※この作品はR-18です。

菅牧典をいぢめる会   作:雷之電

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まだいぢめないです


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「相変わらずっ、……容赦ないな……!」

 飯綱丸の姓の通り、龍の家は代々飯綱として、この管狐を使役している。慣習通り雌雄とも〝飼っ〟ていれば破綻は目に見えているが、飯綱自身をいわば旦那としてしまうことでこの問題を解決していた。

 そしてこのザマだ。双頭の張形を介して、仰向けの龍に上から乗る形で、典が執拗に腰を打ち付けている。日中こき使い夜は彼女の望むとき、いかなる状況でも、申し出があれば相手をする。慣習を破る代償と心得ていた。

 ……鳥同士のように、〝健全に仲良く〟とはいかない。食肉目の発情期はとにかくお互い大変だ。鴉と狐では、いくら交わろうとその行為のゴールはなく、ひたすら募る飢えを延々と受け止め続ける必要がある。

「っ、まだ、か」

「んへへ、四回いってますよ?」

 すでに動きはベタついている。そんな体の疲労を振り切って、無尽蔵の愛と快楽に、なお浸る。腰の浮く時間は短く、沈むのは長く。より投げやりに。乱暴になっていく。

「疲れてんでしょ。明日もあるんだし、風呂にしよう」

 動きが止まり龍に典の全身が委ねられた。

「……むぅ」

 典は糸の切れた人形のように動かない。それまでの疲労は終わりに全てのしかかってくる。食肉目らしいこんな体質では本当に辛かろうが、長い目で見れば一過性ではあるものの、少なくとも今は、典は他のどんな狐、鴉よりも龍のことを好いて――もしくは気に入って――いて、龍も典を飼ううちにそうなっていた。

「さっ、入ろ。行くよ」

 布みたいにへにゃへにゃになった典を抱え上げ風呂場に直行する。

 事後汗でべったべたになるので最後に風呂に入り、シーツも替える。典を継いだとき、とにかく寝具の汚れの始末が大変だというので、敷布団に二重でシーツを敷くようにした。

 ……こんな爛れた生活を、知ってか知らずか受け入れてしまったせいで、飯綱丸家には大天狗らしい威厳というものが欠けているように龍には思える。こんな生活を代々続けていることは口にしていないが、勘の鋭い者が幾度となく噂にしていた。他の大天狗は知っている。しかしみな身内への情に厚く、仕方ないよねと肩を叩いてはくれる。

 不純交遊ダメゼッタイ!とか、今更馬鹿げたことを大天狗はほざいているが、こんな身なので自分がそんなこと厳しく言えるわけがない。部下の痴話は黙認していた。

 家制度を崇め奉り、自分の意志で子をもうけようなどとは思っていないし、この腐った縦社会を維持するために若者を殉死させるのもやめにしたい。脅威には強い奴が立ち向かえばいい。それだけだ。

 一枚岩削り出しの釜風呂。突っつかれている間侍女に焚かせておいた。人肌のぬるま湯にと言いつけていたが彼女の体温は龍より低いのでなんとも風呂らしくない湯が出来上がる。最近はもう少し熱くと訂正した。

 桶の湯で流れていってしまいそうなほどの脱力で、また軽い。溝に流れ出ない程度に身体を湯で流し二人並んで湯船に浸かる。

「オキシトシン中毒じゃないか」

 小言もお構いなし、典は龍の肩にもたれてうとうとしている。

 オキシトシン中毒はお互い様かもしれない。日中は散々身勝手に振る舞いあらゆる場をかき乱してまわるのに、家じゃ好意が全て龍に向かうせいで、ついそんなことはどうでもよくなってしまう。

「だーめ、起きなさい」

 ここで寝られると朝まで起きてこない。流石に魂の抜けたお人形をきれいにするだけの気力は龍にも残されていないので、無理矢理にでも起こし自分で洗わせる。

 くらくら揺れながらも自分でわしわし髪を洗い始めた。遅ればせながら天狗の街にもマニュファクチュアの恩恵は到来していて、ここ数十年で簡単に、それはもう簡単に、しかも選り好みしてシャンプーだの石鹸だの買って使えるようにはなったが、今だ多くの者が、洗髪には米の研ぎ汁を愛用している。多様な毒を克服してきた人間に近い姿とはいえ、鴉、狼(、狐?)混じりの天狗ユニオンの肌には強すぎるのだ。

「……、」

 こてん、と落ちた。姿勢が落ちた。壁に頭を打ったのに起きやしない。もうだめだ、洗ってやろう。

 湯から出て胡座の上に乗せる。〝玉の肌〟と呼ぶに相応しい溌剌さを存分に湛えてはいるが、実はこの典、身勝手さゆえ他人の恨みを買いやすく、生傷が絶えないのだ。傷が痕として残るたび、そこの皮を真皮まで剥がし、謎の妖怪パワーできれに再生させているようだ。半紙のように華奢で薄い背中に先の熾烈な弾幕ごっこでの傷があちこちに顔を出している。

 保身のためにわざわざ歪んだ契約をして、こんなになるまで使い倒して、自分は結局何がしたいのだろうか。辛い発情期の世話をしていると毎日、龍はこの問に頭を抱える。妖怪とはいえ人生の貴重な時間をことごとく奪い、本人にとってまったく無益な争いに加担させている。

 もし、この管狐を管から開放してやったら、彼女はどうするだろうか。心の腹の中は読めん奴だ。開放して離れてしまったら、などと自分本位の思考ばかり巡らせてしまう。

 しかし本当に、何代もうちで継いできたとは思えないほどの若さ、いやそれどころか幼さすら感じる。〝早熟なガキ〟に近い、過去を振り返っての奇異な印象は、ずっと前、一番古い記憶から変わっていない。

 大食のくせに細い。どこを蹴っても簡単に折れてしまいそうなほどで、実際力も強くはない。他の妖怪に見られるような、見た目に釣り合わない怪力もない。言ってはなんだが、所詮狐だ。

 所詮狐。伝令など部下に任せればよい。何故飼っている?宮付きの道化としてだろうか。しかしそれにしてはその言葉の持つ力が大きすぎる。典の戯言に唆されて道を誤る者のなんと多いことか。少し目を離すと誰かに駆け寄って変な入れ知恵をし始めるので大変だが、それこそ管狐の性質であり、天狗たちは既に免疫をつけた。

 龍は、継ぐものだと教えられるまま継いだ。それからは外向きとして主従あるように振る舞っているが、実際は、歪ではあるがすでに家族愛にも似たものを持っている。

 いや生まれたときから典は変わらず家にいて、その時点で抱えていた家族意識を、あと付けの主従が上塗りしようとした、というのが真か。

 変わった狐のねえちゃんから、いつの間にか、手に余る奔放な子供と見始めたのも、それがきっかけかもしれない。実に大きな違和感がある。年を取らない(感じさせない)不変の姿を持つ点で、妖精にも近いものがあった。

妖怪同士なのにあまりにも存在できる期間が違いすぎる。今までに何人の当主と別れてきたのだろう。彼女にとって、今までもこれからも、その時の当主との時間は、長い一生のうちのたった一瞬のことで、こちらがいかなる愛情をいかに注いでも、せいぜい遠い死までの暇つぶしでしかないのだろうか。だとしたら、一生のうちの貴重な時間をことごとく食いつぶすということにはなるまい。

 飯綱丸家は代々変わらずこんな世話を焼かされてきたようで、「夕方以降は私の部屋に近づかないように」という父の言葉の意味を知ったあの初夜、非常に複雑な感情にすっかり呑まれそうになったのを龍は憶えている。責務とはいえ父、その父、そのまた…… と抱いてきたその身体が、いよいよ自分の目の前で踊るのだ。

「男当主の体力どうなってんだ」

 そしてそんなおぞましい事実もまた、育まれる家族愛の前には無力だった。彼女にとっていかに刹那的で、他の者と代わり映えしない陳腐なものだったとしても、龍は全身全霊を以って己の愛を捧げるつもりでいた。

「……これじゃどっちが主かわからんな」

 自分のことは程々に風呂場から上がり、適当に寝間着を着せ布団の中に引き込んだ。シーツも二重で取り替えてある。

 一枚だけ着て寝るには肌寒い微妙なこの季節、この湯たんぽ……典にとっては龍が湯たんぽ……が役に立つ。心まで温める湯たんぽなど他にない。

 耳の内側のふわふわに触れると典がその耳をぺたっと後ろに倒してしまう。白狼天狗も同じくかなり嫌がって、パワハラだのセクハラだのとワンワン吠えてくる。天狗まで労働者が強い時代になったものだ。

 まあそれでいいのだ。直属でないにしろ明確な上下関係が存在するからこそ、互いの仲は縮まらず、無茶はただの嫌がらせとなる。お上は嫌われているくらいがちょうどいい。どこにだってスケープゴートは必要だ。

「ったぁ……」

 発情のお供が続くと、その乱暴な寵愛を受けた粘膜の痛みが、後になって響いてくる。典のほうも、もはや麻痺しているとはいえ確実に障っているだろう。もう少し平和な手段はないものか……

 今度竹林の診療所へ相談に行こう。

 様々憂ううち、自分も落ちる。

 

 

 龍から命を仰せつかった。山に住む庭渡久侘歌を一度休ませろというものだった。家にはほとんど帰らず、彼岸の関所でずっと働いていて、十の夜を徹したことがあるという噂まであった。

「てんちゃん、ちょっと出汁の味と比率をみてほしいんだけど」

「ちょっと急ぎなので…… 今夜みるついでにどこか食べに行きましょ」

街の通りを歩けば必ずどこかでお茶や新作のお菓子など勧められる。こちらがよほど急いでいない限りは寄って愛想を撒いていくが、今日はそのよほどの急ぎの日だった。

大した労力もかけず男をころがすように見えるのを良く思わない者がいる。しかし典自身に言わせてみれば、己が得意とする武器を使わずして戦うなど愚の骨頂だ。他人のことをとやかく言う前に自分の武器を磨けばよいものをと、嫌味に嫌味を返してみせれば、勝手にどこかへ消えていく。敵を作っていく自分の姿勢を改めねばいずれ痛い目を見ることはなんとなしにわかっているが、どうしても憎たらしい者を前にすると憎たらしさを返してやらねば気が済まないのだ。

 三途の川を渡ればすぐだ。伝説にあるような黄金や白金の橋などどこにもかかっていない。もはや罪を犯さぬ者などいないのだろう。亡者は背負う罪の重さによって流れや深さの違うところを身体一つで渡りきらねばならない。数少ない来客のためにはした金で動く小舟が用意されている。昔は六文と決まっていたが、今はちょっとした土産で乗せてもらえる。

秦広王庁舎のずっと手前、亡者がなす列の最後尾にその関所はあった。針のように鋭い枝葉を持つ植物が繁茂する山と山の間に据えられた小さな建物だ。

「天狗に使わされました菅牧です。庭渡さんいます?」

 聞くと役人はまあ、と曖昧な返事をして部屋の奥に顔を向けた。ここにいる者みなその顔峭刻で、百戦の錬磨を今まさに受けているような厳しさがにじみ出ている。仕事に追われているのはなにも彼女だけではないのだ。

 冊子が積み重なるデスク群の真ん中で彼女は大量の書類を広げ、読んだものを重ねて、上から錐を通している。長期保存に向いているというので和本綴じが基本だった。

「にっ、庭渡さん……?」

 本当に読んでいるのかどうかわからない。目は文字を追っているがそこに生気は感じられず、上から下へ目を動かすことがただの作業となっているような気配がする。

「庭渡さん。顔を上げて、ほら」

 視線を手で遮ってようやく目がこちらを向き、続いて顔が上がった。彼女の手がカフェイン錠の大瓶に向かう。

「帰りましょう。でなければあなたもあの秦広庁の列に加わることになりますよ」

 錠剤を数粒ボリボリ噛み砕きつつ、見開かれた瞼の奥にある瞳は微動だにしない。耳に入った音を処理しようにも追いつかず、こちらの言う事がよくわかっていないようだ。

「……庭渡さんは今朝で六徹目です。四徹目あたりからだいたいこんな感じで、口が聞けなくなるんです。たまに頭の子のご飯も忘れることがあって」

 これで番人など務まるはずもない。いや番人が書類に追われるとはどういう状況か。

「庭渡さん。ここに朝採れた卵があります。向こうで食べましょう」

 半開きの口からよだれが垂れ口角が上がる。彼女の好物で釣り上げる魂胆だ。彼女が立ち上がると鶏舎のような饐えた臭いが風に運ばれる。なるほど十徹の噂は伊達じゃない。

「庭渡さんお借りします…… じゃなくて、返してもらいます。みなさんキャパオーバーなら仕事はしなくていいですからね、これ万国共通の鉄則です」

 ひとまず関所から連れ出すことに成功した。久侘歌を家まで連れて行って強制的に休ませるのが命令だ。山を天狗が勝手に陣取って仕切っているからにはそこの住民へのフォローを欠かしてはならないとのことだった。

「あれ、どこまで行くんです」

 気づきやがった。

「どこで食べてもいいですが、職場に戻っちゃだめですよ。これから少なくとも一週間、強制休暇です。閻魔さんが何を言おうと戻ってはなりません。怒られたら天狗に拉致されたって言っていいですから。はい卵」

「えっ、私がいないと獄卒の異動とか――」

「黙って食べなさい。記録のために人が死んでたまるもんですか」

「ただでさえ亡者が多すぎるのに。mgmg…… 外の世界で何が起こってんのやら」

「どこぞの神によると、外はこの一世紀半で人口が十倍になったそうです。そこからさらに人口が伸び悩んで久しいので、激しい世代交代が起こっているで。彼岸はどこも管理がままならないんじゃないですか。彼らの罪の質はどうなんです」

 食べるうちに頭が少しだけ冴えてきたようだ。頭のひよこに欠片を分ける。

「寿命組でいえば凶悪犯と粗暴犯は相変わらず。知能犯が増えましたね。デスクワークが増えたんでしょうか。それと亡者全体で、私刑が明らかに増えました」

「といいますと」

「悪人は滅ぼさねばならないと信じ、目についたそれに目一杯の害をなすんです。そこに微塵の情もありません。私怨が私怨であることを、当人が忘れるのです」

 小舟で移動している間、また眠気に負けて船を漕いでいた。こう上手く漕がれちゃあ船頭を交代してもらわなきゃねと死神に笑われた。

「私刑ですか。人が人を裁くことは確かに禁じられていましたね。人間代表たる閻魔様も頭を抱えておられることでしょう」

 閻魔王と地蔵菩薩は同質であり、菩薩とは悟りを求め修行を積む人のことである。閻魔が人として人を裁くことへの罰を今も受け続けているという噂があった。

「人は何千年も同じ罪を背負って六道を転生し続けています。地獄道で悔い改め人間道で誰かが悟りを掴むと信じて仕事をしてきましたが、そろそろだめかもしれません。それともこれこそが私に課せられた修行なのでしょうか」

「釈迦如来は、苦行によって真理を得ることはできないとしています。もし人間でない我々も輪廻の道を歩まされているとしたら、あなたがすべきは徹夜の苦行ではないはずです」

「またそうやって唆す」

「何か言い出せば唆したと言われるだけですよ。みんなもっと私を信じてくださっていいのに」

「ふふ。怪しい商法も新興宗教の皮を被った営利団体も、そうやって近づいてくるんですよ」

「あはは、違いないですね、しかし今回は私の意向で来たわけではありませんので、文句なら飯綱丸様にどうぞ」

 久侘歌の家についた。山の麓の森に立つ、トタンの外壁の一軒家だ。

「私一人じゃ二階建てどころか家というもの自体を使いこなせませんね……」

 引き戸を開けたところには何冊もの新聞が積み上がっていた。

「家に帰っても新聞を開く気力もないもんで」

「今は開かなくていいですから、とにかくお布団まで行きましょう」

 寝室までよれよれ歩いていく。洗われないまま何日置かれているかわからない、コーヒーの残りが底にこびりついたマグカップや、平積みされた本などにはもううっすら埃が積もり始めている。

「一週間とは言いましたが、健康で文化的な最低限度の生活を取り戻すまで戻ってはなりません。もちろんそれからも、健康で文化的ではないと判断すれば連れ戻します」

「どうしてこんなことを…… 戻ったときが怖い……」

「怖ければ戻らず我々のところで働けばいいではないですか。少なくとも徹夜はさせませんよ」

「それはそれで、過労で倒れるより怖いことになりそうですが。おやすみなさい……」

 

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