第二の人生が始まるかもしれません、異世界だそうですよ、ミサキさん 作:木桜 春雨
ずっぽんという感触、ごぼごぼという水の音、まるで畑から作物を引き抜いたときのようだと今でも思いだしてしまう。
だが、浴槽の底から引き抜いたのは農作物の大根や芋ではなく、人間だった。
声をかけたが返事はない、気を失っているのか、ぐったりとしている、それだけではない、よく見ると赤い水、いや、血なのか、浴槽から引き上げると風呂場から出たのはいうまでもない。
どうして自宅の風呂、浴槽から現れたのか、訳がわからず呆然としたが、右腕から血を流していることに気づいて慌てて手当をしようとしたが、裸なので何か着せなければと思った。
だが、女物の服などあるわけがない、仕方なくシーツと自分のシャツをかぶせて目覚めるのを待った。
それにしても、どうして、こんな事が起こったのかわからない、目覚めるのを待たなければと思ったが、丸一日近く眠っていた女が目を覚ましたときに最初にしたことは状況説明と自己紹介だった。
父親が冒険者だったことで自分もいずれは、そうなりたいと思っていた。
冒険者になると言ったとき、父親はよく考えろと言ったが、そのときの顔は心から喜んでいるといった感じではなかった。
何故なのかと思ったが、聞いたところで理由を話すような感じではなかったし、いずれ、自分にもわかるだろうと思い、そのときは尋ねる事はしなかった。
だが、父親が亡くなり、周りから認められるような存在になった今、男は冒険者をやめたい、いや、引退しても良いのではないのかと考えた、森の獣、魔物相手に討伐ばかりの生活に疲れたのかもしれない。
周りの男達が自分とは違う仕事、のんびりと家族や友人達と過ごしている姿を見て羨ましくなったというせいかもしれない。
依頼は受けない、しばらく休むということをギルドに伝えると驚かれた、引退するといえばギルドの役職連中に色々と質問攻めにされるのは目に見えている、休める時間を少しでも無駄にしたくはなかったのだ。
自由な時間ができたことで、少し身軽になった気がしたが、何をしようかと考えて、ふと知り合いの顔を思い出した、随分、長く会っていない、五十、いや、百年ぐらいかもしれない。
事前の連絡はなしだが、突然、行っても大丈夫だろう、多分、独りの筈だ。
懲りたというか、一人の方が気楽だと言っていた、あのときの顔を思い出しながら、勇者と呼ばれた男は知り合いの家を訪ねる事にした。
訪ねる前に何か買っていこう、酒がいいか、それとも食べ物がいいだろうかと勇者は迷った、狩ったばかりの肉や魚なら新鮮だが、天候がよくなくて森に出かける事もなかった。
それに釣りは、あまり得意ではないのだ。
屋台の串焼きと酒でも買おうかと思い、街中の市場のある通りに出かけて何を買おうか迷っていた勇者だったが、そこで知り合いの姿を見つけて驚いた。
呼ばれて振り返った男は、勇者の姿を見ると驚いたようだ。
「どうしたんだ、こんなところで」
「色々あってな、おまえのとことろに行こうと思っていたんだ」
少し不思議そうな顔をした後、男は視線を逸らした、自分を訪ねるつもりだったと聞いて男は言葉を飲みこんだ。。
「実は今、少し」
歯切れの悪い言葉に不思議そうな顔になったのは無理もない、わずかに視線をそらすように同居人と小声の呟きに勇者は驚いた。
「まさか、女なんて、ことは」
そこで否定の言葉が出てくれば笑って会話もすぐに続いただろう、だが、自分を見る男の視線にまさかという顔になった。
自分の家だというのに、ドアを開ける瞬間、わずかに緊張してしまうのは、ここ数日のことだ、中に入るとかすかな物音がして足音が聞こえる。
「お帰りなさい」
昨日よりは元気になったようだと思いながら女の顔を見た、だが、顔色がよくないのは明らかだ、男はベッドに戻るようにと声をかけた。
少し不満そうな表情になるが、ベッドに戻る姿を見て男はほっとした、腕の傷も包帯が取れた、体力が戻れば、もう少し元気になるだろう。
買ってきた食材で今夜は何を作ろうか、消化のいい体力のつくものをと考える、普段ならあまり食べない、果物が多いのは少しでも食べやすいものをと思ってのことだ。
湯船の底から現れた女は黒髪だった、珍しくはない、だが、女だということが驚きなのだ。
子供の頃、随分と離れた遠国からの旅回りの芸人達の中に黒髪の女がいた、楽器の音色に合わせて歌う声に姿に、男も女も皆が見とれていた。
聞くところによると、国によっては聖女のような存在だと聞いた時には驚いたものだ。
食事の支度を始めた男だが、このとき気づかなかった、窓から覗かれていることなど。
ようやくUpできてほっとした。
他にも書きたい二時があるんだよな。