山の盆地に立つ賭場でたかねが山如相手に新しい博打で大金を張っている。アビリティカードにその能力に応じた役を与えたものだ。山如が一週間もルール作りと調整をしてようやく様になった。
部屋の隅では千亦と魅須丸が胡座をかいて話をしている。たかねは新開発のカーボンナノチューブによる半導体事業の打ち合わせのために龍を待っていた。
「姐さん、博打も機械化してしまったらどうだい?賭場もそのぶん広くしてさ。河童と私らに任せればなんだって作れるよ」
「お断りだよ。駆け引きあってこその博打だろう?機械相手にどうしろっていうのさ」
「ああ、ここが頑なにディーラーを置かないわけがわかったよ。互いに選択肢がなきゃ面白くないんだね」
「当たり前だ。ディーラーなんて仕事も結局機械と同じじゃないか。あれは博打からエンターテイメント性を奪い効率を追い求めた結果できたゴミだ。よし勝った」
「わーっ!あああああああ!」
「機械じゃこんな不意打ちも叶わないだろ。こういうことだよ」
典がちょうど暖簾から顔を出した。
「おっ龍のラブドールだ。おーい持ち主はどこにいる」
酒に酔い大負けしたところに嫌な顔を見た。もとの口の悪さがつい出たもので、それを典もしかと受け止めたようだ。たかねの首に腕を回し、どこからか取り出した大きめのアンプルを見せつける。
「言葉に気をつけなさい。この容器の首を折ればお前はどうなろう」
「その言葉はそのままお返しするよ。お前のせいで破談になったら主人にどう落とし前をつけるつもりだい?」
面倒は太夫が許さない。恐ろしい怪力で二人をひっぺがし、典の鼻に煙を誘導した。
「まったく、龍ちゃんが飼いの狐を連れてくるっていうもんだからヤる気を削ぐ草を焙じたってのに。殺る気を削ぐ草も置いとくべきだったねえ。ちなみにこれはケシの加工品」
効果は凄まじく、吸い込んだそのすぐ後に彼女の意識がぐらついた。それを山如が担いで二柱の神のそばに座らせる。
「ごめんなさい。ちょっと見ててくださる?」
「ちょうど市場について話し相手がほしいと思ってたんです。この子(魅須丸)ったら造形にしか興味なくって」
「千亦くんよりもずっと歳上なのにこの子とはなんですか!」
「私らには神の歳なんてみんな似たようなもんですが……」
「おーいたかねー!」
龍が来た。いつにも増して場が混沌としている。変人しかいない。
「すまないね。手前の花畑からすっ飛んでっちゃって。山如さんちょっと場所借りまあす」
にっと微笑んで山如は茶を沸かすべく奥へ消えた。
「いいんだよ。なんか入ってる管を見せびらかされるくらい」
「あのバカ……」
あれに何が入っているか龍は知っていた。脅しに使うものではないということも。
「そういえば、山童が龍珠を原料として貨幣を作ってはどうかと私に提案してきたのですが、今更通貨の価値を材料に置くとは一体何を考えていたのでしょうか」
まだぐったりしている典の頭を千亦が膝に乗せ、頭を撫で回したくなるのをぐっと堪えながら魅須丸に打ち明けた。
「……私が許さないというのは置いといて、龍珠は魂を容れる勾玉の原料になるとおり、通貨として流通すればするほどそれぞれの質は変化し、それら一つ一つが持つ価値が均一でなくなるでしょう。貴金属が通貨に使われたときと同じように、龍珠そのものの価値を貨幣として利用したいのでしょうが、問題外です。きっと、結界により内外が分かれた明治からの人間の造幣技術を継ぐ河童からの依存を逃れたいのです」
「この小さいコミュニティでこうも通貨が乱立してちゃマーケットの効率が悪くなる。通貨を創出し流通させることの大変さを河童からは聞かされていないのでしょうか」
「あえて聞かせていないんでしょうよ。盛大にポシャれば弱みの一つでもできましょう」
「さっきから何をお話されてるんです?」
典が起きていた。
「貨幣の価値をどう保証するかです。ただの紙切れに見出された価値をどうコントロールするかに河童が苦戦しているところで、山童が龍珠本位制の貨幣を作ろうと画策していました」
「……?」
「龍珠は龍珠そのものに価値があります。手元にある物と何かを交換したいとき、物と同じだけの価値を持つ龍珠と交換してやればいい。これを人間が長らく貝殻や貴金属、あるいはそれらといつでも交換できる紙幣で行ってきました。この紙幣を兌換紙幣といいます。後で出てきます」
「物々交換の域を出ませんね」
「そう。物同士で価値を等しくして交換する。物々交換と同じです。しかしこれでは、大きな組織同士の取引で組織内の龍珠の総数が減ると、その組織内での龍珠の価値が跳ね上がり、とても取引で使えるようなものではなくなります。みんな龍珠を出し渋り、新しく得ることも難しい。これでは市場が動きません」
「原料の希少さゆえ仕方ないと思いますが」
「そう。そこで人間は賢しらにも別の制度を発明しました。紙幣の偽造を防ぐ技術を導入していったところ、それ自体が、発行元しか作ることができないという希少性を持ってしまい、貴金属を価値の本位とする必要がなくなったことに気づいたのです」
「なんだかまた眠くなってきました。神特有の早口は異変を起こしたあとに巫女とお願いします」
「もう少しで着陸します。河童は刷った紙幣―耐水性―をちょくちょく懐に入れています。流通に対して誠実でない河童を出し抜くために山童は龍珠を本位とする通貨を作ろうとしました」
「彼らには偽造を防ぐまでの力も技術もなさそうですよ」
「そう。そこで、龍珠の価値を本位とする兌換紙幣ではなく、龍珠そのものを加工して通貨として使おうとしていました」
「金貨と同じじゃないですか」
「ええ。さらに龍珠はそれ自体が辿ってきた出来事によって変質します。通貨に個性が出てはいけません。龍珠を通貨として使うのはあまりにもデメリットが多すぎる…… さて」
「?」
典の右に耳打ちする。
「所有権っていいものね。あなたの所有権、譲ってもらえないかしら」
「お買い求めは飯綱丸様まで!」