プロデューサーは人でなし 作:どろまみれ
園田智代子②
旅行最終日の夜。
ホテルに帰ってきた私は、ベッドに勢いよく身を投げます。
身体は沈んでぼよん。反動で浮かんでぼふん。
仰向けに着地。大の字に天井を見上げます。
1番最初に思い出したのは、お土産に忘れが無いか。リストの確認。
次に思い出したのは、プロデューサーさんとのチョコレート巡りのことでした。
本日この部屋には、私以外に誰も居ません。
今回の部屋割りはふたり部屋をみっつ……なのですが。
ユニットごとに別のホテルを取っている。放クラは5割る2で、余りの1。
ということで、本日のひとり部屋は私の担当になったのでした。
味も景色も記憶にしっかり、かっちり。
プロデューサーさんの顔も表情も言葉も。
まぶたを閉じれば、鮮明に思い出せるほど。
幸せ満載の美味しさを、くっきり思い出せるほど。
あの時の会話の内容も、私にとっては実になるものでした。
放課後クライマックスガールズ。ユニットごとでの活動を中心とするのは、283プロダクションにおける方針である。そうと知っています。
事務所のみんなで集まるのは……なにかのイベントの時、くらいかなと。丁度よくスケジュールが合った際のお祝いごと、とか。ファン感謝際の打ち上げとかになりますね。
けれども。
天海春香ちゃんの所属する765さんは、それこそ個人での活動が主たるものですし。
346さんなんかはもっともっとごちゃ混ぜに、色んな人が色んな場所でユニットを組んでいたりします。ひとりが複数のユニットに属していることも少なくありません。
園田智代子だから出来ること。
アイドルとして活動をするからには。
そういうことを、あれから考えるようになっていました。
もう、悲しい力不足を起こさないために。
昨日よりも今日。今日よりも明日に、もっともっと輝けるように。
そもそも
けれども、もう少しだけ。ひとりで海外に羽ばたいた緋田美琴さんや、ユニットを出て個人での結果を出し始めている黛冬優子さんのことを思えば。
私にも、もっと出来ることはあるんじゃないかな……と。思えるんです。
その「出来ること」の答えが自己予定管理だとは思いません。今までもやっていたことです。
でも、まだ上へ。もう少し。ひとつずつ。
以前に足りなかったのならば、今度こそ。
そういう風に進んでいけたらな、って。考えています。
……よし!
帰国したら、プロデューサーさんに教わってみよう!
お忙しいとは思うけれど、何事もチャレンジですからね。
翌朝。
そうと決めたら気合を入れるために。ついでにこれから移動して飛行機に乗るので、拳をぐっと握ってやる気を地固め、そこにあった新品のお水をぐびり。
「……あっ、ちょこ先輩。それ、樹里さんが買ってきてた外国のお水です。夏葉さんが今、買い直しに行ってますよ?」
果穂から指摘。
そう言われてみれば……いつものとは風味が違っていたような気もするけれど、ぜんぜん美味しいし、吐き気とかもないし大丈夫!
口を付けちゃったので鞄に閉まって。
それから迎えのバスに乗り込んで。
……。
飛行場へ向かって。
……。
搭乗手続きを終えて。
……。
帰国してからのアイドル活動に、想いを馳せたのでした。
……。
……。
……あれ、お、お……。
お……?
――
――――
旅行から帰国する283の全員を乗せた航空機が、欧州の空港を飛び立った。
ただしプロデューサーたる俺と、園田智代子を除いて。
『ほんとうに……ほんとうに、すいません……』
手元のスマホの中から文字で謝り倒している彼女へ……大丈夫だから気にせず、体調を優先して欲しい旨。
そして
連絡を終えて移動。
部屋を2つほど新たに予約。空港で翌日の一般席を予約。
地中海での滞在場所も帰りの路も。問題なく確保出来たことに、ひとまずは安堵する。
手続きを終え、俺がホテルへ帰って来た頃には、夕方になっていた。
ニースの夕方をもう一度だけ体験できると思えば、嬉しくなくもないのだが。
問題点がひとつ。
うつくしい夕暮れに照らされたロビーには。
肩を落とし、どんよりと背中を丸める、園田智代子がいるのだった。
「……あっ、プロデューサー……さん……。……おかえりなさいっ」
彼女は首を振って、元気を出した様子で手を振ってくれはするものの。
から元気だろう。まずは整腸剤は飲めたか、昼食は食べられたかを尋ねることにする。
「はいっ。吐き気などはありませんから、全部食べられましたっ! ……ほんと、ほんとうにすいません。プロデューサーさん。私がお腹なんてくださなければ……」
両手でガッツポーズをしてみせてくれた後、がっくり。
再び肩を落とした園田智代子に向けて、初の海外なんてそんなものだよと言葉をかけておく。
そう。俺と彼女だけが欧州に残った理由。
園田智代子は、帰国予定日の朝から体調を崩した。
具体的に言えば ―― 腹痛と下痢である。
監督責任もある俺としては発熱を伴う(受診を必要とする)風邪や怪我ではなくて、本当に良かったと思う。
腹痛と下痢ならば常備薬で対応できる範囲であるし。かけた言葉も嘘ではなく……飲食物が身体に合わなかった。長距離移動による緊張とストレス。時差もある。等々、消化器に不調をきたすだけの理由は数え切れないほど存在するのだ。
よりにもよって海外でウイルス性の感染症にでも
……とまで言ってしまっては流石に、彼女の
園田智代子は年頃の学生だ。それが腹痛でトイレから出られず、朝のフライトに間に合わなかったなどという。思い切り落ち込んでしまう心情も理解は出来る。
くれぐれも余計な言葉だけはかけないよう心掛けておこう。そう思う。
「でもでも、おかげで落ち着いてはきましたので……! 次の便は平気そうです! プロデューサーさんには、またもご迷惑をおかけしてしまっていますが……」
そこは問題ない。
むしろこれだけの人数を欧州まで連れて来て。智代子以外の皆が体調を崩さなかったことが凄い、という話である。
勿論、智代子が弱いというわけでもない。
「そう……ですか?」
そうだ。力強く頷く。
1週間は旅行としては長い。欧州までは距離も遠い。学生が多いのに保護者は居ない。
こんな急行程な旅行にまさか、全員が参加してくれるとは思っていなかった。
俺の返答を受けた園田智代子は、ゆっくりと立ち上がり。
うんと頷いて気合を込めると、足元でまとめていたキャリーケースを手に持った。
異国のロビーを背に。段々と早足。おそるおそる、こちらへと近づいてくる。
「えへへ……。いつもありがとうございます、プロデューサーさん」
苦笑ではあるが。なんとか彼女らしく、笑ってくれた。
俺が受け持つプロデューサーという仕事は、迷惑なんてかけてもらってなんぼのもの。フライト便の変更くらいは問題ない……し。
おかげで
道中ついでに、智代子が気にしていたスケジューリング。今後の活動予定についての話をしよう。そう切り出す。
「……えぇっと、そうですね。よろしければ、ソロ活動についてのご指導などもいただければと思います……!」
こちらへ元気さを示すように、ぐっと拳を握る智代子。
折角取り戻してくれたのだから、これ以上は失うこと無く。こちらも素直に受け取りたい。
並んだふたり。時刻表を確認して。
今度こそ、飛行場へと出立した。
……。
観光地であるため交通の便は悪くない。
着いてすぐに手続き。搭乗まで問題なく進む。
年度末は海外旅行のシーズンとは言い難い時期である。強いて言えば卒業旅行くらいのものか。空港内の待合に人は多いが、多過ぎもしない。
俺が先月に緋田美琴と旅をした国はどうだったか、と考えながらも。今回はその国で乗り継ぎがある。空港は訪れることになるだろう。
どうせだから空港内で観光を挟もうか。
そういう提案をするために隣を見やる。と。
「ん~……お水は……あった! よかったぁ。あぁでも、せっかくだから飲みさしじゃなくって、新しいのを買えばよかったかな……?」
財布から(自国から見て)外国のお札を取り出してみて、ひらりひらり。
空港内とはいえ危ない行為なので、その手を取ってしまわせる。
「ああ、ご、ごめんなさい……」
いや。謝ってもらうほどのことでもないのだが。
やはりというかどうやら、卑屈になってはいるな……と感じながら。
俺としては気を付けてもらえればそれでいい。それでトラブルに巻き込まれるか否かは、運でしかない。
飲料水は……ああ。空港内ならば日本産の飲料水も売っているので、それを買うのが良いだろう。特に(言葉は濁すが)下痢なのであれば電解質は補充するに越したことは無い。
「ですよねぇ。……というわけでプロデューサーさん、買いに行きましょう!」
頷く。
売店でカフェインのない緑茶を購入。彼女もスポーツドリンクを購入。
搭乗時間までに手荷物の検査も済ませ、ふたりで飛行機へと乗り込んだ。
ボーディングブリッジを渡り、荷物を置いて着席。
人は少ないが席指定。窓際に園田智代子。通路側に俺。
しばらくすると離陸して。
丸窓からは翼と、真っ白な雲が見える高度となる。
エンジン音も安定した所で、耳抜きをしてからタブレットを取り出した。早速だがスケジュールの話をしようと思う。
「はいっ、よろしくお願いしますっ」
気合の入った智代子に、ああと笑いながら頷き返す。
まずは春先の放課後クライマックスガールズの活動内容。新学期における学生的なお仕事……は、前撮りはもう終えているので。
主に
「んぐっ。……となると、基本はレッスンになるんでしょうか……?」
空にしておくためだろう。飲みさしだった水(アイドルらしく、既にラベルは
彼女の言う通りだ。ただ、放クラとしては新たなものを吸収する必要はない。これらイベントの聴衆に求められる物は
仕入れるものはMCネタくらいのものだろう。
だから、逆に考える。「個人として新たなものを身につける猶予ができた」と。
「レッスンはあるけれど、基本と確認と合わせで済むから……ですか?」
ああ。勿論おろそかにしていいものではないが。
放課後クライマックスガールズは年間通して絶え間なく活動を続けて来た。ブランクはない。求められるレベルは維持や復調ではなく、一段上のもの。
「ふむ、確かに……?」
新学期は学生にとって忙しい時期なので、言うほど簡単ではないだろうけれども。
と、補足はしておいて。
視点をもっと引いて、話の時系列を先へ進める。
夏。
ひとつ大きな音楽フェス群が存在し、アイドル達もその波に乗るだろう。外せない。
秋。
昨年の流れを汲んだ『ユニバーサルフェスのマスターズ』が検討されている。
冬。
年末はどうしても忙しくはなる……が、緋田美琴がやってみせたように。注目が集まるオーディション側にはわざと出ず、アイドルグレードの査定に関連する審査に出るという手段もある。
ここまで年間通しての
一昨日にニースの夜景の前で垣間見た、園田智代子の熱を鑑みれば。
秋のユニバーサルフェス・マスターズに焦点を合わせるべきだろう……と、俺は思う。
「……マスターズ。天海春香ちゃんが優勝していたポラリスと同等の、ということですよね。そうなると」
ああ。
その上で The Legend や歌姫庭園を
グレード内トップティアの冠さえあれば、それこそ、天海春香や島村卯月らと直接競うようなイベントにも顔を出せるようになる。
満を持して。園田智代子というアイドルの、他区画への進出第1歩である。
「……」
視線はタブレットの画面から離れない。
口元に握りこぶしをあて、考えこんでいるようだ。
こちらも間を置くことにする。
……実際にはかなり願望寄りの展望ではあるのだが、不可能ではない。放課後クライマックスガールズの実績があれば、挑戦の
加えて。ソロでの活動経験は浅い……とはいえ。数多いチョコレート製品とのタイアップや ―― そう。この間のアイドルEXPOでの10週勝ち抜きなどは、アイドルたる園田智代子が個人で有する十分な実績。
振り返ってみれば。
このアイドルはあの時点から ―― 前でなく、
群れの中から歩み出て。ひとりで。
鏡面の地平に立ちどまって。空を。
そう、今にしてみれば、思う。
「……例えば、例えば……なんですけど」
声。
智代子が口を開いたので。
こちらも遠くの思考から戻りって視線を合わせ、応じる。
「私が天海春香さん達と同じレベルを目指すとして、ですね。これからソロとして何かしらの技術を学ぶに当たって、いちばん伸ばせそうなものはなんなのかなって……。プロデューサーさんは、どう思いますか?」
少し考えて。伸びしろはまだまだ十分にあるが。
やはりダンスだろうか。審査において最も扱いが変わるのは。
ソロでのダンスアピールは重要だ。
ユニットとは違うステージの使いかた。身体アピール。見せ方の工夫も必要になってくるだろう。
「むむ……やっぱりそうですよね」
何かをつかむために頑張るのならば、応援したい。
……ダンスであれば丁度、お手本になるかもしれないものはあるが……。
「っ! なんでしょう、見たいですっ」
詰め寄ってくる園田智代子の圧を受け止め。
口にしてから、少々早計だったかとは思ったが。
言葉にしてしまったことだ。それに素晴らしいダンスであることは間違いない。
俺はタブレットを点け、開く。
「これは、ダンスの映像……でしょうか?」
サムネイルを覗き込んだ智代子に向けて、そうだと返す。
先月。この旅行の直前まで俺も
斑鳩ルカ。
彼女の場合は特殊な条件が揃い、この時期での挑戦が実現した。事務所のために結果を求め、普段よりもずっと積極的にオーディションやフェスに参加をしてくれていた……のだそうだ。引き継ぎのために話をしてくれた、彼女の元マネージャーに曰く。
意図はしていなかったのだろうが、それで条件は満たされた。予選選考は余裕をもって通過。俺と元担当のふたりから揃って出場を持ちかけられた斑鳩ルカは、準決勝からの舞台にせめてもの挑戦をしてくれた……という経緯があったのだ。
そして斑鳩ルカは優勝した。
解体された元事務所の名前は
斑鳩ルカの願いは果たされた。
では、いよいよ移籍が完了して。
283事務所のアイドルの中で、誰のダンスが1番か。
甲乙つけがたいが「印象を残す」という点において、トップは斑鳩ルカだろうと俺は考える。
自由さと想像力ならば芹沢あさひが抜けている。
表現の鋭利さ・技巧・手札の多さであれば緋田美琴も抜けているだろう。
だが。斑鳩ルカは基本に忠実でありながら、独特な表現力で場を染め上げる能力に長けている。
今の園田智代子が吸収できる何かを持つのは、斑鳩ルカだ。独自性よりも、積み上げた表現力で、見る人の感性を喚起するダンス。
「ふむふむ……ふむ? ええと……その」
サムネイルの再生ボタンを押しかねている俺へ、園田智代子から怪訝な視線。
目を閉じる。自然と指は止まってしまう。
斑鳩ルカのダンスは完成されている。
基本に忠実ながら……見る者が見れば
それを見て、園田智代子がどう思うか。感じるか。
俺ですら少なからず衝撃を受けた。
俺自身は社長から相談を受け、ルカとは早期から顔を合わせていたのだが。同時期から親交のあったらしい風野灯織も、ダンスに関しては彼女へ積極的に意見を求めるほどである。
斑鳩ルカも普段のキャラクターとは別に。緋田美琴。七草にちか。そして俺が関わらない場面であれば、比較的アドバイスなどもしてくれるようだった。
目を開く。隣を見る。
「……あの、プロデューサーさん? どうか、しましたでしょうか……?」
園田智代子の待ちきれないと言った視線と表情が、こちらを覗き込んでいる。
彼女は何を思うだろう。天海春香らとはまた違う形。
天賦の才を持ち、それを絶えず磨いてもきた、輝く星のようなこれを目の当たりにして。
首を振るう。
これはやはり、乗り越えるしかない。
園田智代子がそこを目指し、俺がそうと望む限りは。
観念してタブレットを彼女へ。
膝の上に置き。フォルダ内で再生リストにしてあることを告げ、接続してあるイヤホンも渡す。
「……それでは、拝見させてもらいますっ」
ぴとり。
桃色の爪先が再生ボタンを押した。
道中。
飛行機が東海岸へ向けて飛び続ける中で。
俺は。
段々と青ざめてゆく園田智代子の横顔から、決して目を逸らさず。
震え汗ばむ彼女の手を、握り続けていた。
next:園田智代子③