深層部と言われていたが、階段はそれほど深くなくモモンガが十数段を降りると、ナザリックには不釣り合いな電子的なドアへとたどり着く。ほかに道はなく一直線。つまりはこのドアの先がタブラさんの作った本当のギミックの場所。
電子的なドアの横には端末が設置されており、『LOVEモード』と記載されていた。
特に鍵穴なども見当たらないのでモモンガはドアノブを回してドアを開く、ドアはきしむこともなく少しの重みであっさり開いたので中に入ってみるとそこは…どうみてもラブホテルの一室である。この風景にはさすがのモモンガも唖然とする。
二人掛けの小さめのソファーにローテーブル。ローテーブルの上に置かれた灰皿の上には『なざりっく』とひらがなで書かれたマッチ。
百円玉で動くパチスロにキングサイズのベッド。浴室はガラス張りで部屋から中がしっかりと見える。
サラリーマン時代に出張で、どうしても宿が取れず数回利用したことがある。風呂が大きくベッドが大きい。壁さえしっかりしていてくれれば隣の音も気にならない。ビジネスホテルでは有料でも、ラブホでは無料でアダルト作品も見放題。
(問題点は、領収書が切れないから自腹になることだったのだよなぁ…)
そんなラブホテルへの思いをはせて現実逃避をしている場合ではないことにようやくモモンガは気付く。即効性の罠の気配がないことから、モモンガはとりあえず中に入ることに決める、しかし頭と心と身体がバラバラなのか、冷静な判断をする頭に対して心は慌てている。そして更に追いつかない身体は入り口の、ほんの小さな段差に躓く。そしてモモンガは気付く。
(靴を履いているだと…?)
状況に対してモモンガの処理が追い付いていない。状況の飲み込み切れないモヤモヤ感が残る。つまり強制鎮静化が働いてない。一体どういうことだ…?とモモンガの疑念がふつふつと湧きはじめる。
モモンガはタブラさんと武人建御雷さんからの書簡を確認すべく、先ほど受け取った書簡を見る。書簡を持っている筈の左手はいつもの骨ではなく、人間のような受肉した手があった。慌てて靴を脱ぎ、転がるように部屋の中へと入る。部屋に設置されている姿見で今の姿を確認する。
そしてまたモモンガは愕然とする。そこには人間、鈴木悟の姿がある。数年ぶりに見た自分の姿。うだつのあがらない姿。もう二度と見ることはないと思っていた自分の姿。特技が何もない、むしろ何事も平均以下にしかできない情けない人間だった。そんな過去の記憶がフラッシュバックする。
どうしてこんなことに…モモンガはソファーに腰掛けてうなだれる。服も鈴木悟の現代風にパーカーとジーパン。ニグレドがとうとうモモンガの無能さに気づいて抹殺計画のための弱体化という線も…いやそれは早計だと思い直す。タブラさんからの指示だとニグレドは言っていた。タブラさんのみならば、面白半分の時間差で罠という線もあるが、武人建御雷さんが絡んでいるとなると悪ふざけの線は薄い。まずはタブラさんのメッセージを確認すべきか。ひょっとしたらこの世界にひっそりといらしているのかもしれない。
受肉した指で恐る恐るスクロールの封を解除する。指先が触れるという感覚すら数年ぶりだ。
ざっと書簡に目を通した限りはこうだ。
武人建御雷さんはユグドラシルの中で、自分自身の選択した種族や外骨格によって相手と筋力や身長、リーチなんかの差がつくのを悩んでいたらしい。そしてそんな物理差を排除して純粋に戦うフィールドを作成したくてタブラさんに相談したそうだ。その結果として、魔法効果がすべて無効になり入室時に選択した種族になるという特殊フィールドを創り出したのだという。タブラさんはこのバトルフィールドの用途を他に思い付いたらしく、このラブホ空間を作成してニグレドに託したようだ。
用途とは言わずもがな…性欲処理。ギルマスの特権としてタブラさんとして自分の創り出したアルベドやニグレドを『二次創作』して『同人』活動を行うことを許容したのだ。つまり、アルベドやニグレドの『二次使用』は一向に構わないのだという。タブラさん曰く『二次創作』や『二次使用』で自分の創り出した子供の魅力が減ることはあり得ないし、むしろ魅力があるから使用してもらえるのだということを書簡には、熱意たっぷりにすさまじい長さで記載されていた。私の創った子供達を輝かせてくれと。
タブラさんの創作に対する熱意に久々に触れ、目頭が熱くなる。それと同時にタブラさんがこの世界に来ている可能性がまた減ったことを示す書簡に失望は隠せない。
仲間たちともう一度会える可能性を信じて、ナザリックの総力を挙げて世界を手に入れる。アインズ・ウール・ゴウンの名を世界の隅々にまで届かせれば、きっと…まだどこかに…。
タブラさんからの書簡はモモンガの集中力をすべて集めるだけの効果があり、周囲の気配には全く気付くことがなかったが、背後でカシャンと物が落ちる音でようやく人の気配に気付く。急いで振り返る。タイミングとしては遅すぎる。PvPであれば既に負けが確定しているような遅さである。それでも…それでもまだ負けるわけにはいかない。そう思ってモモンガが振り返るとそこには…アルベドがいた。
アルベドは部屋の掃除をするためか、エプロンに三角巾をしている。足元には先ほど落としたのであろう箒が転がる。
モモンガとアルベドと目が合う。鈴木悟の姿をアルベドに見られた場合、今まで積み上げてきたナザリック支配者としての信頼が失われてしまうかもしれない。そんなモモンガの心配をよそに、アルベドは信じられないものを見たかの様子で、目をぱちぱちと瞬きをしたかと思うと目から涙があふれて頬を伝う。
「ああっ…モモンガ様。モモンガ様っ…」
アルベドはそういいながら、両手で口をおさえて嗚咽を漏らし。膝から崩れ落ち蹲る。
「アルベドよ…私がわかるのか…?」
守護者たちが忌み嫌う人間の姿。通常のモモンガの姿とは似ても似つかない鈴木悟の姿。
「愛する御方のお姿を間違うことはございません。モモンガ様の玉体であることは一目見ただけでわかりました」
アルベドはそのまま、三角巾とエプロンを外し、居住まいを正して膝を揃えて手を床につく。
「どうか、どうか後生ですので…モモンガ様の子種を頂戴したく…」
アルベドは頭を下げ、額を床にこすりつけながら懇願する。よくみるとアルベドが細かく震えているのがわかる。ラブホ空間に受肉状態という、絶好のシチュエーション。自らの身を差し出す完璧な据え膳。これで断られた場合、未来永劫アルベドが選ばれることはない。そんな悲痛な思いが伝わるかのような土下座。
モモンガはソファーから立ち上がり、アルベドへと近づく。
そして細かく震えるアルベドの手へと、手を伸ばしかけて…途中でその手を止めてしまう。そして力なく、アルベドへと問いかける。
「あ、いや…その…なんだ。す、すまない。アルベドよ、どうか顔をあげてくれ」
「できません、謝らないでくださいませ。後生です。後生ですのでどうか…」
アルベドは頑なに土下座の姿勢を変えることなく、モモンガへ懇願する。
モモンガはふう、と一つ息を吐き覚悟を決める。
「アルベドよ…聞いてくれ。私は自信がないのだ」
「至高の四十一人の御方々。その中でもまとめ役のモモンガ様が自信などと仰られましても…」
アルベドは決して頭をあげることなく、左右に振って否定する。
「アルベドよ、そなたの美貌はナザリックでも一番であると私は思っているのだ」
「それでは…それでは、なぜご寵愛を賜れないのでしょうか?何か不足があればすぐにでも…」
顔を伏せたまま懇願するアルベドの涙が床を静かに濡らす。
「その…な、この受肉した姿はアンデットになる前の姿なのだ。私は初めからアンデッドだったのではないのだ。最初は何も才能のないただの人間だ。人間としては何もなすことができないまま…本当に何もないままアンデッドへと姿を変えたのだ。だからこの姿は少しだけ、悲しくもなるのだよ」
「御姿などで、御姿などでアインズ様の価値が変わることなど…」
アルベドは決して引き下がらない。
モモンガはタブラさんの書簡を思い出す。その間数秒、沈黙が流れたのちモモンガは決心して、アルベドの指先に手を伸ばす。
受肉して初めてアルベドに触れる。タブラさんの設定を、ユグドラシル最後の日に書き換えた理由。あの時は戯れだと思っていたが…今となって理解できる。自分にとってアルベドは最高に好みだったのだ。ユグドラシルの中では日々、ナザリックの維持費を捻出するために狩りに明け暮れていた。誰も来ないナザリックを一人で守ってきた。サービス終了のあの日。アルベドを見た時に心の底から『あぁ綺麗だな』と思ってしまった。
だから面白半分で設定を書き換えてしまった。
その事を思い出し、モモンガの胸が高鳴る。震える指先で、アルベドの指にそっと触れる。
温かい――アルベドの体温を感じる。
「だからな、アルベドよ。少し恥ずかしいのだが、アンデット化する前のこの姿ではその…なんだ…いわゆる性交渉の経験がな…」
その言葉を聞き、アルベドはがばっと顔をあげる。そこには満面の笑みが浮かんでいる。
「モモンガ様、ご安心ください。私も経験がございません。どうか、どうか私でご経験ください。どんなご要望も叶えてみせます」
そういってアルベドは優しく微笑む。モモンガだけに見せる柔らかい笑顔。
いつの間にかアルベドとモモンガは指を絡めていた。
見つめ合い、ただ指を絡めているだけ。その間には何人たりとも割って入れぬ空間が形成される。
アルベドの純粋でまっすぐな瞳に、モモンガは惹き込まれてゆく。これはアルベドの魅力なのか、サキュバスとしての所以か。
モモンガはかろうじて残っていた理性をフル動員させ「おほん」と軽く咳払いをひとつする。
アルベドに触れるため、しゃがんでいたモモンガはアルベドの手を取りゆっくりと立ち上がる。アルベドも抵抗することなくゆっくりと立ち上がる。
そしてアルベドはそのままモモンガへと寄りかかる。
アルベドの髪から、首筋から放たれる甘い香りにアンデッドの姿では味わえなかった興奮をモモンガは覚える。
アルベドの左手はモモンガと繋いだまま、右腕をしっかりとモモンガの腰に回して密着を図る。
「ああっ…モモンガ様。お慕い申しておりました。ずっと、ずっと…」
「アルベド…ありがとう」
受肉をし、アルベドに過去の告白をし、もう何も隠すことのなくなったモモンガ。
魔導国の王でもなく、ナザリックの主上アインズ・ウール・ゴウンでもなく、そこにいたのはかつての自分――鈴木悟だった。
「アルベド…きいてくれるだろうか?」
話し方も、もう威厳はいらない。ここはアルベドとの二人だけの世界。
「はい、お聞かせくださいませ」
アルベドが顔をモモンガに向ける。アルベドよりもモモンガの背が高いので、アルベドは見上げる格好となる。アルベドが上目遣いで微笑む相手などモモンガ以外にはありえない。
「アルベド…ずっと傍にいてくれ」
アルベドは満面の笑みで「はい」と答えて目を細める。腰から伸びる翼がパサパサと小さく動く。ゆっくりとモモンガの顔がアルベドに近づく。二人の顔が近づくとお互い瞳をゆっくりと閉じる。そして唇が触れる。二人は繋いでいた手をさらに強く握る。モモンガの左手がアルベドの背中に回され、しっかりとアルベドを包み込み抱きしめる。
「んふっ…んんっ…」
甘い声がアルベドから発せられるたびに、モモンガの胸が高鳴り脳髄をチリチリと焼いてゆく。二人は何度も何度も唇をただ合わせるだけのキスを繰り返す。
やがてアルベドはモモンガの口の中へと舌をゆっくりと入れる。余裕のないモモンガは、アルベドから前歯をこつこつと舌でつつかれてはじめてその意図を知る。少しだけ歯を開けて口を開く。にゅるりとモモンガの口内に侵入してきたアルベドの舌は柔らかく、とても甘く感じた。舌と舌を絡め合い、互いの唾液を味わう。止まらない。呼吸を忘れるほど互いの唇を合わせ、吸い合う。
だんだんと荒くなる呼吸、二人は握り合っていた手を放しアルベドはモモンガの首筋に腕を回して抱き着き、モモンガはアルベドの腰に回した腕でしっかりとアルベドを引き寄せてキスを重ねる。
「ハァ、ハァ、ハァハァ…」
どちらからともなく唇を離す。アルベドは舌を出したまま離れたので、モモンガの唇との間に唾液が糸を引く。
「アルベド。私の人間だった頃の…この姿の名は『鈴木悟』というのだ…」
アルベドは紅潮した顔で、舌なめずりをして口の周りの唾液を舐めとる。
「承知いたしました。世界を統一する魔導王アインズ様。ナザリック最高支配者モモンガ様。そして愛しい御方、鈴木悟様…」