プロデューサーは人でなし 作:どろまみれ
月岡恋鐘②
結論から言って、合い鍵は出来合いの物を渡した。
月岡恋鐘が
「ほぁ~……合い鍵ばい~……!」
そうして作った只の鍵を手に持って、彼女は、目の前ちょっと上に掲げ瞳を輝かせる。
これだけ喜んでくれるのならば、作るのを許した側としても本望である。
これは。この行動は。いちプロデューサーとしての判断として、大きな大きな間違いだ。
間違いだが。だから勿論、俺自身にも目的というか、目論みというか。そういうものが存在する。
「プロデューサー!」
月岡恋鐘が振り向くと。視線が合う。
内に確かな
「じゃあじゃあ、今度から作りに行くけんね! 料理!」
そう言って顔に手を当て、微笑んだ。
その内に頼むよ……と言う間もなく、彼女は続ける。
「いつが良い? 明日ならレッスンもないけん、行けるとよー?」
具体的な日時の提案まで挟んできた。ぐいぐい来るのは彼女の良さだ。
……率直にいって彼女に悪い印象はない。その料理の腕も知っている。だから、プロデューサーであるという一事を除いてしまえば、この提案に苦みは感じない。
ただ。唯一の免罪符を、自ら発行するわけにはいくまい。
だから、彼女には確かに伝える。改めて。その内に頼むよ、と。
「……うーん……そんなら……」
そこで造った壁を、彼女はなんなく回り込む。
引かなかった。引かれなかった。
彼女は指を顎に当てて考え込む ―― フリ。
「今週末! 今週末からは、どう? レッスンはあるけど、プロデューサーの迎えが来てくれる日やけん、そのままおウチに向かえばよかよ!」
両の掌を合わせて、続け様、拳も握って。
名案とばかりに告げてくる。
この提案を却下するのは
ただ、自身にその
彼女は自ら望んだ。
だから。ああ、と。頷く。
「……ほんと!? 約束やけんね!?」
生返事にしたからだろう。月岡恋鐘は身を乗り出して、こちらを覗き込んでくる。
大きな胸の前で両の拳を強く握り。ふるりと、身体も胸も
念押しに頷く。それもそのはず。普通であれば応じる事のない提案である。
とはいえ鍵を渡したからには今更だ。彼女の押しも強い。
そして。恐らく ―― 。
「それじゃあ準備しておくけん、よろしくね! プロデューサー!!」
・・・
昨年の秋も、こうして彼女と ―― 月岡恋鐘と買い物に行った記憶がある。
アイドル達の来月のスケジュール管理を一通り終えると、あらかじめ詰めていた仕事を早めに切り上げる。
レッスン場へ向けて車を走らせ、彼女を迎えに行く。向かう先では、シャワーまで含めて終わらせ、寒暖の差に備えた服装に着替え終えた彼女を車に乗せた。
助手席に座る彼女の指示に従って、いつかのスーパーマーケットへ向かう。
「寮のみんなとも、こん頃はスケジュールがすれ違ってて、あっちではあんまり料理作らんくなってるんよ。買い出しも久しぶりばい!」
指さし、目移り、楽しそうに食材を
カートを押しながら周囲を見やる。店内の人手はそこそこ。最も
「プロデューサー、お鍋はどう?」
献立も彼女の側から提案をしてくれる。すぐに出せる程度にはレパートリーがあるのだろう。
感心しつつも、頷く。鍋は好きだ。美味しい季節でもある。栄養素も考えやすいに違いない。
「そんなら、うちがぱぱっと選んでしまうけん! いこ、プロデューサー!」
持っているカゴの
笑顔で前を歩くその様は、本当に本当に、楽しそうで。
アイドル然としているというよりは。自然体でこうなのだろうな、と思う。
店内を端から端まで物色する……という訳でもなく。
おおよそ場所を把握している彼女は、実にぱぱっと狙いの品を揃えてしまった。
会計を済ませる。昨今はセルフレジ。
彼女が持参した格子縁+デフォルメキャラクターのマイバッグに、買った品を入れ込んでゆく。
ひとりで消費するには何日かかるのだろうという量の食材を手に持って、再び車へと乗りこんだ。
「はぅぁー……寒ぅく、なってきたねぇ。車んなか、暖かか~」
車の中で暖房に手を当てながら、月岡恋鐘はシートベルトを締める。
いよいよ家に向かうというのに気負いは(少なくとも見た目には)なく、笑顔も表情も崩れていない。
そちらを見ていると、視線に気づかれた。こちらを向かれてしまうと分は悪い。アイドルの面と向かった笑顔には、勝てるはずもない。
「お魚、キノコに、葉物にお野菜! よか食材ばた~くさん、買えたばい! 楽しみにしてて、よかよ~!」
買い物袋を膝上お腹に抱えながら。やはり笑顔で返されてしまった。
レッスンで疲れているだろうに、彼女は笑顔を絶やさない。そこにこそ彼女の本質である、芯の強さを垣間見る。
楽しみにしているよ、と返して。俺は車を走らせた。
向かう先は「別宅」ではなく……通常の。住所として登録してある方の、アパートメントの一室だ。
事務所からは遠すぎはしないが、近くない。公共交通機関の網の目は中央に比べるとややまばら。それこそ、車が必要な程度の距離に在る。
「せっかくやけん、うちに任せとって!」
そう言うと、月岡恋鐘は受け取りたての合鍵を取り出しては鍵口に差し込んだ。
がちゃりと音がしてノブを回せば、扉は開く。は~と息を吐き、周囲を見回しながら玄関口へ入ってくる彼女を先導し。室内へとあがる。
別段の特徴もない一室。リビングと寝室は分かれているが、キッチンは見える位置。
つい最近まで。忙しくなるまでは、
日用品は新しいもの。冷蔵庫の中には最低限の水と冷凍食品。電化製品は一通り。料理は時間があればするので生米はある程度。
「プロデューサー! じゃあキッチン、借りるけんね~」
自前なのだろう。エプロンを付けて腕まくりをした彼女へ向けて、俺も手伝うよと申し出るが。
「ん~……そいもよか~……ばってん、今日はうちに任せてくれる?」
ありがたい。
しかしそれでは、申し訳なさが勝る。
「プロデューサーを労うためにって、うちはお手伝いばしてるんよ。今日ぐらいは休んどってくれると、嬉しかね~?」
そうまで言われてしまっては、意見を推すのも気が引けた。
せめて食器と鍋と調理器具の場所を教えて。彼女に任せることにする。
「んふふ~」
しばらくすると、キッチンからは調理をしながらご機嫌な鼻歌を奏でる彼女の様子が見て取れるようになった。
鍋にすると言っていた。具材も一緒に買った。ある程度は内容も想像はつく。
ご機嫌な歌が室内に耳心地よく響く。
無洗米。出汁。野菜を刻んで火を通し。魚類をさばき。調味料で味を調え、煮込む。
せめて飲み物を用意した所で、出来上がったようだった。
「ふっふっふ~……できたばい~!」
テーブルの中央に鍋が置かれ、その蓋が開かれる。
魚介の鍋だ。白身魚の切り身と野菜類、味の染みる
白米に合いそうな香りが部屋を満たす。自身が空腹なことに気づかせてくれる、良い香気だ。
「いただきます!」
いただきます。
両手を合わせて料理を箸で口に運ぶ。
美味しい。第一に浮かんだ感想がそれだった。率直に過ぎるが。
味もそうだが量も
ふたりぶんという分量をしっかり考えられて作られているようで。白米とうどんを使い切った所で、丁度よく食べきることが出来ていた。
久しぶりに
お腹の中が暖かい。満腹感がある。これはきっと、幸せな
……忘れてはいけないという
……欠かすと身を削るような。そういうものなのだろう。
「ごちそうさまでした」
彼女も手を合わせて食事を終える。
そして目を開くと、彼女は真っ直ぐにこちらを見やる。
「……美味しかね、って。……プロデューサーとこうして一緒にご飯食べられるとは、ほんとのほんとに、嬉しか」
対面に座り。首をややも斜めに傾げ。
月岡恋鐘は胸の前で、両の拳を握る。
「けれど……霧子にも聞いたとね。最近、おやすみ、とらんとやろ……?」
仕方のない事だ。自身の仕事なのだから。
仕事が嫌な訳でもない。むしろ好きだ。だから、苦ではない。そう伝える。
「……辛か、苦しか。そういうのと、体力がもつかは、別の話やろ……?」
それは……そうだ。
以前に比べて、自己管理は出来ている。
しかし、見誤らないという保証は、何処にもないのが現状である。
実際、幽谷霧子との馴れ初めの時にも事務所で仮眠をとっていた。非効率的だというのに。
そして今回も。事務所であの感覚を覚えてしまった。
駄目ではない。だが、より良くなる……と、彼女は言いたいのだろう。
「うん。そんために、うちは……」
顔を一度下げて。
上げる。
「うち……。……。……」
沈黙。唇を結び。
「……うち! プロデューサーのこと、好いとーよ……!」
だから倒れて欲しくはないと。
だから私生活周辺を手伝いたいと。
理由を付けて。
「うちは学生じゃあなか。他の娘よりもずっとずっと時間はあるんよ? 料理も。掃除も。寮で過ごすのも、よかけど……」
だから自分が手伝うべきだと。
だから自分が手伝いたいと。
理屈をこねて。
「うちの時間ば、プロデューサーのために使うとは ―― うちにとっても幸せばい」
立ち上がる。近づいてくる。
隣に座る。ベッドを背に、もたれる。
「……その……あの……よか?」
顔が近い。身体が近い。
自身を求めて、彼女は、膝上に乗り上げる。
押し退けることはない。拒みもしない。
それも、鍵を渡したからには今更だ。彼女の押しは強い。
そして。恐らく ―― 彼女と俺の
自身が彼女を家にあげた理由。下心に溢れる事この上ない。
彼女が自身の家にあがった理由。下心に溢れる事この上ない。
彼女が魅力的であることに異存はない。
これからも、自身にも魅力を感じ続けてくれるならば、嬉しいが。
「……」
無言のまま首に手を回される。
大きな大きな胸を押し付けて、彼女は言った。
「……うち……胸の大きさには、自覚ばもっとーよ……。他の娘には、こん胸は、なかとやろ……? だから……ん……き、霧子に……聞いたけん……その……」
自身の性嗜好の在り方まで踏み込んでおいて。
寄せて。押し付けて。耳まで赤くなりながら。
「こん、うちの胸と身体ば、プロデューサーの……
そこが、自身にとっての限界だった。
手を取りベッドへと横たえる。
彼女が望むまま。自身が望むまま。
ふたりで、互いに、一線を超えた。
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