あれはいつの頃だったでしょうか。なぜかはっきりとしない記憶の彼方でございます。あの御方もとてもお優しい方でした――
「いいかい?アルベド。君は今日から階層守護者統括として、ナザリック地下大墳墓の玉座の間において最終防衛を担当するのだよ」
タブラ様はそう言って跪く私の髪をくるくると指に絡めては満足そうにしておられました。
「君が最終防衛する玉座の間には、モモンガさんというアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターがいらっしゃる。その方を守る…死守することが仕事だ。その字の通り、死んだとしても守り抜くこと。モモンガさんのために侵入者から一秒の時間を作ってあげられれば…きっと彼なら逆転の芽を出してくれる。だから安心してアルベドはモモンガさんのためにその身を投げ出すのだよ」
「畏まりました、マスター」
その頃の私は、命令をこなす事しか考えておりませんでした。ただ死守せよと。
「モモンガさんはね…とても優しくて、とても寂しい人なのだよ」
ひとしきりアルベドの髪で遊び終わったタブラ様は、私の角を今度は指でなぞって遊び始めました。
「たっち・みーさんなんか、はすぐに『友よ』『友達だ!親友だ!』なんて気の合った人には言っちゃうのだけれどもね、モモンガさんは絶対に『仲間』としか僕たちの事を言わないのだよ」
仲間ならば問題ないのではないのですか?という疑問すらその頃の私は考えることもありませんでした。
「でもね、モモンガさんのいう『仲間』ってちょっと違うのだよ。ズレているというのかな。自分の労力をかけて助けてあげたい人が『仲間』なんだよ」
タブラ様は私の反対側の角にも手を伸ばして、その感触を確かめながら優しくなぞっておいででした。
「僕はね、『仲間』っていうのは助けて当然。助けられて当然の間柄だと思うのだよ」
タブラ様は少し苛立ったのか急に立ち上がり、部屋の中を歩きはじめました。
「モモンガさんは僕たちを助けることはあっても、自分から『助けて』って僕たちに言わないのだよ」
くるりと回ってタブラ様は私の方を向き直られました。
「だからこそ、最も近くにいるNPCとして僕はアルベドを創った。モモンガさんの好みをそれとなくそれとなく聞き出してコツコツと好きそうな要素を集めて集めて集めて集めて…そしてできたのがアルベドだ!」
タブラ様は満足そうに両腕を広げて架空の喝采を浴びるようでございました。
「だからね、いつかもしモモンガさんが『助けて』って『寂しい』って…きっと声に出せないよなぁ。出さないよなぁ…」
タブラ様は落胆したご様子で、また部屋の中をうろうろと考えながら歩き回られます。五分、十分程でしたでしょうか。やがて何かを思いついたかのようにタブラ様は私の設定の最後の一文を追加なさいました。
『ただしビッチである』
「モモンガさんは奥手だから、きっとアルベドから積極的にいかなきゃダメだと思うのだよ。これで少しでもモモンガさんの心が癒せたらいいな…孤独感が少しでも和らいでくれたらいいな…僕はね、モモンガさんにユグドラシルで出会って、一緒に冒険が出来て、仲間と呼んでくれたことにとっても感謝しているのだよ。でも、友達にはなれなかった。『助けてくれ』とは言ってもらえなかった…だからアルベドが、モモンガさんの支えになってあげて欲しいのだよ。色々『助けて』あげて欲しいのだよ」
最後にタブラ様はそういって私の頭をとても優しく撫でてくださいました。
「モモンガさんを頼んだよ、アルベド」
部屋を出るとき、私の中で悟様に抱いていただいた嬉しさと、これからの毎日への期待感と不安感が入り交じり少しだけ…ほんの少しだけ不安がございましたので、下腹部に浮かび上がった淫紋を服の上からひと撫でし、目を瞑ってえいっと悟様の背中を追いかけるように部屋を出たのでした。
その瞬間、走馬灯のようにタブラ様が以前、私に命じたことの意味をようやく理解できたとともに、悟様ではなく、いつもの見慣れたモモンガ様のお背中を見るととても悲しくなってしまったのです。
「アルベドよ、大事はないか?」
いつものモモンガ様の御言葉です。アインズ様としてのお言葉です。先程までの悟様とはきっと抱えている覚悟が異なるのだと思い知らされます。
「はい、大丈夫でございます」
「では、ここを出よう」
階段は一人が上り下りする幅しかありませんから、私はモモンガ様の後に続きます。十数段しかない階段がとても長く感じられます。
私は無意識のうちに階段を登る足が止まってしまいました。このまま終わってはタブラ様に申し訳が立たない気がするのです。タブラ様の思いをモモンガ様に…
先を行くモモンガ様は私の足が止まったことにすぐに気付かれます。振り返り、私に二段ほど上から問われます。
「どうした?やはり何らかの影響が…?」
あぁ、そういう御方でございました。ご自身のせいだとまずは考えられるとてもお優しい方でございました。アンデッドの御姿でも肌を重ねた私にはわかります。モモンガ様の孤独感はまだまだ続いてらっしゃるのですね。私では不足だったのでしょうか。
そんなことを考えると、涙が勝手に頬を伝ってきます。次から次へぽろぽろと零れてゆきます。今日はたくさん嬉しくて、悲しくて、涙がこぼれます。
「あ、アルベドよ。どうしたのだ?何か問題があったか?要望か?私にできることであれば言ってくれ。至らないところもたくさんあると思うのだが…」
「違うのです。違うのです。モモンガ様」
知恵を絞るのです。守護者統括として、女としてモモンガ様にご提供できる最善手を。
「モモンガ様にお願いが二つございます」
モモンガ様は明らかに警戒なさったご様子でお答えになられます。
「よし、よし、聞こう。なんだ?魔導国の妃の件か?」
私は左右に首を振って否定します。
「まずひとつ。私の部屋の鏡から、こちらの五階層までは直通のルートがございます。もし私を抱きたいとお思いになることがあった場合は私の部屋までお越しくださいませ」
はっとした表情をされたモモンガ様は、即座に状況を理解していただけました。
「な、なるほど。それはわかった。アルベドの負担にならない程度にだが、行かせてほしい」
まだ私の事を優先してお考えいただけるのですね。私が悲しいのは、モモンガ様自身の事なのでございます。頬の涙をぬぐって二つめのお願いを申し上げることとします。
「ふたつ。モモンガ様がアンデッドなので夜お休みなられないことは存じています。でも、夜にメイドも帰して、お一人でお部屋にいらっしゃるのは…あまりにも寂しく、あまりにも悲しゅうございます。どうか、私が寝るまで抱きしめていてはいただけませんでしょうか?」
「それは…夜にアルベドが私の部屋に来て私の部屋で寝るという事か?」
「左様でございます」
「特に何もせず、ただアルベドが寝るまで抱きしめていればよいのか?」
「左様でございます」
「うーん…」
「モモンガ様、『愛される』という事を知ってはいただけませんでしょうか?感じていただけませんでしょうか?私の愛を感じて過ごしていただけませんでしょうか?」
モモンガ様は少しだけ考えておいででした。叡智に溢れた御方でございますから、私の言葉でさえ鵜呑みにして信用して頂くことが難しいことは承知しています。それでも、タブラ様のご命令を無下にすることはできません。
しっかりとモモンガ様を見上げ、モモンガ様の眼の光をまっすぐに見据えます。これが私の覚悟でございます。
「アルベドがそう望むのであれば、許可しよう」
モモンガ様の表情はアンデッドが故に、悟様に比べると非常に読みにくうございます。ただ、その瞬間に鎮静化が働いたのは見逃しませんでした。
「ありがとうございます」
私は深々と頭を垂れて礼を致します。そして不敬であると言われればそうなのでございますが、我慢することなど私には出来ませんでした、二段、三段とモモンガの所まで階段を駆け上がり、抱き着きました。モモンガ様の歯へと唇を押し付けます。
――タブラ様、小さいかもしれませんが一歩を踏み出しました。必ずやタブラ様の願われた御恩返しを、私の慈愛で実現させてみせます。
モモンガ様のご尊顔を見上げながらあざとく問いかけてみます。
「モモンガ様、先程魔導国の妃のお話をされていたように聞こえたのですが?」
モモンガ様は明後日の方向を少しだけ見て心を落ち着かせていらっしゃいました。
「そ、その話は、玉座の間に戻ってゆっくりとしようか…な」
「私はすぐにお話を進めていただいても一向に構いませんよ?」
私はモモンガ様の腕を取り、腕を組みます。
例え少しくらい窮屈で狭くてもこの階段を登るように二人で、一歩ずつ、私はモモンガ様に寄り添って歩きたいのでございます。
感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。
これにて『寵愛』は完結いたします。
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ご利用いただけますと嬉しいです。
2022年冬のコミケが終わったら
また過去作の連載をしようかと考えています。
まだまだオバロを独自解釈で擦りますのでお付き合いいただけますと幸いです。