ピンポーンと、呼び鈴を鳴らす音が響き渡る。
俺を呼ぶ声がしないことからそれが誰の手によっての発せられたモノなのかは見当が付いた。
「いらっしゃい、たきなちゃん」
「お邪魔します…」
玄関を開けると美少女が立っていた。
長い黒髪と猫のようにつり上がった瞼。落ち着きのある表情と胸元が非対称の黒い制服。
こうして文章にしてみるとちさとちゃんとは随分と対称的に見える。
赤と黒も対義として扱われることがあるからなおのこと。
そんな彼女を俺は自室に迎入れた。
「先日は申し訳ありませんでした。突然押しかけたあげく携帯まで壊してしまって」
「いやいいよっ。気にしないで気にしないで」
部屋には行ってすぐに深々と頭を下げられてしまったせいで慌ててしまう。
「…そうですか。ちさとから買い換えたばかりだと聞いていたので」
「あぁうん。保証でなんとかなったから…だからホントに気にしないで」
それに謝るのは俺の方なのに。
彼女が言うその日に、俺とたきなちゃんはとんでもないことをしてしまったのだから。
ちさとちゃんだけじゃなくたきなちゃんとまでしてしまうなんて…。
相変わらず自分の優柔不断さや意志薄弱さに嫌気が差してくる。
本来なら警察に突き出されててもおかしくないし、俺となんて顔を合わせたくないはずなんだけど……。
「わかりました。ではさっそく本題にはいりましょう」
しかし彼女は一切気にも留めていない様子だった。
それどころかむしろ清々しいくらいである。
俺なんかよりもずっと大人びている印象だ。
でも、たきなちゃんがいう本題と言う言葉に俺は少しだけ身構えてしまう。
「あの……ホントにやるの?」
「はい、前に話したじゃ無いですか」
「そ、そうだけど…」
「何か不満でも?」
「いや…ないです」
「では問題無いですね」
その表情は真剣そのもの。
仕事とか業務と言う言葉で表すのも生ぬるい、責任のある任務を背負ったような目つきでたきなちゃんはとんでもないことを口にした。
「これより、貴方の性欲処理を行います」
●
少し時計の針を戻そう。
数日前。
「やりすぎです」
たきなちゃんの鶴の一声から事はじまった。
それは初めてたきなちゃんとした日から数週間が経過した頃。
場所も同じ俺の自宅。
正座している俺とちさとちゃんがたきなちゃんに向かい合っているという奇しくも前回の尋問タイムと同じ構図だった。
「「……?」」
「やりすぎですよ2人とも」
意図が分からず顔を見合わせる俺達に、繰り返すようにたきなちゃんは続けた。
「ちさと、最近彼と何回したんですか?」
「えっと……よく覚えてないなー」
「じゃあこの1週間どう過ごしたか、具体的に教えてください。まさか1週間の記憶が全部無くなったわけないですよね?」
まるで先生のようにたきなちゃんはちさとちゃんに問いかける。いや寧ろ尋問だ。ちさとちゃんの逃げ道を一つずつ減らしていくその様は、本当に十代の女の子なのかを疑うほど手慣れている。
前回の時に見せたちさとちゃんの俊敏な動きといい、高校生離れしているのが恐ろしい。本気を出せばきっとこの2人に俺は一瞬で殺されてしまうだろう。
そんなすさまじい迫力に気圧されたちさとちゃんはどこかバツが悪いのか目を逸らしながら口を開いた。
「えっと…月曜日はお店が休みだったから家で映画見た後おじさんの家に行ったよ?」
「…それで?」
「火曜日はずっとたきなと学校にいたじゃん」
「そうですね」
「水曜日はバイトが早上がりだったからおじさんのトコにコーヒー渡しに行って……」
「はい」
「木曜日はおじさんの家に泊まったからそのままリコリコに行って」
「……」
「金曜日は学校帰りにおじさんの家にいって、土日はーー」
「もういいです」
明らかに呆れている声色で、しかしはっきりと告げられた。
「えーたきなが話せって言ったんじゃーん。最後まで聞いてよ-」
「ほとんど毎日じゃ無いですか。一体どこ辺りがたまにって言うんですか?」
まったくもってその通り。
先日と同様、一切の反論の余地も無くたきなちゃんが正しい。しかしたきなちゃんに言われるまで、そんなに回数をこなしていた自覚が無かったのもまた事実であった。
というのも、俺は自分で思っていた以上に絶倫だったということだ。
今までの自分じゃ考えられないほど、週に3回以上はしないと満足できない身体になってしまっていたのだ。
だけどそれ以上に驚くことがある。こうして整理してみると、かなりの頻度でちさとちゃんと会っている。
ここ最近は特に。
季節的には夏休みのはずなのだが、ちょこちょこ学校の話題が出てくる辺りやっぱり高校生なんだなと実感する。
「前に言いましたよね? 回数は減らす。仕事中には会いに行かないって」
「そうだけど……」
「前は私が口裏を合わせたからよかったものの、いつミカさん達にバレても可笑しくなかったんですよ?」
「うぅ……ごめんなさい」
「反省してください」
しゅんと落ち込むちさとちゃん。
きっとたきなちゃんからの実質のお許しが出て気が緩んでいたのもあるのだと思う。
秘密の共有というのは、それだけで心の距離感を縮めやすいのだろう。
とはいえ、2人が話しているとつい蚊帳の外になってしまってしまうというか、つい見守っていたくなると言うか。
「…たっきなだっておじさんとしたとき気持ちよさそーにしてたくせに」
「何か言いました?」
「んぐ……」
まぁそれは置いといて。……なんの話してたんだったっけ。
「……話を戻しましょう。仕事中に会わなくなったからといって、それでそもそもの回数が増えたら意味がありません。これは貴方にも言ってるんですよ?」
「えっ? 俺!?」
急に矛先がこちらに向けられる。おかげで反応する声が妙に裏返って恥ずかしい。先ほどまでずっと空気のように扱われていたから尚のこと、2人の視線が痛い。
そんな俺にもお構いなく、ちさとちゃんにしていた時と同じようにまくし立て始めた。
「当然です。そもそも貴方が毅然としていればこんな風にならなかったんですよ? ちさとが迫ってきてもちゃんと断るようにしてくださいね」
「えっと……努力します」
「そこはハッキリと断ると言ってください」
わずかな予防線すら見逃さない。
その姿勢はまさに生徒指導をする先生のよう。いや、教官のような有無を言わせない圧を感じる。
たきなちゃんがちさとちゃんのことを思ってのことだとわかっていても、その迫力には気圧されてしまう。
「まぁまぁたきな。少し落ち着きなって~」
ピンと張り詰めた空気に水を差したのは隣にいたちさとちゃんだった。
先ほどまで絞られていたのもなかったかのように飄々と振る舞う様子にたきなちゃんの眉間がわずかに歪むのが分かる。
一体何をしようというのか。
「あれもだめこれもだめって言っても悪いと思うよ~? おじさんだって我慢できないときあるかも知れないし~その時に他の女の人襲ったりしたらどうするのさ~」
あのちさとちゃん!?
その言い方だと俺がとんでもないクズみたいになるんだけど!
確かに否定はできないけど!!
ちさとちゃんやたきなちゃんみたいな未成年に手をした時点で十分アウトな気もするけれども!!
「……確かにそうですね」
あぁ。たきなちゃんにもそんな目で見られているのかぁ。
当然の報いかも知れないけれどショックだ。行きつけの喫茶店の看板娘達に犯罪者を見るような目を向けられるなんて。
でもちさとちゃんはその納得を好機と見たのか、さらに畳み掛けるように言葉を続ける。
「そうそう。だからね、少しずつ慣らしていくべきだと思うんだよね。だからもうちょーっとだけ多めに見て欲しいなーなんて」
ね? と首を傾げながらお願いする姿はまるで小動物を思わせる可愛らしさがある。しかしたきなちゃんはそれに絆されることはなく、
「ダメです」
きっぱりと一蹴した。
「えー!? じゃあどうするのさ~? ダメダメって言ってるのに何か代案でもあるの~?」
しかしちさとちゃんはめげない。これが唯一のほころびと見ているのだろう。演技というか、一挙手一投足に磨きがかかっている。
特に考えもないのに否定ばかりしてくるところがうまい。これだけ世渡り上手ならとっくに彼氏の一人くらい出来ていてもおかしくないはずなのに。
そんなことを思いながらも、たきなちゃんの言葉を待つ。
「……わかりました」
大きなため息を一つ。
そして覚悟を決めたような真剣な目つきで俺の方へと向き直い、こう言い放った。
「私が貴方の相手をします!」
補足
学校のフレーズを使っている時はリコリスの仕事をしているという暗喩です。