プロデューサーは人でなし 作:どろまみれ
福丸小糸②
その場は無言で衣服を整えさせ、穏便に済ませた。
はづきさんの椅子を借りて仕事は終わらせた。
最初は挨拶をして触れずに帰ろうとしたのだが。
……涙目で小糸に袖を掴まれたので、仕方なく喫茶店へ誘った。
今現在。
そんな、
「……」
飲み物は暖かくて
こっちはコーヒーを。ついでにパンケーキだけ注文した。
「ご注文は全てお揃いでしょうか~」
持って来てくれた店員さんにはいと告げ、伝票をこちらの手元にもらう。
メイプルとホイップと果物数種のトッピングましましにしたパンケーキを、小糸の側にフォークを添えて押し出す。
待つしかないだろう。
俺としてはスルーしたかった案件 ―― いや。
あの姿に衝撃がなかったか、と言われると否である。
福丸小糸は身長も140㎝台で、女性的なアピールに長けた部位を持っている訳ではない。
端的に言って ―― 小柄だ。
その小柄な女学生が、自身の椅子を
小柄な体を好き放題に出来る、という妄想は。少なくとも自身にとっては魅力的に映る。
自身の性癖には嫌気がさす。襲えるのではという戯言は、振り上げた大槌で打ち砕く。
……。
コーヒーを口に含む。
考えてしまった。時既に遅し。血流は下半身に集中してしまっている。
脳にも割けよ、と理性で濁流を押しとどめて。カップをソーサーに置く。
正面を向く。
ちょうど、福丸小糸も此方を向いた頃合いだった。
「あっ、あ、あの……すいません、でした」
頭を下げられる。
下げられておくべき場面だろう。
俺はいや、と前置いて。場所としては不適切だ、という無難なコメントを挟む。
「そ、そうです……よね。あ、あんなこと。……本当に、ごめんなさい」
恐縮しきっている。
……こんな判り切った、定型文の様な内容を話すべきかは少し迷ったが。
……間を持て余しているようなので、責を負う。
学生の身で、年齢で、そういったことに興味を持つのは普通である。
中々に抑制が利き辛い欲求であることも理解している。
このことは誰に話すことはない。安心して欲しい。
椅子はクリーニングを呼ぶ。少し高い奴だから、買い替えるのは勘弁してほしい。
また、このことでアイドルとしての福丸小糸に幻滅したりすることは絶対にない。
つまりは、明日からまた普通通りの女性として自信と接して欲しい。
そういうことを並べて、時間を稼ぐ。
彼女が話す……話したい内容を考える時間を。
事務所で俺を引き留めたという事は、何かを伝えたいハズなのだから。
周囲に人はいない。窓から見える景色には、帰宅に急ぐ人々の姿。
「……わ、わたし」
視線を合わせる。
黒髪の巻いたツーテールがゆらり、震えるように揺れる。
「じ、女性としての魅力を……持てればいいな、って……思って」
頷く。小糸はいつも、自分自身の「出来ること」を探していたように思う。
不思議ではない。次を待つ。
「その、動画を……探してて」
頷く。最近の情報源としてはそうなるだろう。
次を待つ。
「冬優子さんから……その、ど、動画を、もらったんです」
頷く。整容やファッションに関して、冬優子であれば問題はないだろう。
次を待つ。
「こ、これ……なんですが」
スマートフォンの画面を見せられる。
……コーヒーを口に含んでいなくて良かった、と思う。
黒の目線が入っているが。
この間の、黛冬優子がオナホールになっている動画だった。
表情が固まっている……といいな、と思う。動揺を隠せていれば。
開口機やら鼻フックやらで髪型も顔も完全に崩れているので、いいとこ素人の撮影といった雰囲気。
ただしモザイクのないものだ。だからどうだと言われても、それどころではないが。
「……」
福丸小糸が顔を赤くしたまま上目遣いに俺を見る。
喫茶店の隅の席で。女学生が差し出したスマートフォンから、女性ががっつり拘束された状態でオーラルセックスしている動画を流され、それを見分する成人男性。
客観視出来ない状況である。しなければならないが。
「こ、これ……メイクとか、コスメ紹介の動画のな、中に……混じっていて……」
……油断か、わざとか。
動画が編集されているため、はづきさんを経由したことは間違いない。
いずれにせよ、福丸小糸はこの動画を目にして。
「その……が、我慢出来なくて……」
自慰に至ったと。
事務所で致したのは、宜しくはないが……。
ふと、視線を感じて顔をあげる。
「……」
見られている。俺が。
……自慰に関しての言い訳は既に聞いた。
それを俺は許し、口外しないことを約束した。
目的は達せられたと思ったんだが……違ったか。
まだ何か、と聞こうとすると。
「ぷ、プロデューサーさんは。……彼女さんと、お、お付き合いをしたことは……あるんでしょうか?」
答え辛い質問が来てしまった。
あるにはある。ただ、これに正直に答えた場合の……話の流れが、不味いと思う。
コーヒーを喉に流して。
……それは小糸の役に立つ質問かい、と。やや壁を作って尋ねた。
「……は、はい! ぷ、プライベートの事なんて聞いて、申し訳ないです……けど。お、お聞きしたい、です!」
声に力がこもっていて、壁なんて容易に打ち破られる。
あるいは福丸小糸というアイドルの成長にとって役に立つ……という類の質問なのかも知れない。
直感はやはり、不味いとがなりたてている。
しかし ―― しかし。
欲望の部分が。つい先ほどまで「これ以上は必要ない」だとか思っていたはずの、性欲が。
これ以上なく。この会話を進めることを、強要してくる。
……ぼーっと霞む脳内の中。唇は勝手に離れ。
俺は大学時代まで彼女と同棲したりしていた旨を、告げていた。
「そ、そうなんですね……」
同棲していたことまで告げた意味を受け取って、福丸小糸が深呼吸をする。
「まずい」の「ま」の字すら、今では腹の底。消化されて跡形もない。
「その ―― ごめんなさい。わたし、わたし……この
どもる。小さな身体をもっと一層に縮込めて。
やる……と決めたときの。友人には頑固な……と言われるときの。
いつかの大会で輝いて見せてくれたときの、不退転の意志が目一杯に詰められた声で。
極彩色の翼を背負う背筋をぴんと伸ばして ―― 話す。
「プロデューサーさん。わ、わたしに……男性を、教えてください……!」
福丸小糸がそんな風に、魅力的な姿を見せるので。
ああ、駄目だなと思った。元から彼女のこういう姿勢が。人としての芯を感じる姿が……魅力的だった。そう思ったから採用し、その後のごたごたでも背中を押し、支えたのだから。
自身は、良いと思ったならば見境がないようだ。
必要は、とか。倫理が、とか。そういうのが後回しになってしまう。
ふらりふらりと、その魅力に酔うように。
自身は首を振ることはなく。ただし頷きもせず。彼女に、一緒に席を立つよう促した。
福丸小糸は着いてくる。店を出て、再び自身の車に乗る。
少し話す。
自身はおそらく、人でなしなのだと。
今の申し出を大人として断ることも出来ず。
それ以外の道を即座に示すことも出来ず。
そしてまた。
福丸小糸が望む様な、
自身が望むのは……輝いている人が、浅ましく、無様に、汚れ堕ちる。
そういう光景なのだから。
ぽつぽつとそんな風に、告解の心情で伝えると。
福丸小糸はこう言った。
「え、えへへ……仕方ないですね。で、でも。プロデューサーさんには、わたしがいないとダメダメな所があるって……知ってますから!」
助手席で、自らのシートベルトを握りしめながら。
はにかむ様な笑顔で……言って見せたのだ。
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