プロデューサーは人でなし 作:どろまみれ
system:作中の時系列が前後しますがご了承ください。
大崎姉妹 →「今ココ」→ 七草にちか公園 → 海外旅行
アフター/プロローグ:自分自身⑤
283プロが新たな年を迎えようとしていた ―― その手前。
つまりは、年末。12月。
水面下でもうひとつの企画が立ち上がっていた。
いや。立てざるを得なかった、と言うべきだろう。
俺自身も新たな職務……そのプロジェクトに関わることになった。
具体的に言うと、新たなユニットを立ち上げようというプランが幾つか。その前に片付けなくてはならない仕事も、同時に幾つか。
そもそも今は、緋田美琴の海外渡航に向けた準備期間ではあるのだが。
「―― すまない。本当に、すまない」
マホガニー製の机の向こうから平身低頭。
俺に頭を下げ続けているのは、部屋の主 ―― 天井努。この283プロダクションの社長である。
一介のプロデューサーに対して謝罪する社長。むしろこちらが恐縮しきりである。
とはいえ俺としても天井社長がこうして頭を下げる理由……というか。気持ちそのものは、理解出来る。
新たなプロジェクト。新たなユニット。
そのための人員として……他事務所から、斑鳩ルカを移籍
斑鳩ルカ。
一部界隈でカルト的な人気を誇るダンスタレント
そう。打診では無く、お願い。
斑鳩ルカの移籍は、事実上の決定事項となった。
経緯は色々と聞いている。
この事例は、社長が以前に迷惑をかけた業界の方から……古い
斑鳩ルカ自身。今現在彼女の事務所が置かれている
そして何より。彼女は昔の天井プロデューサーが担当したアイドル、八雲なみの娘であるということ。
これら理由から、断るという道はないに等しい。
283の社長である天井努は。自らが空路を閉ざした八雲なみの娘を、見捨てることなど出来るはずもない。
……社長は俺が去年の春先に、七草にちかやそれら周りの影響から精神・神経的ダメージを受け伏せっていたことを知っている。
今プロダクションにおけるプロデューサーは俺ひとり。つまりはまた迷惑をかけるからと、こうして謝ってくれているのだ。
だが、俺自身の現在は安定している。
事務所に在籍している多くのアイドル達が、文字通りに身を削って支えてくれている。
今こうして社長から改めての話をされていても、以前のような感覚は湧いてくることがない。抗不安薬の頓服の必要も無い。
社長に顔を上げてもらって、先を促す。
俺は大丈夫です。ありがとうございます、と自信を持って。
「……お前に甘えてばかりな自覚はある。ただでさえ少人数で事務所のアイドル全てを回してもらっているというのに、こういうゴタゴタを抱え込むのは私の悪癖だ」
本当に顔をしかめて首を振る。
……いや。にしても今回の件は、仕方が無いと言うほか無いだろう。俺としても社長からようく話は聞いているし、過去の
なにせ過去に担当した……そして引退させてしまった才能あるアイドルの、娘である。
その娘に手を差し伸べる機会が、目の前にある。
なにより、社長自身の心を救うチャンスで。
ひとりのアイドルが引退をしなくて済むチャンスだ。
好機 ―― そう。俺にとっての、好機。
あの春の
「……成る程な。ならばこちらも、こう返そう。ありがとう。恩に着る」
最後に1度。天井社長は額が机に着くほど深く、頭を下げた。
再び上げたその時には、少しばかり
「予定通りに、お前に任せるとしよう。……無理そうなら彼女だけ、私が受け持つことも考えていたくらいだ」
それはまた、本当に思い詰めていたのだろう。
改めて、脳内で予定を確認する。現在は
研修生として控えている者もいる。来年度の海外渡航の予備期間として年末への仕事の集中は避けていたため、空いている。
……プライベートで言えば、大崎姉妹との関係も落ち着いた頃合いだ。
余裕はある。意欲もある。是非とも、新たな人材のプロデュースを任せてもらいたい。
その上で。何かあった場合や問題がある場合には、社長にも相談させてもらうことを話しておく。
「そうだな。些細なことでもいい。いつでも連絡をしろ。……斑鳩ルカのパーソナリティは知っているだろうが、詳細は後から資料を渡す。緋田美琴の時のようなしこりを残していては、また面倒なことになる。私の方でも十分に、重ねて、気をつけておこう」
社長はやっと高級ソファに背をもたれ、大きく頷いた。
ついでに、今回の相手方は旧知であるため、前回の移籍の際よりは事務所間でのすり合わせが可能だろう……と付け足してくれる。
わかりましたと笑顔で返す。礼をして社長室を出て、廊下を進んで事務所へ戻る。
事務所間の移籍。良くも悪くも話題性のあるアイドル、斑鳩ルカ。
彼女がくれば、
それがプロデューサーとしての仕事である。
新たな色がまっすぐ、らしく輝けるようにと祈りながら。
事務所の扉を、開いた。
……12月を終え。
……1月を、2月を終え。
……3月を迎えようという頃には。
新ユニット ―― コメティックが始動する。
・・・
年を越して2月14日。バレンタイン・デー。
恋人だけではなくアイドルにとっても、推してゆくべき行事。
タレント事務所としては単純に、露出を増やすチャンスである。
イメージキャラクターやキャンペーン。宣伝に街頭広告の打ち出しと、アイドルがこなせる仕事の範囲はとても広い。
その中で、我が283プロダクションは誰を推し出してゆくべきか。
いや。悩みはない
基幹となる人物は、実際決まっているようなものなのだ。
園田智代子。
チョコアイドルを自称する彼女がいる。
過去のチョコレート商品とのタイアップ経験もある。
名前だけで無く本人も人一倍、チョコレート菓子については熱心で。
加えて彼女が所属するユニットの放課後クライマックスガールズそれ自体、事務所内ではアンティーカに次ぐ程の実績を持っているため、押し出しも良いと来ている。
おかげでか、今年も。大手の企業からのオファーが早期に受け入れられていた。
彼女を中心として。コンテンツやイメージに合わせた人選をしてゆきたいと思う。
……。
……。
2月14日。
セントバレンタイン・デーのイベントは
言ってしまえばなんだが、これ程に女性アイドルという強みが活かせるイベントも中々無い。
製品の広告に当日ライブ。
園田智代子の忙しい日々は続く。
続くったら、続く。
……。
……。
明くる日の事務所。
ばたり。後ろ手に会議室の扉を閉め、廊下に出ると。
「―― プロデューサーさんっ! 今はお時間、ありますでしょうかっ!?」
元気な声が廊下に響く。
正面から、うきうきの園田智代子が駆けてきていた。
時間はある……し。
智代子と話すための時間ならば、作って空ける。
「そ……そーうですか! ありがとうございますっ」
えへへと微笑みながら、身体を小さく
彼女は俺の前で足をぴたりと止めると、上目使いに覗き込んでくる。
「相談が、えーと、あるんですけども」
ならば、この会議室はまだ使える時間である。
中に入って話そうか。
「はいっ!」
智代子を連れ立って、会議室の中へとんぼ返り。
先ほど俺が片付けてしまった椅子を再度引いて、空調を付け直す。
照明は片側……いや。全て付けるべきだろうか。プロジェクターは流石に、必要では無いだろうけれども。
「それでですね。相談なのですが……いえ。これまたきっと、プロデューサーさんには迷惑をおかけしてしまうお願いなんですけども……!」
互いに机の角を挟んで、向かいと向かい。
今は頭の横にお団子は無い。さらりと真っ直ぐに流れて、腰の丈。
「今はお忙しいとは思うのですが。3月に。その」
拳をふたつ、肩の前まで持ち上げ握り。
力を込めて、
「地中海に行ったなら、ぜひとも! 私と一緒にチョコレート巡り海外版をしませんか……!」
そうと、提案をしてくれた。
地中海。
つまりは来月に差し迫った、283プロダクションの海外旅行のことである。
本来は俺と緋田美琴だけでゆく予定だった海外、その後。欧州への遠征に続ける形で、旅行を行おうという予定なのである。
強制参加ではない。なにせ海外だ。だから所属アイドル達に希望を取ったのだが、七草にちか
その旅行中に、チョコレート巡りを。
実に彼女らしい提案といえよう。
「しかもただの海外ではなく、有名な保養地へ! お仕事ではなく旅行ですっ! こんな機会も
大仰なリアクション。ころころ変わる表情と共に、園田智代子は力説する。
そんなことは、と言おうとして思い止まる。緋田美琴の、そしてシーズの海外遠征が成功したとして。
いつかの未来に、仕事として渡航する可能性はあるかも知れないが。こうして社員旅行という形を取ることが出来る機会は、考えてみれば確かに。ないだろう。
「だからですね。私としては、この機会を逃したくないなー……だなんて。思っちゃうわけなんですよ」
演技力を表に出して、くぅ……と唸る。拳が小さく震えている。
ばちり。開かれたばかり。
「どうでしょう! プロデューサーさんっ!!」
ずいっと。
身を乗り出してきた彼女に対して。
俺は ―― いいぞ、と返した。
親指を下から上へ滑らせ、予定を確認する。
海外旅行のうち、放課後クライマックスガールズとして動ける日程は……。
「いえ! ……あっ、その」
ずずいっと。
業務用スマートフォンを確認しようとした俺と画面との間に、智代子は割り入ってきた。
その……そのう……
「個人的なお土産としても買いたいので……出来れば、私とふたりきりなんて、どうでしょう」
臆面もなく。悪びれもなく。清々しいくらいに率直なワガママ。
決してダメではない。とはいえ、そうと望むのであれば理由が知りたい所ではある。
智代子は頬を
「えへへ……。あのう。……今って、研修生のおふたり。居らっしゃるじゃないですか」
ああ、確かに居る。
他事務所から新たにアイドルを受け入れるために、まだ研修の冠が取れていない。
現時点でのポテンシャルとして283のトップになり得る ―― あの斑鳩ルカと比肩させるためであれば、それが
鈴木羽那。
郁田はるき。
昨年から研修生として活動をしてもらっている、彼女たちのことである。
「羽那ちゃんと、はるきちゃん。あのおふたりは海外旅行、行けないんですよね?」
ああ。そうだ。
タイミングが悪かった。研修生は正式にプロダクションと契約している訳ではないからだ。
……勿論そういうマイナスもあるが。色々と後戻りをしてもしがらみのない、
ただ。
研修生という立場に、園田智代子という個人は思うところがあるのだろう。
この事務所を最初から見つめている彼女であれば。
俺としては。あのふたりの熱量ならば、ユニットの正式な発足まで研修を終えて……正式に加入してくれるだろう、と思っているので。
その分の埋め合わせは、俺自身で予定を持ってはいる。
しかし。
「私としては研修生のおふたりに、色々と……チョコレートだけでなく。個人的なお土産の方を持って帰りたいなぁ、って思ってるんです」
それは俺も考えている。
だから……。
「うんと。多分、なんですけど。プロデューサーさんも同じことを考えてたり……しませんか? 私もそこに便乗して、同行させてもらおうかなって。ほら、それだと放クラの皆がいると……じゃあないですか」
俺の負担を考えて、ということか。
そして確かに智代子の言う通り。最終日前日の夜。皆がホテル内で過ごしている時間を使って、土産物屋を回ろうとは考えていた。
「旅行の予定は私も確認しました。けどユニット皆でお土産を買うタイミングだと、個人行動って、ちょっとし辛いかな~……と」
研修生の存在自体は、知っている人は知っている。
智代子が彼女らに向けて買うとなると、気は使わせてしまうだろう。
……いや、そうでもないか。夏葉あたりは喜んで買うに違いない。が。
「だからといって顔合わせもまだの皆からお土産をもらうのも、羽那ちゃんとはるきちゃんからすれば気を使わせちゃうかなー……なんて。思ったりしてまして、はい」
成る程。
園田智代子から研修生らへ、個人的なお土産を用意したい。
ユニットから離れて行動できる時間があれば解決される。
それが俺と智代子、ふたりでの行動であると。
少し考える。
研修生のふたりが、顔合わせがまだの放クラからお土産をもらって気を使うような性分であるかは別として。
余計な
今月……2月末には斑鳩ルカの本格的な移籍とその対外的な表明もある。
様々な事情、というか。前事務所へのせめてもの恩義を返すために、W.I.N.G.へ
つまり。3月。海外旅行の後。
283のレッスン場には当人 ―― 斑鳩ルカも、居るという事だ。
よりにもよって
関係値がなさ過ぎる。刺激しかねない過程は、慎重に進めて損は無い。
「えーと……どうでしょう?」
考え込んでいた。が……そうするか。
園田智代子の最終確認に頷く。
「わぁっ、ありがとうございますっ! 流石に初海外で、ひとりでお土産屋さんを回る勇気は無かったもので……。だからといって皆からガイドさんを奪ってしまうのも、気が引けてしまいますから」
それもそうか。
283のアイドル全員に、満足な数のガイドを付けられるはずもない。
ましてや学生が多いため、アクティビティやガイドの手配は日中に集中させている。外にひとりで出られるタイミングというのは、まずないのである。
「あっ、でもでも。プロデューサーさんが居てくださるなら、すっごく安心ですっ!」
こちらの承諾に手を振り身を揺らし喜ぶ彼女と、幾らかすり合わせを終えておく。
時間は最終日の前日の夜。土産はホテルを経由して直接自国へ送る予定で多少高くつく。帰国後のお土産は個人で渡して欲しいこと。
そういう、理解はしているであろう確認を念のために挟んで。
「最終日の夜、了解です! プロデューサーさん、よろしくお願いしますっ!!」
びしりと勢いよく敬礼をして。
園田智代子との予定が、組まれたのであった。
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