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「それじゃ、また明日ー」
「うん、またー」
ここはSAOと呼ばれるヴァーチャルゲームに閉じ込められた若者たちが通う教育施設。SAO帰還者専用の学校…、通称『学校』と呼ばれている場所である。元々は一般の人たちも通っていたごく普通の建物なのだがSAOで心の傷を負った子供たちの為に私たち専用の施設として利用されているのが現状である。なお『学校』と呼ばれるこの建物なのだが元々の名前はあったらしいのだがそれを知る者はいないとされている。余談だがこの学校が名無しである事が面白がられて七不思議として加えられているのはここだけの秘密。
「あー…、バイトだりぃ…」
「この後どこか行く予定とかある?」
「ねぇねぇ寄ってこーよ」
鞄を持った学徒がそれぞれ雑談をしながら正面玄関を出ていく様子が見えるとおり今は既に放課後であり、皆散り散りになって学校を離れていく。中には帰宅の前にそれぞれ道草を食っていく者もいるだろう。ある者はコンビニに寄り、またある者はゲーセンとかに寄る。普通に帰るのは何かつまらないから。人間とはいつだって冒険をしたがる。たとえ近場でもそれも立派な旅だろう。
ところで男女が隣り合わせで歩いてるのが見かけた。恋人なのだろう、彼らはこれからデートにでもしゃれ込むのかしら。こっちは恋人とのデートなんて随分ご無沙汰だから羨ましい限りだ。だが残念ながら今日はデートをするのにあまりいい日とは言えなかった。
「うーん…、これは困ったなぁ…」
見上げればどんよりとした大空が広がっている。そこからぱらぱらと雨が降ってきて私の帰宅を阻んでいた、ちなみに傘は無い。うーん…、おかしいな。朝の天気は晴天だった筈だし今朝の予報でも東京は高い確率で雨は降らない筈なのになぁ。ただ振る予感は少しだけあったから傘を持とうかと思ったがそれについて気づいたのが家を出た結構後の事だったりする。戻ろうかと思ったりしたんだけどなんか面倒くさくなったからそのまま置いてきちゃったんだよね。面倒くさがらずに取りに戻れば良かった。今更だけど。
もう5分以上も正面玄関で立ち往生している。見知ったクラスメイトや知らない生徒がぽつぽつ帰る中私だけが取り残されてしまった。リズ達はもう先に帰ったけどキリト君は掃除当番だからまだ学校にいる筈だけど傘は持ってるのかしら。無いと困る。
雨の勢い的にそのまま帰れなくはないけど正直に言うと濡れたくない。特に秋の雨は本当に冷えるから勘弁して欲しいと思った。
「はぁ…、雨、かぁ…」
夏近くの梅雨ならまだしも秋の雨は冷えそう。もう制服は冬仕様になっているけどそれでもブルってしまう。家によってはまだ早いかも知れないけどもうコタツとかに入ってぬくぬくと温まりたい。
…今思い出したけど雨といえば○○君との出会いも雨だったわね。懐かしい。
「…ふっ」
今でも思い出すあの日の事を…。初めて会ったのはただの偶然。あの時は急にというか発作みたいな感じでムラムラしていたけど別に誰でもよかったって気分じゃないのをなんとなく覚えている。キリト君に相手して欲しかったのだがいつものように放置された為に発散する事が出来なかったんだっけ。あの天気だしいつものように人を呼ぶ気にならないから仕方なく早く帰って自慰行為で済まそうかと思ったけど…、その途中で出会ってしまった。今思えば運命だったのかも…、なんてロマンチックに言ってみたりして。
彼に対してなんか急にビビっと『来た』んだよね。水で滴るマッチョには思わず興奮したが私的には理由は他にもあったりするのを今思い出した。
片目を前髪で隠した図体の割に妙に影が薄い感じの男。自分に自信が無くて、顔には出さないけど常に臆病な感じで…、あの時思わず抱きしめてやろうかって頭の中では思った。
慣れない感じからして直ぐに彼が童貞である事が分かったけどそれでも気にならなかった。一つになった時、体中が潤う感じがしててずっと癒される。今までの普通にヤっている感覚とは違う。渇きが満たされるような気持ちになるんだ。
彼に惹かれてしまう。だけど…、それは恋ではないという事に直ぐ気づいた。気づいていた。
照りつく太陽の下でまるで枯れたミイラの様に砂漠を歩いてて心身共に疲れ果てた時に偶然見つけたオアシスでダイブしたようなものだから。ただの『それ』だから恋愛な筈がないんだ。私だって生娘じゃないんだからそんな簡単にホイホイ彼氏以外の男の人に惚れたりしないんだから。…その筈だったんだけどなぁ。
彼の事を思うと心臓の鼓動が激しく鳴っているのが分かる。顔の頬とかも鏡を見るまでも無く赤くなっていると思う。リズとあんな話をした後からだ。
「…はぁ」
溜息が出る。
私も、キリト君も、それぞれ違う相手にずっと浮気を続けた。キリト君の気持ちはどこまで本気かは分からないけど『遊び』で留めている可能性はあると思っていた。本当はよくないが相手が知り合いなのと最終的に私だけを見てくれるならその程度の浮気なら見ないふりはしてもいいと思った。浮気とは所詮『遊び』でしかないからだ。文字通り浮ついた気分が本気な筈がないんだ。まぁ、これは一概にとは言えないが少なくとも私はそう思った。
そして私は…。
私の性欲は以前よりも更に高まっている(もとい悪化)気がする。それこそ○○君を強く求める程に。夫の浮気性は最早病気の類なのだがそれは私にも言える。なんか私たちって普通の夫婦を目指していた筈なのに二人そろって浮気ってお互いの関係がかなり狂っているわね。
…結局キリト君も、…そして私もどうしたいんだろう。どうするんだろう。
彼とは今も恋人だけど続ける意味ってあるのだろうか。
私が彼に…、キリト君にこだわる理由ってなんだろう。
共に戦ったから?
趣味が合うから?
初めて好きになったから?
信頼しあっているから?
お互い愛し合っているのを確信しているから?
どれも素敵な理由だけどなんだか雛鳥が初めて出会った者を親と決めつけているみたいだなって思った。
恋は盲目だが愛とは契約だと私は思う。二人の男女がお互い愛を誓うからその見返りとしてお互いを信頼しないといけない。ならば浮気とはその契約…、すなわち信頼に対する裏切りなのだろう。だとしたら私とキリト君はお互いを裏切っているということになる。愛し合っていないという事になる。
「○○君、かぁ…」
ポツリと彼の名前を呟く。
彼へ向けるこの感情。なんとなくだけど私は恋愛だと思う。
そして彼の気持ち。私を見る時の彼の視線。いつも本気だった気がする。目を逸らしたり申し訳が無い感じとか時々するけど…、でもいつも本気だったと思う。
本気だけど私に対してあまり積極性が無いと感じられるのは…、おそらくだけど私とキリト君の関係に対する負い目だと思う。
彼とは結構な付き合いの筈なのに彼からは声をかけられないし誘ってもくれない。罪悪感からなのか彼は私を欲望の捌け口として求められたことは一度も無かった(あのトイレでの一件はノーカウントだけど…)。名前だっていつまでも下の方を呼んでくれない、今まで出会ったセフレも偽名とはいえ名前を呼んでくれた。知り合いなんだからもっと図々しくしてもいいのに。彼は、○○君はいつだって私が求めた時にだけ抱いてくれる。それがほんのちょっとだけ寂しかった。
外はまだ雨が降っている。手袋とかは持っていないから手が冷え始めた。こういう時は好きな人に手を優しく握って温めて欲しい。
…キリト君に? …それとも○○君?
「あれ、アスナ?」
声をかけられた。その声の主が誰なのかは直ぐに分かった。振り返るとそこにいたのはやはり私の恋人であるキリト君だった。その手に傘を持ちながら。
「帰るのが少し遅れるからてっきり先に帰ったかと思ったが…」
「あはは、待ってたんだ」
誰を待ってたについてとは言えなかった。キリト君を待ってた(雨が止めば先に帰ったが)のは事実だがあの人のこともずっと考えてたから○○君に声をかけられるのを期待したりもした。
「一緒に帰るか?」
「うん」
手に持っていた傘を広げる。
「傘、少し小さいけど…」
「ならくっつく?」
「だな、歩きにくいかもだけど」
いつものやり取り。いつもの日常。
広げられた傘の下に入り私たちは学校を出ていく。
当然のように私たちはくっつく。相合傘は恋人の特権とも言う。私とキリト君にとってはいつも通りの光景。
だけど…、一つだけ違うものがあった。
それは最初にキリト君に声をかけられても…、こんな風に隣に歩いても…、私はいつものように胸がドキドキしなくなった事だった。
ーーー
ーー
ー
雨、rain。雲、cloud。寒い、cold。
既に放課後なのに教室の隅で英単語を復習する俺。勉強熱心なのかと思われるかもしれないが単に暇だからやっているだけだ。…いや確かに勉強は大事だしいつも手を抜かないけど別に居残りしてまでする程熱心という訳ではない。ただ手持ち無沙汰だと色々落ち着かないだけだ。
窓の方をチラッと見る。まだ雨が降ってら。
早く帰りたいが生憎と傘は無いのだ。以前俺の傘がパクられて以来、新しい傘を買おうかと何度も思ったが結局買う事は無かった。また次でいい。また今度にする。ここんところ雨に遭遇する事はなかったから必要性を全く感じなかったから買わなかったのが不味かった。俺の馬鹿野郎。
「おーい○○ー、下を見てみろよ」
「アスナがキリトの奴に寝取られてるぜぇ」
「「ぎゃははははっ」」
「……」
俺の貴重な勉強時間に割って入るお邪魔虫が二人。クラスのカーストに入ってる茶髪君とオールバック君だ。名前はどうでもいい。どうでもいいけど寝取られって英語だとcuckoldらしい。これ発音は何だ?
「無視すんなよ、おい」
「最近アスナと中いいからって調子に乗ってるって奴かい?」
アスナアスナって何で知り合いでも無いのにこんなに馴れ馴れしいんだろう。俺なんて知り合いだけど下の名前で呼ぶとか恐れ多いすぎて無理無理。
「うーん」
最近俺と結城さんが『デキてる』って噂が立っている。それというのも『アレ』以来結城さんが俺に近づく機会が更に増えたからなのが原因だ。勿論ただ一緒にいる(本当はたまに隠れて二人エッチとかもしているのだが…)だけなのだが人間とはただ一緒にいるだけで勝手にカップリングを生やすものだから大した理由など無くとも勝手に関係が捏造される。
だから毎回修正しないといけないのだが…。これがキリが無い。ちなみにキリが無いは英語だとendlessと言う。やだカッコいい。
「いつも言ってるけど俺と結城さんはそんなんじゃねーよ」
何度目かの否定。
「それに…、結城さんは桐ケ谷と付き合っているから俺と『そういう』関係はあり得ないから」
「あっそ」
「じゃあお前は最初から敗北者だなwww」
…なんでいちいち俺に構うかなぁ、俺の自業自得とはいえ鬱陶しい。…はぁ。
…そういう関係…、か。
『そういう』関係はあり得ないけどこの気持ち…、今はまだ誤魔化せるけど流石に自分の気持ちに嘘は付けない。
桐ケ谷から彼女を寝取る事はまったく考えなかった訳じゃないけど…、ただ、俺と一緒にいるのが正しいとは思えなかった。
あの人は俺よりも『主人公』と一緒にいる方が見栄える。あの人が輝けるのは隣にキリトがいるからだ。
間違っても俺にその代わりが務まる筈がない。
どんなに好きでも…、俺は『アスナ』に相応しくないんだ。
…英単語ペラっとめくる。
相応しくない、unsuitable。