生徒会のお荷物。井ノ上たきながそう呼ばれるのは理由があった。生徒会主催のイベントでたきなが独自の判断で行った進行が失敗し、そのイベントは大滑り、学校の評判を少しだけ落とす羽目になってしまった。そこからは早かった。色々と根も葉もない噂が飛び交い、たきなを孤独にさせていった。だから、今日もこうして屋上へ逃げてくる。だか、今日はいつもと様子が違った。
「お?君が噂の生徒会役員?」
上を見上げると、もう一人、屋上で授業をサボるもう一人の女子生徒。淡い金の髪に左だけ括った髪。この学校はその程度では校則違反にはならないけれど、それでもこの人は他の人達とは違って見えた。
その人は女性と呼ぶにはあんまりにもガサツな態度で。
その人の目はたきなにとってはあんまりにも眩しく見えた。
「あなたは…」
・・・・・・
「あぁ、あん時のイベントね〜」
いいながら彼女は紙パックのジュースを啜る。ズゴゴゴゴ〜っと飲み終えた音を出すと、紙パックを握りつぶした。
「あん時学校行ってなかったからな〜。私はよくわかんないや」
「そうなんですか?」
「うん。いろいろやってたら学校終わってたからね〜」
「いろいろってなんですか…」
「ん〜?重い荷物もったおばぁちゃん助けたり〜、外国人が道聞いてきたから道案内したり〜、あ、バイト先に急に呼ばれたから行ってたんだけど、まさかお昼のラッシュの時間働かせられるとは思ってなかったな〜」
「人助け…ですか?」
「んそう。私はいつも、やりたい事、最、優、先〜♪」
と、指を三拍子で揺らした。なんとも幸せそうな顔だ。不思議と見入ってしまう。そよぐ風に揺れる彼女の髪がキラキラとチラついて、その瞳が太陽の光で輝いている。
「あ、ねぇ、君さ」
「はい」
「生徒会追い出されたんでしょ?」
「追い出されたというか、来なくていいって言われました」
「ん〜じゃさ、私の部活に来ない?」
「部活…?」
「そう!もしかしたらさ部活とかで役に立てば生徒会のあのフキも君の事戻してくれるかも!」
「……」
明らかに怪しい話だ。だが、今はそれに縋るしかなかった。学校でもはやほぼ一人と言っても過言ではない。
こういう風に助けてくれる人がいるのなら、今は…
「分かりました。それで生徒会へ戻るきっかけを作れるなら」
「お!決まりだに!私、3年の錦木千束!よろしく!」
「2年の、井ノ上たきなです。よろしくお願いします。錦木先輩」
握手を交わすと同時に千束はう〜、と口を尖らせる。
「千束でいいよ〜、気にしないし」
「まぁ、慣れたらで」
・・・・・・
「は〜い!ここが部室で〜っす!」
千束が両手を広げ言うと、そこは何も無い空き部屋だった。正確にはある程度の机と椅子、そして掃除用具のロッカーがある。だが、閑古鳥が鳴いている寂しい部屋だった。
「何もないじゃないですか」
「ぶー!そういうこと言わない!こういう方が部室っぽいでしょ〜!」
ブーブーまた口を尖らせる。たきなは呆れて頭を抱えた。
「私、部活の説明まだ聞かされてないんですけど」
「あぁ、そうだった。私の部活はいわゆる何でも屋!部活の手助けから、雑用まで!更には地球へ飛来したエイリアンを…」
「何でも屋…」
「聞いてる?」
部活と呼ぶにはあまり聞かない名前で、またたきなは頭を抱える。そんなたきなをよそに千束は時計を見ると大きな声で慌て始めた。
「あぁ〜!!先生に蛍光灯取っ替えるの手伝ってって言われてたんだった!いくよ!たきな!」
「は、はい!」
普段走らない廊下。慌てて小走り程度しかした事ないたきなにとって、初めて廊下を走った瞬間だった。
・・・・・・
「いっつもありがとうね〜、千束ちゃん」
「いいえ〜、私がやりたくてやってるんで〜」
脚立に乗り、蛍光灯をガチャガチャと今日に差し込んでいく千束。とりあえず揺れないように脚立を抑えるたきな。雑務の先生はもうそれなりに歳をとっている。こういう危ないことは千束に頼むようになってきているらしい。
「たきなちゃんも蛍光灯一緒に運んでくれてありがとうね」
「あ………はい。これぐらいなら」
久しぶりに聞いた『ありがとう』。照れくさそうに頬を少し染めるたきなを見て千束は微笑んだ。
「はい。これで終わりですよっと。次行こ、たきな」
「はい」
脚立の片付けついでに次の依頼へ向かう。
・・・・・・
「いやぁ〜、助かるよ錦木さん」
新任の先生の元へ来ていた。
どうやら、プリントを纏めるのを手伝うらしい。
たきなの得意分野だった。物凄いスピードで的確にプリントを五枚一組へ重ねていく。千束と先生も拍手をする程綺麗に纏まった。
「これでいいですか?」
「ありがとう、井ノ上さん。予定よりも早く終わったよ〜またお願いしてもいいかな?」
「え、あ…」
つい、何を言っていいか分からなくなり、千束の方を
向く。千束はウインクで合図する。たきなは一度下を向いたが直ぐに向き直り頷いた。
「はい。これぐらいなら」
「ありがとう」
・・・・・・
「いや〜、助かるよ錦木」
お次は弓道部の安土整備の手伝い。一度安土を全て崩してから建てて整え直すという大作業。今回のメインはこれだった。
「安土崩しは人多い方がいいからさ〜」
「これほんっとキツいよね〜。たきなも無理しないでね」
「はいっ…!」
ザクザクとスコップで崩すだけでも一苦労だ。
弓道部の皆はたきなの事を普通の生徒と同様に扱ってくれる。
「あぁ、井ノ上さん。もっと雑に崩していいよ。柔らかくないでしょこの安土」
「はいっ」
「無理しないでね。それにしても大変だよね〜。生徒会であーだこーだ言われて、気が短い人が多いんだよね生徒会」
「え、えぇ」
周りの態度が一変しすぎて逆に皆を疑いそうになる。それほど世界が変わって見えた。生徒会以外の景色を知らないたきなにとって今日は特別な日になって来ていた。
「うわわわわ!ちょいちょいちょい!!」
「なっ!おい錦木!猫車にはそんなに土乗せんなって言ったろ!」
「ごめ〜ん!」
向こうから聞こえる笑い声につられて、たきなも少し頬を緩ませた。
「何やってるんだか…」
・・・・・・
「ほい。お疲れ様」
「ありがとうございます」
差し出された千束からの飲み物を受け取り、終わった〜と歓喜する弓道部を眺める。それはとても嬉しそうで、たきなには輝いて見えた。
「どう?今日は違った一日に見えたんじゃない?」
「え…」
見透かされたように動揺したたきなに千束はケラケラ笑った。
「んなははは、やっぱりな〜、たきな生徒会の事ばっかやってると思った」
飲み物を一口飲んで千束も弓道部の人達を見つめる。
「よかった」
その安堵の微笑みは、夕焼けに溶けてたきなを照らした。その瞳はとても綺麗で、その笑顔はとても儚げで、それはとても…
「ん?」
「っ!」
千束がこちらを向いた瞬間に思わず顔を背けてしまった。顔が熱い、まるで赤くなっているような。頬がつい緩んでしまいそうで。それを隠したいのか顔をブンブン横に振って、また正面に向き直った。
「きょ、今日の活動はこれで終わりなんですよね」
「んだね〜、後は部室に戻ってちょっと休んだら帰ろうか」
・・・・・・
「おい、たきな」
その一言で足が止まる。聞いた事のある強い声。全てを制しているような、この学校の生徒会会長のフキだ。どうやら千束との活動を見ていたらしい。
「なんで千束と一緒にいるんだ?」
「それは…」
怖くて声が震える。手も足も、その眼光が酷く恐ろしく見えて仕方ない。と、フキ後ろからまた違った声が聞こえる。
「へ〜、アンタがフキ先輩に迷惑かけたってアホっすか?」
同じ2年のサクラ。たきなの代わりだった。
「自分勝手に好き勝手やらかして、よくもまぁ、平然とこの学校歩いてられるっすね。まぁ、自分なら?あん時はアンタみたいなヘマしないと思っすけどね」
ニヤニヤ、嘲笑いながらたきなの周りを歩く。塗りたくるように罵倒を浴びせてくる。その目線もその顔も嫌いだった。さっきまでとは違うまた同じいつもの蔑まれる日常へ戻ってしまった。
「おい」
低い声と共にサクラの肩を掴む人影。
「黙れ小僧」
千束だった。
サクラの肩を掴み、フキの元へ返す。そして、千束はたきなの前へ立つ。
「よ、フキ」
「やっぱりお前か」
「いいじゃんよ、だって来なくていいって言ったんでしょ?」
「それとこれとは別だ、コイツには責任を取らせる必要がある」
「ん〜な、たかだか一回の失敗で何言ってんのさ。失敗ぐらい誰でもあることでしょーが」
「その失敗がでかいんだよ。学校すら来ることない日があるお前にはわかんねぇだろうけどな」
「あ?」
「は?」
「待て」
千束がピリついた瞬間、学園長の楠木が来た。二人を制止するように間に入る。
「校内での喧嘩はやめろ」
「止めないでよ楠木先生。フキ一発殴らないと気が済まない」
「私だってお前を許すつもりはねぇよ」
楠木は頭を搔くと口を開いた。
「たきなの失敗は事実だ。実際に学園の評価に響いている」
「それを次の機会で取り戻せばいいんでしょ?だったら別にそこまで言わなくてもいいじゃないですか」
「一回一回を大事に考えているんだ。だから、失敗は許されない」
「そうっすよ、それを自分勝手に…」
サクラがまた口を挟むと、
「黙ってろっつったろ」
「うっ…」
千束の鋭い眼光にサクラはフキの後ろへ隠れる。
「だから、たきなは…」
「もういいです!」
「え…」
耐えかねたたきなは一人どこかへ駆け出した。
「たきな!ちょっと!…楠木先生。たきなを生徒会へ戻してやってくださいよ。まだチャンスはあるでしょう」
「それを決めるのは私ではない。生徒会だ」
言って楠木はフキを見る。
「だったら、どうやったら戻してくれんの?」
「私か決めていいなら私の匙加減になるだろうな」
「フキ…」
もう一度フキを睨む。
「喧嘩はよせと言っている。お前たちにはそれを決められる方法が他にあるだろう」
・・・・・・
「あ〜、やっぱりここにいた」
「錦木先輩」
放課後の屋上。たきなは端で蹲っていた。
「フキさんとは…?」
「んーちょ〜っと喧嘩になっちった。後で体育館だって」
「体育館に?」
「そ、喧嘩はダメだからバスケでね」
「すみません。私のせいで」
蹲るたきなが今度は縮こまる。
その表情は泣きそうだった。心做しか声も上ずっている。
「たきなさ」
千束はたきなの前にしゃがみ込む。
「やっぱり生徒会が大事?」
「え?」
「今日の活動。結構良い手応えだったと思うんだよね。今日は全部違った景色に見えたと思うんだ。誰かの手伝いをして、誰かを助けて、誰かから感謝されて。それは人として当たり前の事だと思うんだけど、やっぱりさそれって嬉しいことじゃん。生徒会じゃ滅多にない事だと思うんだ」
「あ…」
確かにそうだった、生徒会のために今まで尽くしてきたつもりだったが、それ以外の生徒には興味がなかった。だから、たきなはそれに今日まで気づかなかった。
「まぁ、それでも生徒会へ戻りたいなら応援するよ、フキにも掛け合うし、きっとこうやって人助けしてれば生徒会へ戻れるかもしれないしね…でもさ」
千束は優しくたきなの両手を包み、自分の額とたきなの額を合わせた。
「私は、今日たきなと過ごせて嬉しかったよ」
「っ……」
ドクンと体が跳ね上がった。顔が熱くなって、鼓動が鳴り止まなくて、その微笑みに全て持っていかれそうで。
惹かれてしまう。
「後はどうしたいかは自分で決めてもいいんだよ。よっこいしょ」
「何処に…!?」
「ん〜?たきなにあんなこと言った奴らをぶっ飛ばしてくるよん。まぁ、殴りはしないけどね」
言って千束は足早に体育館へ向かった。
「私は…」
動けずにいたたきなはまた下を向いた。
・・・・・・
「本当にいいのか?千束」
「いいですよ〜、別に私一人でも勝てるから〜」
いいながら、千束はバスケットボールを人差し指で回す。フキは嘲笑うかのように鼻を鳴らした。
「お前はそうやって口ばっかりだよなぁ。結局は私に負け越してんの覚えてんのか?」
「はぁ?私がいつ、フキに負け越してんだよ。そっちこそ勝ちたいからってそういう妄想だけは一丁前になったなぁ?」
「っは、下らねぇ部活始めてから頭ん中がふにゃふにゃに溶けたか?このサボり魔」
「んだとてめぇ!どこ中だごらぁ!!」
「あぁ〜??頭ん中まで春になっちまったのか?バイト先の東京タワーの麓で一生茶ァ入れてろや!!」
「ンダロッガ!ッケカッスゥ!!」
「ッダロスケガダゥルルルルァ!?」
「なんなんすかアンタら…」
「なら、位置につけ」
楠木が審判を務め、バスケの2on2が始まった。
・・・・・・
「先に行くっすよ!先輩!」
フキ側がボールを取り始まった。
勢いよく踏み込み、サクラは千束へ一直線に走る。
フキは何も言わずに、サクラの後ろへカバーに入る。
千束はしっかりと身構え、サクラのブロックへ入る。
「はっ?」
サクラは抜けた声を出した、理由は単純。目の前にいた千束が消えて自分の手元からボールもいなくなってしまった。
「マジか!?」
そのままゴールまで一気に走り出す。
「させるかっ…!」
軽快なドリブルでフキを呆気なく抜き去るとそのままゴールへボールは吸い込まれて行った。
楠木が点数追加のホイッスルを鳴らす。
「さ〜て、どんどん行こうか♪」
・・・・・・
あれから試合が進み、千束の優勢で試合が進んでいたが、千束の体に異変が起こる。
「いくぞ!」
「っす!」
フキ達のドリブルを止めるべくブロックの体勢をとった瞬間であった。
「っ!?」
踏み込もうとした足の感覚が一瞬消えた。
「っ…しまっ」
ディフェンスに一歩遅れた千束はフキのゴールを許してしまう。今日一日の疲れのせいか、息も切れてきた。この程度の試合なら何ともないのだが、今日は重労働が一つ入っていた。それのせいかもしれない。
「どうした?もうバテたか!?」
「うるさい!!」
嘲笑うフキに罵声と空元気で返す千束。また二人は睨み合う。
・・・・・・
「私は……」
まだ蹲っている。
それにしては体が動きたがっている。たが、その先が見えない。今千束の元へ駆け出したら何が待っているのか。それだったら、今まで通り隠れるように生きていく方がいいのかもしれない。それでも、もし今日みたいに違う景色が待っているのなら。それはきっと。
「っ!」
たきなは目の色を変えて駆け出した。
・・・・・・
「っ…やっば…」
ボソリと呟く。
千束の勝ちまであと一歩だった。だが、疲労が響いてきた。毎度毎度行動がワンテンポ遅れてしまう。反応速度も落ちてきた。一人でも勝てるとは言ったが、ここまで来ると笑えない。
「サクラ!」
「はいっす!」
またしても千束の横をボールがすり抜ける。指先は触れたものの、抵抗虚しくフキへ渡る。
「これで同点だ!」
フキはゴールへ飛んだ。
ダンクの体勢を取り振りかぶった瞬間…
「っあ!?」
手に持っていたボールの感覚が消えて、フキはそのまま着地する。後ろを振り向くと、そこに居たのは、
「何!?」
長い黒髪、わざわざ制服ではなく体操着に着替えてきている。井ノ上たきなだった。そのままたきなはフキと同時に着地。真っ直ぐに千束へ目を向ける。
「千束!!」
「!」
「サクラ!ディフェンス戻れ!」
たきなは振りかぶって大きく前へ投げた。
「何言ってんすか先輩!全員ゴール前にいるのに反対側まで間に合うわけが……なっ!?」
さっきまで自身のゴール前にいたはずの千束は、既にボールを受け取った時点で反対側のゴール前へいた。
「は…や!?」
「っオラ!」
勢いよく飛び、綺麗なダンクシュートを決める。
すかさず、楠木が試合終了のホイッスル。
「そこまで15-13、15本先取勝負、千束側の勝ちだ」
「いぃぃよっしゃぁぁ!!!」
千束とんでもない速さでたきなの元へやってきた。
「やったね!たきな!ナイスタイミングだったぜ!」
「ちょ、ちょっと!」
千束は勢いよくたきなを足から抱き上げると、グルグルと回り出す。さっきまで、あんなに不安そうな顔をしていたのに、今は見るからに無邪気な子供のような笑顔。
こっちまでつられて笑顔になってしまう。
「やった!やった!やった〜!」
「ちょっと、いつまで回ってるんですかっ」
終わることの無いメリーゴーランドに不思議と安心感を覚えてしまう。すると急にメリーゴーランドが終わり、千束はそのままフキへ話しかける。
「これで、生徒会へ戻せるよね?フキ?」
「っ……」
フキは楠木の見やる。だが、楠木は一瞬目を合わせると目閉じた。
「好きにしろよ…」
「やったぁぁ!!」
そして再びメリーゴーランド。しかし、千束の足の力が抜けて二人は崩れ落ちる。
「ちょ、っと!錦木先輩!」
「あーはは、気ィ張ってた分今抜けちった…」
ピースと笑顔で答える千束に、「もう…」と呆れか安堵かたきなは息を吐いた。
・・・・・・
「なんなんすかアイツ!途中で入ってきやがって!」
「最初から2on2って言ってたろ、たきなを想定してなかったあたし達の負けだよ」
「かもしんないっすけど…!」
サクラは悔しそうに下を向いた。
フキは少し呆れ気味に鼻を鳴らすと、サクラの肩に手を乗せた。
「千束相手に良くやった方だよ。頑張ったな」
フキの珍しい言動にサクラは目を輝かせる。
「っす!!」
サクラはフキの後を追う。
・・・・・・
「井ノ上」
「はい」
千束のいる部室へ戻ろうとしたたきなは楠木に止められる。少し申し訳なさそうな顔をしている楠木。
「悪いが今回の件で簡単に生徒会へは戻せない。それは分かっているな?」
「はい。そのつもりだと思ってました。だから、後から学園長に聞こうかと思ってました」
「そうか、ならよかった」
「その件ですか?」
「そうだ。……井ノ上、これからしばらく千束の活動に付き合ってくれ。そして、その活動の生徒の評判で井ノ上の今後を決める」
「錦木先輩と…」
突き出された条件は、たきなが望んでいたものだった。たきなは考え込むように下を向くと、何かを決心したように真っ直ぐ楠木に向き直った。
「分かりました」
その真っ直ぐな目に楠木は少し微笑んだ。
「お前もそんな顔するんだな。井ノ上。意外だったよ」
「え?」
「いや、いい、こちらの話だ。今回の件はこれで以上だ。千束の所へ戻れ」
「はい。失礼します」
綺麗なお辞儀を見ると楠木は職員室へ戻って行った。
・・・・・・
「ふぅ……」
たきなの件も終了した。再び一人の部室。また一人。いつも通りの日々が始まる。たった、一日、いや数時間一緒にいただけでこんなにも楽しいと思った事はなかった。
「部員募集すっかな〜」
机に足を乗せて椅子を片方だけ浮かせて窓を見る。たきなのメリーゴーランドの時の顔が忘れられない。どん底みたいな顔をしていたのに、あんなに綺麗な笑顔が見れるとは思わなかった。
「また来てくれるかな」
なんてありきたりなことを言ってみる。らしくない台詞に千束は自分で自分を笑った。
「まぁ、ないかっ」
椅子からぴょん、と降りると鞄を持つ。
「今日は終わり!帰ろう!」
と、ドアを向いた瞬間だった。
「お疲れ様です」
「え?」
「え?」
生徒会へ戻ったはずのたきながやってきた。
「ちょいちょいちょい、なんでここに来てんのよチミ。生徒会戻るんじゃないん?どしたん?話聞こか?」
オヤジみたいな台詞にたきなは一瞬目を細めるが、すぐにため息を吐いて元の顔に戻る。
「私、続けます。この活動」
「お?マジ!?」
「ちょ…」
「いいの!?」
「っ近いです」
突然の千束の目の輝きとずずいっと前に出てくる動作に耐えられず、たきなは眩しそうに顔を背け千束を少し離す。
「生徒会に戻るまで、です。さっき学園長から話があって、今回の件では戻れませんが、ここでの活動が認められれば生徒会へ戻れるチャンスが来るかもしれません」
「マ、マジか!って事は…?」
たきなはペコリと頭を小さく下げた。
「はい。しばらくの間よろしくお願いします。千束先輩」
「お、おおお〜!!よろしくたきな!やぁっと名前で呼んでくれた〜!!!」
「ちょっとっ、いきなり抱きつかないでください。千束先輩」
これが、錦木千束と井ノ上たきなの二人の物語の始まり。
終わり……。
【ここからはリコリス・リコイルの世界です】
「は〜い!ラストカット終了!お疲れ様でした!」
「んにゃぁ〜!終わった〜!」
「ちょっと千束抱きついたまんまなんですけどっ」
や〜だ〜と、千束は相変わらず顔を擦り付けてくる。
こうなるとたきなもタジタジで逆らえない。もうすっかり撮影現場では見慣れた光景だった。周りも笑ってくれている。すると、途端に千束はスマホを取りだしてたきなに見せてくる。
「たきなのリコリス以外の制服姿初めて見るんだもん!写真撮ろ!」
「さっき散々撮ったじゃないですか」
「終了記念だよ〜、ええじゃろうよ〜」
「私は先に楽屋に戻って店長へ終わりの報告をしてきます」
「あぁ〜ん!たきなぁ〜ん!」
・・・・・・
逃げるように足早に楽屋にやってきては、たきなは机の上に置いてある封筒をとる。中には撮影用の制服姿の千束やバスケットシーンの千束の写真が入っていた。撮影班にこっそり頼んで写真を貰えるように話を通していたようだ。
「ふふっ、よく似合ってるなぁ…」
しみじみ言いながら、写真をパラパラめくっていく。
「たーきな!」
「ひゃぁ!?」
いつの間にか楽屋にやって来ていた、千束が後ろから抱きついてきた。たきなは大きな声を上げると、千束は「あごめん」と少し離れた。
「ち、千束!?入ってくるなら声をかけてとっ…」
「あぁ、ごみんごみん、なんか良い顔で何か見てたから何かな〜……って……それ…」
「あ、いや、これは、そのっ…」
顔を真っ赤にして後ろへ写真を隠した。千束はふ〜ん?とニヤけるとたきなに詰め寄った。
「なに?そんなに良かった?私」
「ま、まぁ、それなりには…」
「えぇ〜、それなりって何〜」
じりじり詰め寄り、たきなが机に突っかかり逃げ場を無くすと、千束は耳元で囁いた。
「今度、シてみよっか?こういう衣装で♡」
「っ!」
ブワッと、顔をまた赤くする。あからさまに音を立てて生唾を飲み込むと、見られたくないニヤけた口を隠して、たきなはゆっっっっくり頷いた。
「し、仕事に支障がない程度にお願いします…」
「やった!」
そして、また千束はたきなへ抱きついた。
・・・・・・
「ミカ、こういうのは貴方がやるべきではないのですか?」
『まぁそういうな、喜んでいるようだっだぞ。千束達は』
「………そうですか」
・・・・・・
「っクソ、ほんとに実技合わせてバスケが負け越しかよ」
「先輩マジで、負け越してたんすねww意外でし……イッタァ〜〜〜イ!!」
「だーまーれ。帰るぞ」
「あぁ〜!ちょっとせんぱ〜い!」