※この作品はR-18です。

いやし屋 なきり   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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疲れた男と花の幽世

 

 ――満たされない。何をしても、何を手に入れても……心が飢えたままだ。

 

 そう実感したのは、社員たちのほぼ全員が定時で帰り、ガランとしたオフィスにセキュリティを掛けて退社した後のこと――帰路の電車に乗っている最中だった。

 

 まだ満員になる前の余裕がある車内で、吊り革広告を眺めて、スマホで電子書籍を読んでいるときに……持病のような〝心の揺らぎ〟が湧き出した。

 

 一念発起し、起業してから4年弱。身内だけで始めたスタートアップ企業である我が社は、『脳内にあるイメージをデータ化し、他者に完璧な状態で伝える技術』を開発して特許を取り、クライアントとクリエイターを繋ぐサービスを提供し――結果として、大きな成功を収めることができた。

 

 人は、脳の情報を高解像度で出力することができない。文字や絵の具といった出力装置に一度変換し、相手に伝える必要があるのだが……この変換作業ではスキルや素養の有無、解釈の仕方といったものの影響で解像度が自動的に下がってしまう。

 

 だからこそ、この技術がどれだけすごいもので、夢に溢れているのかは容易に想像できるだろう――が、実現した革新は思わぬ余波を生んだ。バーチャルワールドで生きる人々がそのプログラムと繋がると、『言葉にできない想い』を感じ取ったり、『イメージを実体化する力』に応用したりするようなことができるらしい。

 

 偶然かもしれない。時代にマッチしていただけなのかもしれない。けれど、俺たちは莫大な富と名声、そして各所からの信頼まで得ることができた。

 

 今では、かつて憧れるだけだった企業と技術使用に関する契約を結べたり、この小規模の事業所に似つかわしくないような……詳しくは言えないが、国の根幹に据えられる事業に深く関ったりするほどの会社に成長した。

 

 当然、その成功で得たものは大きかった。カネも、サケも、オンナも……俺を支えてくれる社員たちが満喫しているように、全部、欲するままに手に入れられるだろう。

 

 ……しかし。俺が欲しいものはそこに無く――どうしても、物理的に手が届かない。他のもので代替しようと試みても、その途中で虚しさを感じてしまうのだからどうしようもなかった。俺と同じ想いを抱いている人は、世界に何人もいることだろう。

 

 人間の欲望の深さと複雑さには驚くばかりだが、その深みの中にこそ、世界を発展させるための〝可能性〟が眠っており、俺たちは成功できた。仕事を通じて紐解いてきたことは、人類が急速に歩んだ進化の軌跡に他ならない……この〝よくある悩み〟も、発展の原点になる日が来るのかもしれない。

 

 ……とはいえ、だ。『人が見た夢』をカタチにできる一部の顧客から『人類の宝』と呼ばれるぐらいになった俺たちは……どこまで、いつまで頑張ればいいのだろう。俺たちは、いったいどこまで走り抜ければ……人生のゴールと呼べる場所に辿り着けるのだろう。

 

 時代の先端で風を切り続けた自負はある。俺たちは誰かの未来を確かに拓いた。それでも、人の欲望は尽きなかった。『まだまだ進化できる可能性が眠っている』あかしなのだろうが……詰まる話、努力と苦労に限界がないのだ。

 

 もちろん、さらに便利な世界にできるように、俺も社員も努力は続けてはいる……だが、誰かの未来を再び変えられるような革新的なアイデアはそう簡単に湧いて出てくるものではない。

 

 簡単に言ってしまえば……他人の未来を拓いたクセに、自分たちの未来が見えてこないのが現状だ。大成功の果てに、俺たちは高すぎる壁にぶち当たったような無力感を味わっていた。

 

 社員たちのように酒をあおって、吐き気に似たストレスと不安を胃袋まで押し返せば楽になれるのだろうが……どうしてもそんな気分にはなれない。俺はただ、懐だけは温かいはずの毎日の中で、心が冷え込み続ける虚無の時を過ごしていた。

 

 気温が高くてもサムい日常への興味は、とうの昔に薄れていた。ブレイクスルーとなる新技術についての考え事をしているうちに、いつの間にか帰路が終わっていたらしく、俺はスーツを着たままベッドに身を投げ出した。

 

 死んだ目を細めて見つめるスマホで動画配信サイトにログインし、日課をこなす。自分が愛して止まないアイドル――百鬼あやめのページを見て、配信が行われているかをチェックすることを絶対に欠かさない。彼女のかわいい姿に見惚れて、声を聞いて癒やされることだけが俺の生きがいになっているのだ。

 

 ……だが……今日も通知マークは点灯していない。昨日や一昨日……数ヶ月前から、何も変わらない日常の風景だ。

 

 わかっていたことだし、仕方ないことだと頭で理解している。彼女はさまざまな事情があって、満足に活動できない状況が続いているのだから。きちんと説明もされているし、俺はその言葉を信じて、ずっと待ち続けてきた。

 

 ただ……あやめを求める心が、納得してくれない。あやめの存在を目と耳で感じたい身体が、どうしても落ち着いてくれない。

 

 シーツを握る。スマホを持った手で枕を叩く……やっぱり何も変わらない。仕事を特に頑張った今日も、何も変わらない……何も、変わらないのだ……!!

 

 どうしても、あの子に会いたい……今すぐに会いたかった……。いつも想っていることではあったが、人生の虚しさに満ちていた今夜は、特に強く願っていた。

 

 冷たい現実を突き付けられ、さらに心の温度が下がっていくのを感じた。俺は何も上手くいかない現実に嫌気が差して、スマートフォンの画面を消さないまま、不貞寝をするように目を閉じた。

 

 ……心身が疲れていたせいか、水中に居るかのような浮遊感に揺られながら、ゆらゆらと微睡みの中に落ちていく……。

 

 意識がぷつりと途切れる瞬間――誰かに、手を優しく包まれて、どこかに向かって引かれたような気がした。

 

 ――――――

 

 ……いつの間にか、熟睡してしまっていたようだ。寝すぎたときによく感じる倦怠感の中で、中途半端に覚醒した頭がクラクラと揺れる視界にピントを合わせていく。

 

 そこで、違和感に気づいた。ベッドで眠っていたはずの俺は、建物内の廊下に立っていた。高そうな内装とふかふかのカーペットがその建物の高級感を強く滲ませているが……扉が広い間隔で並んでいるため、マンションやホテルの内廊下のように思える。

 

 室内をほんのりと照らす乳白色のライトに、半覚醒の身体がゆっくりと目を醒ますが……どこか、夢心地の気分が抜けきらない。

 

 おそらく……かなり鮮明で、感覚が通った夢を見ているのだろう。この廊下も、扉たちも……どこかで見たような光景だったために、「頭の中に蓄積した記憶が整理されている最中なのだろう」と容易に想像できた。

 

 俺は寝ぼけた頭をゴンゴンと手首で叩いてから、目の前にある扉に、惹き込まれるように手を掛ける。「ここに入らなければいけない」と感じたし、この扉だけが自分を受け入れてくれると、漠然と感じていた。

 

 扉の中に入ると――ぐらり、と世界が、あるいは俺の意識が歪んだ。そう表現することでしか表せない……今までに味わったことがない、なんとも不思議な感覚だったのだ。

 

 一瞬の頭痛と立ちくらみに襲われた。視界を捻じ曲げるかのような……夢と現実を力づくで混ぜ込むような違和感はすぐに消えて、視界に広がった光景にただ驚いてしまう。

 

 そこには、和風の装いと絢爛に華やぐ景色――ドラマで見た遊郭のような、お屋敷を思わせる内装の廊下があった。うす暗い室内なのに、心をくすぐるような華やかさを感じさせる。

 

 さらさらと水が流れる小川に赤い橋が掛かっていたり、ぼんやりと光る提灯が床を照らしていたり……派手な和柄があちこちに飾られている光景に、思わず眩暈を覚えた。

 

 夢としか思えないが……肌に触れる風も、鼻に届く甘い花の香りも、全部がリアルで生々しい。幻想的な雰囲気とロマンを生身で確かに感じていると――とつとつと、ひかえめな足音が聞こえてきた。

 

「ふふ……そんなにキョロキョロしてると、おのぼりさんみたいだな♪」

 

 視界の外から聞こえた声に、思わずドキリとする。それは、この耳がずっと待望していた音であり……世界で一番愛しいと思っていた、帰りを待ち続けた女の子の声だった。

 

 ぎこちない声に、油が切れたロボットのような動きで振り向くと……そこには、いつも配信画面やグッズで見ていたアイドル――百鬼あやめが、薄く微笑みながら佇んでいた。

 

「おかえりなさいませ、人間様。『いやし屋 なきり』へようこそ……なんてなっ♡」

 

 色素が薄いのに温かな彩りを感じる長髪が揺れ、髪飾りの鈴音がからりと合わさった。和風な内装にぴったりと合った雰囲気を醸し出しながら、鬼ツノと長い八重歯の妖しさでうす暗い室内にもマッチしている……その姿は、紛れもなく百鬼あやめとしか思えないものだった。

 

 だが……清楚で可愛らしい印象が強いはずの彼女は、なぜか、丈が短すぎる朱色の和服……いや、もはや〝はっぴ〟を羽織って帯を締めているだけのような格好をしており、瑞々しい肌を惜しげもなく晒している状態だった。

 

 それは、和風のピンサロや風俗でよく見る、性的な魅力に特化したペラペラな和柄衣装に似ているような気もするが……不純な考えをしすぎだろうか……。

 

 しかし、「そう思っても仕方ないだろう!」と脳内の自分が抗議する。そもそもこの夢想的な場所は遊郭にも見えるし、あやめの肌の露出の具合は相当なものだった。

 

 帯でたわんだ部分から覗いた、そこまで大きくはないがカタチが良くてしっかりと隆起している胸のほとんどが下着で覆われていない。紐のようなモノはギリギリで見えるため、マイクロビキニのような肌着は身に着けているらしいが……肌から少し浮いたブリッジがまたエロティックだった。

 

 布地が足りていない下半身は、ぴらぴらとしたフンドシのような布地が垂れている。向こうの肌色が透けている向こうに、なだらかな膨らみの気配を感じる……もしや、かなり薄めのフンドシを……?

 

「ちょ、ちょっと!? いや、あの、そのっ……ふんっ……どっ、どこ見てんの!ばか!えっち!」

 

 顔をボッと赤らめたあやめに肩を強くどつかれ、身体がよろける。目は興味の対象をバッチリとロックオンし続けており、衝撃でズレた視線の先では、あやめの動きに合わせて――ぴらっ♡と布が翻る。

 

 猛烈にセンシティブなチラリズムの隙間から、肌色の柔らかそうな丘が顔を出していた。その白い布が、フンドシですらなく、ただ股間の前で垂れているだけの布であることがわかってしまった。股間の前部分だけを覆う超絶ミニスカートのような格好なのに、パンツすら穿いていないらしい……あれでは、はっぴで隠れているお尻は丸出しの状態なのではないか。

 

「……あ、あんまし、見ないで……! 余だってさ、こんなえっちぃ格好……好きでしてるんじゃないんだからねっ……!」

 

 袖で口元を隠したあやめが、心底恥ずかしそうにもじもじと身をくねらせた。その〝しな〟がある仕草は育ちの良さと上品さを感じさせるもので、あやめのイメージとぴったり重なる……いつもの可愛さに満ちた衣装とはかけ離れた格好でいるというのに、何よりもあやめらしく感じさせてくるのだ。

 

 憧れの存在で、ずっと待ち望んでいたあやめに突然遭遇したこと。あやめが風俗店のキャストみたいなエロい格好をしていること。相反する欲望がごちゃ混ぜになったかのような状況に、呼吸の仕方すらも忘れる衝撃を受けていた。

 

「あ、あの、大丈夫……?なんかめっちゃゲホゲホ言っとるけども……! 背中をね、こう……スリスリしてあげよっか……?」

 

 あやめの繊細な手つきで背中を撫でられ、少し落ち着きそうだったが……背筋を温かく癒やす感覚が、現実のものとしか思えず余計に混乱しそうになる。

 

 なんだ、これは……? いったい、俺の身に何が起きているというのだ……!?

 

「よしよーし……落ち着いて、ゆっくり呼吸しようねー……♡ 余もねぇ、ミオちゃんにこうやってナデナデしてもらったとき、すっごく気持ちよかったから……人間様もね、すぐによくなりますようにっ……あははっ♪」

 

 すりすりと、程良い感触で温もりを響かせるように、あやめが自分よりも一回り以上大きい男の背中を撫で回す。

 

 その優しい施しは、焦燥と混乱と興奮で満ちていた心を少しずつなだめてくれた。呼吸が落ち着く頃には、吐き気を催すほどの感情の乱れはかなりマシになっていた。

 

「ん……よし、良いカンジになったな♪ 人間様の顔色な、さっきよりすっごい綺麗になったぞ!」

 

 にっこりと笑顔を華やがせる可憐な少女の癒やしと、過激すぎる夜の和装束の刺激が合わさり、人生で味わったことのない昂揚感に襲われた。

 

 子供のように、焦りに焦って、目のやり場に困っていると……あやめがそっと手を握って、優しくリードしてくれる。

 

「……じゃあ、そろそろね……その……お部屋に、行こっか……?」

 

 それこそ、まるで風俗店で嬢に出迎えてもらって、そのままプレイルームに向かうときのような……いや……お姉さんが年下の子供の手を引くような……なんとも言えない包容力と温もりに満ちた雰囲気で、あやめは迷える男を夢想の世界に引き込んでいった。

 

 

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