プロデューサーは人でなし 作:どろまみれ
自分自身③
ある日の飲み屋、たるき亭。個室をとっての晩酌にて。
「―― お前は、随分とやらかしてくれているな」
天井努社長から早々にかけられた言葉がこれである。
離れの個室に2人。お酒は少々入ったところ。
俺が思わず背筋をただし土下座の体勢に入ろうとすると。
「いやまて。謝ってもらうためにこうやって切り出した訳じゃあないぞ」
それを差し出した手のひらでがっしり止めながら、続ける。
料理を中央に並べて。全部が届いたのを確認し。スタッフが外へ……遠ざかったのを確認してから。
「何度でも言っておく。彼女らが
許す、と。そう告げて。
「そもそも私がなぜ『あんな好条件な土地にあんな建物』を建築できるような伝手があるか、から話すべきか? ……正直に言うがな。私はこの業界に入ってから、かなり悪どいことにも手を染めてきている。今のお前なんかより、ずっとだ」
からっと。そういうことが昔にあった、とだけ告げる。
社長に促され、座る。向かい同士。
実の所、俺自身も聞いてはいる。天井努の武勇伝……というには
今は昔。
むかーしむかし。
とあるアイドルが北の星夜に絶えず光り、他が薄れるほどに輝いていた頃のお話。
「七草にちかが入ったから……お前に負担をかけたから、役目として語りはする。八雲なみの話はおおよそ噂の通りで間違いない」
八雲なみ。かつての天井努が担当したアイドルで、現在は引退している人だ。
『アイドルとして』を優先して、個を後回しにした。天井努の
したが ―― 更なる栄光へと羽ばたくその中途で、彼女は
あわないガラスの靴で踊り続け階段ダッシュまでしていたとか。
造り物の、海鳴りの管楽器で喉の代わりを務めていたとか。
……そうするために、
そういう話だと聞いている。
内容がアレ過ぎて、神話のお話か何かだと思っていたのだが。
「嘘をつけ。お前は判っているだろうに。ハリウッド帰りの765の
ばれていた。確かにその通り。先輩から幾つか、ご教授頂いている。
始末が悪いので、そこにあった何かしらの酒をショットで仰いでおいて。
「だからこそ283プロダクションは
返す言葉もない。
アイドルを4人と、事務員を1人だ。とんでもない
……そんな
「あの頃の私ほどの悪人は、そうはいない。それは八雲なみを活かせなかったということでなく。もっと単純にプロデューサーとして、人として、社会的な ―― 悪。手練手管が悪質だったという事だ。
961プロなんぞ比較にもならん。
そういう風に、
「―― いずれは283プロダクションは畳まれる。勢いがないとか、業績が悪いとか、そういうことじゃあない。この業界に居る限り、
ならばなぜ。それでも、プロダクションなどを立ち上げたのだろう。
「トップってのは、目指さなくちゃあいけないか?」
……なるほど。考えさせられる言葉だ。
個人的には「人による」としか言えない。
人。アイドル。プロデューサー。社長。スタッフ。
目指す場所は個人の自由。だから。
「手に持てる範囲の物を抱えて持ち上げて、喜んでいるんじゃあいけないのか。そう考えるようになった。私の名前はある意味では
「それこそ櫻木真乃らイルミネ―ションスターズ。個人で言えば芹沢あさひ、市川雛菜あたりは中小どころではない。現在のアイドル達と比べても一線級と呼べる知名度があるだろう」
一線級と書いて ―― 765(AS)、961、346のトップ層辺りのアイドルと並べる。
315辺りは、また区画が少し別なので置いておくとしても。
「今回の企画もな。お前は事務所の未来を考えて組んだろう? 間違いじゃあない。正しくすらある。ただなぁ。折角、お前みたいな奴がきてくれたっていうのに。こういうアイドル達を抱え飛ばすために、私という楯は……重荷は捨てられない。それが今の現状で、天井だよ」
天井社長は天井ではなく空を見たことがある人種だからこそ、そう言うのだろうけれども。
例えば開閉式のドーム天井にして、隙間に飛んで抜ければいい。俺がそう言うと、社長は一瞬きょとんとしたが、すぐに破顔する。
「はっは! 適当な奴だなぁ、お前は。……アイドル。恋人のひとつでスキャンダルだとかな。歪な職業だと今でも思う。ただあの輝きは本物で。かつての私は憧れた。お前だってそうだろう? ……なんで、あんなに魅せられたんだろうなぁ。生物学的に解明でもされねぇかなぁ。そういう論文とかぁ、ないのか?」
自身に問いかける。
どうせ答えは出ない。天井努は、酒を机において。
「まぁな。つまり私がプロダクションを立ち上げたのは、
やや諦めの感情を込めて
採用させられてしまった。採用してしまった。
「にちか。あれが目指す場所はアイドルじゃあないだろう。それこそ
珍しく怒りの色が見え隠れする。
……七草の姉妹は、彼にとっては旧知の男の遺児である。俺には抱くことが許されない感情も、天井努の立場と地位であれば許されることだろう。少なくとも俺にとってはそう感じられる。
酒を舐めるようにすすって。
「だからこその『福利厚生』だよ。……あの建物は
社長が。天井努がこちらを見やる。
「お前は全てを使え。支えてくれる彼女らが望む限りの『スーパープロデューサー』で居ろ。だから、壊れるな。頼む。壊れないでくれ。そして願わくば……にちかの奴を、無事に、お送り届けてやってくれ。それが空だって、地面だって。壊れないでさえいてくれりゃあ……それでいい」
笑顔はない。ただ願うように。
だから俺は「はい」と……それだけで応じる。
そうと、社長から、受け取った。
言われるまでもなくそのつもりです、と。
・・・
彼女らが望む限り。
自分ルールで、他を傷つけない限り。
そういう意味で、あの
小宮果穂を迎えに行った際、
えもいわれぬ優越感があった。
大人が子どもに抱くべきではない優越感が。
面には出さなかった……と、思う。
ではそれが、別の対象に置き換えられたならばどうだろう。
薄暗い感情は抱かないだろうか。
ふと想像する。……駄目だな、と思った。
自分は確実に抱く。これは自身の「造った物」であるという優越感を。
見せびらかしたさ。先んじた得意顔。
特別さに
ただし一線もある。誰かのものを奪って、とまでは思わない。
それは他人を傷つける行為が
既に恋人が居る者に手を出そうというのは。優越感ではなく、只の痛みとなるだろう。
今回の小宮果穂のように、恋人関係でなく、ただの同級生だったとか。
そもそもが拒否されていて、一方的なものだとか。
そういう程度なら、許せるだろう……とは思う。
……判断は曖昧にならざるを得ない。
世間的には人妻が魅力的に映るとか。隣の芝生が青く見えるとか。
そういう理屈……ではなく。嗜好があるという事実は、理解出来ないでもないのだが。
実感は、今の今まで、なかったのである。
しかし、なるほど。
小宮果穂を自分に染め上げたように。
自分も、少なからずの影響を受けてしまったようだ。
……他人のものを、というのは。
こちらから踏み込まない限りは、あり得ない状況であるだろう。
先に挙げたような、特殊に過ぎる「OKのボーダーライン」を超えてくるような状況が。
これからずっと、ないことを祈りたい。
そうすれば、自身が興奮に染まり。
やたらと黒い優越感にかぶり付くことも、ないだろうから。
next:市川雛菜①