プロデューサーは人でなし 作:どろまみれ
七草はづき②
判っていたことではあるが、昼の近いオフィス街の一角である。
やや早く出たとは言え、人手はそれなり。もうしばし時間が経てば、更なる人手でごった返すことだろう。
「ふふー。お食事、どこにしましょうかぁ~」
俺の少し前をとつとつと歩き、たまに振り返りながらはづきさんは尋ねる。
楽しそうだ。俺とはづきさんの昼食のタイミングが合うというのは確かにレアな状況である。
尋ねられた内容に対して考える。馴染みの……と言えば「たるき亭」はあるものの、ランチは記憶にない。「空腹度合いによるかなぁ」と返答する。
「それもそうですねぇ。……お腹、減っていますかぁ?」
減っている様な気はする。朝飯は野菜ジュースであったから。
笑われた。「同じですねぇ~」だそうだ。
ただ、重い物を食べたいという訳でもない。仕事中の呼び出しが来るのも心配だった。
もちろん、店に入った方が落ちついて食事が出来るという利点もある。どちらが良いという単純な比較はできはしない。良い点と悪い点。今の自分にとっての利点を、取捨選択出来るか。重要な点はそこだろう。
「ぷふっ」
また笑われた。
……要はどちらでも良いと言ったようなものなので、笑われても仕方は無いか。
「いえ。……ふふっ。お昼ご飯をそんな真面目に考えているとは思わなくって~」
どうやらツボだったようだ。口元を押さえ、肩を揺らしながら笑い続けるはづきさん。
笑顔になってくれるなら、気分としては悪くはない。むしろ良い。調子に乗って続けはしないが。
「はぁ~、笑っちゃいましたぁ。……あ、でもつまり。プロデュサーさんはそこまでがっつり食べたいわけじゃないんですね~?」
頷く。
料理はするが、それは休日の趣味
だからこそ社会人になってからはいまいち。どうせ普段は携帯食や弁当屋さんばっかり食べている。不満もない。
「お店に入ったら確かに、お仕事の電話が来たら困っちゃいますし~。でも、落ち着いて食べられるに越したことはない。……合ってますかぁ?」
またも頷く。
無論はづきさんが望むなら店に入っても良い。それはそれ、である。
「いえ~。わたしも、お店はこれから混み合っちゃいそうなので少し…・・。お腹は空いてますけど、お夕飯をいっぱい食べるので、お昼はいつも『お腹に何か入れとけば良いかぁ』
そう言いながら、お腹をぽんぽんといい音で叩く。
知っている。お互いにデスクに座ったままゼリーとパンをかじり、苦笑し合ったのも一度や二度の事ではない。
ならどうしようか。そんな空気になった所で。
「プロデューサーさん。あちらなんてどうでしょう?」
石畳風に舗装された街路を歩きながら、はづきさんが指さす。
公園だ。都心周りにあるにしては……いや、都心周りにあるからこそやたらに整備された、こじんまりとした公園。
……そう。この公園は、プロデューサーになってから。幾つもの思い出のある場所でもあるが……。
それはそれとして、指さされた側を見やる。
赤色のロンドンバスを改造改築した、バスキッチンが停泊していた。
看板も出ている。営業中のようだ。
「あれにしませんか~? 通りがかる度に気になっていたので、いちど食べてみたかったんですよね~」
否やはない。むしろ美味しそうだ。
俺ははづきさんと一緒に、公園の中へと歩いて行った。
・・・
2階建てのバスのうち、1階が調理場、兼、店頭。
テイクアウトも出来るようだが、物珍しさで店舗の中へ。2階に上がることにする。
アラカルトで楽しめるメニューのようで、店員さんによると夕飯がピークタイムのようだ。俺とはづきさんはそれぞれ別種類のバーガーと飲み物を注文する。先払い。
「初めて入りましたけど……いいですね~」
はづきさんに合わせて俺も周囲を見る。
いつも見ている公園も、二階建ての高さから見るとまた違うもの。視点はバスケコートよりもやや上だろうか。見晴らしの良さは段違いで、なにかの拍子に展望台から、青空と広がる街へ吸い込まれてしまいそうな感覚にも
気軽な雰囲気もあってか、もしもの時には店舗からバーガー咥えたまま駆け出せそうだ。やらないと思うが。
「わぁ~……美味しそう~」
程なくして注文したバーガーが運ばれてきた。
やはりバンズとかが全然違うので、手に持ってかぶり付くよりは、折角貰ったナイフで切り分けておく。
「わぁ~……美味しいですねぇ~」
はづきさんのわぁ~が止まらない。
実際美味しいし ―― ちょうど良い。
三大欲求の
……俺は貧乏舌、なのだろうか。プロデューサーがそれはいかがな物かとも思うが。
兎も角。そんな俺でも美味しいと感じる辺り、程よい味と程よいジャンクさなのだろう。万民に受ける味のように思えた。
「んっ、ん。……ごちそうさまでしたぁ」
レモネードを半分ほど飲みさして、はづきさんは手を合わせる。
俺もはづきさんにならって挨拶。目をつむってごちそうさま。開くと、眼前にも笑顔。
食事のタイミングを見計らって、店員さんがジェラートを運んで来てくれていた。
「あら~。デザート、もらっちゃっていいんですか~?」
夕のコースで出す物の試食で、最後に感想を貰えればいいとのことだ。
はづきさんはますます笑顔で、
―― 思わず視線が止まる。
わずかに上向き。逸らして見えた白い喉が動く。嚥下のために、上下に。
大丈夫だ。興奮はない。既に開発中のオナホが在る……在るのだ。
それに、
喉は必要な、生命線であるというのに。なのに、性欲処理なんかに使われるという倫理感のなさ。そこが良い。
だから、大丈夫。そう自分に……自身に、重ねて、言い聞かせる。
「美味しぃ~。……どうされました?」
食べないんですか、と聞かれた。
俺の前にもジェラートが置かれている。黙ったままだったのはマズかったか。
「少し、アイドル達の事を考えていました」と話し、こちらもジェラートを口に運ぶ、
「なるほどぉ~……あ、そうだった、そうだった。んよっと」
何かを考えた後、はづきさんはハンドバッグを漁る。
水性のマジックペン(極細)を取り出すと ―― 自らの肌に、左の手の甲に、
どばっと口内に溢れた
白地の肌に黒い線がのたくる。
何か間違えたのか指先でこすり。
黒さが伸びて掠れて、汚れになる。
目を奪われたこちらを余所に、メモは
「……あっ、これですかぁ? あとでアイドルの皆さんにも教えてあげようかなぁ~って。みんな、このバスのこと気にしてましたからぁ~」
要はメモ帳代わりに使ったのだ。自分の手を。
……危ない。いや。手遅れだろう。
座ったまま。話に乗って時間を稼ぐことにする
「ご心配なく~。はしたないので、事務所に戻ったらちゃんと
食事も美味しかった。デザートも美味しかった。
アイドル達が今この時間にも頑張っている。先ほどのジェラートは、試作品だと言っていたが……持ち帰りなどはできるだろうか。
「そうですねぇ~……うん。そうしましょう! 店員さんのこと、呼んできますね~」
言って、はづきさんは席を立ちあがる。
左手を机に突いた。「ジェラート」「お昼狙いめ」。文字が、否応なしに眼に入る。
店員さんを呼んできて。持ち帰りは出来るという話になって。会計を頼んで。人数分が出来上がるまで、席ではづきさんと他愛もないおしゃべりをした。
なんとか最後まで、机の下で屹立していたモノには気付かれず。
俺とはづきさんは、事務所へ帰ることが出来たのだった。
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・・・
やはり。父に似ているな、と思った。
仕事一筋という言葉だけでは分不相応なほどの、ワーカホリック。
社長からみても、彼は父に似ていると聞く。感覚的にもそうなのだから、いよいよ似ているのだろう。
彼はプロデューサーだ。この場合の仕事には当然、アイドル達とのコミュニケーションや営業回りのスキルも含まれる。
事務職や介護職(わたしが夜勤のアルバイトで経験したことがある)などと比べれば、仕事の幅はとても広い。精神的な
ただ、わたしはそれに近い形で破滅した近親者を知っている。
知っているし、覚えているし……どうだろう。憎んでもいるのかも知れない。
忙しくなった原因のひとつだから。体力を削って削って、働かねばならなくなったから。
……いや、正確には違うだろう。
彼が許容量を超えて働いていたこと、それ自体には恨みなどない。
そうするしかなかった環境。それには多少の文句もいいたくなる。このくらいの心持ちだ。
妹がいた。
なにかと苦労する年頃で、気性で、感覚で。
それでも普通の、わたしの妹。
何を思ったか。どうやってあの
彼女もアイドルになった。これに関してははっきり、わたしは気後れがある。
率直に言えば、心配の種が増えた。それだけだ。
忙し過ぎて働き過ぎて、父の事を思い出す暇も。この環境を憂うこともなく過ごしてきた。
つい昨年からだ。小さな事務所なりに仕事が回り始め、資金が
そして驚くほどの好待遇になった。全ては社長と、わたしの必要性を推してくれたプロデューサーの彼のおかげだろう。
元からやっていたアイドルへのレッスンなども本格的に給与に含まれるようになった。
大家族ながらに少しずつ余し、貯蓄なんかも出来るほどに ―― 救われた。
わたしは結局、家族として父を求めることはなかった。
最後の最後まで、家族としてのわたしを求められた記憶もなかったからだ。
わたしにしても、結局は、仕事しかなかったのだし。
お
だから。
どうしよう。どうすべき。アプローチでは決してないが。
アプローチも、面白そうではあるけれども。それは伏せて。
まとめよう。
単純に。
わたしは。
彼が。プロデュサーが。
そんな小さな事で、わたしに優越感を抱かせてくる彼が。
彼に対する ―― 接し方も、かき乱されがちな
なにひとつ判らないまま、同僚を続けているのだ。