プロデューサーは人でなし 作:どろまみれ
月岡恋鐘①
『 Meteor//Sworm 』に向けて、アイドル達のレッスンの日々が本格的に始まった。
早めのレッスンで始めた幽谷霧子は、やや勉強の時間も取りながら。
更に言えばもうひとり……同グループで出ることになった黛冬優子も早期にレッスンを始めてはいるのだが。
個人向けのレッスンは、283プロダクションではよくよくあるもの。学生も多く在籍するため、むしろユニット単位でのレッスンの方が珍しい物だろう。
特に今回のフェスはW.I.N.G.やS.T.E.P.と比べられるような、個人戦だ。
つまりは個人の魅力を最大限に引き出すことが求められる。
レッスンの内容が変わりないものであることも多いのは、そういった諸々の理由が関与していたりする。
……では。
学生でもなく。アイドルそのものになるために上京してきているような個人はどうか。
「―― は、は。……ふわぁー。うち、ちょっと休憩ば挟むばい~」
ダンスレッスン後の汗をタオルでぬぐいながら、月岡恋鐘は息を吐く。
レッスン場に今日はひとり。端に置いていた水筒を取って、水分補給を行っている。
「そいで、プロデューサー! 明日のレッスン、午後の時間からは入れると?」
俺は手元のタブレットで予定表を広げながら、頷く。
午前は熱量高い黛冬優子。そして
だから、午後から。別のレッスン場を使うことになっている。音響施設が主となるため、ここからは少々距離もあるが。
「じゃあじゃあ……。……お迎えとかも、お願いしても……よか?」
首を傾げながら。リボンを揺らして。月岡恋鐘は尋ねた。
確かに。寮に住んでいる彼女からすれば、徒歩にしても公共交通機関にしても、迎えがあれば助かるだろう。
ダンスレッスン場への送迎を冬優子からはお願いされているが……つまりは結局、車を動かしている。午後はそのまま迎えに行けば、無駄なく送迎できるだろう。
頷いて、肯定する。
自身の車で送迎するよ、と。
「ありがとうね、プロデューサー。……んん~~!」
ぐいと伸びをして。腕を高く持ち上げると、彼女の精一杯のバストが強調されて、目のやりどころには少々困るが。
彼女らしい
「せっかくのハレの舞台やけん、うちはうちの全部を見せてかんとね! 頑張っていくばい!」
選ばれたという重荷もあるだろうに、彼女はそうして強さを見せてくれる。
ならば俺も、可能な限り彼女らを支えるだけだ。
・・・
そうして。
夜になってもまだ、俺はデスクトップパソコンに向かっていたりする。
競技会と平行して、年末に向けたプロデュースの方針をまとめているのだ。
それに、競技会である以上は、各事務所のアイドルに向けた「対策」を取ることもできる。
出来るのだからやってしまおう。そういう魂胆である。
対策。
アピールを重ねるか避けるか。
審査員へ特徴を掴んでもらうために、衣装をどう組み合わせるか。
今までの経歴を踏まえて、どこを重点的に前資料として渡すべきか。
そういうもの。
少しだけ。昔に戻った感覚がある。
忙しさに埋もれる、と言えば伝わるだろうか。没頭するような、熱に浮かされるような、そういう感覚だ。
ひとつ言えることは、この感覚それ自体は、やはり嫌いではないということだ。
俺が選んだのは、アイドルのプロデュースという仕事。
積み重なって灰になりかけたとはいえ。
この仕事はやはり、やりがいがあり、楽しいのである。
相手が相手。胸を借りるつもりでゆくべきだ。
そもそも参加できたと言うだけでも、事務所としては宣伝にはなる。
……参加したアイドル数は3桁を超えているので、まぁ、勝ち上がるのがどれだけ難しいのかはお察しではあるが。
1番に輝く。
アイドル。
……
……その身を燃やしてこそ、光る。
思考の方向はあまりよろしくない。
タンブラーに入れていたコーヒーを口に含む。
すっかり冷めてしまっているが、これはこれで良い塩梅だった。
悩みが生まれるその理由は、自分でも判っているつもりだ。
各々、自分自身の強みという物を持っている娘が多い中で。
誰かの
どちらかというとバラエティ的な人気を有している彼女を。
こういった競技会に出すために。
また、模倣をしてもらうのか……と。
彼女は、そうするだろう。
自分は、どうするだろうか。
ぎしりと寄りかかった業務チェアーが
月は雲に隠れて見えず、だからといって暗さが強いわけでもない。
事務所の中はいつもの灯りに満ちている。
方針だけは打ち出しておいて。……彼女自身に決めて貰うか。
では、自身の存在する理由とは。それは自己満足ではないのか。
自身の首を絞める感覚がする。見ているモニタの画面がいやに狭く感じて。
ぎゅうぎゅうと、理由もなく、早く早くと。意味も無いのにがなりたてる。
よろしくない。
これ以上、デスクに座って居られるだろうか。
……そう、思って、立ち上がった、時だった。
「―― プロデューサー!? どがんしたと!?」
事務所の扉が開いていた。近寄ってくるのは ―― 月岡恋鐘。
「顔が真っ青ばい!? ふらふらして、今にも倒れそうになっとるよ!」
肩を押されて、ソファに座らせられた。
額を触られる。風邪などではない。熱はない、はずだ。
「……熱くはなか。またすこーし、働き過ぎと違う? ……ほら、時計ばみんね」
肩を掴まれたまま。真剣な顔で詰め寄られる。
時計の針は、0時をとうに過ぎていた。
「事務所の明かり、点いたまんまなん見て……来てみたけん……」
そして、悲しそうな顔をされてしまう。
体調は悪くない……と、言いたいところではあるが。実際危ない
「プロデューサー、やっぱり……どこか、悪いところばあると……?」
問われた。答えるか否か。
道理はある。しかし、事が事だ。
悩んだ末に、多少誤魔化す事にした。
気分が悪かったと。そう伝える。
嘘はない。疲れもある。本筋ではないものの。
「……」
への字に閉じた口。下がり
いつもは元気いっぱいな彼女だからこそ、だ。
しばらく。
しばらくをそのままでいると。
「……決めたけん」
俺の肩から手を離して、月岡恋鐘は拳を握る。
立ち上がる。頭上のリボンがふるりと揺れて。
「うちがしばらく、プロデューサーのお手伝いも、する!」
それは……。
……本末転倒では、ないだろうか?
「そがん顔で首を傾げても無駄ばい! うちは決めたら、曲げんとよ~! 食事は全部うちが作る! 秋やけん、美味しいもんばいっぱいあるけんね~!」
既に彼女の脳内では俺の世話を行うのは確定事項らしかった。
献立を指折り数え。
「こんくらいなんでもなかよ! どうせ料理作るんは変わりなか。プロデューサーが事務所に居るならそんなに距離もないけん……そもそも、事務所で作って、一緒に食べればよか! そうね……それがよか!」
うんうんと力強く頷く彼女に、押されるように俺も頷く他にない。
寮のみんなも競技会に合わせて個人行動が多くなり、食事の時間もあったり合わなかったりのため、どうやら月岡恋鐘への負担は多くはならないらしい。
そうと、一生懸命に説得された。……されてしまった。
「事務所も……それに、うん! プロデューサー!」
ぐいぐいくる。
詰め寄られて、求められる。
「プロデューサーのお家にも、よければ、お料理しに行くけん ――」
笑顔寄りの。困り顔含みの。緊張した様子で。
彼女は言った。言い切った
「―― お家の合い鍵! うち、欲しか~!」
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・・・
もとから心配ではあった。
それで、踏み込んで良いかと言われると、悩み所ではあったのだが。
アイドルになりたいと。そう夢に見て、オーディションを受けて回って。
受かって。
その第一歩が、この283プロダクションだ。
W.I.N.G.に一緒に挑戦して。
決勝で敗退はしたけれど、長崎の皆に姿を見せることが出来た。
いくつかの番組に出るようになって。
料理の腕を活かしたり。食レポとかが話題になったり。
アンティーカの皆と、ユニットとしてシーズンMVPを貰ったり。
アイドルとして活動できるようになったのだ。それがただただ、嬉しかった。
……そして。
自分の背を押されるのが、こんなにもワクワクするとは、思ってもいなかった。
プロデューサー。自分よりも年上の男の人が。
自分が活動するために。歌うために。踊るために。輝くために。
笑顔で居るために、笑顔を皆に見せるために。
それだけのために、その人は、身を粉にして尽くしてくれている。
自分に出来ることは限られている。ただでさえ世の中に沢山いるアイドルだ。レッスンだけで、自分なんかは手一杯。
だから、誰かに助けて貰って。そうやって成り立っている仕事なのだと、実感せざるを得なかった。
その言葉が嬉しく思えた。
その背中が頼もしく見えた。
その笑顔が輝いて見えた。
その人を好きになるのに、そんなに時間は必要なかったように思う。
アイドルとは。
恋をしてはいけないものなのだろうか、と。
自分を戒めてみたこともある。
けれどそういう自分は輝いていないと、他でもない彼が教えてくれた。
だから自分は真っ直ぐに。アイドルにもこの想いにも、真っ直ぐに。
そういう風に向かい合っていたいと、思うのだ。
それから、彼を
事務所の仕事は忙しいと聞く。だから、と思っていた時期もある。
けれども違った。彼は……悩んでいた。
アンティーカとしての仕事が忙しい時期で。
これ以上彼への負担を増やしたくなくて、春頃は控えていたけれども。
もう、我慢をする必要は無いだろう。
おおよそは、
忙しい時期だ。アイドルも。プロデューサーも。
そして彼女と入れ替わりに、彼の周りが
今がチャンスだと、そう聞いた。
押して。押して。押す!
だから!
この機会を逃すつもりは……ないけんね!