何人かの鴉天狗に混じり一つの机を囲んで典も酒をあおっている。
「あれ、狐って分解酵素持ってたっけ」
「持って、も、持ってない、けど……私、妖怪だし、あれ……」
変な酔い方をしている。普段もりもり食べて鴉をドン引きさせる唐揚げにも手を付けていない。
「どしたてんちゃん、一回裏行こう」
店の裏の茂みが店公認の嘔吐スポットだ。
「ん、待って、……立てん」
事後に似た強烈な虚脱感に襲われていた。ただごとじゃない。血の気もない。
「まっずいな、俺らで送ってくわ。先やってて」
飲みの席から二人護衛としてついてもらい帰ることになった。一人におぶられて向かう。いつもは一人でぷらぷら出歩くこともできるが一応飯綱丸の側近ということになっているので、まともに戦えそうにないときは天狗を捕まえて護衛を頼むこともある。
「てんちゃん、頼むから吐くときは言ってくれよ」
冗談を笑う余裕もない。
通りからいくつも逸れた脇道に出る。
「あっ待った。催した……ちょっとここで待ってて」
二人の足音が遠ざかる。暗い路地に一人残された。
常時騒がしい大通りからの喧騒の他になにもない。どろっとした闇がすっかり典を呑み込んでいる。提灯くらい置いていってもらえばよかった。
そうして近づいてきた足音は、護衛の鴉天狗とは明らかに違っていた。
「!!」
姿も見ぬ間にひょいと抱えあげられる。虚脱感が勝りろくに動けもしない。
典は経験から、叫べば最悪シメられることは察していた。
それぞれ同じくらいの体格の鴉天狗が二人。憑けばなんとかやれるか?
「った、!!」
「変な真似したら殺すからな」
並ぶ男の脇差が典の右腰を掠める。
連れられたのは一軒の民家の裏口だった。廊下にどてっと投げ下ろされる。
「めんどくせえ、ここでやるぞ」
典の薄い服を片手で破り、四つの手が、飯綱丸の他に一度として開帳を許したことのなかった身体の隅の隅までを吟味し始めた。
「あんたら、大天狗様に殺されたいの」
「下手な真似すんなって言ったばっかだろ、でかい耳はお飾りか?」
男の無骨な指が左耳の穴を押し広げる。避けようのない、体からの原始的なアラートに吐き気すら覚えた。
「ぅえ……!」
「ったく狐ってなァ何考えてっかわかんねえな」
もう一人が髪を鷲掴みし頭を床に何度も叩きつける。後頭に血が滲み、啼きもしなくなった頃、それら止んだ。
「っは、……ん、……んうっ、げぇ」
飲んだ酒を土間にぶちまけた。
緊張で冷えた仰向けの腹を男が片足で踏みつけると生気を取り戻し、混濁ながらに細い腕でその足を掴む。
「これからお前のちっせえ腹をめちゃくちゃに犯してやろうと思うんだが、いいよな」
いいよな。地獄めぐりか始まろうとしている今、体を思うままに動かすだけの気力を奪われていて、再度の念押しにも答えられなかった。
「なんだよもうびちょびちょじゃねえか、期待してんだろ」
岩のような手が、主との聖域を容赦なく侵す。色欲に憑かれたヤスリが内を擦り、血を飲んだ。力で敵わず、痛みにも耐えられず、ただ情けない呻きを漏らすばかりだった。そしてなお、得意げに手で引っ掻き回す。
よし、じゃあいくぞ。その声で、無骨でグロテスクな本命を、突き刺した。
「う、そ、やだ!!」
軽い体で愛する飯綱丸と突っつきあうのとはわけが違う。大の大人の体重を乗せたそれが、機械的に、傷だらけの壁を削りながら、内臓を何度も押しつぶす。そういえば先代にこんな主がいた。こんなとき、苦しみを一身に受け無節操に叫び散らす自分と、それを冷めた目で観察する自分の二人が現れる。後者の正体について典はただの乖離なのか自我なのかよくわからなかった。
「待って痛い!、やめて、それ、」
極端な上向きに突き上げられた典が未知のレベルの鈍痛にすっかり支配され、腰をよじるが、痛みを助長するだけだった。
しかしだ。快感がとある線を超えたとき、痛みすら全てそれに変換されることを、典はよく知っていた。ましてやこの時期だ。
そしてそれが、甚だ耐え難い激痛の成れの果てに感じ入る自分自身が、もはや恐ろしく、信じられなかった。
胡座をかいて典の頭を乗せていたもう一人の男がどこからか一ミリリットルのシリンジを取り出し小瓶に入った液体を吸い上げる。
「嫌だよね、俺たちもわざわざこんなことしようとは思わないよ。すぐ楽にしてやる」
「えっ、なに、それ」
胴と頭を固定し首の血管と平行に針を射し込まれた。
「うあ、ああああ……!!」
「心臓は止まってくれるなよ」
それまで脳を好き放題に駆け巡りぶつかり合っていた制御の効かない無数の激情が一気に書き換えられた。目も眩む快感と充足感に体を震わせる。今打ち込まれた液体に何が溶かされていたか、典にはすぐにわかった。その素直な飛び方からこりゃ純度のいいそれだなどと考え始める。
「アンフェタミン…… ご主人さまからの最高のプレゼント」
夜間任務のお供として龍の管理で製造されていて、ごく少量を大量の水で薄め飲用水として流通している。ふつうこの濃度では扱われていない。
「お前さっきからイきっぱなしだろ、とんだ淫売だな」
打ち震える身体も、だらしなく漏れる息も、灼き切れる脳も、全て心にもなく、ただひとつ涙だけが、自分の本来意思を体現していた。鉄砲水のごとく押し寄せる快感を受け止めきれず、もう夢も現もわからない。
「おい寝るな、おい!」
右耳をかっ開かれたところに規格外のノイズが飛び込んだところで、眼前の景色が一瞬ホワイトアウトし、その耳は機能を失った。
眠気覚ましと称す。刺激に頭を抱えた典の体を起こし、上下入れ替えると、男の上に乗った彼女の上に、さらにもう一人が被さる。
「えっそんな、やっ、あああ!痛ったぁ!!」
ツバを塗った典の尻に捩じ込み、前から後ろから、すり潰す。明滅する意識から想像もつかない叫びを上げる彼女にも構わず、貪る。
薬と快感でカバーできる範疇はとっくに超えていた。背で男が体を動かすたび、ハウリングのように、反射で叫ぶ。小さな枡に注がれる濁流が全てを洗い流す。
「っるせえな、こいつ」
上から腕で首を締め付ける。いよいよ消えつつある意識にかき消される痛みを前に、まあいいかと、ぼんやり夢を見た。
「しっかし顔が良い……捨てんのがもったいないな」
「苦しませろとの要望だよ。開放された後にこそ苦しむもんさ」
酒の浴び過ぎで血の気が引き白身の露呈した顔を、もんだり引っ張ったり、いじりまわす。
「締まり悪いな。薬のちゃんぽんは流石に死ぬか」
「だから酔わせるだけにしようっつったのに。ああ漏らしちゃったよ」
二人同時に引き抜き床に典を下ろす。血だか精液だか屎尿だか、赤黒い液体がこぼれ落ちた。
「……壊しちまったか?」
括約筋は伸び切り、そこから見える限り全体の粘膜が真っ赤にむけている。前はというと、同じような状態で、鮮血が絶え間なく流れ続けている。
「っと、休憩。娑婆で最後に何が欲しい?」
「煙草がいいや。味はどうであれ、飯なんか少なくとも死ぬまでは食える」
「典ちゃんも休憩しよっか。あいつしばらく帰ってこないよ」
なだれ込んできていた様々な感覚の余韻が抜けきっていない。アンフェタミンの離脱までまだ多くの時間がある。横になって、後ろから男が抱きついてきた。
「あったかい。絶対薬入れ過ぎたよね」
男の体温がいやに低いと感じたのは自分の体温が上がっているせいらしい。とにかく数え切れないくらいの要因が折り重なって頭がうまく働かない。交感神経を強引に刺激されているにもかかわらず、ぼうっとして自分が今すべき行動を考えようにもできなかった。
興味もない者によって独り善がりの歪んだ愛情に抱き締められるのがいかに苦しいかを思い知らされた。この腕の中で全身が膨張して今にも破裂しそうになっている。
息をするそのたびに、穢れの凝集した空気が肺を満たした。その臭いは自分の頭部から流れる血液であり、もう誰の何だったかもわからない体液であり、男の体臭であった。
「ほんとはこんなことする予定はなかったんだけど。頼まれちゃあね。でも今典ちゃんを自分の腕に収められて、至福の極みだよ」
また断りもなく、血まみれの孔を矛でかき回す。
「いだぁ……あぅ、!」
ヤスリで肉を削ぐが如き激痛と恐怖に抗う余力はなく、そのまま意識が落ちた。
「よしこれで起こそう」
打刀の鞘をまず三寸、踏み荒らされた聖域に挿し……刺し込み、さらに二寸。
「あああっ、はぇ、!?」
典の身体が跳ね無事覚醒した。そこから見てわかるほど深く突き刺さる様子に刹那驚嘆し、直後絶望する。
学習性無力感を直感する。そんなパラドックスが全身に重くのしかかっていた。
黒色の鞘が鮮やかな赤を滾らせ突き破らん勢いで芯を打つ。始めこそ健気に叫んではいたがついに脱力し呼吸すら怪しくなった。
「知らんやつの子なんか産みたくないだろ、手伝ってやるよ」
およそ人体から出たとは思えない、丸めた布団を木刀で叩き裂いたような音の後、横になり丸まっていた典の体がしばらく宙に浮き、部屋の壁に激突した。
「!?!?!?」
下腹でのたうつ痛みに息を呑む。もうドーパミンは味方をしてくれない。間延びした時間を耐えながら、顔から滴る脂汗の先で、典は自分の太腿につたう、目を疑う量の流血を見た。
「う、そ」
内臓の傷はもはや自力で対処できない。最悪飽きて捨てられるまでの辛抱だと自分に言い聞かせていたが、目の前の二人が簡単に人を殺しうるということを現に突きつけられた。自分がそうなることの瀬戸際に今立たされている。
「避妊も完璧っぽいし、記念に桜耳にしよっか」
一縷もない望みにかけてこの建物から逃げ出し道行く人に助けを乞わねば、ここに血の海を作って死ぬことになるだろうが、薬は切れていて、想像を絶する虚脱感で体は床に貼りついて離れなかった。
鞘から刀を引き抜いて、縦に折りたたんだ左耳にその刃で切り込む。神経を直に逆撫でするような不快感と同時に、己の一部を失うその音を、鮮明に聞き取った。
「いや、離して、帰して」
「できた。管狐なんか増えちゃ社会に良くないよね。もったいないから食べちゃおっか、ほら口開けて」
半開きの口に耳の欠片を押し込まれた。流れ込んだ鼻水に混じり錆が舌を駆ける。舌を動かさずとも、ゴムのような触感と、立ち上がった体毛は感じられた。
「食べろって言ったよね、よく味わって」
脇腹を捻って催促する。
「ごめん、なさい」
歯の根の合わぬまま顎を締める。耳はいとも容易く噛み潰され、さらなる錆臭さを口内に塗り拡げた。
「それが自分の味。よく覚えとこうな、飲み込んでいいよ」
咀嚼よりも数段勇気が出なかった。消化管が全力で拒む準備をしている。
「飲めって」
口に突っ込まれた親指が耳を喉の奥へ押し込むが胃の拒絶には敵わなかった。
「また吐きやがった。根性なしが」
平手が飛んだ。座位から大仰に倒れ込み受け身を取ろうともしない。直後体を強張らせ、妙な音を出しながら泡を吹き始める。
「あーあ、当たりどころが悪かったね。ほっときゃ治るか死ぬよ」
「どうせ捕まるんだ、大通りに捨てよう」
エンドルフィンの海を漂う典を担ぎ民家から脇道へ、そして街道へ出た。道行く天狗たちがその異様な様に道を開ける。
「末代の愛玩動物として最後までかわいがってもらってね」
軽いパニックの中で道の真ん中に典を投げ捨てたところで、ようやく複数の天狗に取り押さえられた。