※この作品はR-18です。

プロデューサーは人でなし   作:どろまみれ

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冬:園田智代子①︰(アイドル)

 

 園田智代子①

 

 

 そして、旅行の最終日。

 

 風は暖かく、日は眩しい。

 果たして今が冬なのだろうか、とは思うが。

 春分の日にはまだ早い。暦の上では間違いなく冬となる。

 

 コートダジュールのニース。

 碧いビーチとパステルな色彩の建築物と、地中海の気候に包まれた海岸沿いの街。

 

 そんな街の一角。ホテルの中。

 旅行の初日(・・)から本日まで、借りっぱなしにしている一室の中で目を覚ます。

 今はひとり。なのに街の穏やかさ鮮やかさに似つかわしくない、女臭い、鬱蒼(うっそう)とした空気がたちこめている。

 ……自身の人でなしな性分のせいで。訪れる彼女らをとっかえひっかえ、だったからだろう。

 

 汗をかいた。シャワーに向かう。

 それから夜の予定を空けるために、昼間の内から早めに動いておくことにしたい。

 

 お湯を頭から被る。

 身を任せて目を閉じる。

 

 最終日の昼間。ほとんどのアイドル達はお土産を選ぶために日程を使っている。

 ガイドもそちらへ付けてあり、例外は俺と社長くらいだろうか。

 

 ちなみに。種が事務員であるはづきさんは、妹および緋田美琴と共に行動中。こちらもお土産目当て。

 ……誰にお土産を送るのか、と尋ねたところ。期待していてくださいねと言われてしまった。

 

 猫足ではないバスタブの横でタオルを頭から被り。

 手早くセットを終えて。

 

 普段着で装って部屋を出る。

 こちらはこちらで用事を済ませよう。

 本日夜の、園田智代子との約束に遅れないように。

 待たせることの、無いように。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 夜になって。

 待ち合わせ場所にしていたホテル裏の大路地を目指す。

 

「―― あっ、プロデューサーさんっ!」

 

 いつものお団子に、何処か(浜辺)で見た白のワンピース。

 石畳をかつかつと蹴り、待ち人 ―― 園田智代子が駆けて来た。

 

「お待たせ、しちゃいました?」

 

 いいや。待ってはいない。

 どちらもかちりと、時間前行動である。

 

 ……うん。ああ。

 今来たところだ、と言うべきだっただろうか。

 

「あはは……。えーっと、定番のやり取り過ぎましたね」

 

 俺の向かいで立ち止まり。白々しくわざとらしく、彼女は目を逸らした。

 そしてすぐさま、てへっと笑みへ。本当に表情が目まぐるしい。

 

 だからこそ、見ていて飽きない。

 間違いなく彼女の美点である。

 

「では、時間もあまりないですし。さっそく行きましょう、チョコレート巡り in コート・ド・アズール!!」

 

 姿も気性も、異国の地であれど変わりはない。

 そうしよう。智代子と連れだって……まずは路地の緩い坂を登ってゆくことにする。

 

 足を動かす。

 坂は多いが、主だった店につながる道は整備も行き届いている。

 普段からレッスンをこなしている彼女らアイドルにとっては、大変という行程でもない。少なくともこのチョコレート巡りによる疲労が、明日の帰国の路に影響するということはないはずだ。

 

 坂が終わって角を曲がる。

 

 萌葱(もえぎ)色から、橙色から、空色から、桜色。

 

「わぁ……! 本当にすっごい、キレイな街なんですねぇ……」

 

 周囲をきょろきょろと見回し始めた。

 彼女の歩調に合わせ、こちらも(ゆる)める。

 ニースの街は歩くだけでも楽しめる。そういう色をしているからだ。

 

 色味は優しく、七色を超えてより精彩。

 

 海と街と陽と色彩に囲まれ、気候は温暖。

 

 正に風光明媚という表現が当てはまる。

 

 放クラは街の観光にはあまり時間を割かなかった……の、だろうか。

 事前にたてていた予定表を思い返す。確か。海での活動が多かったはずだ。

 

「ですね。ああいう観光的な遊びなんて、こういう機会でもないと用意できない……っていうのと。私たち、やっぱり海が好きなもので。アクティブですからね、放クラの皆」

 

 頷く。昨年夏のイベントでも頼りにさせてもらった。

 放課後クライマックスとアンティーカは、283プロダクションにおけるトップユニットである。

 

 個人と言う尺度で見るならば、グレードは市川雛菜と芹沢あさひ。

 しかしユニット単位で見た場合には……それらにイルミネーションスターズを加えた、3ユニットが抜きんでている。

 

 結果。

 それは決して、才能(・・)や努力やといった不定形(ノンスケール)だけには依存しない。

 

 事務所の最初期から居る彼女らが持つ、時間と言う当然の優位性であり。

 5人組のユニットであるという、個性と色彩が抱え込んだ多様性であり。

 同事務所という枠組みが抱える、ファン層の分散というひとつの課題でもある。

 

 ……観光中に考えることではないか。

 思考を振り切ってそのまま、土産物屋のあるストリートへ向けて歩いてゆく。

 園田智代子が目星を付けている洋菓子店は、端側にあるようだった。

 

 浅緑色の角を曲がって。

 

「ありましたっ! 場所もぴったり、ここですよ!」

 

 先を歩いていた智代子が、ぴょんぴょん跳ねて店の看板を指さした。

 彼女の視線の先。そちらを見上げる。目的の店で間違いない。

 

「ああ~……どれもこれも美味しそうで……!」

 

 智代子は、早速店に入ってショーケースを眺め始めた。

 チョコレートだけに特化した、というお店ではないが。専門店だけあって、品揃えは目が(くら)むほど。

 俺の目から見ても美味しそうだ。周囲を見回せば日持ちするものも……生菓子も。既に夜であるため数は少ないが、まだ売っているようだった。

 

 店内で食べられる。2階にはオープンテラスがあり、そちらは空席。

 人出の少ない夜だからこその空席だ。智代子の隣に立ち、一緒にショーケースを吟味(ぎんみ)しながら。

 

 おごるからさ。

 ついでに食べて行かないか、と誘う。

 

「えっ……食べちゃっても良いんですかっ?」

 

 一応の注釈をいれておく。お土産を、ではない。

 土産は事前に説明をしたように配送だ。この店が対応してくれているのも、確認済み。

 お店の側。店頭に並んだ生菓子も余裕はあるようだ。であれば土産を選んだ後、智代子自身、別口で食べてしまっても罰は当たるまい。

 

 もうひとつ。

 前回のチョコレート巡りでも智代子に場所を教えてもらった。

 今回もこうして智代子に案内してもらえたおかげで、俺もお土産を買える。

 俺はもらってばかりだから。案内してもらったお礼だと思ってくれると嬉しい。

 

「うーん……うーん」 

 

 唇を引き結んで、眉間にシワを寄せて……人差し指は頬の横。添えるだけ。

 園田智代子の視線が、俺の顔とショーケースとを(せわ)しなく行き来する。

 

「申し訳なさはある。ですが断るのも心苦しい。悩み所ですが……!」

 

 だそうだ。嬉しそうで何よりである。

 この間に、目の前でにこやかに立っている店員に尋ねておく。

 こちらの彼女に美味しい生菓子とニースの夜景をプレゼントしたいので、オープンテラスを利用して良いでしょうかと。

 

 勿論、だそうだ。

 どれでもどうぞ、とまで言われてしまった。

 

 視線を戻す。あとはチョコアイドル待ちである。

 うんうんと、ついでに5回ほど唸ってから。

 

「それじゃあ……えへへ。折角ですので。お言葉に甘えちゃおうかな、と!」

 

 ぱっとはじけて、笑った。

 

 

 

 

 

 

 ……。

 現品を皿に乗せ、オープンテラス席まで昇って来た。

 他に客はいない。どれでもどうぞのお言葉に甘え、(さく)際の特等席をとらせてもらうことにする。

 

 パラソルの下。テーブルに菓子を置いて椅子を引いて、海側の景色を眺める。

 ぼやっと明るい街並みが、海に向かってくだってゆく。

 

 海面は揺らいで輝いて。

 空の月明かりに照らされて、深い深い藍色に染まった波が、光の線を伴って満ちては引いて。

 

「……うわぁ。ほんとにきちゃったんだなぁ、海外」

 

 園田智代子の目線が、菓子と景色を行き来する。

 早めのいただきます。紅茶とコーヒーが届いたので、俺もフォークを手に取った。

 

 ひとくち。

 普段から自分で菓子を買って、という質ではないが。

 やはり専門のお店で食べるものは美味しいな、と思う。

 

「美味しい……!」

 

 正面、園田智代子も瞳をきらきらと輝かせ。

 早速と、ふた口目へ向けてフォークを動かし始めた。

 

 俺は2つほど品を取ったのに対して、智代子は、店主の勧めに応じてアラカルトにしたようだ。

 チョコだけではなくクリームもゼリーも焼き菓子も、相応の種類が皿の上にずらり。中央では艶色にコーティングされたチョコ菓子の上で、ピンクの花弁の砂糖菓子が燦然(さんぜん)とVサインを繰り出している。

 

 コーヒーを1口。

 仕事人間である。これまでも海外で過ごしたことはあるが。街中に出て。こうして飲食を……特に甘味(ショコラ)の類を食べたことはなかったな、と。どうでもよい事を思う。

 

 それこそ緋田美琴との米国縦断の時などは。そんな暇もなかった。

 いや。彼女がそういう部分での休息を求めなかった、というのも大きいのだろうが。

 

 ……瞼を開く。

 視線を戻す。と。

 

「……んあ」

 

 此方を見ていた園田智代子と視線がばちり、ぶつかった。

 びくっと肩を震わせてしまったので、とりあえず謝っておくことにする。

 

「いえ、いえいえいえ……! プロデューサーさんが悪いことなんて、なんにもありませんよっ」

 

 慌てた様子で、顔の前でぶんぶんと手を振っている。

 それなら良かった。

 

 ふたりで、しんと波の音を聴いて。

 街のざわめきに揺り戻されて。

 

「……その。プロデューサーさんの顔を見てたら、ですね。もしも私がアイドルになってなかったら、こういう場所に来ることもなかっただろうなー……なんて。えへ。感傷とやらに浸ってしまいまして、はい」

 

 俺もそういう時はある。

 今年1年は特に、自分自身を振り返ってみる機会が多かった。

 園田智代子にもそういう頃合いがあった、ということなのだろう。

 

 先日に研修生の話もしたからだろうか。

 それとも、海外旅行だなどという初の事務所行事に参加しているからだろうか。

 

 せっかくの機会である。

 何か転機でもあったのか、と。

 そう尋ねると、フォークに刺したゼリーコートの洋梨を口に運んでから。

 

「……んぐ。この間。天海春香ちゃんが優勝していたじゃ、ないですか」

 

 ああ。どうやら智代子も確認していたらしい。

 しばらく前にグレードの上へ設けられた、マスターズ。

 その中でも合同競技会(ユニバーサル・フェス)の流れを汲んだ大会として、幾つか、「冠と栄誉のあるもの」が新設されたのだ。

 

 天海春香が優勝したのは、『極北冠(マスターズ・ポラリス)』。

 いつも北で輝く星。旅する誰もが仰ぎ見る、という意味で。天海春香というアイドルは確かに、この大会を制するに相応しい。

 

 飲み込んでから。

 智代子は胸に手を当てる。

 

「あの大会を見ていて……すごいなーというよりも。ちょっとだけ、後悔する気持ちが湧いてしまっていて」

 

 後悔。

 なにについて。

 

「今更なんですけどね。去年の秋の合同フェスに、私も参加出来ればよかったなー、と。思っちゃったんです」

 

 なるほど。

 つまりはソロでの活動を、ということか。

 

 確かに。放課後クライマックスガールズは、特にユニットでの売り出しが強かった。

 今ではそれぞれにソロ曲も配られ、活動方向も多様化してきてはいる。アンティーカとの違いは、始めからあるように作られてもいる。

 

 しかし、前年の合同競技会には……確かに。

 放課後クライマックスガールズからは、誰も参加が出来なかったのだ。

 

 この場でならば、いいか。彼女には聞く権利(・・)もある。

 あの競技会の人選の理由を、今であれば話しても良い。

 

「ええと……そういう理由なんか、私が聞いてもいいんでしょうか? いいのなら聞いてはみたいなぁって、思いますけど」

 

 良いとも。

 ただしここだけの話にしてくれるなら、とだけ注釈は挟んでおくが。

 

「もちろんです!」

 

 こくこくと頷く智代子から視線を逸らさず、語る。

 

 グループ内からグレード順に選ぶと、放クラ内では杜野凛世が該当したが、選考対象となるフェスやオーディションへの参加数が足りなかった。アルストロメリアの大崎甜花も同様。

 余った2枠を、アンティーカへひとつ。もうひとつはあの時期に勢いのあった、黛冬優子にあてがった……という件となる。

 

 伝えきった。

 園田智代子だからこそ、伝えることにした。

 

 なにせ、それで選ばれた黛冬優子は2位にまで上り詰め。

 今では芹沢あさひを追いつけ追い越せな勢いにまでなったのだから。

 

「つまり……放クラの別の誰かに、という流れにはならなかったんですね?」

 

 そうだ。

 あの時期に選考対象への参加数を稼ぐだけの猶予と。そこからソロ向けのレッスンを追加する時間があったのは、アンティーカだけだった。

 もっと、極めて局所的(クリティカル)な話題を出すとすれば。予定の都合が追加できない理由のひとつとして。

 放課後クライマックスガールズには事務所最年少(・・・)、小宮果穂がいる。

 

「そっかぁ……それも、そうですね」

 

 それですぐさま納得をしてくれるあたり、園田智代子らしい。

 紅茶を口に含みながら、お皿の(ふち)を眺めること数秒。

 

「果穂が居るのは放クラにとって、絶対的に良いことですから。ユニットの色そのものでもあります。……私自身でもスケジューリングが出来れば、よかったかなぁ」

 

 せっかくの海外旅行に相応しくない、ビターな笑顔。

 それだけ。そんな風に思うだけ。熱が出るだけ。

 園田智代子は、天海春香の優勝という結果に勇気づけられたということだろう。

 

「はい。346の島村卯月ちゃんとかもそうなんですけど……。どうしても応援には気持ちが入っちゃうもので」

 

 園田智代子はだからこそ、チョコアイドルなのである。

 天海春香や島村卯月がもつ普通性。一般の人々の心に共感を呼び起こすだけの偏在性。

 彼女らがそれを呼び起こすのは、輝けるからこそ。

 それらは園田智代子にとって、コンプレックスでもあった。

 

「スゴかったですよねっ! とくに春香ちゃんが詩花ちゃんにぎりぎりで評価値逆転した場面なんて、私、思わず家で飛び跳ねながら叫んじゃいました!」

 

 園田智代子は拳を握って力説する。熱のこもった言葉に陰りはない。

 ……コンプレックスでもあった。しかし彼女は立ち向かうだけの強さも明るさも、余して溢れて眩しいほど、両手一杯に抱えていた。

 

「おかげで、部屋で勉強してた弟には、うるさいーって怒られちゃったんですけどね。……ともかく。4月からは私も、もうちょっとスケジューリングに力を入れてみるかも知れません! よろしくお願いします、プロデューサーさんっ!」

 

 がばっと頭を下げて。

 前髪についてしまったクリームを、慌ててぬぐう。

 

「それじゃあ、せっかくのデートですので。旅行のお話もしちゃいましょう! プロデューサーさんはお休み、出来ました? 昨日はどこに行ったんでしょう!」

 

 こういう風に切り替えてくれる彼女が、とてもアイドルであると俺は思う。

 

 名所の話。

 ただ散歩をしたり、社長ら大人組で飲んだ話。

 互いに菓子を交換したりしながら。

 ニースの海と街を眺めるよりも、前を見て。

 時間が許す限り。そういう話を、した。

 

 園田智代子の皿の上。菓子で飽和した、虹のアラカルトの中央。

 チョコレート・ガナッシュの上。決してメインでは無い、ピンク花弁の細工菓子。

 それは甘過ぎず、苦すぎず、風味豊か。誰しもが美味しさを楽しめる、芳醇(ほうじゅん)な味と香りがした。

 

 





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