私の心臓が治った。
とんでもないことだと思った。だって今まで直ぐに死ぬと言われていた自分が、こんなにも簡単にまた大地を踏んで、空を見上げているのだから。先生達も凄く喜んでた。クルミもミズキも泣きじゃくりながら私を抱き締めてくれた。フキ達も遠回しに喜んでくれた。
今回の全ての騒動が終わり、私達はまたリコリコを再開した。
「も〜!ほんとにずっと閉店してるかと思った〜!!」
「いや〜、よかったよ。また皆の憩いの場が帰ってきてくれて」
「またあのぱふぇたべたい!ちさとおねぇちゃんたちといっしょに!」
嬉しい声だ。こんなに嬉しい事なはい。
でも、どれだけ声援を貰っても私の心は埋まらなかった。それは…
・・・・・・
「たきな!買い出し?私も一緒に…」
「いえ、結構です。一人で大丈夫ですから」
あ〜あ、まだ怒ってるんだ。私が散々振り回したから。
リコリコのドアから出ていくたきなの背中に見えた怒りの感情。これ以上深入りしたらまたたきなが傷つくだけなのに。それでも、ちゃんと謝りたかった。
ごめんなさい。私が悪かったです。もうこんな事は二度としません。二度と言いません。だから、もう一度私の手を握ってください。って。
まぁ、これだけ聞けば都合のいい女として扱ってたってことになるから本当に怒られても仕方ないんだけどね。
でも、それでも、謝りたかった。
許されたくてもいいから、許してくれなくてもいいから、私の声を聞いて欲しかった。だって、そうじゃないと私は、生き返ったのに、生きてる心地がしない。
作り笑顔も作れなくなる。
「たきな…」
一人更衣室で、壁に背をあずけ涙を流す。
ほんとに馬鹿だなぁ。なんでこうなるって分からなかったのか。大事なものほどすぐに失うって色んな映画で言ってたのに。なんで本当に失ってから気づいてんだよバカ。自分で自分の頭を軽く叩いて、説教。
今日こそ…謝ることが出来るといいな…。
・・・・・・
「店長、レジ締め終わりました」
「あぁ、いつもすまないな。たきな」
「いえ…」
レジ締めが終わる。今日のリコリコの営業時間は終わる。私は何も言わずに更衣室へ戻った。
ここからは本当の地獄の時間。更衣室から聞こえてくる先生達の会話。
「たきな、今日も千束を頼めるか?」
「えぇ、わかってます。一緒に帰りますから」
なんて、会話してるけど、私にとっては地獄みたいな会話だった。この後の帰り道の様子を想像してため息を吐いてしまうぐらい。
「千束。着替え終わったなら帰りますよ」
「……。うん」
・・・・・・
「それでは、お疲れ様でした。店長」
「お疲れ様、先生」
「あぁ、気をつけてな。二人とも」
先生の優しい声が今はかなりありがたい。
こうして、始まる二人の地獄の帰り道。何も無い会話、少し前を歩いて顔を見せてくれない相棒。私は少し下を向いて歩いている。ほんとに怖い。この時間が何もかも嫌になる。家に帰りたい。死にたい。めんどくさい。
でも、私が悪い。だって、たきなに全部押付けてきたのだから。全く表情を変えないで歩いているたきなが怖い。手も繋いでくれない。隣も歩いてくれない。
ちょっと逆ギレしそうになった時もあったけど、それはバカな事だと思って堪えた。
「………」
目の前には家だ。よかった。何も無くて。何も言われなくてよかった。
ハヤクヒトリニナリタイ。
また、一人で映画にふけって寝たい。
でも、こんな自分勝手な私を助けるために、たきなはどれだけ思い悩んでいたのだろう。DAを辞めてまで私を選んでくれたたなに対して………どれだけ……。
私はそんなたきなの事をどれだけ踏みにじったのだろ
う。
私はそんなたきなの事をどれだけ否定したのだろう。
私はそんなたきなからどれだけ離れようとしたのだろう。
私はそんなたきなをどれだけ好きになっていたのだろう。
どれだけ━━
どれだけ━━━━…………。
「千束…?」
「え…?」
あ、うわ、泣いてるやばい考えすぎた泣いてる所を見られたまずい泣きたいのはたきな方なのに私が泣いたらたきなに『嫌われる』。『嫌われる』。
【よくそんなんで泣けますね】
【一体誰のために一生懸命になったと思ってるんですか?】
【人の気持ちも知らないで】
【このわからず屋】
【最低です】
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
涙が止まらない。焦り出す心と見られたくない一心と自己嫌悪が混じって、感情がコントロールできない。
逃げなきゃ、逃げなきゃ。こんな姿見せたら私はたきなから『嫌われる』
「ごめん!ここまででいいから!」
私は駆け出した。
「待って!千束!」
家のドアを開けて入ろうとしたらたきなまで一緒に入ってきて腕を掴まれた。
やばい。
やばい。
やばい。
ここまで来ると思わなかった。
止められるとは思わなかった。
離してよたきなこんなクズ女放っておいてよ。
離して…。
「離してたきな!」
離して……。
「離しません!」
離して………。
「離してよ!!!」
ヒトリニシナイデ。
「ふざけないでください!」
バチンッッ!!
腕を引かれて、強いビンタ。我ながらいい叩かれっぷりだと思った。それでも痛い。まさかビンタだとは。
しかもたきなまで泣きそうになってんじゃんよ。
「またっ……また、そうやって私の目の前からいなくなる気ですか!」
「ち、違う…私は…」
「またそうやって!言い訳を作って!私を避けるんですか!」
「た…き…」
あ〜あ〜、やっちゃった。だから人間は嫌いなんだ。
こんなに尽くしてくれたのに逃げ出す事しかできない私はこんなにも人を狂わせてしまっている。
何が違うだ。何も違わない。何もおかしくない。
言い訳を作った。私は逃げたい。たきなが傷つかなければそれでいいのに。今の自分の行為全てがたきなを傷つけてる事にこの時やっと気づいた。
「私がどれだけ貴方を心配したか分かってるんですか!?」
分かってるけど分からない。
「私が貴方をどれだけ一生懸命だったか分かってるんですか!?」
分かっているつもりだった。
「私がどれだけ貴方を好きなっていたか分かってますか!?」
それはもう痛い程に。
だから。
「だからっ!!!」
「っ!?」
もうどうでも良くなってしまった。
これはもう逆ギレだろう。逆ギレって…。
なんでこう自分のエゴを押し付けてしまうのか。
「私は、たきなに嫌われたくない!」
どの口が言ってるんだってのは最初に思った。だってしょうがない。これが本心だもの。これが心臓が治ってからたきなを見て最初に思ったことなのだから。
死ぬつもりだったのだから死ぬつもりの台詞を吐いてきた。ずっと、ず〜っと。そのつもりで。
だからもう二度と傷つけたくない。そのためにはもうたきなには今後一切何か言うことは……
「私と縁を切れば私が幸せになるとでも思ってるのかこのクソアマ!」
「えっ」
信じられない言葉が出てきた。え?今クソアマって言った?この人。流石の私もそんな言葉を使われたことはない。
「私は、貴方の隣に立つために、貴方の相棒でいるために、貴方の恋人でいるために、ここまでやって来た。なのに、その貴方がまた居なくなったら私は何のために…」
たきなも泣いちゃった。泣いてしまった。泣かせてしまった。泣かせたくないって思ってたのにこれだ。
あやばい、つられて私も波がまた溢れてきた。
ごめんよ。たきな、本当にごめん。謝っても許されないのは知ってる。それでも、私は謝ることしか出来ないんだ。許して。許してください。私は…。
「ごめん…たきな…ごめん……」
ズルズルと私達は玄関の中でへたり込む。
謝る事しか出来ない私をたきなはちゃんと抱き締めてくれた。優しいなぁ。なんで私なんか選んでくれたんだろう。その理由は今聞くべきではないよね。さっき全部言ってたもんね。撫でてくれる手が心地いい。ずっとこうして欲しい。欲望まみれの私を、ダメなクズな私をこうしてもっとダメにして欲しい。
「千束…」
たきなゆっくり私を見据えた。もう泣き止んでるけど目が赤い。ガチ泣きだったか。これじゃあ、今押し倒されてるのも納得ですわ。
「私は、千束が病院にいる間とても寂しかったです」
はい。
「ずっと、一人で自分を慰めてました」
オゥ。そういうのはまだ言わないのかと思ってた。
「だから、私は貴方に沢山傷つけられました」
それは知ってる。最近ようやく自覚したから。
「だから、私も、貴方を傷つけます」
どうやって…?
「え…?」
たきなの口が開いた。まるで、なにかに噛み付く獣のような。欲しいものにありつけた猛犬のような。
「い゛っ!!」
首筋にとんでもないほどの痛みがやってきた。本気で噛みつかれてる時の痛みだ。体が熱い。銃弾を撃たれた時のような、ナイフで切り裂かれた時のような。傷つけるなんて優しいものでは無い。刻み込んでいるような力で。
「いぃ゛たぃ!たきなっ…!痛い!痛ぃ゛ぃ゛!!」
許してくれない。殺す気なのか。必死に剥がそうとしても剥がれない。むしろ強くなる。本当に殺されるのか。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
今まで感じたどの痛みよりも。激しく強く辛い痛みで涙が出たのは久しぶりだ。
「……っっっは」
ようやくたきなが離れてくれた。じんわりとそこから感じる熱と痛み。たきなも息が苦しかったのか荒い息をしている。そんなに噛まないでよ、めちゃくちゃ痛かったのに。それなのに、なんでこんなに嬉しいんだろう。なんでこんなに、感じてしまうのだろう。
「この傷は、当分消えませんね」
噛み跡を優しく撫でる。それでも痛い。さっき出来た傷なのだから。
「私は、これの何倍痛かったか分かりません」
そりゃ、そうだ。
「ごめんなさい、千束」
謝りながらキス。さっきの噛みつきとは違う。優しいキス。めちゃくちゃ久しぶりなディープキスは月明かりに照らされたたきなをより妖艶に魅せてくれた。
「たきな…」
「ようやく、本音で話せましたね。千束」
たきなの目は本気だ。性欲で溶けている訳ではない。
甘ったるく蕩けている訳でもない。しっかりと私を見据えている。鋭い薄紫色の視線は、私の体を貫いて。
その手は私の胸を撫でていて。
その体は私と重なっていて。
その呼吸は私を昂らせて。
「今まで傷つけられた分のお返し。今させてもらいますね」
覆いかぶさってきた、たきなの髪に視界を塞がれて。
月明かりに照らされた狂犬は、欲しかった飼い主を貪った。