「私、毎週こちらのお部屋のお掃除をずっと実施してきておりましたが…このお部屋の意味が実はよくわかっておりませんでした。タブラ様より託されたお部屋であるにも関わらず、このお部屋の意味が理解できないなど恥じて死すべきかとも考えたのですが…」
二人掛けのソファーに座ると、アルベドは悟の腕を抱きしめながら熱っぽく語る。かろうじて残っていた悟の理性でいったん風呂を用意しようという話で落ち着く。落ち着かせるしかなかった。
「私、モモンガ様のものであれば、ご本人が汚れとおっしゃっても、たとえ爪の先だけだとしても。私にはとても大切な、御方の一部なのです。どんな些細なものでも舐めとらせていただけるのであれば本望でございます…」
アルベドは翼をわさわさとさせながら乳房を執拗に悟の腕へと押し付けてくる。
「あ、アルベドよ待つのだ。落ち着くのだ。実はな…タブラさんも私も、昔は人間だった。私の姿は見ての通りなのだが。その…きちんと身なりを整えて相手に失礼がないように…と互いに敬意を払って行うことが一般的なのだよ」
「そうなのでございますか。ナザリック図書館の蔵書で読んだ私の知識はズレていたのでしょうか…即尺?とか全身リップ?アナル舐め?などございましたが…?一通りの知識は既に学習済みでございますので、ご安心頂ければと思います」
(誰の蔵書だ…アウラやマーレの目につかないようにアダルト系は今度配慮しておかねばならないな)
「う、うむ…そのような嗜好の者も確かにいる。ただな、アルベドよ…」
悟はアルベドの頬に右手をあてて、アルベドと見つめ合う。
「私は…いや俺は、アルベドを大事にしたいのだ」
そう悟が言うと、アルベドは少し照れて下を向く。
「それでも…それでも私はモモンガ様のご要望も叶えたいです。サキュバス…ですし。本業ですので」
なるほどそうか。サキュバスの特性として『吸精』があった。アンデッドでは存在しない特性なので悟もすっかりと忘れていた。そこで新たな疑問がわく。
「アルベド…まさか今までサキュバスの『吸精』を我慢していたというのか?他で賄ってはいなかったのか?」
アルベドが顔をあげて、厳しい目つきで悟へと反論する。
「モモンガ様、私はサキュバスでありながら性交の経験がございません。すでに経験があればサキュバスの『食事』と割り切ることも出来ましょう。しかし、しかし私の愛した御方がすぐ傍にいるのに…初めての性交を捧げるのは女としての至福だと、また殿方も処女を破ることは独占欲と征服欲を満たすことができるので女性側も心得るべしと、ぺロロンチーノ様が残された文節の中に…」
悟は思わず頭を抱えそうになる。
(ぺロロンチーノさん、そんな文章残しちゃダメでしょう。ロリ好きでも、処女厨ではなかったはずなのだけれどもな…そもそもタブラさんのビッチの設定はどこに消えたんだ?)
「我慢させたな…すまなかったな、アルベド」
悟はアルベドの頬にあてていた手を、アルベドの頭へ乗せて、頭を撫でる。艶があり、手に吸い付くようなアルベドの髪に触れ、頭を撫でてやる。
「いえ、信念をもって御身のご寵愛を賜れる機会をずっとお待ちしておりました。苦労などではございません。ただ…」
「どうした?ここにいるのは魔導王でも、ナザリック支配者でもなく、ただの男だ。アルベドのことを、もっとよく教えてくれないだろうか」
悟はアルベドの髪を優しく撫でる。アルベドの髪は絡まることも、ベタ付くこともなく細い絹糸のように繊細で柔らかい。
「私の事を…モモンガ様に…」
「そうだ、アルベドの事をもっと…モモンガではなく、鈴木悟に教えてはもらえないだろうか」
「モモンガ様が…悟様が…私の事などご興味がないご様子だったのに…」
ぽろぽろとアルベドの頬を涙が伝う。普段の仕事をしている姿からは想像もつかないほど弱くて脆いアルベドがそこにはいた。
「私の…普段のアンデッドの姿では感情の高ぶりを強制的に鎮静化することは理解できているな?」
返事はなく、こくんとアルベドは頷くだけで肯定する。
「アルベドの魅力は…女性としての魅力は存分に伝わっていたのだ。ただ、アンデッドの姿では生殖器もなければ、強制的に鎮静化もされてしまうので態度に出せないのだ」
「承知しております。承知しております。すべて承知しております。でも…でも、でございます…私は何度も…」
「そうだったな。アルベドは何度も言葉で、態度で私への愛情を示してくれていたな」
「モモンガ様はいつもつれない素振りでございました」
アルベドは少し拗ねたような素振りをしながらアインズのパーカーの紐を弄ぶ。
「あー。うん。そう…だな…。アルベドよ」
「はい」
アルベドは起き上がりまっすぐに悟を見る。アルベドの背中の翼だけが期待でわさわさと揺れる。
「愛している」
「はい。私も愛しております。それは悟様でも、モモンガ様でも」
アルベドはゆっくりと左右のオペラグローブを脱ぎ、細くしなやかな美しい手指で優しく悟の両手を包み込む。
それは悟の幼少期、母親以来の無償の愛を感じた瞬間だった。
「ありがとう」
悟はそう返すので限界だった。リアルでは一度も体験できなかった事。告白、そして了承。
悟はまた、昔の想いをフラッシュバックさせる。幼い頃は女の子からチョコレートをバレンタインに貰っている他の男の子を見て羨ましいと思った。
小学生になって、自分は劣っているのかもしれないと周囲を見て気付いた。だから好きな子は遠くから眺めるだけにした。
中学生にはなれなかった。義務教育なんてものがなくなった世界では、お父さんもお母さんも働いて小学校を卒業させてくれるのが精いっぱいだった。そこからは自分も生きるための生活費を稼ぐためだけに働いた。両親が死んだときも、泣いている暇もなく働くしかなかった。誰かに愛される事などあると思っていなかった。
誰かを愛することなど、できないと思っていた。ユグドラシルに来て、初めて『何かをしてあげたい』と思える仲間ができた。居場所ができた。だからこのナザリックはどんな手を使ってでも守り抜くと決めた。一人、また一人と仲間たちのログインは減っていった。それでもギルドマスターとしてナザリックは守らなければならないと心に決めた。
自分以外の誰もユグドラシルにログインしなくなった時、少しだけリアルで泣いた。数年ぶりの涙はあの時だった。孤独には慣れていると思っていたけれども、失うことがこんなにも悲しくて怖いものだったのだと布団の中で一人咽び泣いた。
だから仲間たちの残したNPCの子供達に対して、不義理は働かないでおこうと決めた。孤高でいいと思った。タブラさんがそこまで考えているなんて知りもしなかったから。誰かに愛されるなんて思ってもいなかったから。誰かを愛せるなんて…
「悟様、失礼いたします」
悟の頭をアルベドが優しく包みこむ。悟の顔は、豊満なアルベドの胸の谷間に埋められている。そこで悟は初めて自分が涙を流していることに気づく。
「愛する方の涙は見たくございません。私まで悲しくなってしまいます」
アルベドのおっぱいは柔らかく、温かく、そのまま取り込まれてしまうのではないかと思うくらいきめ細やかな肌。時折トクントクンと聞こえる心音が確かな生命を感じさせる。ユグドラシルというゲームから抜け出せていなかったのは俺なのかもしれないな…と悟は思う。
アルベドはこちらの世界に来て、こんなに成長している。命を持っている。自分で考え、自分の嗜好を持っている。それに対して自分はいつまでも孤独を隠して、孤独を感じて、心から誰かを頼ることなく、仲間はもう作らないと決めてしまっていた。
「至高の四十一人が次々とお隠れになっていき…モモンガ様だけが私達とナザリックを見捨てることなく統治して頂き大変感謝しております。ただ…その頃からモモンガ様は孤高となってしまわれました。至高の方々と笑い合っていた頃のモモンガ様は久しく見ておりません。私では…私ではとても至高の四十一人の方々に肩を並べることなど出来るとは思っておりません。それでも少しでもモモンガ様の、悟様のお慰めとしてお役に立つのであれば…全身全霊をもって心も身体も御方に捧げさせていただきます」
「アルベドが考えているより、鈴木悟は打たれ弱い男なのだぞ?」
悟はアルベドの谷間に顔を埋めたまま、くぐもった声で問いかける。
「お忘れですか?私アルベドは、ナザリック守護者統括であり最強の盾です」
アルベドは慈愛に満ちた笑顔と言葉で、胸の谷間に顔を埋める本人も忘れてしまっていた疲れた悟の心を癒していく。
「……アルベド」
「いかがいたしましたか?」
「アルベドを…抱きたい…愛したいし、愛されたい…」
「うふふ、ありがとうございます。でも…悟様のご要望でした御入浴はいかがいたしますか?」
「もう…そんなのどうでもいい。アルベドが欲しい…」
そしてアルベドは未だかつてない歪んだ笑顔でそれを了承する。
「はい、畏まりました」
その言葉とその妖しげな笑顔は、シャルティアを出し抜いた勝利の勝鬨なのか、満願を成就したサキュバスの本性か。
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