リンズ姫がズオウ様にあんなことやこんなことをされて可愛がられちゃうお話 作:buitre
私はこれからもずっと闘わなければならない。
志半ばで散った大切な者達のため、生き残った者達のため、そしてあの美しかった故郷のため、例えこの身が滅んだとしても元凶の男を堕落させこの国を崩壊させる日まで闘い続けなくてはならないのだ。そのためには弱腰になってなんかいられない。弱音も吐いてはならない。例え如何なる仕打ちを受けようとも勝つまでは感情を押し殺しぐっと堪えねばならない。常に前を向いて生きていかねばならないのだ。あの日私は誓ったのだから。――今宵より鬼になると。
けれど――
このまま目を覚まさなくていいというのならどうか……どうか今だけは覚めないで。永遠の眠りで無くていい。ほんの少しでいいの。束の間の安らぎをどうか下さい……。
***
暗く深い谷底に沈んでいた意識がそっと浮上していく。
ぎゅっと眉間に力を入れる。
瞼を張り付けたまま二度三度瞬きをする。庇越しに差し込む朝の光に目を慣らすよう習慣になっている。だがしかし――
今日は明らかに違った。いつまで経っても真っ暗なのである。いつものように目を閉じてでも分かる薄光を感じないのである。
おかしい。平素とは異なった様相に途端に目が冴え、背筋にゾワゾワと薄ら寒さが駆け巡る。手足がカタカタと震える。
まさか……、まさか奴に――ズオウに妙な術を仕掛けられたのか。天狼は忍軍が充実している。幻術なら容易いだろう。いや、朝から悪い方に考え過ぎだ。そんな根拠も無いし、ただ単に外は天気が悪いだけなのかもしれない。
ともかく小難しく考えず、目を開ければ良いのだ。たとえ天気が悪かろうと目を開ければいつも真っ先に格天井が広がって、今日もまた長い一日が始まるのだと。今日こそはズオウを出し抜いて少しでも足元を掬ってやると決意を新たにするのだから。
そうっと薄目を開けていき、天井が横に伸びるのを期待する。しかし――
「!」
この目に映し出されるは厳然たる黒。無限に続く果て無き闇――真っ黒闇だった。僅かな光さえ届かぬシンと静まり返った世界にこの身が細かく震える音だけが響く。人はおろか命の気配すらしなかった。というよりも最初から――この世の始まりからあらゆる生命の興隆を放棄したような、正しく『無』の世界であった。何度目を瞬かせても変わらなかった。聴覚に頼ろうとも駄目だった。他に物音ひとつ聞こえなかった。
「――――――――!?」
声が出なくなっていた。口は動かせるのに。顔や頸、体も力が入らず自由が利かなくなっていた。
何故急に? あまりにも唐突な……。
――そうだこれは夢だ! まだ眠っている最中だ。タチの悪い悪夢なのだ。そのうち覚めるから大丈夫。何て事無い。
――…いや、駄目だ。事実は受け止めなくては。現実逃避してはいけない。落ち着け、いつまでもそう驚いている場合か。あの頃の常に警護の者や侍女に頼りきりだった世間知らずな姫とは違うのだから。もう自分で何とかしないといけない。でも――
(――――怖い)
詰まる所、それが全てだった。いくら気を張って考えても不意打ち過ぎて冷静な思考など出来なかった。というよりも、自分の頭にも考える事を拒まれたようだ。ただただ途轍もなく怖くて全身が硬直しきっていた。何だ。何なのだこれは。一体どうしたと言うのだ。これもあの男のせいなのか。でも何故今頃? もう幾年も経ってて向こうから嗾けてくる様子も一向に無かったというのに……。
リンズはこれ以上は無いと言う位に目を瞠った。
(お願いです……。お願いですから助けて下さい……)
どこの誰に、神仏に、という訳でも無く必死に願った。だが微塵も届かなかった。
(やめて……!!)
目をぎゅっと瞑り、ただひたすら拒絶した。何をしているのか自分にも分からなかった。頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回され、混乱し、訳が分からなくなっていた。もう絶望しかなかった。何でも良い、ただこの惨憺たる現実から逃れたかった。身のうちにある全ての感覚を遮断したかった。それ以上に――
(死んでしまいたい……)
イロハ、ネムリ、侍女、民――いっその事抱えているものを残さず放棄してこのどうにもならない現実から逃れて楽になりたかった。大切な人達が安らかに待っている世界へ召されたかった。
(父様、母様、兄様姉様、ヒサメ……、私も今そちらへ参ります。待っていて下さい……)
黒闇の世界で、最期にひとつ決意を表す。これでも武家の女だ。いざという時の身の処し方は心得ている。舌を噛めば良いのだ。『誇りを穢された時何も持っていなければ舌を噛んで死になさい』母にそう昔から諭されてきた。ひとたび決意してしまえば楽だった。胸に澱んでいたつっかえが取れ、体から緊張感が解けた。
目を閉じ気力を溜める。舌を噛もうと口を開けた。
覚悟を決める――。
(さようなら……)
…
――…
今にもそうしようとした矢先の出来事だった。
「―――?」
それもまた突然だった。
――ゴゴゴッ…
何とも言えない、漠然とした【何か】が遙か彼方にいる気がした。それが地響きを立てながら凄まじい速さで近づいてくる――と思ったら……
「――――――!?」
(あああっ――――!?)
ガツンと背に巨石で殴られたようなもの凄い力がぶつかった。怒濤のごとく押し出してくるそれに目の前が大きく揺れ、ガクガクと揺さ振られた。胃底が上下し、嘔吐きそうになる。
助けて――、そんな懇願が頭を
(あら……? わたし……?)
ちゃんと周囲を意識してみると、そもそも今はふわふわと何処と無く浮いていて、横たわってもいない。斜めだが寧ろ直立に近い。着物が肌に当たっている感覚もあるし、うっすらとだが手足も冷たい。と言う事は体の感覚は残っているのだ。声も出なくなっているが、頭は働いている。体だって震えるから駄目になってはいないだろう。混乱していて気が付かなかったが、さっきからちゃんと息はしているし瞬きもしていた。体が震える音も聞こえたから聴覚だって残っているようだ。体は完全には蝕まれていないのだろう。
(何だったのかしら……?)
何にせよ、まだ突破口はある。ここで終わりにしてはいけない。何としてでも脱出しないといけない。焦燥感に駆られ背負っているものを放棄し、最期の決断を実行しようとした自分が恥ずかしい。
――――そう感じたが……
(どうにも出来ないわ……)
安堵したのは束の間だった。結局体が動かない以上、何も出来ないではないか。それにこうなるまでの記憶は無かった。戻っていないといった方が正しいか。予兆はあったのか、きっかけはあったのか、辿ろうにも何も思い出せない。ほんの少しも想起出来ずバッサリと抜け落ちてしまっているのだ。
(やだ………)
よもや一生このままなのだろうか。イロハやネムリや……、蒼海の生き残った民達はどうなる? 故国を滅ぼされ、家族や恋人、思い出も何もかも乗っ取られ、出口の見えない絶望の中、毎日を必死に生きている者達はどうなる? 生き残った民は来る日も来る日も身を粉にして働き、糊口を凌いでいるようだ。敗戦後、彼等は土地や財産を奪われた挙げ句、奴隷として駆り立てられ、新たに移り住んできた天狼の民からも侮蔑されていると聞く。誇りや尊厳も何もかも奪われ、絶望に瀕した民の中には自らの命を終わらせようとする者もいるらしい。だが故国の王女という存在――紛れもない自分の存在こそが、彼等の生きる糧になっているのだそうだ。彼等は、『生き残った姫も必死に生きている』と口承され、逸り立つ思いを瀬戸際で留まらせるという。そう聞いて身につまされる思いに駆られ、責任をひしひしと感じた。立場上、蒼海の姫では無くなってもこうして求められている限り誰かの役に立ちたい――そう思ってきた。
ここで終わる訳にはいかないのだ。脱出しないといけない。この身が無くなるのは民の死をも意味するから。でも――
――…何を考えているんだ。望みの薄い期待は止めろ。やはり先のように変化が起こらなければ事態は動かない。……それか、それかもしや……、このまま誰にも見つからず死にも至らず生き永らえるのだろうか。悲願も成就できないまま……。
―― 『【死】以上の可能性がある』 ――
重大な事実に気が付き、ゾッとする。奇怪な現象が起こる世界だ。あり得る。
忽ちのうちに体が凍えていく。同時に焦燥感が込み上げる。
――まずい!! 本当にまずい事になっている!
(もう嫌っ……!! はやく、早くっ……助けてっ……! お願いっ!)
何でも良いから誰でも良いからとにかく助けて欲しかった。この果てしなき闇の世界から一刻も早く抜け出したかった。声にならぬ声で必死に叫んだ。
(助けて……っ!! ヒサメ!!)
ひとりでに愛する人の名が出た。
その時、またしても突然だった。
「!」
僅かに離れた所、ボウと黒闇から浮かび上がるようにかそけき光が現れ出た。それは今にも消え入りそうなほの白さだったが、まるで最期のあらがいがごとく弱々しく周囲を照らし出している。その中に緋色の小さな点が動いている。ぼんやりと見ているだけでもそれは左から右へとゆっくり移動している。
(何かしら……?)
吸い寄せられるように目を良く凝らしてみると……
(――――わたし!?)
紛う事無き自分だった。いつもの打掛姿がいた。目が離せずじっと見ていると、ふと、だんだんと視野が広がり出した。弱々しかった光も力を得たように煌々と周囲を照らし出す。迫るように頭上から見渡すよう像がはっきりしてくる。
(ここは……?)
花園の廊下だった。
この方角は……? もう分かる。何度も通わされているから。ここを抜けると二の丸に出る。あの男が食事に使っている大広間があるのだ。その時――
「――――!?」
背後が何やらザワザワとした。何が起きたのかと考えを巡らす前に、グイッと前方に突き飛ばされるような大きな圧を感じた次の瞬間――
(っ……!? きゃっ……、きゃあああああああああ!?)
びゅうびゅうと吹き荒れる風。あらがえない程の暴風に押し出され、リンズは光の中へと吸い込まれていった――。
***
中天に白い月が高く昇っている。
リンズは花園の廊下をゆっくりと歩いていた。天狼の城の広さは蒼海の比では無い。殿舎のひとつひとつが広大で内部も大仰な位豪奢な装飾が施されている。
今の足取りは重い。ひどい億劫さに白足袋が地に張り付くよう。それはそうだ。ズオウに呼び出されたのだ。昼餉を共にせよと。拒めるものならばそうしたい。でもそれは出来ない。侍女の命が掛かっているから。それに、昼餉とは建前で実際はその先にある。夕刻、閨に移動させられるのだ。それでも寝所ならばいずれ奴の気が緩むかもしれない。今日ズオウを崩すのは
突き当たりの角を右に曲がると、次の曲がり角が見渡せない程の広い廊下に差し掛かった。天井も高くなり、開放的である。右側はこの国の名勝のひとつに数えられている壮麗な庭園に面しており、昼間のためか戸は全開にされている。真ん中を陣取る広大な池の
左側はいくつか部屋が連なり襖が閉まっているが、いずれも金箔貼りで花鳥風月に狼が描かれ大層わざとらしい。この国の威光を見せつけているようだ。
そのうちのひとつ、僅かに開かれた襖の直ぐ裏からこちらの様子を伺うように視線を感じる。当人達は気が付かれていないと思っているようだが、ジロジロと刺すような視線から丸わかりだ。
女達の会話する声が耳に入ってくる。
「――ほらっ、ご覧になって。リンズ夫人よ」
「ふんっ……。いつもながらお綺麗ね。今日も殿の所へお行きになるのかしらっ?」
「ふふっ、嫌ですわ。何を怒ってらっしゃいますの? 決まっているではありませんか。ねえ、知ってらっしゃる? あの方、最近良く殿にお呼ばれなさっているのよ」
「そうね。ご夫人だからと言って目立ち過ぎではありませんこと? あんな年端のいかぬ滅んだ国の小娘殿をご夫人に据えるなんて殿も物好きですわね。あの方の何処が良いのかしらっ」
「ほほほ。まあそう怒らないで下さいまし。でもそれこの間どなたかも仰っておいででしたわ。決まっているではありませんか。褥で殿に媚を売るのですよ。あの方、あのただ弱いだけの国の王族だったみたいで殿の寛大な御心のおかげで生き残ったそうですの。でも未だにお子が出来無いから必死なんですってっ。今も見放されないよう、一生懸命命乞いなさっておいでですのよっ。『殿のお種を頂戴しまする~』って上に跨がって腰を押しつけてそれはもうグリグリと――」
「ほーっほほほほっ。嫌ですわっ、可笑しくて堪りませんわっ。もう止めてあげて下さいましっ。国も亡くした上、そんなお下品な言われようではあの方が可哀想ですわっ」
「ほほっ。嫌ですわっ。貴女もお笑いになっているではありませんかっ」
「ほほほっ、そうですけど。仕方が無いでございましょう。だって可笑しいんですものっ」
「ほほほっ、それもそうですわねっ」
二人してさも可笑しそうに嗤っている。声を潜めているようだが、だんだん興奮してくるから全部筒抜けだ。下品で悪趣味この上無い。ここに上がった女はみな上臈らしいが品性の欠片も無い。無い事を作り上げた上、嫉みが酷すぎる。真っ直ぐ前を見て歩を進めていたが、女達の卑しい作り話に嘆息が漏れ、重ね合わせていた両手の指先につい力が入ってしまう。まあ女が集まれば噂が絶えず姦しくなるのはいつの時代も変わらない真理だろう。あの者達だけでは無い。何処へ行っても女達の嫉みを肌で感じる事はしょっちゅうだ。自分が生きる目的はズオウを殺る事。女同士の人脈など要らない。だがここでは妬心に狂った女が刺そうとしたなんて物騒な話も聞く。だから油断ならない。ズオウを討つ前に自分が嫉妬に討たれては元も子も無い。ゆえに決して敵意を向けてはならないのだ。『リンズ夫人』以前はその呼び名に心がザワついたがもう慣れた。この国に連れて来られてから多少でも強さは身に付けたつもりだ。でも――
ちくり…
(痛い………)
―― 『滅んだ国』 『弱いだけ』 ――
この身はいくら蔑まれてもいい。如何なる屈辱にも耐え抜く覚悟だ。でも蒼海が、民が蔑まれるのはいつも辛くなる。聞き流そうとしてもどうにも出来無い。あの大地が、蒼い空が、海が、民が……、脳裡に強く刻まれて今までもこれからもずっと大好きだから。下品な女の話を気にすると自分の心も穢れると分かっているつもりなのに頭をぐるぐると駆け巡って離れない。胸が張り裂けそうになる位に苦しい。辛い。
(助けてっ、お願いっ! 助けてっ……、ヒサメッ!!)
ぎゅっと目を瞑り、その名を呼んだ。
すると――
「!」
突然だった。右側、開け放たれた庭園がブワッと白い光に包まれる。目が眩む程の強い光に目がチカチカする。思わず袖で目を覆い、思い切り目を瞑った。あまりの眩しさに瞼の裏でも涙が滲んでくる。だが――
「――――っ」
目を眩ます強烈な白光りは直ぐに力を失っていき弱々しくなった。助かった――、張りつめていた力を抜き、ひとつ息をつく。一体何だったのか?
しかし、考える間も無くまたしても事態は展開する。
「…………!」
長い廊下の先で、その消え入りたげな光の筋がこちらへ入ってくると集まっていく。相互に絡まり合うと、再び勢いが強くなる。
(何なの……?)
呆気に取られたが、今度は目がチカチカする前に袖で目を守る。
そうこうしていると取り巻いた光が分散し、形を成していく。空間から飛び出るように徐々に人影が形成される。それは――
「――――!?」
濃灰の羽織袴を纏ったしなやかに引き締まった体。顔の輪郭は薄絹が掛かったようにぼんやりとしているけど、くりっとした丸い瞳にすっと通った鼻筋。頭の後ろ、高い位置でひとつに縛った藍色の長い髪。
まさか――――――!!?
「ヒサメッ!!?」
――そこにいたのは、世界でたった一人の愛した人――ヒサメだった。
**
「リンズ様」
私の名を呼んでくれる優しくて少し高い声。
現れたヒサメは前と同じだった。ちょっとぼんやりとしている部分もあるけどそんなのは些細な事だった。あの頃と全く変わらない表情で――気羞ずかしそうに伏し目になり、頬を赤らめながら。何でここにいるのか、あの時ズオウに殺されたのではないか――、そんな当たり前の疑問、今はどうでも良かった。とにかく会いたかった愛しい人。故国が破れてズオウに犯され、この国に攫われてから片時も忘れる事無く、ただただ会いたかった。
この終わりの見えない復讐の中、ずっと彼の名を呼び、想いを胸に秘め、心の支えとしてきた。いつか復讐を果たしてこの国が瓦解して、人質に取られている者達や蒼海の民が解放された時、自分も命を終わらせる。そしてあちらの世界で待っていてくれている彼に会いたかった。今度こそ戦の無い平和な世界で共に過ごしたかった。
でも、その前にこうして彼の方から迎えに来てくれた。
「ヒサメッ!!」
溢れんばかりの想いに突き動かされ、駆け出していた。はしたないと子供の頃から染みついた教えは頭から飛んでいた。あんなに重かった足取りは宙に浮いたように軽くなっていた。
『王族たるあなたが走ってはなりませんよ』そう母から幼い頃より躾けられてきた。物心付いた時より武芸に関心を示さず率先してままごとや書歌を好んだから、闘いの才は無しとしてとにかく女らしくなるよう育てられた。だから当たり前にようにそう習慣付いて、滅多に走らなかった。でも今は忘れていた。
やっと会えた――、この想いだけに駆り立てられていた。この想いだけが全てだった。
ピッタリ彼の前に来ると、見上げた。見慣れた顔が瞳いっぱいに映った。真摯な眼差しが見つめ返してくれる。いつも表情の変化に乏しく感情も読み取りづらいと傍からは言われていたけど、彼も嬉しいのか瞳の奥が笑っている。自分には分かる。沢山の時間を共にしたから。じっと見つめ合っていると若い男の人特有の精悍な匂いが漂ってきた。
――あの時と同じだ! 全部あの頃のままだ!
やっぱり彼だ。間違い無い。やっと……やっと会えた……ヒサメ!!
「ヒサメ!!」
「リンズ様」
どちらからともなく両手を重ね合わせた。絡まる指。すっぽりと包みこんでくれる優しい手。
――なんて温かな手だろう……。
もう嘘な訳無い。いつも見上げた愛おしい人がこんなにも近くにいて名を呼んでくれるのだから。
不意に目頭が熱くなり、涙が頬を伝っていた。止め処無く流れて抑えられなかった。
いつもの自分からは信じられない位、堰を切ったように早口で捲し立てていた。
「ヒサメッ……、ヒサメッ! 私ねっ……、ずっとっ……、ずっと寂しかったのっ。ずっとあなたに会いたかったのっ!!」
「リンズ様、俺もです」
「ヒサメッ、もう離さないでっ!! ずっと一緒にいてっ! 私を連れて行ってっ! もう嫌なのっ、辛いのっ!」
「リンズ様、俺と一緒に行きましょう。皆あなたを待っています」
「はいっ! ねえヒサメッ、抱き締めてっ……、ううんっ、抱いて下さいっ! 今ここで直ぐにっ、お願いっ!!」
花芯が今までに無く強烈に疼いていた。股の間がじっとり潤んでいた。心と体が猛烈にヒサメに飢えていた。『ヒサメが欲しい』それしか考えられなくなっていた。
あの頃は初心だったから触れて欲しくても互いの手を重ね合わせるだけで終わってしまった。でもそれで満足していた。けれどもう今は……、それ以上先の世界を知っているから、異性の感触を知っているから――知らされてしまったから、それだけでは満足出来無くなっていた。抱き締めるだけでは無くて、この穢されてしまった身を早く清めて欲しかった。本当に望んだ彼の手で抱かれたかった。女達が見ている――、そんなのもどうでも良かった。今この場に横たえられ服を脱がされて全身を弄られて早く彼とひとつになりたかった。
「はい。リンズ様……」
その言葉が合図だった。
踵を上げて伸び上がり、唇を近づける。目を閉じて彼を受け入れる。
目尻から一筋、雫が頬を伝っていく。真昼の陽光に反射してキラリと輝く。
(ああ、ヒサメ……)
あと少し……、あと少しで触れ合う――。
(ヒサメ、愛しています……。私の愛しい人、愛おしい……私の夫!)
…
―――
――――……
『――――ズ! おい、リンズ!』
―――――――――――――――――――!?
パチっと目が開いた。
「起きたか、リンズ」
私の名を呼ぶ低く野太い声。
目の前を埋め尽くす肌色。聳え立つゴツゴツと隆起した分厚い肉の壁。逞しい雄の匂い。
顔を上げれば……
「泣き顔も美しいぞ、妻よ」
分厚い筋肉に覆われた角張った体。口髭顎髭を貯えた黒髪の厳つい強面。小馬鹿にしたように不敵に嗤っている中年の男。
――そこにいたのは、世界で一番嫌いな全く愛していない夫――ズオウだった。