※この作品はR-18です。

プロデューサーは人でなし   作:どろまみれ

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ブリッジ:自分自身③

 

 

 自分自身③

 

 

 

 ある日の飲み屋、たるき亭。個室をとっての晩酌にて。

 

「―― お前は、随分とやらかしてくれているな」

 

 天井努社長から早々にかけられた言葉がこれである。

 離れの個室に2人。お酒は少々入ったところ。

 俺が思わず背筋をただし土下座の体勢に入ろうとすると。

 

「いやまて。謝ってもらうためにこうやって切り出した訳じゃあないぞ」

 

 それを差し出した手のひらでがっしり止めながら、続ける。

 料理を中央に並べて。全部が届いたのを確認し。スタッフが外へ……遠ざかったのを確認してから。

 

「何度でも言っておく。彼女らが望む限り(・・・・)、それに応えるのはお前の自由だ」

 

 許す、と。そう告げて。

 

「そもそも私がなぜ『あんな好条件な土地にあんな建物』を建築できるような伝手があるか、から話すべきか? ……正直に言うがな。私はこの業界に入ってから、かなり悪どいことにも手を染めてきている。今のお前なんかより、ずっとだ」

 

 からっと。そういうことが昔にあった、とだけ告げる。

 社長に促され、座る。向かい同士。

 実の所、俺自身も聞いてはいる。天井努の武勇伝……というには烏滸(おこ)がましいが。

 

 今は昔。

 むかーしむかし。

 とあるアイドルが北の星夜に絶えず光り、他が薄れるほどに輝いていた頃のお話。

 

「七草にちかが入ったから……お前に負担をかけたから、役目として語りはする。八雲なみの話はおおよそ噂の通りで間違いない」

 

 八雲なみ。かつての天井努が担当したアイドルで、現在は引退している人だ。

 『アイドルとして』を優先して、個を後回しにした。天井努の辣腕(らつわん)もあって成功はした。

 したが ―― 更なる栄光へと羽ばたくその中途で、彼女は墜落(ついらく)する。

 

 あわないガラスの靴で踊り続け階段ダッシュまでしていたとか。

 ()()ぎの(ろう)の翼で(せわ)しく飛んでいただとか。

 造り物の、海鳴りの管楽器で喉の代わりを務めていたとか。

 ……そうするために、()は裏でありとあらゆる蜘蛛(くも)の糸を()り続けたとか。

 

 そういう話だと聞いている。

 内容がアレ過ぎて、神話のお話か何かだと思っていたのだが。

 

「嘘をつけ。お前は判っているだろうに。ハリウッド帰りの765の同業(プロデューサー)あたりから、聞いているのだろう?」

 

 ばれていた。確かにその通り。先輩から幾つか、ご教授頂いている。

 始末が悪いので、そこにあった何かしらの酒をショットで仰いでおいて。

 

「だからこそ283プロダクションはこういう(・・・・)方針を掲げている。あの時にも言ったが、それはプロデューサーであるお前自身にも適用されるぞ」

 

 返す言葉もない。

 アイドルを4人と、事務員を1人だ。とんでもない(ひとでなし)である。

 ……そんな(やから)を受け入れる、と。そう告げられているのだ。

 

「あの頃の私ほどの悪人は、そうはいない。それは八雲なみを活かせなかったということでなく。もっと単純にプロデューサーとして、人として、社会的な ―― 悪。手練手管が悪質だったという事だ。辣腕(らつわん)ってのは、ものは言いようだな」

 

 961プロなんぞ比較にもならん。

 そういう風に、自嘲(じちょう)染みた形で天井社長は続ける。

 

「―― いずれは283プロダクションは畳まれる。勢いがないとか、業績が悪いとか、そういうことじゃあない。この業界に居る限り、私自身(・・・)が成長の(かせ)となるんだよ。そういったかつての悪評のせいで、な」

 

 ならばなぜ。それでも、プロダクションなどを立ち上げたのだろう。

 

「トップってのは、目指さなくちゃあいけないか?」

 

 ……なるほど。考えさせられる言葉だ。

 個人的には「人による」としか言えない。

 人。アイドル。プロデューサー。社長。スタッフ。

 目指す場所は個人の自由。だから。

 

「手に持てる範囲の物を抱えて持ち上げて、喜んでいるんじゃあいけないのか。そう考えるようになった。私の名前はある意味では()になってくれるだろうとも、気付いたな。……無論、今所属してくれているアイドル達の、中小タイトルのオーディションにおける活躍は目覚ましい」

 

 (うつむ)かず。喜ぶように指折り数える。

 

「それこそ櫻木真乃らイルミネ―ションスターズ。個人で言えば芹沢あさひ、市川雛菜あたりは中小どころではない。現在のアイドル達と比べても一線級と呼べる知名度があるだろう」

 

 一線級と書いて ―― 765(AS)、961、346のトップ層辺りのアイドルと並べる。

 315辺りは、また区画が少し別なので置いておくとしても。

 

「今回の企画もな。お前は事務所の未来を考えて組んだろう? 間違いじゃあない。正しくすらある。ただなぁ。折角、お前みたいな奴がきてくれたっていうのに。こういうアイドル達を抱え飛ばすために、私という楯は……重荷は捨てられない。それが今の現状で、天井だよ」

 

 天井社長は天井ではなく空を見たことがある人種だからこそ、そう言うのだろうけれども。

 例えば開閉式のドーム天井にして、隙間に飛んで抜ければいい。俺がそう言うと、社長は一瞬きょとんとしたが、すぐに破顔する。

 

「はっは! 適当な奴だなぁ、お前は。……アイドル。恋人のひとつでスキャンダルだとかな。歪な職業だと今でも思う。ただあの輝きは本物で。かつての私は憧れた。お前だってそうだろう? ……なんで、あんなに魅せられたんだろうなぁ。生物学的に解明でもされねぇかなぁ。そういう論文とかぁ、ないのか?」

 

 自身に問いかける。

 どうせ答えは出ない。天井努は、酒を机において。

 

「まぁな。つまり私がプロダクションを立ち上げたのは、贖罪(しょくざい)という意味を大きく含んでいる。ただ……そこに現れたのがあの子(・・・)だ」

 

 やや諦めの感情を込めて(にら)まれる。

 採用させられてしまった。採用してしまった。

 

「にちか。あれが目指す場所はアイドルじゃあないだろう。それこそ偶像(・・)だ。具体性がない。天井すらない。お前はそんな奴を支え、着いてゆくことを余儀なくされたんだ。……そもそも彼女自身じゃあ届かない場所に手を伸ばしたのに。上しか見て無くて。翼も生育ままならず。勝手に崖の端からジャンプしたのに。その責任が、お前に押し付けられ、のし掛かる」

 

 珍しく怒りの色が見え隠れする。

 ……七草の姉妹は、彼にとっては旧知の男の遺児である。俺には抱くことが許されない感情も、天井努の立場と地位であれば許されることだろう。少なくとも俺にとってはそう感じられる。

 酒を舐めるようにすすって。

 

「だからこその『福利厚生』だよ。……あの建物は外国帰り(・・・・)の八雲なみが個人のスタジオとして ―― 好きに踊って、好きに語れる。そういう場所になるはずだった『夢の欠片』だ。持て余してた場所をお前用に改装したっていうだけなんだよ、実は。だから人目も避けられて、設備はやたらに揃っている。……あの頃の俺も、恋人なんてもんは自由につくりゃあいいと思っていたんでな」

 

 社長が。天井努がこちらを見やる。

 

「お前は全てを使え。支えてくれる彼女らが望む限りの『スーパープロデューサー』で居ろ。だから、壊れるな。頼む。壊れないでくれ。そして願わくば……にちかの奴を、無事に、お送り届けてやってくれ。それが空だって、地面だって。壊れないでさえいてくれりゃあ……それでいい」

 

 笑顔はない。ただ願うように。

 だから俺は「はい」と……それだけで応じる。

 そうと、社長から、受け取った。

 言われるまでもなくそのつもりです、と。

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 彼女らが望む限り。

 自分ルールで、他を傷つけない限り。

 

 そういう意味で、あの少年(・・)には迷惑をかけてしまったかも知れない。

 小宮果穂を迎えに行った際、呆然(ぼうぜん)とした表情でこちらをみていたあの少年だ。

 

 えもいわれぬ優越感があった。

 大人が子どもに抱くべきではない優越感が。

 

 面には出さなかった……と、思う。

 

 ではそれが、別の対象に置き換えられたならばどうだろう。

 薄暗い感情は抱かないだろうか。

 

 ふと想像する。……駄目だな、と思った。

 自分は確実に抱く。これは自身の「造った物」であるという優越感を。

 見せびらかしたさ。先んじた得意顔。

 特別さに所以(ゆえん)する、粘着質な黒い反吐(へど)を。

 

 ただし一線もある。誰かのものを奪って、とまでは思わない。

 それは他人を傷つける行為が過ぎる(・・・)

 既に恋人が居る者に手を出そうというのは。優越感ではなく、只の痛みとなるだろう。

 

 今回の小宮果穂のように、恋人関係でなく、ただの同級生だったとか。

 そもそもが拒否されていて、一方的なものだとか。

 そういう程度なら、許せるだろう……とは思う。

 

 ……判断は曖昧にならざるを得ない。

 如何(いかん)せん、状況が特殊過ぎる。誰かのものを、などとは考えたことがなかったのだ。

 世間的には人妻が魅力的に映るとか。隣の芝生が青く見えるとか。

 そういう理屈……ではなく。嗜好があるという事実は、理解出来ないでもないのだが。

 実感は、今の今まで、なかったのである。

 

 しかし、なるほど。

 小宮果穂を自分に染め上げたように。

 自分も、少なからずの影響を受けてしまったようだ。

 

 ……他人のものを、というのは。

 こちらから踏み込まない限りは、あり得ない状況であるだろう。

 先に挙げたような、特殊に過ぎる「OKのボーダーライン」を超えてくるような状況が。

 これからずっと、ないことを祈りたい。

 

 そうすれば、自身が興奮に染まり。

 やたらと黒い優越感にかぶり付くことも、ないだろうから。

 

 






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