プロデューサーは人でなし 作:どろまみれ
市川雛菜①
・・・
今日は遅れずに登校した。ので、下駄箱を見てみる。
いつもの休み明け。
最近は下駄箱まで入れない学校も多いみたいだけど。
雛菜の所は、生徒の誰かにお願いしちゃえば、難しくもない。
すーっと上の隙間から入れちゃえば良いだけだからね。
便箋を手にとって1通。
「市川雛菜様へ」と題されている。
表、裏、翻してみる。
特に何も書いてない。
色は白。金縁。
特に可愛いわけでもない。
上下にふりふり。
中には手紙がひとつ。日にかざすまでもない。
雛菜の経験則からして、他の学校の人。
こっちの連絡先を知らない人……だと思う。
期待の通りだなぁ、って。
思った通りだなぁ、って。
―― これでプロデューサーが喜んでくれるといいなぁ、って。
いつもはそんな風に思わないラブレターひとつを、人差し指と親指でつまんで。
雛菜は、ゆーっくり。教室へと向かうのでした。
・・・
283プロダクションも秋イベントの準備に取り掛かる時期となった。
昨年には大型ドームのこけらおとしに参加させてもらうなどして、色々と忙しくしていた時期だ。
とはいえ、あの時には765のプロデューサー……センパイに頼らせて貰って。
こちらはファン感謝祭の準備などに精を出してはいたのだが。
そういえば。センパイの方の
センパイの恋人は765のアイドルではない。961プロダクションに所属するアイドル、黒井詩花という娘だ。
tear SS のイベント、ステラステージに彼女が参加する際。
センパイはどういう経緯か。彼女の手助けを行い。それが切っ掛けとなり交流が開始されたようだ。
黒井詩花のアイドルとしての立場は、現状のトップ層。バラエティよりは歌唱・フェス・ライブ寄りの正統派。
帰国子女でマルチリンガルの、最近ではむしろ海外向けの展開をしている ―― 「アイドル」というよりは「歌手タレント」というべき少女である。
そんな人に恋人がいると知れたなら、あっと言う間にスキャンダルになってもおかしくはない。
……の、だが。
実のところ、センパイもセンパイで業界の有名人である。
「765を立て直した男」だ。確かな腕を持っており、実績が羅列できる程度には山積み。
しかも研修先のハリウッドでも気に入られてきたようで、一歩外に出れば引く手も
765に所属するアイドル達を幾人か、海外へ羽ばたかせても居る。
そのおかげでか、センパイと黒井詩花の関係には
アイドルとかいう
……つまりは、「愛する人がいるなんて素晴らしいことじゃないか」という解釈である。
そんなふたりの交際なので、見守ろうという実験的な
簡潔に言えば。スキャンダルに勝った、2人揃っての政治的な力が強く出ている状態なのである。
961の社長も大きく睨みを効かせているという。是非ともふたりの未来には幸があって欲しいものだ。
そも、日高
さて。
では、秋のイベントである。
多くあるのは学園祭、事務所感謝祭。
このふたつなのだが……しかし、今年の感謝祭はどうしたものかと悩んではいる。
夏のイベントが、そもそも事務所感謝祭のようなものだったからだ。遠隔の物販も行っている最中で。周年というわけでもないので、別段祝う必要性はないのだから。
ならば学園祭だが、こちらは……申し訳ないが、今の283プロダクションにおける優先度は低いと言わざるを得ない。
学園祭の平均からすれば、どのユニットを呼ぶにしても、値段はややもお高くなってしまう。実行委員からすれば悩み所であり……それは俺たち事務所人員側からしても同様だ。
ただし演出などは最低限で済むし、人手もあまり割かずに済む。ユニットさえ動かせれば十分に足りるというのは魅力でもある。
営業としての優先度は低い。しかし受ける気
悩みはする。
実際の所、お仕事はいつものようにモデル関連のもの(秋コーデ、冬準備もの)は多く入っているのでそちらは受けるとしておいて。
その他に仕事を入れるか否か。
冬に向けた ―― 年始のS.T.E.P.に向けた準備期間として割り切るか。
どうしたものだろう。
そう考えている頃合いだった。
『ねぇプロデューサ~。今、時間ある~?』
電話が来ていた。市川雛菜からだ。
彼女は本日は(ちゃんと)学校へ向かっていたはず。そうと朝に約束もした。
電話には
用件は
『あのね~ ―― 雛菜、今、告白されてるんだ~』
……言葉として理解は出来る。
……状況は、理解出来ないが。
『あ~、ちゃんと男の子だよ~』
そこは心配していない。
市川雛菜であれば告白のひとつやふたつされていてもおかしくはない……と、少なくとも俺は思う。
問題は。
そういう事態を「面倒ならば
なぜか呼び出しを受け。「電話越しに俺に伝えてきている」という点である。
『あは~。じゃあ、説明するね~』
こちらの困惑を読み取ってか、市川雛菜が説明を始める。
他校の、同級生の、男子生徒に呼び出しを受け。告白をされた。
好きなので男女交際をして欲しいという、至極真っ当なものだ。
男の子は、市川雛菜がモデルであることは知っていた。
アイドルをやっていることも事実程度には知っているが、ライブなどは見たことがないらしい。
そんな男の子からの呼び出しに、市川雛菜は珍しく応じた。
予想の通り告白はされたが、断った。
しかし。男の子がそれでも、と食い下がったそうだ。
恋人ではなく。まずは友達からでも構わないこと。
放課後に一緒に下校したり……カフェに寄ったりといった清いデートに、数回くらい付き合ってみて欲しいこと。
仕事やアイドル業は完全にそちらを優先させてよいこと。
それで市川雛菜が男の子を見定めて。見限るのであればそれでも構わないこと。
等々。
中々の気迫で熱弁をふるったそうだ。こっそり現場を後ろから見ている福丸小糸から「す、すごい気迫です」との報告が(何故か)届いていたりするので、男の子の方は本気も本気なのだろう。
『だからね~。まずはプロデューサーに相談しよっかな~って』
……成る程。理屈としては理解は出来た。
依然として市川雛菜
頭の中で
さて。
これが真っ当なアタックか否か。……そもそも
俺自身としては。中々に頑張り屋の男の子であると思う。学生としては真っ当に過ぎる恋愛観だ。
アイドルとしては。事務所の社長のお言葉に乗っ取って「恋人くらいは構わない」となっている。
モデルとしては不明だが。あの界隈は、恋人くらいはステータスのひとつだと聞くことも、無きにしも非ず。
つまりは、市川雛菜の思惑次第……である。
そこを聞きたかったのであろう。俺がそう答えると。
『ん~……じゃあ~。ちょっとスピーカーモードにしておくから、聞いてて~』
そういうと
男の子に向き合い直したようだ。
市川雛菜が話す。
自身はアイドルであるため、お付き合いはするつもりがないこと。
自身は目前男の子に対して、まったくもって恋愛感情がないこと。
自身はそもそも恋愛という行動そのものに、今は積極的では無いこと。
自身は憧れている年上の男性がいること。
そうことをずばずばと、男の子に突き刺すように告げてゆく。
しておいて。
『……けど、でも~』
お断りなのかと思いきや、続ける。
男の子のさっきの提案が本当ならば、自分にとっての
完全にこちらの予定で動けて。勝手に暴走したような行為をしないのであれば。
お茶に付き合うような時間も、ない ―― こともない、ということ。
『だから。お付き合いは、出来ないけど~』
こつこつ、と爪先でスマートフォンが叩かれる。
聞いていて、と。言われた。
『彼氏さんの練習? 候補? ……そういうのだったら~、雛菜も少しだけ、付き合うかもね~』
俺に聞かせておいて。
目の前の男の子に話す。
『あは~。結構無茶なお話してるっていうのは、判る~。……どうする~? 雛菜、どっちでもいいよ~』
ふわりとした笑みで、腰を曲げて上目使い。そんな光景が目に浮かぶ。
男の子は耐えきれず。
―― それでもお願いします、と。そう応えたように、聞こえた。
『あは~。じゃあ、よろしくね~』
オーケーを出したというのに。
握手もせず、市川雛菜が身を翻す風の音。男の子から距離を取り。
再びスマートフォンに耳をつける。
『じゃあ、迎えに来てくれる~? プロデューサー』
呼び出された。
元々が福丸小糸も含めて、回収してレッスン場へ送る予定である。否やはない。
俺はおうと応じると、自分の車をノクチルの在籍する学校へ向けて走らせた。
「―― ぷは~。雛菜、今日も助手席~」
「ず、ずるいよ雛菜ちゃん……!」
校門に着くと同時。福丸小糸と市川雛菜は、一直線にこちらに向かって歩いてきた。
校門近くに男子生徒が立っている。制服が違うので、ここの学校の生徒ではないことが理解出来る。
「あ~、プロデューサー。あの子だよ、雛菜の彼氏候補~」
嬉々として……ではない。挑発的な表情で、市川雛菜はこちらを向いたまま男子生徒を指さす。
男子生徒がこちらへ向けてぺこりと頭を下げたのが見える。俺の顔などは見えない位置のため、車に向けて下げた形ではあるが。
ハザードランプでも点灯させてみるべきだろうか。回数は知らないが。
「ね、ねぇ雛菜ちゃん……ど、どういうつもりだったの? さっきの、こ、告白……」
後部座席から身を乗り出して、福丸小糸が
彼女自身、友人である市川雛菜の
友人からの突っ込みを受けて尚、市川雛菜は緩やかに。
「あは~。雛菜、考えたんだ~」
ずっと、ずっと、奥へ、奥へと引き込む眼をしている。
市川雛菜は彼を紹介してから。一度足りとて、俺から視線を外さずにいた。
じぃっと。観察している。されている。彼女は初めから俺しか見ていない。
だから、判られてしまっただろう。
男の子の告白は完全に条件不利から始められていた。
交際するつもりはないと、はっきり断ってもいた。
想い人がいる
それでもと食い下がったのは、男の子の側だ。
初めから切れると決まっているような
ああ。なんと言うことだろう。
「こうでもしないと~。プロデューサー、雛菜に
つまりは、
悪女で、人でなしの類いだ。
……そして。残念なことに。
自身も「俺より若い、同学年の真っ当な彼氏(候補)のいるアイドル」という状況を
その思惑に乗り気になってしまう程度には、人でなしなのである。
「―― あのね。雛菜にえっちなこととかして良いの、プロデューサーだけだよ~」
あは~と笑って。市川雛菜はそこで初めて、俺から視線を外した。
後部座席でシートベルトを引っ張りながら、福丸小糸がぴぇぇと恐れおののく。
俺も諦めの溜息を吐き出した。完全に
これも付き合いの長くなった
結局。
市川雛菜は車が走り出し、彼が立つ校門が見えなくなるまで、スマートフォンを弄っていた。
メッセージを見ている訳でもなく。興味津々に眺めているのは、福丸小糸が自身にいじめられている
校門の彼はこの結果を喜んでいるのだろうか。
それすらも。振り向いて確認すらも、しなかった。
幸か。不幸か。
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