プロデューサーは人でなし 作:どろまみれ
櫻木真乃①
夏を目前に控えた、雨の降る日が続く週末の事だった。
レッスンを終えた、風野灯織が。
「今日はありがとうございました、プロデューサー。……ところで、今日は仕事の後に公園に行ってみてはいかがでしょう?」
レッスンを終えた、八宮めぐるが。
「あのねプロデューサー! まぶっ……ううん。あとでさ、日が沈むころになったら公園に行ってみてよ!」
などと、俺に何かしらのお告げをくれに来たのである。
ふたりはというと、そのまま直帰。さてはイルミネーションスターズの何かしらリンクアピールか? と思いきや……肝心のもう1人からはお声が掛からなかった。
どうしたものか。
今日は一応、はづきさんと別宅に行く予定はあったのだが。
「ふふ。きっと何かしら理由があってのお誘いでしょうから……行ってあげてください~。」
と、当の本人に促されてしまっては仕方ない。
ついでに「わたしとしては、多くの人が、『今度は』プロデューサーさんを支える側に回ってくれると嬉しいので~」と言われてしまった。
今度はづきさんともアダルトショップに出掛けようという約束をして、ふたりの促しに応じる事に。
その前に ―― もうひとり。
「……ん、ぐ、ん。……で、それはふゆには断らないわけ?」
一応の説得の形だが、思い切り
……理解をしてくれていると信じたい。
それは俺にとって。そして股の間の
……同様だと、思っているんだが。実際のところはどうだ?
「……そうね。あんたはなんとなく、判っているかも知れないけど……」
事務所内ではなく閉じきったレッスン場のトイレで、出された精液を飲み込んでから冬優子は頷く。
しゃがんでいるからには、局部(いつの間にか完全に陰毛の剃られている)を突き出したまま。
「アイドルとして掲げた『ふゆ』を、その
その後で立ち上がって「あんたが初めてスカウトしたっていうのも、そういうところなのだと思うし……」と、ジト眼に続ける。
……俺は冬優子の頭を撫でる。考えていることはほとんど同じだ。アイドルの側だというのに、視点が俺と同じ場所にある。セルフプロデュースが上手いわけだ。
「なに。優しいの?」
すまないが優しくは出来ない。出し足りない。
これから公園に行くのに臭いを強く残すわけにも行かないので、レッスン場のど真ん中で全裸にして、鏡に豚顔を映して見させながら交合した。
遅れるわけにはいかないだろうので、息の荒いままのオナホはその場に置いたまま。
最後にデスクの片付けをしてから、俺は公園へと向かうことにした。
・・・
肌に暖かな日は沈んでゆき、人々は家路についた。
空が
街も同様だ。おかげで空は藍色、それ以上暗くなく事は無い。
星は見えるようで、見えないようで、曖昧。
この公園は283プロダクションの比較的近辺にある。直近では、以前はづきさんと昼食を取りに来た場所だ。
ひとりであまり来る場所ではない……の、だろう。日中であれば兎も角、日が沈み始めてくると人気はないに等しい。
まだやや肌寒いので薄手の外套に袖を通し、ポケットの中に入れた2つの缶コーヒーを手で転がしながら思い返す。
以前に「公園には思い出が幾つもある」と口にしたが、それは誇張ではない。
黛冬優子とW.I.N.G.を
一番頑張った市川雛菜を褒めて撫でたのも、エンディングを見た小宮果穂を見送って、ひとりでコーヒーを飲みに来たのも。八宮めぐるを探して訪れたのも、七草にちかと絶望を見たのも。
全部全部、この公園での出来事だ。
物思いに
人が少ないと言ってしまうと、ただの
こつこつと歩いて行く。
居るであろう場所は、まぁあそこだろうという見当がついている。
この時間では流石に、
「―― にして~ぇ~♪」
彼女は歌っていた。
目をつむったまま。移り変わって行く情景を、声に乗せる。
立ち止まる。歌を最後まで聴いていたかった。
あの時よりも遠く響いて、鳥たちだけではなく、人々の心にまで飛んで行くような。
そういう風なアイドルとして成長した、彼女の歌を。
いつまでも ―― と締めくくられた所で、拍手をしながら近寄って行く。
「―― ほわ。あの、来てくれたんですね、プロデューサーさん」
櫻木真乃は振り向く。
どうやらこちらには気付いては居たらしい。それでも最後まで歌ってくれたのは、ファンサービスという奴だろうか。
「ふふっ、それもありますけど……最後まで、きりよく歌っておきたかったんです。少しだけ、勇気が必要だったので」
ほのかに栗色の髪をなびかせて微笑む。「ちょっとあちらまで歩きませんか? プロデューサーさん」と誘われる。
否やはない。ポケットで暖めていた甘めの缶コーヒーを手渡して、一緒に公園の真ん中を歩いて行く。
「ありがとうございます……ふぅ。あっ、歩きながら飲んじゃうと、行儀が悪いでしょうか……?」
そもそも俺も歩きながら飲んでいる。気にしなくて良いと思う。
「……プロデューサーさんがそうするなら。私も」
両手で持った缶コーヒーを大事そうに抱きしめながら、櫻木真乃は先を歩く。
いつか雨宿りをした遊歩道の在る側に出なければ、そんなに大きくはない公園だ。何でも無いことを交互に話しながら歩いて行くと、端の方。手すりがぐるっと接地された ―― この街が眼下に一望できる場所へと辿り着く。
「……その、少し話したいこと……いいえ。プロデューサーさんに伝えたいことがあって、めぐるちゃんと灯織ちゃんに協力までしてもらっちゃって……。ご迷惑じゃあ、ありませんでしたか?」
そんなことはない、と力強く伝える。
むしろ最近は真乃とはあまり会えていなかった。イルミネーションスターズが事務所の一線で活躍しており、忙しいというのもあるが、俺個人の問題もあった。
話す機会が欲しいと思っていた。そう、率直に伝える。
「……! あの、その……。……私も、です」
視線を二度三度、街灯と俺を行き来させる。
がっしりと必要以上に手すりを強く握って、深呼吸をひとつ挟んだ。
「……聞きたいこと、あるんです。いいでしょうか」
頷く。無言で先を促す。
真乃は、今度は一度目をつむって、心を決めたような表情をして、唇を開く。
「プロデューサーさんは、プロデューサーを……辞めたりはするんでしょうか」
初めて……でもないか。暗に尋ねられたことはある。おもに冬優子にだ。
ただ、こうして顔を合わせて直接的に聞かれたのは初めてだった。
だから俺は答える。それはない。うぬぼれかもしれないが……安心はして良いと。
「……ふぅ。よかったぁ」
張り詰めた表情を崩して真乃は脱力する。
くるりと街を、夜空を見上げる。
「直接聞けて、安心しました。ほんとに……ほんとに、よかった……!」
ぎゅうと胸元を抱きしめながら、櫻木真乃は身を縮こめる。
よほど安心したのだろう。その背中は震えていた。
「私たち、とっても心配したんです。だってプロデュサーさん、今年の初めは……」
心配をかけてすまない、と謝っておく。「いいえ、プロデュサーさんが悪いわけでは」と謝り返されてしまった。
実際、真乃がアイドル達を代表して聞いたようなものなのだろう。現状を知っている中でアイドルは黛冬優子のみ。彼女からはまぁ、イルミネには伝わりはしないだろうし。
だから、安心させるために続ける。その分少しプライベートでお休みをもらっていると。今回立てている企画は、俺もアイドル達も負担が少ないものにしてあって、秋のファン感謝祭までは結構余裕を持ってスケジュールを組んでいると。
「そうなんですね……。ありがとうございます」
彼女の笑みが柔らかくなったところで、俺は大きく頷いて。
……間があった。視線をわざと逸らす。
風が公園を吹いて、街へと降りてゆく音。春の残り香に乗って桜葉が擦れる音。
眼下の街に広がる喧噪。そういうのに浸かっていると。
むん、と。彼女が声を発する。
「あ、あの。……もうひとつ。伝えたいことが。……聞いて欲しいことがあるんです、プロデューサー」
両手を握って、今までに無いほど力強い目線で俺を見る ―― 櫻木真乃。
正直に言えば嫌な予感はしていた。しかしこの類いの問題は。ぶつけられる側の俺は、避けるべきではないだろう……と、勝手に思っている。
流石にこの事務所に入社してからされたことはないな、と当然のことを考えながら。
背筋を伸ばして正面の彼女の顔を見返して。
頷いて、言葉を待つ。
息を吸った。
いちど吐いた。
再び肺の中に想いを込めて。
「―― 好きです。プロデューサー。ひとりの男性として、あなたが好きです」
ここからだ。言葉が続くか。
彼女はそれでも、息を継いで。
「だから……だから私と、付き合って下さいませんか! 私を、あなたの恋人に、して欲しいです……!」
言った。
言い切った。
周囲を一応確認する。
人は居ない。気配もない。一応、公園に来る前に周囲を一周して(ついでにコーヒーを買った)確認してきてもいる。
待たせている。
いずれにせよ答えるべきだ。
……幾つか、きちりと揃えて答えを並べる必要がある。
「幾つか……ですか?」
そう。幾つか、だ。
まずひとつ。
1人の女性として櫻木真乃に魅力を感じないかと言われたら、それはない。
俺も1人の男性だったなら、その申し出は喜んで受けるだろう。
「……」
無言に対して、ふたつ。
なにより、櫻木真乃は売り出し中のアイドルで。俺はそのプロデューサーである。
これ以上の要因は必要ない。課せられた責任によって、恋人になることは許されないだろう。
……先に言う。三つある。
「みっつ……どういうこと、でしょう……?」
みっつ。
では「櫻木真乃が俺の恋人のような立場になること」が。
「プロデューサーという立場であること」に勝る利をもたらし。
それが「俺という個人にとって、優先されるか否か」。
「え、えぇと……」
困惑させている。申し訳ない。
俺は少なからず櫻木真乃から距離を取る。
彼女は俺のような男に ―― 既に女性を2人、人でなしな扱いをしている野郎に。
そうだとは知らず、真摯な告白をくれたのだ。
だから、せめてもの誠意で返答する。……誠意。そう、誠意で。
一言で言おう。
……プロデューサーとしては言語道断だが。
……櫻木真乃が、恋人として
……性欲処理の道具となってくれるのならば、嬉しいと。
「……!」
この最低な言葉を聞いて、櫻木真乃は顔を強ばらせた。
離れた位置から微動だにしないまま。まだ聞くかい、と目線で促す。
「どう、して……?」
衝撃的な言葉だったろうに、彼女はその場に踏みとどまった。
だから、俺は続ける。
精神的なバランスが怪しくなっていること。
人間的な楽しみが、性欲の発散のみになってしまっていること。
かなり人道的ではない性
それに協力して貰っている人が居ること。
包み隠さずそこまでを話した。
アイドルで。女学生で。少女に、俺は答えを強いる。
「わ、私……は……」
ぽつり。
ぽつり。
雨が降り始めてきた。
「……私は……」
唇をわななかせ。
ぽつり、ぽつり ―― 頬に触れて小うるさいくらいに。
と、と、と、と ―― 雨粒が
粒は、増えて増えて増えて、増えて大雨。
そして、大雨に負けないような芯のある強い声で、彼女は言った。
「――
決意に喜びを混ぜた、彼女の成長が伺える。
けれども決定としてはかなり問題のある……俺を驚かせる、返答だった。
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