プロデューサーは人でなし 作:どろまみれ
エンディング
風が舞った。
3月なのに肌寒さは無い。暖かく晴れて、抜けてゆく風。
ホテルの窓際。手すりに寄りかかりながら景色を眺める。
眼前いっぱいに広がったのは、青に包まれた ―― 地中海。
緋田美琴の遠征を
弧を描くように海岸線を並走する道路と、南国さを主張する街路樹。
道路の奥にはビーチ。後ろを向けばなだらかな段丘状に、パステルカラーで鮮やかに彩られた街並みがある。
現在地は地中海。コートダジュールは、ニース。
283プロダクションの欧州旅行である。
「なんだ。せっかく今日はフリーにしてるってのに、お前は観光いかないのか」
部屋の入り口から、天井努。社長が顔を出していた。
ベッドの上に荷物を置いて。ジャケットをかけて。革靴を鳴らしながらこちらまで歩いてきて。
「……にしても、まさか社員旅行扱いでこんな場所までくることになるとはな」
社長は自分の隣に並んで、開け放った窓から景色を眺めた。
この旅行の費用は会社そのものが受け持った。春先に俺が「福利厚生はアイドルのために使って欲しい」と要望していたのを、しっかりと計画から練ってくれていたようなのだ。
緋田美琴の遠征に後から続く……繋げる形で、5日間。
本当にアイドル全員を連れてくることが出来るとは、思ってもいなかった。
「こういうイベントに出来たのは、お前の発案だろうに。……あの『別宅』には、きちんと
社長から告げられる。そう。
今年の末から使用していなかった別宅について、会社のものとして返還するよう俺から声をかけさせてもらった。
あれは始めから八雲なみのために造られたもの。使わなくなったならば、返しておく必要があるだろう……とずっと考えていた。
それを社長は、売却することにしたらしい。
「家は既に解体が始まっている。土地の方が高騰してるな。駐車場を確保したい周囲のホテル群の持ち主達が早速、競り合いを始めている。ついでに俺の顔も売らせてもらったがな」
普通は個人の住宅なんてあるはずのない特等地。社長としても手に余す物件ではあったのだろう。
最後の判断は社長にお願いしてしまったが。売却の早さからして、あまり悩むこともなかったようだ。
ぎしり。まくった袖を置かれた窓枠が軋む。
青に包まれたビーチを、視線でなぞりながら。
「せっかくの観光だ。
個人で。と。
こちらを向かないままで言う。
「お前は、最近の気分はどうだ?」
向精神薬は飲み切り終了になりました。
頓服のマイナートランキライザーも、回数が少なければ量を減らしてゆく予定となっています。
「そうか。……よかった、本当に」
しみじみと、そう言われたので。
こちらもはい、と相槌をうった。
……。
下から
ホテルの入り口に、早速と観光に出かける283アイドル達が
……。
アイドルのひとりが、こちらを見上げる。
視線が合う。手を振られた。
「ほら。行ってやれ」
再びはい、と返す。
自分は笑顔を浮かべているに違いない。
外に出るその前に、鏡の前に立ってみる。
観光なので多少は着崩したシャツとパンツにしてはいるが。
ニースという街のカラフルさの中では、見劣りするのは仕方がない。
苦笑。
入口に立ち。
ドアノブに手をかける。
「……身体の関係があったからって、別に何も大きな変化なんて起こらんもんだ。バレなきゃいい。性欲だなんて、無い方がおかしいんだ。普通はあって、その上で当事者同士内々で解決されるもんだろ。世界が終わるわけでもなけりゃあ、たるき亭が閉店するわけでもない」
後ろから声。窓のほうを向いているようで、見えないが。
今の社長は、どういう表情をしているだろうか。
「八雲なみだって、死んじゃあいない。生きている。
下から俺を探している声が聞こえる。
早く行ってやれ、と社長にも急かされてしまう。
財布とパスポートの有無を最終確認。
軽く頭を下げて。
明るい部屋。
外。海。空。
青く輝くその中へと、歩み出た。
――
――
「それじゃあ真乃、レッツゴー!」
「ほわっ。灯織ちゃんと……めぐるちゃんは……?」
「いいっていいって。せっかくの海外だよ? 初日はプロデューサーさんとのデート、ぜったいに狙い目だって! 行ってきなよー!」
「うん。どうせ1週間あるんだし、私たちとは明日からも遊べると思う」
「そ、それなら……えと。今日は、お言葉に甘えちゃいますね。でも、明日は必ず行きましょう!」
「りょうかい!」
「いってらっしゃい。頑張って、真乃」
……。
……。
「今日のプロデューサーは~。自由行動、って。書いてるね~」
「チェインではそうなってるねぇ。……さくやん、これってほんとだと思う?」
「本当ではあるんじゃないかな。ニースに来ての初日なんだから、現地じゃないと出来ないことも多いと思うんだ」
「……手続きとか。そういうこと、だと……思う」
「そやね~。じゃあ今日はウチ、ホテルで買えるお土産とか先に見に行っとかんと、いかんかも……。最終日だけだと、多過ぎて迷いそうやけん……」
「なら個人行動にしとこっか。明日と明後日は始めっから、アクティビティの予定も入っているみたいだしさ」
「いいね。感謝祭以外だと他のユニットの人たちと一緒にっていうのも、あんまり出来ない体験だと思うし」
「今日は~、荷物も片しておきたいかも~」
「……うん。そう……しよっか」
「……そ、そう……やね~」
……。
……。
「それじゃああたし! プロデューサーさんのところに行ってきますーっ!」
「あっ、え? 果穂ー!? ……いっちゃった」
「いいんじゃねぇ? 今日はみんな移動で疲れてるし、ガイドさんが着けるのも明日以降だし」
「そうね。むしろプロデューサーのところにいる分には、安心だと思うわ」
「ふふ。……元気、でございます」
「そっかぁ。私は早速ヨーロッパのチョコ、見に行きたいな~。……凛世ちゃんは行かないの?」
「はい。果穂さんの邪魔をするほど……野暮では、ございませんので」
「野暮……野暮なのかぁ? それって」
「ふふっ。凛世が納得しているなら、いいのかも」
……。
……。
「ほら。甜花ちゃんも甘奈ちゃんも、行ってきていいのよ?」
「……ぇう。で、でも……千雪さん……と」
「いいの。今日はどうせ、これから夏葉ちゃんと一緒にホテルのラウンジを見て目星をつけてくると思うから……」
「あっ、お酒が飲めるところ? 甘奈も行きたーい! ノンアルコールカクテルなら甜花ちゃんも大丈夫だよねっ?」
「うーん……。いいの? 甜花ちゃんと一緒にホテル前のビーチを歩けるの、今日と最終日だけよ? 最終日はお土産、買わないとでしょうし」
「言われてみれば、そっかー。……でもなぁ。千雪さんとも……」
「私は荷物も一杯あるから。後で合流することも出来るし……そうね。夜になってからは一緒に歩けると思うわ」
「うーん……うーん。……甜花ちゃん?」
「えと。今日歩けるなら……一緒に、いきたい……!」
「そっかぁ。……そうだね。じゃあお言葉に、甘えちゃおうかな!」
……。
……。
「冬優子ちゃん! 愛依ちゃん! あっちに凄い色の壁があるっすよー!」
「……あさひ、今日くらいはホテルの中だけで、興味がいっぱいになるもんかしら」
「あははー。あさひちゃん、さっきホテルの絵画全部見て回るとか、展望台の位置確認しておくとか、いろいろ画策してたからなぁ~」
「はぁ。なら今日は別行動でよさそうね。移動直後であれに付き合うのは、体力いくらあっても足りないわ」
「明日には外に出ちゃうだろうしなぁ。……ん~! うちも今日はちょっとお疲れだぁ」
「そ。……ちょっとホテル周りの散歩、してこようかしら」
「冬優子ちゃんもいってら~。プロデューサーさんによろしくね~」
「……愛依。さ、ん、ぽ、よ」
「そうそう。も、し、も! 偶然あったら、よろしくね~って」
……。
……。
「疲れたから、先にホテル行ってる。浅倉はまだ街の方見に行くって。雛菜は……」
「明日は透先輩と~、円香先輩と遊ぶから~、今日はプロデューサーと遊ぶ~!」
「そう。小糸は……」
「わたしも雛菜ちゃんと……プ、プロデューサーさんと。い、行こうかな」
「……。……そう」
「樋口ー。あっちになんかめっちゃいい路地見つけた。行く?」
「……貴重品と荷物、預けてくる」
「行っちゃった。……そうだ。雛菜も小糸ちゃんも。プロデューサーのこと、楽しませてきてね。よろしく」
「あは~、まっかせて~!」
「う、うんっ……!」
……。
……。
「あっ……美琴さん、昨日はお疲れ様でした!」
「うん。応援ありがとう、にちかちゃん」
「はい! モデルみたいでかっこよかったです!」
「流石にショー向けじゃあなくて、タレントモデルだったけどね」
「でも! かっこよかったのには、違いありません!」
「そっか」
「はい!」
「……ね、にちかちゃん」
「なんでしょう」
「観光。……社長もなみさんも、時間が合って。話し合えてればさ。海外でのお仕事とか、とりあえずキャンセルして。観光にしちゃえば良かったのにね」
「……多分、ですけど。私はなみちゃんじゃないので。代弁とか、出来ないですけど。……私なら、それ。悪くは、思わなかったかも……です」
「うん。……私たちは。シーズは来年また、こよう。今度は一緒に、舞台の上に」
「……。……はい!」
――
――
陸の端へと消えてゆく夕陽。
アズールの海岸が、入り混じった色で照らされて。
夜に染まってゆくまでの短い間。
車通りもまばらな海岸線。
道路の傍の通行路を、歩く。
「……はぁ。結局、全員来た……ってわけね」
「あは~。冬優子さん、すっごい顔~!」
「ひ、雛菜ちゃん……! あのっ、そのっ……!」
「ああいえ。怒ってるわけじゃあないんです、ごめんなさい福丸さん。市川さん。……ただ、このメンツがみんな関係を持ってると思うと……はぁ」
「プロデューサー! こっちでもジャスティスファイブのテレビ、やってるみたいですよー!」
「果穂は元気があってよかね~。ウチも見習わんと、いかんばい!」
「なーちゃん……! プロデューサーさん……! あっち、ゲーミング背景……!!」
「わああ、めっちゃキレー! リゾート地って感じするー!」
「ふふっ。……そう、だね。……藍色も……橙色も。空の向こう。すごく……綺麗で……」
「ほわっ。飛んでく……。……あの海鳥さんたちは、どこから来たのでしょう……?」
「越冬を終えたのかもしれないですね~。欧州の有名な渡り鳥は~……」
「おんぶー! いいじゃないですか~! あっ、今なら肩車でもいいですよー!」
「……。にちか~……流石にちょっと……」
「あ~! はづきさんが姉の顔をしとるばい~!」
「おおっ、お姉ちゃん! はづきさん、格好いいですー!!」
「……! なーちゃん……!」
「甜花ちゃん……別にきりっとした顔をしてるわけじゃないよ~」
……。
自身が現地でのガイドへの顔通しと実際の確認を終えたところに、彼女らは自然と集まっていた。
しかも服装までも、全員が全員、
別段誰かが話を通したわけでもない。
自由行動だとは伝えたが、こちらの予定や終了タイミングを知らせたわけでもない。
待ってくれていた、ということだろう。
「……まぁ、アンタがこっちについてからすることなんて。ここにいる面子は判りきってるものね」
どうせ仕事第一なんだし。
白のワンピースを翻した黛冬優子は、視線を海岸線に向けたままで言う。
保養地となるだけあって、湾岸に沿って広がった ―― 藍色。紫色。空色。砂色。夕陽色。宵の星色。
淡くカラフルな街並みの中に溶けるように、白い彼女らは自身の右を、左を、前を、後ろを歩く。
俺だけが下を向いて足を止めた。
間もなく。一斉に足が止まる音。
「ねぇねぇ、プロデューサ~」
隣から。つたたっと軽い調子で、市川雛菜が前に出ながら。
身体をよじり、顔を大きく傾けて。下から、
「プロデューサ~、あのお家、売っちゃったんでしょ~?」
視線。全員から。
別宅のことだろう。彼女ら全員が来たことがあるうえに、ああいうことに使用していた。
ひとりで決めて。ひとりで考えて。権利を社長に返してしまったことは、早計だとは思う。
ただ ―― あの家は、自身が投げ捨てなければならない
きちりと彼女らに、自分自身の言葉でもって伝えよう。
捨てた理由も。
顔を上げる。
いつの間にか降りていた夜の帳に、星々が瞬いている。
「―― じゃあいつか、雛菜と一緒にお家を買お~!」
言葉は続かなかった。
先んじて。彼女に言われてしまったからだ。
頬を異国の風が触れる。日没に伴って海から高台へ。
頬はどうなっているだろう。
目元はどうなっているだろう。
自分は両足で立つことができているだろうか。
辛うじて、ああと頷いたことだけは覚えている。
「ふーん、いいんじゃない。どうせなら海外ね。あの別宅よりも、世間はうるさくないでしょうし」
「雛菜ちゃんっ、わたっ……わたしも! わたしも頑張ってちょ、貯金! するよ!」
「あは~。いいよ~! 小糸ちゃん、頑張ろ~!」
足元 ―― 階段に座り込んでしまう。
海岸沿いの道路から一段降りて、ビーチへ向かうためのもの。
その1番上の、まだ歩行者用道路として舗装されたままの、通路に自身は腰掛けた。
着いてきてくれていたアイドル達は足を止めず、各々がビーチに降りて並ぶ。
水平線を一直線に燃やすような、夕陽の残滓をバックに。
真っ白なワンピースとフリルに包まれた彼女らが全員、振り返る。
海から吹き上げる風が彼女らの衣装を揺らす。
はためいて、翼のようだ。
自身は腰掛けたが、顔を降ろすことはなかった。
彼女らのおかげで。降ろすよりも、見ていた方が、綺麗だと思えた。
砂浜を。海を見ている。
だから。
「プロデューサーさん、どうぞ~」
見下ろす位置。
眼下の砂浜に並んだアイドル達の中から、はづきさんが代表して声をかけてきた。
怯まず濁らず、声に出す。
親指で地面を指して。
―― トイレ。
ぶるり。
アイドルらが。頷きも身動ぎもせず。
一斉に。足を肩幅大に開いて。
砂浜の上に排泄を、した。
ヒロインのような格好をしているのに。
純潔のフリルと裾を排泄物で汚して。
履いていたシューズもヒールもびちゃびちゃで。
太股を汚物が伝っているのも気にせず。
景色の美しさとか。
真っ新がどうとか。
空の高さとか。
人間性とか。
そういうものを、一斉に振り上げた足で踏みにじる。
「……人に犯罪させといてー。どう? 満足ですかー?」
七草にちかが仁王立ちで言う。
総勢11名。
観光地の砂浜に立ちションで染みを作った全員が、こちらの機嫌を伺っていた。
腰を上げる。
階段を降りていく。
隣に居る。
目の前に居る。
触れられる。
群れのように。
家族のように。
翼を休めるその間に。
自分の傍に、彼女ら皆が降りてきてくれている。
ありがとう、と思う。
しあわせだよ、と。
自身はやっと、迷いなく、伝えることが出来た。
fin
(Sub:スペーシーワンダー)
system:これにて『プロデューサーは人でなし』、完結となります。
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system:あとがきは外部、noteさまの方で長いのを掲載しておりますので、「私自身とか今後とかが気になった方」はお目通しいただけるといいかな、と思います。
system:それでは。
長らくのご愛読、ありがとうございました。
あとがき → https://note.com/scribble_2nd/n/n659ee46610c8