まだ、たきなは、俯いている。
「お願いします。クルミ」
「あぁ、任せろ」
俯きがちなたきなになるべく優しく声をかけてやった。
そして、たきなは店へ戻っていく。こういうのはボクも苦手なんだ。たきなのそんな苦しそうな顔を見るのも早くやめたい。そのためには早く千束を見つけなければ。
「クソ…どこだ千束……」
コンソールを操作しつつ、ネットの様々な場所から千束の姿を探す。
と、そこに映ったのはストーカー被害で千束達が関わったサオリが居た。相変わらず彼氏とは上手くやっているらしい。全く、楽しそうに彼氏と自撮りなんてしやがって──────と、そこでそのサオリの後ろにヒトカゲか映っている。
「ん………?」
拡大する。
「え?」
信じられないのでさらに拡大する。
「あ、あぁ、ああああああああぁぁあああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!」
ボクは急いで自分のディスプレイからたきなの元へ駆け出した。店がまだ営業中だが関係ない。これは一大事だ。早く全員に伝えなければならない。
「たたたたた、ちゃ、ちゃき、たきな!!!」
「な、なんですか、クルミ!まだ営業中ですよ!?」
慌てた様子のボクにたきなも慌てて対応する。そんな様子を見てミカもミズキもやってくる。店の皆がボク達を見ている。走って突撃気味だったボクをしっかりと受け止めて、顔を見てくれる。
「どうした、クルミ?」
「何よアンタ、まだ営業ちゅ──────」
「いいいい、いたぞ!たきな!いた!!!千束だ!!」
「え?」
「は?」
「何?」
ディスプレイを直ぐにたきなとミカとミズキへ見せる。だが、たきなは直ぐに眉をひそめて首を傾げた。
「クルミ、これはサオリさんの写真じゃないですか?」
「ちが!バカ!!ここ見ろここ!!」
と、ボクはサオリの後ろにいる楽園で暮らしているような白いワンピースを指さす。
「なっ!?あンのバカっ…!なにやってんのよ!」
「これは……本物か?クルミ」
「ちさ…と…」
「ま、間違いない!あいつは今宮古島にいるっ!今すぐにでも……」
と、ボクはたきなが動かなくなっている事に気づいた。まるで電池のなくなったロボット人形のように固まっている。
「た、たきな?」
「ねぇちょっとたきな?どうしたの?」
「ふっ…っ…っっ…」
口元を抑えて何かを堪えている。
言葉に出来ないような感情がやっぱり渦巻いていたんだ。ボクが気づいてやれなかった。いや、気付かないふりをしていた。深く入り込んでも千束は見つからない。だから、ボクはたきなに無理をさせていたんだ。
そう思った──────。
「ふっ……くくっ……あっはははははははははははははははははははははははは!!!!」
だが、それは、ボクらが聞いたことの無いようなたきなの大笑いの声で消え去った。
・・・・・・
生きていた。
千束が生きていた。
こんなにも簡単に。
こんなにも生き生きと。
今までの自分が思っていたことが馬鹿らしくなって笑い出してしまった。そうか、これがおかしいってやつなんだ。いや、どうだろう。安心したからなのかな。まだ分からない。涙を流して、思い詰めて、諦めかけていた。それなのに、この人はこんなにも優雅に華麗に大胆に生きている。あの日からずっと、泣かないと決めていたから、押さえ込んでいた分。今ここで崩れてしまった。
あぁ、いつも貴方は私の事をこんなにも簡単に裏切ってくれる。誰にでも別れは来ると、終わりは来ると言った貴方はこんなにも眩しそうに生きている。だから、人間は面白い。だから貴方を見ていられる。
そうか、そうですね。千束。貴方はそういう人だ。
そういう人だから、私は貴方を助けたいと思ったんです。だから、私は『私』を許せない。貴方を生かしてしまった『私』を。
「た……たき…な?」
唖然としたクルミが私を見つめている。
らしくないことをした自覚はある。だから、まずは訂正だ。
「すみません。クルミ。なんだか、おかしくって」
「あ、あぁ…大丈夫ならいいんだ…えと…」
「えぇ、ありがとうございます。この話はお店を閉めてからにしましょう。クルミ」
「お、おぅ…そう…だな」
まだ納得いってなさそうなクルミの顔。
後でちゃんと訂正しておかないと。
・・・・・・
「それで、クルミ本当にこれは千束なのか?」
店仕舞いをした後。私達は裏の休憩室に集まってクルミの検索結果の報告を受けていた。
「あぁ、サオリの写真から位置を特定した。そこから、周辺をマップ検索して探したから間違いない。千束は宮古島にいる」
「まさか本当に生きてるとは…」
「アイツ何様のつもりでこんな……」
「驚いたな…」
店長は信じられないと言う顔。
ミズキさんはちょっとイライラしてる顔。
クルミはむ〜っと唸っている顔。
でも、私は──────。
「たきな、なんで笑ってるんだ?」
「え?また、笑ってました?」
「そうよ、なんかおかしいわよ。たきな」
「そうでしょうか?」
おかしい。確かにそうだ。私の心はとても穏やかで、今にも踊り出しそうだった。
それはそうだ。だって、千束が見つかったんだから。私はとても嬉しい。
千束がいきていたこと。
千束に会えること。
千束が笑顔だったこと。
そして、千束と言葉を交えることができるから。
「そうですね。確かにおかしいかも知れません。でも、心配しないでください、皆さん。ちゃんと皆さんの分も千束の事はぶん殴ってきますから」
私はまた皆に笑顔で頷いた。
千束はみんなに黙って勝手に消えたんだ。これぐらいは普通に受けないといけない。
私は千束に会えることが嬉しい。
これは本音。本当に本音。そうすれば許してくれると思った。貴方を生かしてしまった私を。
貴方を助けてしまった私を。
ずっと放置されて怖くて怖くて堪らなかった。貴方の逃げた理由が死に場所探しだったら、私はもう絶望するしかないから。
でも、その答えも聞かないまま貴方が居なくなるのも嫌だった。だから、もう一度だけでもいいから面と向かって話がしたかった。そうすれば、全て楽になると思ったから。だから、私は貴方へ会いに行きます。千束。
まだ、私は『私』を許せないから。
・・・・・・
「なぁるほどねぇ〜。私がいない間大変だったね〜」
なんて、呑気に千束は言う。
浜辺でのメリーゴーランドを終えて、帰るのは明日の飛行機なので今日は千束の仮住まいで泊まることとなった。前のセーフハウスとは違う、質素な最低限の部屋。テレビもなければ、DVDも無い。ただの部屋。これから部屋作りをしようとしていたようだ。
そしてその部屋の真ん中に布団と二つ敷いて雑魚寝している私達。充電中のスマホがなったと思ったらミズキさんからの返信だった。
「ミズキさんから、返信来ましたよ」
「お?ほんと?どれどれ……うっっっわ。めっちゃ怒ってる」
「そりゃ当然ですよ。皆心配してたんですから」
「んだよにゃ〜。そりゃそっか〜」
「電話されないだけまだマシですよ」
私のスマホを置くと千束は天井を見る。その顔は本当にいつも通りで不思議だった。
「本当に何ともないんですか?」
「んぇ?『これ』?うん。ほんとに何ともないよ。ゃまぁ、さすがに放置しすぎたかなっては思ってるけどさ」
「…………」
放置しすぎたと思ってはいる。なら、なぜ戻ってこなかったのか。私は疑問に思う。それはきっと私が聞くのを怖がっているから。だけど、聞くしかない。私は『私』を許せないから。千束を生かした『私』を。
「千束は、本当に死にたかったんですか?」
体を千束へ向けて、真っ直ぐに聞いてみた。
その質問が意外だったのか、千束は少し目を丸くして、私を横目にするとまた天井へ視線を戻した。
「ん〜。多分そうかも。私は、本当に死にたかったんだと思う」
「……」
千束は天井に手をかざす。
「湿っぽいのが嫌とか、もう限界だったからとか、じゃなくてさ。元々居ない人間だった私はやっぱり存在しちゃいけないと思ったんだ。皆の前から消えてしまえば、皆がもう私に囚われずに済む。私っていうお荷物が無くなって、皆が皆のしたい事ができる。そう思ったんだ。私は、『誰かのために生きなきゃいけなかった』。それはきっと、あの人も望んでないこと。これは、あの人に憧れた私が勝手に決めたこと。誰にも何も言わないで自分で決めて自分で歩き始めた道。そして、その道にタイムリミットがある。こんなにわかりやすい人生ってそうそうないと思うんだよね。だから、私は前を向いて歩けたんだ。だから──────」
「千束」
私は千束のかざしていた手を取って、千束の上に被さった。千束はポカンと何が何だかな顔をして、私の顔はきっと怒っている。私の髪が垂れて、千束の視界を塞ぐ。最初の一言だけで良かった。私はそれを聞きたくてここまで来た。貴方を生かした私は、貴方にとっての疫病神。最低なヤツなんだ。
だから、最初の一言だけで良かった。
「やはり貴方は死にたかったんですね」
声のトーンが下がってしまった。
呆れたような、怒っているような、よく分からない音程。心から何か外れたような感覚。聞きたかった答えのはずなのに、違う答えが帰ってきたような感覚。
「たきな」
「私は、貴方の望むことをしてあげたいんです。貴方が望んで1人で無理なら私もそれを助けたい。貴方が元々、死を望んでいるのなら、私はそれを助けたい」
誰にも見せられないような顔をして、私はM&Pの銃口を千束の胸へ押し付ける。私は今どんな顔をしているのだろう。それは千束だけが知っている。ずっとこうしたかった。貴方にずっと。私は『貴方』を許さない。
勝手に消えて、勝手に生きて、勝手なことを言って。
それを背負おうとして貴方を思ってしまった『私』を許せない。
「どんな方法でも貴方を殺せます。散弾で頭を砕いてもいい。ライフルでその心臓を貫くのもいい。ARで穴だらけにするのもいいですね。どんな願いでも私は叶えてみせます」
ポタポタと垂れる。千束の顔に。なにかの水分。
私には分からない。なんの水だろうか。
ずっとこうしたかったんだ。きっとこれは嬉しさの感情だ。
「ごめんね。たきな」
「っ!?」
千束の手が私の頬を撫でる。
それは暖かくて、心地よい。生きている人間の体温で。私がずっと欲しかったもので。私がずっと諦めていたもの。諦めてたことから始めようと言ったのは、私も貴方の事を諦めていたから。クルミを疑った訳じゃないが、千束の顔を見るまでは本当に千束が生きていると信じていなかった。もし居なかったら。もし無駄足だったら。と、ずっと思い詰めて考えていた。宮古島に行くと決まった日にちまで、ずっと眠れなかった。今すぐに出ても飛んでいって確かめたかったからだ。心ばかり焦って、仕事も手がつかなかった。
『錦木千束』。私の全てを変えた女。
「私は、君にずっと無理ばっかりさせてた」
そう。貴方は業が深く。
「私は、君に色々求めすぎた」
そう。貴方は欲深く。
「会うのが怖かった。本当に殺されると思ってたから」
「本当ですよっ……っ…私が、どれくらいっ…貴方を……思っていたかっ……ぐすっ…うっ……ぶん殴ってやろうって…ずっと……考えてたのに…顔を見た瞬間っ……こんなに…こんなに…嬉しいって…思えて…」
そう。貴方へ深く。
「ありがとう。たきな」
私は深く。堕ちていく。
「千束っ…」
抱きしめられて。M&Pは消えて。
千束が受け止めてくれた私はこんなにも子供のように泣いて。信じられなくて。
でも嬉しくて。悲しくて。怖くて。
生きていて。鼓動は無くて。でも暖かくて。
「私は『たきなの全部』を許すよ」
私は『貴方』を『私を独りにした貴方』を許さない。
・・・・・・
翌日。
子供のように泣きじゃくった私はそのまま眠ってしまい、千束の上で目が覚めた。それはそれで恥ずかしい思いをしたので飛び起きて、飛行機の時間に間に合うように片付けをして、空港へ向かった。
宮古島。それは本当に美しい場所。快晴の空に海を見れば、何処までも続く海の線。深く飲み込まれそうな程に青い海。白いワンピースの千束は麦わら帽を被り、砂浜を舞うように歩く。それはとても『幸せ』そうだ。
「たきな〜!海入ろうよ〜!」
海辺でワンピースを靡かせる千束が私へ手を振る。
「飛行機の時間に遅れますよ〜!足も洗わないと〜!」
「も〜!ふいんき台無しじゃんよ〜!」
「雰囲気ですよ〜!相変わらず間違えますね〜!」
「うるせ〜!」
本当に居なかった日々が嘘のように。
当たり前のように私の目の前にいる千束。
今でも信じられない。逆に信じられなくなってきた。
だが、それも昨日確かめた。鼓動が無いことも、千束が生きている事も。
「綺麗……」
浜辺で舞う白の天使に私は呟いた。今にも翼が生えて飛び立って行ってしまいそうな程に千束に似合うワンピース。陽のあたる場所で両腕を広げて、空を仰ぐその姿を見た時、私は荷物を手放して千束へ向かって駆け出していた。
「っ!」
「っと…たきな?」
千束を手を掴んでいた。
いつの間にか。私自身も訳が分からず千束を見つめてしまった。
「どしたん」
「あ、いえ、その…」
言葉に詰まってしまった。
貴方がまた逃げ出しそうだったから。
貴方が飛び立って居なくなってしまいそうだったから。
言葉ならいくらでもある。なのに、出なかった。
「大丈夫だよ。私はもう何処にも行かない」
「はい…」
信じられない。その言葉も。貴方の姿も。
「千束、前に言いましたよね。お別れは必ず来るって。私は貴方からお別れされたと思ってずっと過ごしてきました。季節を巡って、独りで過ごして、貴方が居ない日々を送った。私はずっと迷っていました。貴方の後を追うべきかと」
「たきな…」
「千束。お願いがあります」
「なに?」
「これからは二人で歩いて行きましょう。私は生きていくのが怖い。貴方のように生きられない。それでも、千束の隣に居たい」
「それって…」
「私は、貴方をもう二度と、失いたくないから」
千束は驚いたように目を丸くした。そして──────
「っく…っくく……あっはははははは!!」
笑われた。
「なぁにぃ、たきな〜!告白かよ〜!」
そして抱きつかれた。
「ちょ!なんですかいきなり!」
「そりゃこっちのセリフじゃーい!あっはははは!」
「なんですか!なんで笑うんですか!」
千束は笑った理由を言ってくれなかった。
だから、私はその理由をこれからも探していく。
私は、まだ『私』を許せない。
それはきっと、いつか、『それ』を受け入れられるその日まで。
ずっと理由を探していく。