リンズ姫がズオウ様にあんなことやこんなことをされて可愛がられちゃうお話 作:buitre
バサッ…!
豊かな髪が跳ね、直ぐにいつもの位置に収まる。
この場の形勢が変わったのはそんなごく一瞬の間であった。
…
……
突き刺した………はずだった………。
なのに…………
「!?」
簪ごと右手をズオウの右逆手に掴まれていた。頸に突き刺さる寸前のそれを、振り返る事も無く。掴まれた所からブルブルと波濤のように震えが伝わった。
――ズオウが嗤い出したのだ。さも愉快そうに。
「フフフ………クククククッ………ククククククククククッ…………」
忍び嗤いを漏らし、背を丸め肩を震わせている。
少し経つとズオウの嗤いが徐々に小さくなり、やがて止まった。
――だが、それはあたかも嵐の前の静けさのようだった。
そんな矢先だった。
突如、屈強な体がグンッと伸び上がった。瘤々な肩がズバッと広がる。
その威勢に
「わあっ……!」
ズオウはしゃっきり姿勢を起こすと、正面を向いた。
その
「ハーッハッハッハッハハハハッ!!! フハハハハハハハハッ!! ワーッハッハハハハハハッ!!」
「っ!!」
鳴り渡るけたたましい哄笑。ビクッと体が強張る。
湯場を突き抜くような轟音にグラグラと激しく地が揺らいだ気がした。耳がキーンとなり足を取られ転びそうになったが、どうにか地を踏みしめ堪えた。ズオウは余程可笑しかったのかずっと嗤っていた。その手は緩めないまま。
(――――な……ん……で……!!? なんでなんでなんで何でーーーーーーーーーっ!!?)
振りもぎろうとすればいくらでも時間はあった。左手を使おうと思えば出来た。だがそれも出来ずリンズは呆然と立ち尽くしていた。否、そうするのも忘れていた。何が起こったのか分からず、完全に思考停止していた。ズオウは今頃絶命しているはずだった。
『失敗』――その単語が頭を過ぎった。
リンズの体から見る見るうちに血の気が引いていく。続けて全身にガクガクと強い震えが起こった。今にも崩れ落ちてしまいそうだった。奇しくもズオウに手を掴まれているから立っていられた。徐々に実感が湧いてきた。
「あ……あああああああっ……あああああああああああああっ……!!」
瞠目し、何度も目を瞬かせた。歯がカチカチと鳴ってしまう。上手く言葉が出せなかった。こめかみや額の髪の生え際から冷や汗が噴き出てきた。背にも冷たい玉の汗が出てきて、背すじを降りていき、汗で張り付いていた湯衣をいっそう濡らしていった。
ただただ、ひとつの感情が胸を占めていた。
―――『恐怖』
それだけだった。
そんなリンズとは裏腹に無情にもズオウの哄笑は続いた。
暫くして――
ズオウは嗤い止むと、左から振り向いた。
「!」
ギロリ…
「ひいいいッ!!」
蛇のように細く小さい瞳孔。目に入れた者を瞬時に凍てつかせる眼光。
現れたのは見た事も無い位に凄味を帯びたズオウだった。その異様な瞳に見据えられただけで身が縮み上がる。
「……………っ」
視線なんか合わせられない。ぎゅっと目を瞑る。
「フン」
ズオウは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。リンズの手を掴んだまま左手で近くの木桶を取り、満杯に湯が注がれていたそれでザバッと背に付いた泡を流す。そして、堂々と立ち上がった。右回りで後ろへ振り返り、振り向きざまに掴んでいた手を左手に持ち替え吊り上げた。かなりの身長差にリンズの右腕は強制的に斜め上に伸ばされ、足が宙に浮きそうになる。
「きゃあっ!?」
迂闊だった。怯んでしまっていた。その隙に右手で簪を毟り取られてしまう。
「しまっ……!」
ズオウはそのまま己の後方――リンズの前方へ投げつけた。
「あっ………!」
時、遅し。
ブンッ…!
象牙の簪は高く上がり綺麗な放物線を描きながら落下する。
カンッ! カッ! カッカッ…キキ…キ……
一度地に強く叩き付けられると軽快な音を立てて跳ね上がり、空中で幾度か回転した。それからまた地へ落下してその場で暫く振動した後、動かなくなった。
「!?」
余裕綽々に立ちはだかったズオウの胸の位置にリンズの頭のてっぺんが来る。ズイッ、とのしかかるように見下ろされる。
「バカな女だ」
強い蔑みが込められていた。
「!!」
「残念だったな。お前には以前伝えたぞ。小娘の考えている事なぞお見通しだと」
「……っ……」
「どうした急にしおらしくなって。先程までの威勢はどうした。もう一度殺しに掛かったらどうだ。ん?」
「……………」
そう発破を掛けてやるとリンズは俯いてしまった。極限まで漲っていた殺気はもう萎んでしまっていた。いつもながら何でも顔や態に出てしまう女だ。
この女が今日ここで己を殺そうと腹積もりしているのは湯に入ってきた時点で直ぐに分かった。何処と無く普段とは違った強張り方だったからである。この可笑しな格好からして共に浸かるつもりは更々無いとする意思表示で、髪もひとつに纏めていたからこの中に殺し道具をしたためているのだろうと推測した。面白い。何も出来ずに運命に悲観し泣いている女よりも剥き出しの殺意を以て殺しに来た方が高揚するというものだ。それでこそ我が妻に相応しい。――よし決めたぞ!
今夜は
こうしてリンズはズオウに益々気に入られ、今宵、この男の寵愛を一身に受ける事になったのである。
今夜はリンズだけと決めたが、お楽しみは後に取っておく。その前にやるべき事がある。この女の本気は如何ほどなのか探りを入れてみるかと考えていた矢先、眼前で意識を失ってしまった。頸の脈に触れると速くなっているがちゃんと触れ、頬の紅潮からすると逆上せたのだろうと判断した。案の定、何不自由無く育った姫が慣れない事をするのは無理があったか。まあ頑張った方だ。褒めてやろう。しかしながら、さすがのズオウでも正体なくなった女とヤる気にはなれず、気分は萎えてくる一方だった。それでも此度の戦に勝利し新たに領土を獲得した興奮や、出陣中もずっと頭にあったリンズを久しぶりにアレコレ出来る興奮が冷めやらず、萎える気配の無いチンポが苛々させてきて困ってしまった。だがこれも詮無しと理性を働かせ、チンポに手を掛けシコシコ扱き上げた。ピューーッと威勢が良いのを高飛ばしし、ひと先ず頭の中の靄も飛ばした。思えば戦の最中を除いて己で手を掛けたのはここ何十年も無かったはずだ。眠っている時以外は全て
が、過ぎた事に苛ついても仕方が無い。気を取り直し、今のうちに殺し道具を探しておこう、といつものあらがいも無くこれ幸いと介抱ついでに頭に触れた。それらしき感触があったから確信した。形状から殺しの手段は刺突だと断定した。とすると背後に回った時だ。即ち背を流す時。後ろ頸にある急所狙いに違いない。そのうち寝息を立てたから、これは問題無しとリンズの体を抱き上げ換気口の傍に運び、壁に凭れ掛けさせた。その間に色々と沈思した。
どうせこの陳腐な暗殺劇もリンズが考えたのでは無い。リンズが当初より己に殺意を抱いているのは自明だが、
今夜は我が全力を尽くし、必ずや堕としてみせよう!
こうしてリンズはズオウを殺し損ねた挙げ句、この男の闘争心に火をつけてしまったのである。こうなったズオウはとにかくいつも以上にしつこい。目的達成のためならばありとあらゆる手段を取るのを厭わない。ずっと突っ撥ねてきたリンズでもこの時を境に命運の手綱をズオウに握られてしまったと言っても過言では無かった。
だが、思い返せば寧ろ今までがリンズの
それにしても勿体無かった。もっと早く攻め入っていれば……。戦の判断は誤った事が無いのにこっちの戦では
むろん、さっさと脱がせてヤリまくるのは簡単だし、早くそうしたいがヤりたい盛りの若造とは違うのだ。この戦乱の厳しい世でさまざまな苦汁を嘗め、世を渡ってきた身としてはこれしきは何とも無い。詰まる所、堕とすにも心を獲るのが重要なのだ。こういうのは戦略が鍵だ。戦と同じである。チンポ第一では碌な事にならない。一瞬の判断の誤りがこれまでの積み上げを一瞬にして崩壊させ、取り返しのつかぬ事態を招きかねない。それに、嗤える位に陳腐だったが
残念だったな。ただ大事に育てられただけの、か弱い白うさぎでは酸いも甘いも噛み分けた歴戦の餓狼に元より勝ち目は無かったという事だ。実に滑稽滑稽。真に嗤える。
「言え。誰に差し向けられた」
「………―せん」
「聞こえぬ」
「……誰の指図も受けていません。全て私が考えた事です」
確かにイロハに勧められたが最終的に判断したのは自分だし、何より彼女に火の粉が降り掛かるのは避けなければならない。蒼海の民は最後まで守る。生き残った王族の責任だ。
「であるか。ならばお前に付けた女どもに責任を取らせるか」
「……何ですって!?」
「何を驚く。国王に歯向かうは罪。叛逆は例外無く斬罪だ。だがお前は余の妻として今後も居させる。とすると、代わりの者に責任を取らせる。当然だろう」
「そんなっ……卑怯ですっ! あの
「フン。どの口が物を言っている。獄門でどうだ。これでも軽い方だ。光栄に思え」
「なにをっ……何を言っているの!?」
「そう声を荒げるな。お前にも相応の罰を与える」
「!? いや……嫌ですっ!」
「安心せよ。殺しはしない。ただ素っ裸に剥き上げ頸輪を付け市中に晒した後、貧民窟へ放り込まれるのでどうだ。見物だな、奴等女に飢えているからな。あっと言う間に大人気だ。良かったな」
「!! そんなっ、いやっ……嫌あああっ……!!」
その時、リンズの豊かな想像力と感受性がひとつの世界を創り上げた―――。