「……人間様、ちゃんと約束守ってくれたから……一個だけ……最後に〝お願い〟を聞いてあげる……っ……♡ 今宵の余にシたいこと……なんでもよいよ……?」
あやめの問いが世界に反響して、時が音を立てて止まったような気がした。
10センチも離れていないところにある唇は、ふうふうと興奮を漏らして、薄紅色をてっぷりと濡れさせている。紅い瞳には熱っぽい潤いが満ちており、その身体に宿る情欲の灯を揺らがせていた。
「ん……っ……♡ ねぇ……こんな近い場所で、そんなに見つめられたら……さすがの余も、恥ずかしいんだけどっ……♡」
そう言いながらも、首に回された腕は解かれない。俺があやめの背に震える手を回して、わずかな力で抱き寄せても……拒否されない。
理性の蓋をぶっ飛ばした、湧き上がる焦燥感と熱情のせいで全身から汗が噴き出す。ようやく収まりかけていた勃起が、あやめの熱く潤んだ尻肉とヌメヌメの体液に包まれて――再び燃え盛ろうとしていた。
試しに、股間をピクリと震わせるが……あやめは「んっ……♡」ともどかしそうに腰を震わせるだけで、逃げるどころか下半身をより密着させてきた。
「……お尻に、硬いのが当たっとる……っ……♡ エステで、血行が良くなっちゃった……?♡」
今なら……ずっと夢だった、あやめを抱き締めることも……いや……セックスすることすら、許されるのではないか……?
何かを待つように、こちらを見上げてくるあやめの服から帯を引き抜き、布きれのような薄膜を剥がして……立派に膨らんでいる女の子の果実をふるんと揺らす。
マイクロビキニからこぼれた薄桃色の乳首と、出来損ないのフンドシみたいな布から覗く恥丘を無防備に晒させて、彼女をベッドに押し倒した。
「や……ぁっ……♡」
あやめの立ち消えそうな声は、部屋の中に居る自分だけにしか聞こえていないはずだ。
このまま覆いかぶさって、蜜をたっぷりと含んだカラダをむしゃぶり尽くしても……きっと、誰にもバレないだろう。
署名させられた同意書は強要こそ禁止していたが、性交自体を禁じる文言はなかった。だから、こうしてあやめを見下ろしながら……布の隙間にペニスを挿し入れても……問題はない……。
「…………人間、さま……♡」
物欲しそうに濡れた瞳で、あやめがこちらを見つめてくる。そして……衝動をいきり立たせる俺を挑発するように、陰茎の幹にそっと手を添えてきた。
上気した頬の赤み。ツンと尖った乳首のぷっくりとした膨らみ。淫蜜に濡れる花びらの粘り気。そして、溜まっていた精液を吐き出させるように、肉幹をしごく手の動き。どの部分をどう見ても……エッチをしていい流れでしかなかった。
配信やアーカイブの視聴中、不意にあやめを性的な目で見てしまい、自己嫌悪に陥った夜の数は計り知れない。『アイドルを推す気持ちと性欲は切り離すべき』という、どれだけ理性的な正論で取り繕ってきても……ナマのあやめを前にすれば、男の我慢は簡単に揺らいでしまうらしい。
それほどまでに、あやめが放つ色香は濃厚で甘ったるい毒気を漂わせ、俺の理性を狂わせる。ペニスが脈打つたびに思考が飛び、あやめとセックスをするために推してきたのだと思い込んでしまう。
……俺は、閉塞的で虚無だった現実から離れ、夢が叶う瞬間の目前にまで辿り着いていたようだ。初夜に臨む学生のように、ごくりと喉を鳴らし、犬のように鼻息を荒げて……あやめのマイクロビキニに手を掛けた。
「…………っ……♡」
あやめは、俺に全てをゆだねて……ギュッと目をつぶった。まつげをかすかに震わせて、可憐な肢体を悩ましげにくねらせて……女の子のニオイをふんだんに薫らせてくる。
鼻腔の奥をエロスでくすぐられ――理性の限界を感じた。感情の極限にぶつかった。ずっと遠くに感じていた最後の〝壁〟に、物理的に手が届いたのだ。
あやめの温もりと柔らかさが、すぐ傍にある。あと1センチ……あと5ミリも近づけば、あやめと完全にひとつになれる。
陰嚢の中で渦巻く精気が心と血潮を走らせる。反り返りが激しく、コントロールできない陰茎を白布に食い込ませ……くちゅっ♡くちゅっ♡と、淫らな蜜音を響かせる。
「んぁっ……ぁぅっ……♡ はっ♡あんっ……♡ に、人間様っ……んっ、んぅうっ……♡」
亀頭で淫溝をなぞると、あやめは下唇を噛みながら腰を震わせた。とぷとぷと溢れる愛液の量が増し、ぴっちりと張り付いて肌が透ける布が黒ずんで……ペニスを欲しがるくぼみのヒクつきすらも透過させていた。
「はぁっ……♡ はぁっ……♡ 人間……さまっ……♡ このまま……余と……んぁっ……♡」
瑞々しい二枚の花びらを押し拡げて、布をナカまで食い込ませる。我慢汁で濡れた粘膜の先端で、あやめの膣内の熱さと濡れ具合を感じ……そこにあった壁を取り払おうとした。
『【ダメになりそうだった事業が成功しそうです】……!? えー!やったな、人間様っ! おめでとうな!そういうの聞くと、余も嬉しいよ!!』
湧き上がる肉欲にまみれた夢に、手が触れる瞬間だった。あやめと紡いできた〝おもいで〟の全部が、魂の奥底から溢れ返る。
ゲームを楽しむ気持ちに共感した。まばゆい光とクリアな音を散らすようなライブで熱狂した。つらさの中でも頑張る姿に声援をかけ、受け取ってもらった。
画面の向こうで生きている存在。愛らしい姿と声でリスナーを癒やす鬼神様。そして、ステージの上で輝くアイドルで……俺の〝支え〟だったひと。
サラリーマンをしながらの研究開発に限界を感じて起業したとき。駆け出しの事業でコケかけたとき。事業でようやく上手くいきそうになったのに、突然梯子を外されてベキベキに折れて――思いもしなかった援助や友との再会を経て再起したとき。
このひとは、いつも――いつもずっと、俺に希望と夢を見せてくれていた。画面越しのすぐ近くに存在を感じる花であり、ステージ上に舞い揺れる煌めきの華でもあった――百鬼あやめは、俺が生きがいを感じるほどに大好きなアイドルなのだ。
――『一個だけなんでもお願いを聞いてくれる』。その問いに答える解など……〝これ〟以外にあるはずがないだろう。
オイルと汗が染み込んだトップスをずらし、ぷっくりと粒だっていた蕾の先端を――そっと隠させる。はみ出ていた恥丘を布きれで隠してから、あやめを抱き起こした。
「ん……えっ……? 人間様……どうしたの……?」
キョトンとしている声に応えるように、向き合って座るあやめの両手を、包むように手に取った。
――『 』。
俺は、心に溜まっていた想いをそのまま伝えた。小さな器から私欲が溢れ、泥のように汚れたお願いを口にしていたことだろう。
だが……それでも、もう抑えきれなかった。この言葉を伝えたくて、それでも叶わなくて……ずっと我慢してきた願望だったから。
「……え……? そんなんでいいのか……? ほんとうに……後悔、しないか……?」
あやめは、やや心配そうに歪めた表情でこちらを見つめてきた。それに確固たる決意で頷くと――「……そっか……♪」と、硬く閉じていた蕾が花開くように、とても柔らかな笑顔を見せてくれた。
それは、施術前に見せた無感情の表情とは真逆のもので……あやめが配信やライブ中に見せてくれていた、俺が愛して止まない可憐すぎる宝石だった。
「……はぁ~……あの、人間様……。思わせぶりなことしておいて、ごめんなんだけど……ちょっとだけ、余の話を聞いてくれる……?」
あやめは憂いに濡れた赤い瞳を揺らがせて、覆い被さろうとする俺の胸板を軽く押し退ける。
素直に従った俺を見て、あやめは、はだけていた衣服を直して大きく息を吐いた。
「…………人間様が真面目な人でよかったよ……。これ以上恥ずかしいことを重ねたら、さすがにアレだったし……うん……助かった、と思う……」
あやめは布団の脇に置いてあったタオルで、しぼみ始めた男の股間をそっと隠した。身体的には残念すぎるムラムラと爆発直前の消化不良が残っているのだが、元々あってないようなセックスのチャンスだったのだ……まあ、仕方ないだろう。
しかし、そこまで恥ずかしがっているなら――あやめは、どうしてあんなにも挑発めいた性的な誘惑を仕掛けてきたのだろうか。
あやめにそのことを問うと、カッと頬に紅葉を散らせたあやめが「あの……ほんとに、期待を裏切っちゃってごめんね……」と謝りながら、気まずそうに語りだす。
「アイドルとして活動を始めてからな……まあ、そのぉ……ご無沙汰、しておりまして……。人肌の温もりに飢えていたというかですね、なんというか……あの……さ、察してください……! ねっ!いいですね!?」
あやめのカミングアウトは、アイドルとしての処女性を信じるファンにはキツイものだったかもしれないが……童貞でもなく、何度か風俗にも行ったことがある自分がとやかく言えたことではないだろう。
逆に、うら若い乙女が――鬼神だから年齢や人生経験は人間換算で計れないかもしれないが――アイドル事務所に入って、四年近くも色恋を我慢していたことは素直にすごいことだと思う。
あやめの容姿と性格、声、透き通るほどに儚い歌声、料理上手等の良妻スキルの数々があるなら、言い寄ってくる男など星の数ほど存在するだろう。
それら全てにNOを突き付けて、アイドルとしてファンだけを見続けてくれた。それ事実は、十分すぎるほどに守られていた〝操〟そのものだ。
「だから、その……さっきは、そういう気分だったの……!! 余だってね、女の子だから……あの……ちょっと……『あ~、欲しいな~』ってなるときぐらいありますから!! 百鬼あやめ、生きてます!わかってください!」
あやめは珍しく感情を剥き出しにし、唇をむっつりと怒らせていた。余計な言い繕いをせず、はっちゃけるように自分の痴態を認めてしまう。
風呂でタオルの中を覗いたり、エステの途中に過激なスキンシップを図ったりしたのは、積み重なってグツグツと煮込まれた性欲が顔を出してしまったらしい。
ちょっとお腹は出ているが、それなりに鍛えている壮年の男体を前にして……欲望を持て余し気味だった女体が、ムラムラしてしまっただけのようだ。
「……はぁ~……思い返すだけでも恥ずかしい……。アイドルなのに……あんなねぇ……スキモノみたいに……ねぇ……? ああいうときにさぁ、流されそうになっちゃうのは……さすがに、こまっちゃいますねぇ……?」
眉を困らせ、赤面したあやめが苦々しく笑う。キワドイ部分へのドレナージュや、チラチラと見えていたあやめの裸体に興奮しまくっていた俺も、男女が浮かれてしまうほどの汗と熱気を味わっていた片割れなのだから……その気持ちは痛いほどにわかっていた。
俺は、相手があやめでなければこうして踏みとどまれなかっただろうし……断られなければ、そのまま濡れた性器同士で熱い情欲を迸らせたことだろう。
――もし、俺が『あやめとセックスしたい』とお願いしたら、どうなったのか。俺がそう問うと、あやめは困ったように目を閉じて……迷いながら口を開く。
「……わかんない。さっきはこう、余も〝そういう気分〟になってたから……流れで、シちゃったかも……なんて……」
「アイドル失格の答え……かもだけどね」とあやめは恥ずかしそうに続ける。恥じらいと同量の気まずさを表すように手の甲を掻いて、ムチムチのナマ脚をもじつかせていた……先ほど見た秘部の濡れ具合から察するに、かなり情欲を持て余していたのは事実なのだろう。
先ほどの性欲が融け合った雰囲気の間にあったのは、学生の頃に開いた宅呑みのような、若いオトナが感じる生々しい〝駆け引き〟そのものだった。酒が入り、ワンナイトラブを『お互いに拒否しない』ような……あの、浮つくほどに熱かった肌の温もりと汗の粘り気を思い出す。
あやめとエッチをする機会を逃したことに少しばかりの後悔をしながら、俺はその夢の残滓を吹っ切るように『俺に強姦をされることは考えなかったのか?』をたずねる。あんなにキワドイ施術をしていたのだから、そのリスクは大きかったはずだ。
「あ、うん……人間様がもし違反行為を……無理矢理にエッチとかしようとしたら〝ここ〟が強制終了して、余も帰れるように設定しておいたから」
「お気づきだろうけど、ここ、バーチャルワールドなんで」と続けたあやめが指を差した先には、俺がサインをした同意書とバインダーが置かれていた。
詳しい仕組みはよくわからないが、あの紙にはそういう強制力があったようだ。ファンタジーものでよく見る、魔術の巻物や契約書のバーチャルワールド版みたいなものだろうか。
しかし、あのペラ紙にはそういう意味があったとは知らなかった。廊下の雰囲気や案内された部屋の状態から、俺はてっきり……ここがそういう風俗店だと思ってサインをしたのだが……。
「フーゾク……んぁっ? いや、えーと、ですね……うん、あの……マッサージを始める前に言ったと思うけどな……? ここ、そういう〝お店〟じゃないって……あれ……? もしかして、余……大事なコトを言ってなかったり……しますかね……!?」
あわあわと朱に染まった頬を手で押さえて、「あれぇー……!?」と素っ頓狂な声を上げるあやめ。俺たちの間にあった奇妙なすれ違いが顔を出したせいで、思わずキョトンとしてしまう。
『これ、同意書な? ここ、そういうお店じゃないんで……約束してもらいたいコトがね、こう、たくさんあるんですね……?』
……そういえば……あやめは最初から、『ここで何をするか』は明確に表現してこなかったような気がする。たしかに〝サービス〟ではあったのだろうが……俺が想像していたものとは少し異なっていたのかもしれない。
あくまで、それを彷彿とさせる雰囲気や応対をしてくれていただけで、結果としてメンズエステに限りなく近い施術とスキンシップを図ってくれていた……ということなのだろうか。
……だとすれば。それはそれで、俺がホンモノだと認識しているあやめが『どうしてこんなことを俺相手にしているのか』――聞いておかなければ、さすがに後悔しそうだった。
ここがお店ではないのなら、こういったサービスで主な目的とされる金銭だって発生しないはず。それなら、彼女は何を求めて――なんのために、あんなことをしていたのか。
あやめにそのことを問うと、彼女は顎を人差し指の先っぽでクリクリと撫でて、天上を視線でさわさわと撫でるようにそらんじる。それは配信でたまに見せる、ぽけーっとしたような表情だった。
あやめはどこか抜けている天然系の鬼神様だとよく思われている……が、その口ぶりや思考の展開速度には、論理的な情報の整理能力と地頭の良さがまざまざと表れている。
彼女が周囲の話を聞いていないときもあるが、あれは自分の中で情報を整理しているときなのだろう……俺があやめに興味を持った理由も、その鬼神らしい〝知的かつ論理的で、良い意味で浮世離れしたところ〟に魅力を感じたからに他ならない。
「えー、そう聞くってことは、余がナマの〝百鬼あやめ〟だとわかってくれてるって前提で進めていいと思うんだけど……。この時間と空間は、ずっと余のことを信じて、待ち続けてくれていた人間様への〝お返し〟として余が用意したつもり、です……。だから、んー……余が求めているものとかは……特に無かった……かな……?」
「あ、強いて言うなら、『人間様の満足』ですかね……?」と続けたあやめは、胸元のくぼみをそっと撫でていた。
「これはオフレコなんだけどもね……いろんな事情があってね、まだ復帰に時間がかかりそうだったんよ。それで、余も活動できなくて、もやもや~って罪悪感を抱えていたし……人間様の心はどんどんパンパンに膨らんでいくし……もう、これしか手がないかな、って……。それで……がんばりました……はい……」
心優しく、ファンを大事にしてきたあやめがそのように焦る姿は容易に想像できるが……どうして俺を相手に選んだのだろうか。
そう疑問に思ったとき……自分とあやめの間に……おぼろげだが、確かに見える光で出来たヒモのようなものが見え始めた。その〝繋がり〟は、先ほどあやめが撫でていたあたりのところから発せられているようだ。
「あははっ……。それは……余にはもう、人間様しか……あなたしか、いなかったから……だな……」
『そんな簡単なことを聞かないで』と言わんばかりに、あやめは切ない笑顔を浮かべていた。そこには、ヒトという生き物が持つ愛くるしさと脆さ、醜さを全て詰め込んだような……生臭さの残る、雨上がりの花香が満ちていた。
その懐かしい香りが呼び起こしたのだろうか――脳裏に痛みのような刺激が走り、かつての古ぼけた記憶が突然現像液に浸されたように蘇る。
この古傷の痛みは……かつて惹かれ合うように恋仲となった女性との思い出だ。
雑談の話題も、食や趣味の好みも、カラダの凹凸も……全部がぴったりと合うような、奇跡的な相性の良さを感じていたひとだった。
一人ずつの人生からふたりの生活へ移行する段階で、さらなる幸せを求めた矢先に――理知的な彼女らしくない非論理的な感情論と、俺の冷静すぎた正論が衝突して、そのまま別れることになった。
豪奢な指輪ではなく、経験を得られる海外旅行に充てるべきだと語っていたのは彼女だった。贅沢な暮らしではなく、物事の本質に触れられる貧しさの中で生きたいと言ってくれたのは彼女だった。
過去の発言との矛盾を指摘しただけなのに、あんなにも逆上するなんて誰がどう見てもおかしい……いや、違うな……こんな不満は、俺の視点だけで物事を見た、女々しい言い訳でしかないのだろう。
子供の頃から勉強と研究ばかりだった彼女は、社会に触れて〝人間らしさ〟を取り戻しただけだ。就活に失敗して安月給のサラリーマンになった俺に、彼女が爆発的に膨らませていった物欲を満たせるほどの財力がなかっただけの話だ。
……そうだ。終わった話だ。今の正論が将来的に彼女の幸せを作ると思い込んでいた。それが間違いだった。だから彼女は俺との未来を望まなかった。
そんな単純明快な事実の羅列を、俺はいまだに忘れられず、納得できないままでいる。三次元の女性に性欲なら抱けても、好意を持つことができなくなるほどのキズに……心から怯えていた。
記憶力にはそれなりに自信があり、開発面でもこの資質に助けられているのだが……この無力の象徴がそびえ立つ地盤の固さを裏づけているのは、どうにも皮肉な話だと思う。
「……人間様も……余と、同じ境遇で、同じ気持ちなんじゃないかなーって……勝手に思っとるんだけど……どうですかしら……?」
かつて全てを失った俺にはもう、あやめしか居なかった。この心の飢えは、あやめ以外では満たせない。その事実が、嬉しすぎる問いに頷きたくなってしまう。
しかし……風にそよいだあやめの花は、触れてしまえば粉々に砕けてしまいそうなほどに繊細だった。身体をよじりたくなる鈍痛を覚えた俺は、その既視感がある顔を直視することができなかった。
……あやめには、俺の〝憧れ〟で在り続けてほしいのだ。理性の戻った頭と、あやめを二次元の存在として愛している心が――そのリアルで生々しい感情の波に怖気づく。
俺は話を逸らすように、『どうやってこんな空間を用意したのか』を問うことにした。
「……え? あ、うん……二年ぐらい前からうちの事務所で使えた、イメージをデータ化できるすっごいシステムがあって……。それを使って……人間様が一番望んでいたもの、用意したつもりだったんだけども……」
異なる道に逃げ込んだはずなのに、俺が中心となって開発した技術についての言及がなされて思わずドキリとする。
あやめが所属する事務所用に、専用カスタムを施したシステムを供与したとき、どういった用途で使うのかも、その成果も聞いてはいたが……あやめの口から直々に話されると、少し緊張してしまった。
それより気になったのが……『俺が一番望んでいたもの』という文言だった。あやめはそう言ったが……それがどうして、ヌキなしのメンズエステ風のお店チックなサービスに繋がったのだろう。
俺が不思議そうにあやめの顔を眺めていると……あやめは苦虫と羞恥の甘酸っぱさを噛み潰したように、唇をぐにゃぐにゃと震わせた。
「………………人間様……余のこと、たまにエッチな目で見てただろ……?」
グサリ、と胸に事実のナイフが突き刺さった。SNSやコメントでも、そんなことを伝えたことはなかったはずだが……。
……もしや……先ほど見えた、胸と胸をつないでいた紐のようなものが原因なのだろうか……?
「あらまっ、察しがいいですねぇ……。さっき言った技術って、バーチャルワールドだと本当に幅広く使えるんだけど……〝人間様たちが住んでいる次元〟と隔てている、うす~い壁に穴を通すこともできるんだ」
あやめがコンパクトにまとめた説明によると……バーチャルワールドからリンクを埋め込むと、画面の向こうに居る俺たちの情念や感情の起伏まで感じ取ることができるらしい。
その情報だけでは、プライバシー保護もへったくれもない応用の仕方のような気がしたが、どうやら〝次元の壁〟に関連するルールがあるようだ。
「リンクの埋め込みは人間様たちが強く望まないとダメだし……想いの共有をするときには、余のチャンネルに来てくれたり、SNSとかの投稿を通じてインターネットに〝なにか〟を反映したりしてもらわないといけないんだ。『お嬢と繋がりたい』って、心の底から思ってくれている人じゃないと繋がれない……こっち側から〝だけ〟だと、壁に穴を開けられないんよ」
双方の同意――というよりも、感情のリンクはこちら側が強く願って初めて成立する条件のようだ。非公開のアカウントにフォロー申請をすることによく似ている。そして、ネット上に文字やイラスト、音楽、音声などで感情をアップロードする必要がある。メッセージの添付ファイルが〝感情〟というイメージが近いかもしれない。
この話をされているということは、俺もその繋がっているファンの中の一人ということなのだろう。『百鬼あやめ』と〝俺〟で、アイドルとファンとして最高の関係を築くことを望み続けてきたし……毎日あやめのチャンネルにアクセスしていたから条件も満たしている。
「アイドルとしてあんまり褒められたことじゃないかもだけど、心と心で繋がれば……人間様の気持ちとか、望んでいることがわかるんだ。雑談の適切な応答とか、スパチャの返事の満足度向上とか……ファンサービスに繋げやすいんよ。おかゆん、ノエルちゃん、ラミィちゃん、ポルカちゃんとかがヤッてるみたいだな」
なるほど、わりと信憑性が高く納得しやすい情報が出てきた。傍から見る限りでは、ファンたちからの愛情度と満足度が飛び切り高そうなメンバーの名が連なっている。
配信者として、アイドルとしての推し方や推され方は千差万別だと思える。バーチャルワールドが群雄割拠を迎えている、今の時代に生きる者だからこその立ち回りと言えるだろう。
「ただ……この使い方って、メリットは大きいけど、デメリットもすんごいでっかくて……繋がりが切れたときには…………」
あやめはそこまで言って、悲しそうに俯いて言葉を失ってしまった。布団に爪を食い込ませた仕草と表情から、心の闇に空いた洞のような虚無と苦痛が伝わってきてしまう。
それもそのはずだ……赤の他人と『インターネットを介して心を繋げる』という行為が、どれだけ恐ろしいのかは誰でもよくわかる。
彼女たちにとって、それはハイリスク・ハイリターンすぎる手法ではあったが……ファンを深く想うために必要な工夫だったのだろう。
「……ちょっと話がそれちゃったけどさ……。余と繋がっていた人間様が感じていたエッチな気持ちとか……興奮とか……全部が余の胸に、どくんどくんって……伝わっていたから……。あとは、わかるよね……?」
……どうしたことだろう。本筋に戻ったときには、俺が抱えていた性欲の罪深さが増していた。
それっぽい言い訳を考えようとしたが、五秒で断念して布団に額を擦りつける。
あやめを高嶺の花として神聖視し、純粋な好意で推してきたつもりだったが……どうにもこの至らぬ身が持て余す情欲を御することが難しく……。
「あ、やっ、違うんよ……!? あの、えっと……余のこと、そういう目で見ること自体はそんなにイヤじゃなくてですね……むしろ、それだけガッツリと欲されると女としてうれし……いや、ちが、あの……『えっちなのダメ!』って言っとるワケじゃないから……はい……!」
あやめは身体をモジモジとさせて、じっとりと湿った目で恨めしそうに俺を睨みつけている……のだが、ご機嫌ナナメな猫のように愛くるしい顔がそこにあり、敵意もまったく感じなかった。
「たださぁ……そのぉ……人間様の〝エッチしたい欲〟?みたいなのがねっとりしてて、すっごいしつこいからぁっ……!ちょっと怖かったんよ……!! だからねぇ……今回のファンサービスも『ホントにやっていいのかな~?』ってさぁ、とんでもなく迷ったんだからね……!?」
……つまり。あの同意書は、ドスケベな俺(だと思われている)への牽制だったということらしい。自分ではそこまで強い性欲を抱えているつもりはなかったのだが……彼女からしてみると、相当なものだということだろうか。
「あ、ぶっちゃけるとですね、余とエッチしたがる殿方はけっこう……えー……たくさん……まあ、います。はい。んでね、人間様から感じるピンクな欲望は、頻度で言えばかなり少ない方です……けどもね! 人間様のが一番、あの……生々しいです! ぶっちぎりで!」
おっぱいマウスパッドを不特定多数のファンに提供してくれるほど、性に寛容なあやめがそう評するということは……俺の抑えた(つもりだった)性欲は、相当に色濃いものだったらしい。
しかし、あやめの性的なイラストなどには、俺が妄想するよりも過激なモノがあったはずだ。緊縛や凌辱系など……失礼な話だが、あやめの外見としても〝映える〟光景というか……。
「エッチなシチュエーションはね、まあ、いいんですよ。そういう性癖とか好みもありますからね……ただ、その……愛撫の順番とか……あ、アソコの濡れ具合とか……味とか、ニオイとかさぁ……! みんな、そんなことまで考えんのよ……!? 『わぁ~、ドスケベなお嬢とエッチできたら気持よさそ~』ぐらいだから!」
……たしかに、あやめとの情事を妄想してしまうときは、本当にセックスをしている気分に耽っている気。ただ、そうしないと〝あやめが欲しい〟という飽くなき欲求を満たせなかっただけなのだ。
そうした自分の恥部の何もかもを言い当てられて、心を丸裸にされたような羞恥を感じた。
老いを知らない欲深さに反省していると、あやめは「まあ、普段はね、それでも大丈夫なんだけど……」と言いづらそうに切り出した。
「なんかね……一回だけ、すっごい鮮明に感じたときがあってね……? 人間様さぁ……温泉旅館……?みたいなところでさ、浴衣姿の余を……その……手を、帯で縛ってさ……? なんというか……余がくっちゃくちゃになるまで、何十回もエッチし続けた夢……見たことあるよな……?」
――ッ!!!!!!??????
あやめが語ったそれは、俺がシステムを悪用して制作を依頼したイラストとまったく同じシチュエーションだった。
俺が罪悪感と焦燥感で冷や汗を大量にかいていると、あやめが「……やっぱり、心当たりあるんだ……」と小さくため息をついて、唇を尖らせて部屋の内装に目を向ける。
つまりこの和室は、その忘れられない〝エッチ〟のイメージを元にして組み上げたものらしい……この部屋に至るまでに広がっていた幻想的な回廊と微妙に雰囲気が異なるのは、そういう理由に基づいているようだ。
「あ、あのとき、大切な用事があったのに……ずっと、余のナカであっついの出して……ほんとに、大変だったんだからっ……! 人間様のえっち……!」
ぷう、とほっぺたを可愛らしく膨らませたあやめが、股布を切なそうに握り締めた。じわりと溢れたオイルが、まるで花蜜のように粘っこい糸を引いて、二人の汗で濡れたタオルに染み込んだ。
気まずくなった空気の中で、黙りこくったあやめを見ながら、静かに考えを巡らせる。
――『脳内にあるイメージをデータ化し、他者に完璧な状態で伝える技術』。俺はバーチャルワールドに住んでいないため、その予期せぬ効果は伝聞によるものしか把握できない。
しかし……あやめが味わってきた苦痛は相当なものだったと思われる。俺たちが開発した技術のせいで生まれた痛みを……このまま、何も知らずに無視していいのだろうか……?
俺は唾を呑み下し、あやめに『繋がりが消えるときのこと』についてたずねた。
あやめはビクリと肩を震わせて……オイルで濡れた衣服の袖を掴み、ポツポツと語りだす。
「ネットの海の中で、いろんな想いに触れて、いろんな人と繋がれたのは……すごく嬉しかったんよ……。でも、人間様たちとの距離が近くなればなるほどに……今まで平気だったはずのお別れも、痛いぐらいにつらくなって……」
アロマオイルと汗が混ざった、甘い香りを漂わせながら……あやめは、苦しそうに下唇を噛んで肩を擦り寄せてきた。
あやめは先ほど、『人肌が恋しくなるときもある』と言っていた。そういうときに、こうして身を預けられる異性は……自分から接触を断っていたのだから、居るはずもなかったのだろう。
「一身上の都合でおやすみに入ってから、ほんとに酷かったんだ……。ずっと応援してくれて、『お嬢のこと待ってる余!』って言ってくれてた人たちが……違う子の魅力に気づき始めて……余のこと、考えてくれなくなっちゃった」
あやめの独白は、耳に入れるだけでも胸が痛むほどの悲しさと無力感に満ちていた。
俺は、自分が担うには重すぎる役目だと思いながらも……あやめが預けてくる体重を、何も言わずに受け止めた。それが、開発者として自分なりに示した責任感のつもりだった。
「おやすみが長引けば長引くほど、余とみんなの気持ちがどんどん離れていって……ブチブチって音を立てて、血管がちぎられるみたいに繋がりが切れて……どんどん、大切なものが無くなって……。今だともう、人間様との繋がりだけしか残ってなくてさ……あはは……」
百鬼組のみんなはあやめへの想いが強く、そう簡単にあやめのことを見捨てたり、浮気をしたりすることはないと思うが……あやめが言いたいことの細かいニュアンスはわかるような気がした。
彼女はそんなことを言っておらず、杞憂民である俺の妄想でしかないのだが……あやめは、自分のこと〝だけ〟を推してくれる人のことは、特別に想っていたのではないだろうか。そして、その枠の中に居たはずのみんなが……この長引いた休止期間の最中で、俺だけになってしまったようだ。
特別扱いすることはヒトとして真っ当な感情であるうえに、そもそもあやめは、気まずい間柄の人には心の壁を張ることも少なくないと聞いている。やや内向きなコミュニティの築き方に頼ってしまうところも、それとなく想像できる。
そういう人たちの熱意に応えるために、ファンサービスも、ステージの準備も……アイドルとしてたくさん頑張って、活動を通じて還元していたのは……画面越しにずっと見てきた、俺もよく知っていることだった。
「繋がったみんなの中でもね、人間様の気持ちは独特だったから……ずーっとわかっとったんよ。本当の名前も、どこの誰かもわからない人だけど……余のこと、一番……その、『好きすき~っ!』って……すんごい熱量で、想ってくれてたから……」
はにかみながら頬を掻いたあやめは、ちょっとだけ眉を困らせていた。
どうやら俺は……言い方はアレだが、いわゆるガチ恋勢の人の中でもかなり際立った想い方をしていたらしい。それこそ、その想いの発信元が――こうして、他の誰かと間違えられないぐらいには。
「あはは……短いけどアツいスパチャとか、達筆な文字のファンレター、三周年記念のときのでっかい花輪……全部、嬉しかったから。『おやおや、この人はっ……こんなに余のことを……むむ~っ……!?』ってなるんだもん。だから……そういう人の想いに応えたくて……すっごい〝お返し〟をしたかったんだ……♪」
そのあやめらしい笑顔に見惚れ、初恋に落ちたような衝撃が胸に広がる。俺の中で生じていた疑問が解消されていき、この奇妙な体験と再会に納得が生まれ始めていた。
少なからず認識していた〝特別〟が、最後まで残ってくれていた。ファンのことを大切に想っていたあやめだからこそ……消えなかった繋がりに報いるために、この〝場〟を設けた……というのが、ホンモノのあやめがここに居る理由だった。
恋人でもない人に性行為じみた真似まではできないが、大切な唯一無二の存在のためにしてあげられること――あやめが精一杯の我慢と妥協をできた極限の〝触れ合うファンサービス〟――それが、この儚くて切ない夢の正体だったのだ。
「こう言っちゃうと失礼かもなんだけど……余は、人間様が今夜のお相手で……こんなに恥ずかしい姿を晒す人が、あなた様でよかった……です……♡」
あやめは「あはっ……。何言っとるんだろうね……ごめんね、ヘンなこと言って……」といたずらっぽく微笑んで、布面積が足りない装束で胸元を隠した。
あれほどに密着するサービスを提供する相手が、性行為を強要する性格だったり、キツめのエロ同人の竿役みたいな見た目だったりしたら……どれだけのプロ根性があったとしても、つらさを感じないことは難しかっただろう。常識的な理性とそれなりに見た目を気遣う心意気があってよかった、と心の底から思った。
「……それじゃ、そろそろ……もうそんな雰囲気じゃないし、お支度に……」
あやめがこんな風にネタばらしをしたということは。この夢は、本来ここで終わるべきだったのだろう――この場に居る人間が、俺でなければ。
俺はあやめに、確認しなければならないことをする。
――あやめは、俺のことをどう思っている?
その問いに、あやめはわずかに目を細めて……小さく頷いた。
「……『人間様と同じぐらいの重たーい愛がある』とか、そういうアレかと言われると、ちょっと難しいところだとは思うんですけども……。あの……余としては、そのですね……一応……好きでもない人に、ここまでのことはできない……です……」
あやめはひたすら気まずそうに、肩を縮こまらせて……乙女のようにはにかんだ。オイルまみれで、柔肌を惜しげもなく晒している格好を普通に恥ずかしがっている様子を見ると、『それはそうだ』とすんなり納得してしまう。
ここがお店ではないなら――あやめ本人がカラダを〝使う〟ようなことをするためには、理由だけでなく心意気も必要になるだろう。活動休止中でいろいろと大変だというのに、俺のために、時間も身体も、心も準備してきてくれた。
……あやめがこんなことを試みたのは、積み重なった喪失感で心がすり減って、なかばヤケになっていた……そういう理由も大きかったのかもしれない。
今の世は、コンテンツの消費速度があまりにも早すぎる。無論、そういう〝消費〟の仕方をしてしまっているカスタマー側にも、そういう売り方をするサプライヤー側にも、見直すべきところは多いのだとは思うが……そのコンテンツの中に〝人の心〟を入れていいのか、俺もずっと不安に思い続けていた。
『席を長い時間空けたら、忘れられてしまうのではないか?』。『同じことを繰り返していたら飽きられてしまうのではないか?』。バーチャルワールドの人々が、こんなにも荒れてささくれた時代に生きるには――活動を休まずに継続し、努力や工夫をし続けなければいけない。
開発した技術で『他人の未来を拓いた』なんて、思い上がりも甚だしい。俺たちは時代を進めて、バーチャルワールドを発展させた――その代償に、彼女たちの心が傷つくリスクを負わせてしまったのだ。
そんな簡単に想像できることにすら気づけず、あやめに会えなかった俺はどうしていた?
……あやめの帰りを、ただ待っていただけじゃないか。『それが彼女のためになる』と、『アイドルを支えるのがファンだから』と……『卑怯な手は使いたくない』と……。
あやめが所属している事務所には、技術供与を通じたコネクションもあったのだ。下心を全て捨て去れば、活動できないあやめが感じていた不安と葛藤を取り除くための何かをできた可能性だったあったはずだ。
俺はあやめの気持ちを守るフリをして、自分が抱えた好意と生きがいを捨てたくなかっただけじゃないか。清純なあやめを己が毒牙にかけてしまうことを……ただ恐れていただけじゃないか。
信じて、腐って……ただ、自分のことや身勝手な信条ばかりを考えるだけだった。それで終わっていた人間に、進化の道など想像できるわけがないだろう……!
俺は、自分の不徳を再び呪った――あやめに劣情を抱いたときよりも、深く、重たく……胸に空いた虚しさを埋め尽くすほど、滾り、迸る心炎に身を任せる。
かつて、時と世界の速度を進めたと言われる、革新的な技術を編み出した第一歩を思い出す。
心臓が痛いほどに跳ねて、画面の奥に可能性の光を感じた――あの、夢に溢れていた瞬間とよく似ている鼓動の高鳴りだ。
二次元のキャラクターには感じなかった生命の鼓動。三次元の女性にはない夢想の希望。夢中になってしまう唯一無二の魅力に心を奪われ、新しい世界への扉を開いてもらった――そんな思いだった。
口下手が故に、言葉にできない感想があった。絵心がない故に、描画できない感情があった。
それでも、伝えてみたい想いが――俺の心の中で、行き場を求めて燃えていた。
そうだ……俺は、あのとき――。
「……あっ……」
――『百鬼あやめに、この想いを劣化させることなく伝えたい』。そんな我欲に満ちた願望ひとつで、道理を引っ込ませただけだった。
「あ、の……にんげん、さま……?」
気づけば――あやめの震えていた身体を強く抱き締めていた。自分よりも温かく感じていたはずの人肌に、純愛の熱さを分け与えていく。
――責任を取る。そう、耳元で囁いた。
絶対に忘れさせないように、確かな声で――絶対に忘れないように、確かな心意気で。
今までのように一線を保ち、ステージの外から見守り続ける……そんな、いちファンとしての矜持を守りたかった。
その気持ちは今も強く抱いたままで、これからも消えることはないだろう。
……当たり前だ。俺が好きで、愛してやまなかったのは……みんなのアイドルである百鬼あやめだ。バーチャルの世界でたしかに生きている、ひとりの女の子なのだ。
彼女が立派に輝いているステージに、自分も立ちたいとは思わないだろう……生きる世界を隔てた観客席で、俺はサイリウムを軋むほどに握り、喉を潰す勢いでコールに応え、その笑顔が滲むほどに皮肉な涙を流したいのだ。
『恋人になれたら』。『大切な人として選ばれたら』。正直に言えば、そんなことを妄想するほどに恋しく想うことも多々あった……それでも、その一線を踏み越えようとしたら、あやめの笑顔を曇らせてしまうことはわかっていたから……夢を詰め込んだ宝箱に蓋をするように……ずっと、我慢してきたつもりだった。
だが……俺が犯した過ちのせいであやめを傷つけてしまったのなら、そんな部外者めいたことを考えることは決して許されない。
亡者のように彼女を想い続けたせいであやめと繋がり、選ばれて……こうして触れ合ったことも……その全部を、自分の責任として背負わせてほしい。
「……もぉ……おばかだな、人間様ってば……。ぐすっ……余、そんなつもりで……ここまで来たんじゃなかったのに……」
震える手を俺の背中まで回して、爪が肌に食い込むほどに、あやめが力強く温もりを求めてきた。
あやめと繋がったままだから、きっと伝わっていることだろう。今感じている責任の重さよりも大きくて、強めた抱擁よりも暑苦しくて、ずっと前から溢れ続けてきた……『好き』という言葉で表現できない、純度100%のあやめを愛しむ想いが、彼女に届いているだろう。
「……うん……。たくさん……たくさん、伝わっとるよ……。人間様がね……余のこと、世界で一番愛してくれてるって……嘘だと思わせてくれないぐらい、胸がぎゅーってなって……えへへっ……♪」
あやめはずっと、この解答を欲していたのだろう。あんなにも恥ずかしい触れ合いに身を捧げてくれたからこそ、この断られない抱擁がサービスではないことを教えてくれる。
俺が感じさせてしまった、この〝人との繋がり〟を――最後の一本を、俺が最期まで守ると誓う。
この歪んだ愛のせいで、待ち続けることしかできない毎日から逃げられなかった。いつまで続くかわからない永遠の苦しみと飢えるようなもどかしさは、とてもつらかった。
それでも……今こうして、知らずに犯していた罪を知り、あやめのために捧げなければいけないものを認められたことに、安堵に近い感情を抱いてしまう。
わかっている。過去も、進めてしまった時の速さも、もう変えられない。それでも、今から動けば未来は変えられる――その事実は、俺が世界で一番知っていることだった。
「………………人間様は……ちょっと、真面目すぎるかも……だな……♪」
くすり、と小さく笑ったあやめが満足そうに八重歯を光らせた。疑り深い彼女は、もしかしたら……全てを知っていたうえで、全てを覚悟したうえで、俺の想いを試していたのかもしれない。
……たとえそうだとしても、俺は合格点に達していたようだ。まっすぐに伸びた頭でっかちの身体を抱き、俺の耳元で潤ったリップ音を立ててから布団に背を預け……鬼神として、人の子を導くように手を伸ばす。
「……おいで、人間様っ……♡ 余ねぇ、人間様のためにこんなカッコしてて……ちょっと、寒くなっちゃった……♡ だから、ちゃんと……〝責任もって〟……温めて……♡」
あやめは俺の心に杭を打ち込みながら……器用に、足指で俺の股間を覆っていたタオルをポイっと投げ放つ。
まだ熱が残っていた陰茎は、あやめの〝おねだり〟によって血を全力で巡らせ――彼女を求めている気持ちを、股間で噴火させるように滾らせた。