※この作品はR-18です。

プロデューサーは人でなし   作:どろまみれ

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黛冬優子①:(アイドル)

 

 黛冬優子①

 

 

 全員が帰ったと、そう思っていた。

 窓の鍵を閉めて。ブラインドを下ろし。冷蔵庫内の賞味期限切れの菓子類を整理して。

 あとは最後のメールチェックだけ。そんな頃合いだった。

 

「―― ねぇ。ちょっと。ふゆに付き合ってよ、あんた」

 

 夕暮れの事務所の扉の前に、黛冬優子が立っている。声をかけられた。

 呼ばれたのは俺だ。事務所には今、俺しかいない。むしろアイドル達も全員が帰宅したのを、一度は確認したのだが。

 事務机に座ったままで「どうした冬優子。忘れ物か」と返す。的外れな返答であることは自覚しているが。

 俺は座ったままだ。離れられない理由は単純で、油断していた。机の下、ズボンの下では……既に屹立しているモノ(・・)がある。

 悟られないようにしなければならない。焦りが(にじ)む。

 

「忘れものじゃないわ。わかって言ってるでしょ? それ。……付き合いなさいって言ったのよ。夕食に」

 

 はにかみながら冬優子は言う。

 夕食。わざわざ、俺を帯同して。

 

 少し考える。まぁそうか。夕食に同道する人が欲しいとして、あさひと愛依は不適切だろう。彼女の食事の好みは……「味」というよりは「痛覚」に偏っている。

 ただ、それでも思う。時期(タイミング)がマズイと。

 誤魔化さねばならない。「悪いが、まだメールチェックが残っていてね」と返す。

 

「それなら待つわよ。あんたの事だから、大事なのはあらかた終わってるんでしょ? 事務所、閉めようとしてたみたいだし」

 

 洞察力も観察力も高い。流石は冬優子。率直にそう賞賛はするものの、マズイはマズイ。

 しかし、どうしても同道して欲しいようだ。相談事か。何かしら俺を伴いたい要望があるとみる。

 断ることは出来ないだろう。性欲に関しては自業自得だ。いつものように、時間で解決しておこう。そう決める。

 分かった。なら少し待っていてくれ。

 

「えぇ、待たせてもらう」

 

 冬優子はそう応じると、呆れたような表情で、掌を眼前にひらひら。

 ソファに腰かけ……こちらに視線を寄こした。

 

 じぃっと見られている。

 PCとデスクはソファ側からは見えないように移動してもらっている。見られてまずいものも、デスク回りにある(はず)もない。

 俺は淡々とメールチェックを進める。これから先の、夏先や盛夏にかけてはイベントが目白押し。283プロのアイドルにとっても働きどころである。

 

 ……。

 キーボードを打つ。カーボンコピーを弄る。要件を引用する。納期と顔合わせの時期をアポイントメントする。

 

 ……。

 キーボードを打つ。繰り返す。モニタの横から、冬優子の整った顔が見える。

 

 先日にユニットライブを終え、現在は緩くレッスンの期間としていた。新学期が始まり、交友関係にも気を配らなければいけない時期である。そういう部分も考えて、スケジュールは組んでいるつもりだ。

 

 本日も残る2人とボイストレーニングを受けて後、午後はフリーとなったはずだ。

 ストレイライト3人揃って事務所を出る姿を、確かにこの目で見たのだから。

 

 ……。

 キーボードを打つ。モニタの横に見える冬優子の顔が ―― 歪んで見えた。

 白目を剥いて。舌をだらしなく垂らして。(よだれ)も鼻水も垂れ流したままの ―― 無様(・・)に。

 

 駄目だ、とは思うも。時既に遅し。

 股座で反り返っていたモノがより一層、大きさを増している。

 単純だ。理屈も判る。無様に堕ちる……そういうシチュエーションが好きなのだと、俺はつい最近に自覚したのだから。

 輝いているものが、無様に。つまりは、落差が大きい。

 閃いてしまった。拓いてしまった。炸裂した。デスクの天井(大引き出し)にぶつかる程に……興奮していた。

 

 ……。

 キーボードを打つ。ただし遅い。思考が割かれている。

 思考が……何処に? 股間だ。既に脳内が、勝手に、彼女の無様な姿の偶像を紡ぎ出し始めている。

 股間に全てが支配されるような感覚。熱。欲望。欲求が、空になった身体の側を満たしてゆく。

 

 指が止まったのを聞きつけて(・・・・・)、スマートフォンを見ていた冬優子が顔をあげた。

 

「終わった? 終わったのなら、新しくできたラーメン屋に付き合って欲しいのよ。話したいことも、あるし……」

 

 ぼふとソファを叩いてから、立ち上がる。

 彼女が近づいてくる。デスクを挟んで、正面から顔を見られる。

 

「……?」

 

 やはり表情に出ているらしい。訝し気。

 訝し気だった。が。

 

「……アンタ、やっぱり調子を崩してるのね」

 

 冬優子が机に両手を強くつく。そのまま俺の顔を抱えて、近寄せた。

 整えられたネイルの先が頬に刺さる。近くに冬優子の顔がある。

 

「こないだの休暇でちょっと元気になったのかも、っては思ってたけど……」

 

 冬優子の表情にははっきりとした焦りが見えた。

 それは、W.I.N.Gで栄冠を(いただ)いてから。互いの相互理解を得てから。ようやくと見ることを許された、「ふゆ」ではなく「黛冬優子」の顔だった。

 どちらが良い、とかではない。彼女はアイドルだ。誰かを勇気づけ、喜ばし、笑顔を与えるための「ふゆ」も、全てが彼女を構築する要素である。

 ただ。パーソナライズとして。より親密な側に……いや。それでも良いと感じた人に見せるのは、こちらの冬優子としての顔で。

 

 ……そんな顔が見られることに、優越感と。

 ……もしも。そんな顔が。無様に。歪むのならば。 

 

「どうして? はづきさんには……ううん。社長には言った?」

 

 頷く。相談はすでに成された。

 しかし「休暇をもらってリフレッシュしたんだ」。それ以降の言葉に詰まる。

 

「……そう」

 

 この言葉だけでは彼女の焦りは解消できなかった。表情が物語っている。

 ただ、これ以上は伝えられる言葉がない。

 何故なら心配されていた部分 ―― 体力ではなく。人間の欲求部分の発散という命題は、既に解消されているからだ。

 しかし素直にいう訳にもいかないだろう。よりにもよって、人一倍気にしい(・・・・)な、黛冬優子に。

 だからこそこうなったとも、言えるのだろうけれども。

 

 夕日が沈みかけている。外の喧噪が増してゆく。

 街は家路に着く人と、稼ぎ時と張り切る人と、人と人に溢れかえる。

 

 ブラインドから僅かに差し込んだ日差しが頬を焼く。

 そのままでいる。

 そのままでいるしか、ない。

 

 そのまま見つめあって。

 それでも表情を変えられない俺を、しばらく見届けて。

 黛冬優子が悲しく歪む。女優顔負けの様相で。

 

「……ねぇ。ふゆ、思ってたのよ。あんたは割と、身を削るほうだって」

 

 そのまま左の掌をデスクに降ろし、ずり落ちないようにつっかえる(・・・・・)

 

「みんなも思ってるのよ。あんたは283プロダクションの功労者だって。だってのに、働き過ぎだって。替えが利かないっていうのも、理解はしているけど……」

 

 視線が合う。乞われた。

 駄目だ。話せない。

 

「ねぇ。なんであんたは、苦しそうなの?」

 

 彼女には似つかわしくない。いや。らしい、でもある。そんな直球な尋ね方だ。

 左の掌それだけでは全身は支えきれず。

 彼女はしわくちゃという単語が似合いそうな程に、肩を落とす。

 

「ふゆじゃあ。……()……じゃあ、あんたに笑顔で居て欲しいって。願う事も許されないっての……?」

 

 昔の俺が、よほど思いつめた顔をしていたのだろう。

 ……それもそうか。わざわざ俺のために、社長を動かしてしまったほどなのだから。

 社内では、俺と社長とは距離がある。はづきさんという事務員がいるからだ。必要な手続きや承諾は、彼女を通して行うのが最も正規なルートとなる。

 必然的に顔合わせの少ない関係。だのに心配をされていた。近くにいるアイドルであれば猶更。察しの良い冬優子であれば、とうに気づくを通り越してすらいたに違いない。

 

 ただ……違うのだ。

 黛冬優子が、そうもして気を使うような心配事では。悩みでは、ないのだ。

 たかが己の性欲。成人男性ともあろうものが、それを、自分で処理出来ていなかった。

 そういう情けない話なのだから。

 

「お願いだから、聞かせてよ。あんたはなんで、そんな顔をしているのよ……」

 

 情けない顔のことだ。

 迷う。迷う。いち女性に語るような内容か。飲みの席で、同級生の彼氏持ち女性あたりから問われたならば、ノリで答えるかもしれないが。

 もしくは、真正直に答えるべきか ―― 何か誤魔化す内容を、順序だてて作るべき。

 

 しかし。

 その結論に辿り着くのが、遅かった。

 

「……! あんた……」

 

 冬優子がデスクのこちら側に回り込んでいた。

 椅子に半身に座っていた俺の股座から、屹立したモノが主張している。

 それを、冬優子が見てしまった。

 

「……あんた……」

 

 観念しよう。

 冬優子から大きく椅子ごと身を離した後、頭を下げる。

 

 生理現象なんだ。すまない。

 そして ―― 恥ずかしくも、女性に話す事ではないのだがと前置いて。

 ……前置いたのに、彼女が視線でもって先を強く促してくるので……仕方ない。一部始終を説明する。

 

 メンタル面でのバランスは自覚できないので証明できない。ただ、睡眠サイクルは見事に改善されている。おかげでか、頭重感……というより、閉塞感はなくなった。頭痛薬(アセトアミノフェン)を摂取しなくても良くなった。引いては、薬剤の代謝に使われていた肝機能の改善も期待できる。

 

 どうでもいい話を多めに織り交ぜて、ややもインパクトを薄くしようと試みる。

 流石に性癖の仔細までは説明しなかったが。

 

「……」

 

 そして彼女は、それを黙って聞いている。

 表情は読み取れないようで、読み取れなくもない。

 呆れはある。悲しさもある。……そして。何故か。

 

「……そう」

 

 見間違いかと思ったが、そうではないようだ。

 口の端が上がっている。だけれど、怒りの感情ではない。

 口の端が上がっている。何故か。そう。喜び。そのような表情に、俺の目には、見えた。

 

「……そう。そう。……そう、ね」

 

 そして再び、俺を見る。

 すっと伸びた掌に、手首をつかまれる。

 立たされた。直立したモノがスーツに直角に突き刺さり、余計に存在を主張する。

 恥ずかしさを抱えたまま、俺は顔をあげた。

 黛冬優子が、頬を赤らめながらも、いつものように自信を感じさせる表情を浮かべている。

 

「ふゆはこんなことじゃあ崩れない。こんなことが原因で、アイドルを辞めるわけもない。ついでにいえば、あんたを非難するつもりもない。……自己処理くらい、普通はするでしょ」

 

 冬優子は女子学生だ。こういう話題に触れていないことはないだろう……とは思っていたが。

 それでも気丈に、彼女は続ける。

 

「流石に職場でそうなるのはどうかと思うけど、今回ばかりは、ふゆがいきなり押し掛けた側でしょ。そもそも職場で処理しようとしてたのでもないみたいだし……ん、んん゛」

 

 何かを言い出すつもりのようで、やや遠回りに理屈を並べる。

 黛冬優子らしい切り口だな、となんでもないことを思う。

 

「そのまま外を歩くわけにもいかないじゃない。……ん。あんたもエロ同人で見たことくらいはある……んじゃない?」

 

 アニメを見ていると自然と身に着く知識なのだろうか。それは。

 連れていかれる。連れていかれる。

 綺麗な腕に。

 艶のある髪に覆われた後頭部に。

 整ったスタイルに。

 キャラクターに合わせて選ばれた衣服に。

 その下にあるであろう下着に。

 

 彼女の ―― 黛冬優子のアイドルとしての鮮烈さに。徹底された輝きに。

 そんな風に自分を律していた彼女に。俺は確かに、敬意と憧れと親愛を抱いていた。

 だから、突き放す理由がなかった。

 興奮を冷やせるほどの嫌悪がなく。

 

 ―― 逆転する。

 

 熱が出ている。頭がぼうっとしている。股間に血流だけでなく全部が、俺の中身が持っていかれている感覚。

 ブラインド側から万が一にも見えない位置。洗面所まで連れてこられる。

 己を律していたころの、強固な枷が見当たらない。成されるがまま。欲望のまま。

 

処理(・・)してあげる。経験ないけど、教えなさい。ふゆのこと……あんたの好きにしていいわよ」

 

 冬優子が足元に屈んだ。

 淡い照明。狭いスペース。

 

 ズボンが下ろされる。露出する。風が当たる。

 傘が大きく震え、がっちりと、眼前に反り返って突き出される。

 

 持っていかれた中身の全てが、がんがんと鳴り叫ぶ。

 好きにしてもいいのならば ―― ほんとうに。

 好きにして許されるならば ―― 無様に汚してしまえ、と。

 





 next:黛冬優子① → 黛冬優子②



 ・・・

 性事情は、人として生きる以上は関わらなければならない題目である。
 少なくともこの男に好意を持っている女性は多い。前任のアイドルであるとか。学友時代の交友歴を漁れば、恋人が居たという事実も調べることが出来た。

 だからこの男がモテるのかと言われれば、判らない。
 少なくとも自分の学友が紹介してくる彼氏とか、そういう人とは人種が違う。違い過ぎる。年齢すらも違うのだから、それは当然か。自分の浅慮さには少しばかり呆れが出てしまう。いつものこと。

 初恋の人だとか。
 そういう基準が判らないまま、わたし(・・・)はアイドルになった。
 じゃあ恋愛というものを考えないのか。それはない。
 あの日高さんでさえ、最後には結婚を選んだのだ。
 そしてそれは、アイドルを押してくれるファンも同様である。

 結婚は性欲でするものなのか。それは少しばかり遠い考えだろう。
 とにかく。自慰をする時に妄想相手として選ぶのは、自然とあいつだったのだ。

 背は大きく。大人で。リードしてくれるかは、判らないけれど。
 相手に経験があるのならば、そうかもしれないけれど。

 いつしかそうあれ(・・・・)と願うことも、多くなっていた。
 周りに恋敵と書いてライバルと読むような人種が増えるにつれて。

 同時に。
 そうなることが許されるのか、と考えることも増えた。

 考えに考えた。
 おそらくは、あいつが許すことはないだろう。
 そういう気遣いが、いつでも、目に見えて出来ていた男性だから。

 だからせめて。
 ふゆは、他の誰が忌避したとしても、ふゆだけは許そうと。
 許して、全てを飲み込んで ―― あいつの色に染まってしまえば、隣に居られるだろうと。
 そうと、ずぅっと、想っていた。

 覚悟は決まっていた。
 だから、あとは、ふゆをどうしてくれる(・・・)のか。

 なんて。そんな風に。
 ちょっとだけ背筋がぞくりとする。でも、わくわくと(くら)い熱を持つ。
 そんな感情だけが、今、頭の中をいっぱいに埋め尽くしている。
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