プロローグなので。
《金曜午後5時になりました!ワタクシ
低い男性の声が店内に響く。
「わぁ…!
ほんとに来てるみたいだよ米田舞っ」
「どこで何リポートすんだろうね」
「大丈夫!わたしたちの町透過町ならどこをリポートしても盛り上がってくれるよ!」
私の親友、
よほどラジオの出演者に興味があると見える。
ピンクに染め、ボブカットに髪型をセットした頭をブンブンと振って興奮を表現しているし。
あたしは正直ラジオなんて聞かないから関心は水とカルピスの配分が9:1の時ほど薄い。顔見えない相手に何を思うのかしら。
正直目の前の垂れかけのアイスの方が気になってしまう。ポケットティッシュ、取り出しておこうかな。
《本日お送りする透過町はその名の通り、透き通るように綺麗な景観が特徴な町です!ラジオではお伝えできませんが、ゴミ一つ落ちておらず、電柱すら見当たりません!》
あ、
こちらの方は向いていなかったが、その背中に会釈をしておく。
「ねえねえ
「いや、あたしにわかるわけないでしょ」
むしろわかってしまったらそれはストーカーレベルの情報網なのではなかろうか。それか業界の人。
「まさか萌、あーた場所がわかったら…」
「無論!見学にいくの!」
捕まるぞあんた。
ただでさえ有名人なんだから…。
あたしは知らなかったケド。
「ド迷惑…あとアイスやばいよ」
「うわわ!?」
お皿からはみ出た部分のアイスが滴り落ちたのをギリギリスプーンで受け止めた…。
相変わらず反射神経は凄まじいなぁ、萌。
「やはは…冷房聞いててもアイスは溶けるもんなのだねぇ」
「そりゃあ、冷蔵庫の中の方が寒いからね。0度以下のところから26度のところに来たんだもの」
「うゅ…そう考えるとめちゃくちゃ暑い場所だ」
「そうそう…だから、早く楽にしてあげな」
「イエスマム!」
アイスをかきこんで頭痛を発生させてる萌は置いといて店内を見渡した。
カウンター席が4つ。
テーブル席が3つ。
気品に溢れた…それこそ未成年の自分達には不釣り合いなバーみたいなお洒落さ漂う素敵なお店のわりに、主なお客はあたしたちのような女子学生だ。
理由は単純。
学生割が効くから。
そしてマスターがイケメン。
しかも美青年ときたものだ。
あたしの好みにもマッチしてます。
黒い制服が今日も顔を引き立てている。
正直付き合いたいね。
気軽に「いいですよ」と言ってくれないだろうか。
…それはともかく、基本的に20%も値引きされるのでとても贔屓にさせてもらっているのだけど…何故か今日は人がいない。
なぜだろう。
「何で人がいないのかって顔をしてるね」
エッッッッッッ。
「マァッスタァーッ⁉︎」
「ご注文のナポリタン。お待ちどうさま」
ぼんやりと店内見渡してたら唐突にマスターが近づいてきてああいい匂いですねお腹空いてきました。
……失礼。
そういえばナポリタン頼んでたんだった。
すっかり忘れてた。
「あっ、リガトゴサマス…」
「光ぃ〜照れてるのぉ?」
「うるはいっ萌ッ」
的確にこちらの弱点を抉ってくるのは流石の観察眼というべきかあたしが分かり易いだけなのか。うう、恥ずかしい…。
ここはとにかく話題を変えないと。
「あの、どうして人が…?」
「最近、この辺りで不審者が出没しててね」
「不審者ですか?この街に!?」
急に萌が慌て出した。
別にどの街でも不審者くらいいてもおかしく無いと思うけど…ちょっと怖いかも。
「は、早く捕まえないと米田舞さんが!」
そっちかい。
「流石に大丈夫でしょ。周りにたくさん人がいるだろうし」
「そう。今回危険なのは君たち女子学生だ」
「はふぅ…安心した…ってええ!?わたしたちですか?」
萌はいつもオーバーリアクションである。
あたしたちのような学生が危険ってことは…誘拐とか強姦とかそういった理由だろうか。
「でも、そういう人がいるなら高校が教えてくれると思うんですけど…」
「君たちの学校では忠告されなかったのかい?」
「萌。多分だけど学校からここまで結構距離があるから問題なしって判断したんだと思うよ」
「ええ〜!?それでも普通注意くらいは出すものじゃないの?」
「随分といい加減な仕事をする高校だね…」
あたしたちの通う透過中央高校はその規模の大きさに反比例するが如くザルだ。
まだ高校1年生だけどそれは直に感じてる。
萌とは別クラスだからそっちの様子はわからないけどやっぱりなんというか、控えめな表現で表すと"やんちゃ"系が多い。
そして先生たちもそれを野放しだ。
生徒たちの輝く心を尊重する…聞こえはいいが用は放任主義という事である。
あたしが髪を染めたりせず髪型もシンプルなロングヘアから一才変えないのもそいつらに絡まれないようにするためでもある。
正直転校したい。
「話を戻すけど…その不審者はね、何やら不思議な力を使うらしい」
「不思議な力…ですか」
「なにそれなにそれ!わたし気になる!」
霊現象とかそういう類なのかな。もしかして危険というのは本当に命の危機に関係する意味合いだろうか。
「きっと萌ちゃんの期待しているようなものじゃ無い、おぞましいものだ」
「それは、いったい…?」
ごくり、と喉を鳴らす。
「触手、らしい」
「しょっ…」
「え、なんですかそれ?」
触手って…あの触手…!?時折えっちな漫画で出てきてヒロインを襲う、あの触手…!?
「萌ちゃんは知らなかったか。イメージとしてはタコの足がちかいかな。あれが体から飛び出してくるようなものだよ」
「ピィッ…」
も、萌が青ざめてる…。
タコ、苦手なんだっけ。
「本当に何が起こるかわからないね。この街は」
透過町。
人々の心が透き通るようなきれいな町。
でも、その透き通った心が全て善良とは限らない。
悪い心だって透き通り現実に現れるし、人では無い"なにか"の心も浮き出てくる。
そのせいかこの街では…
度々怪現象が起こることがあるのだ。
そしてその8割はえっちな方面。
服だけ溶かすスライムとか、性的に人を貪る尺八様とか、いつのまにかダウンロードされてる催眠アプリとか…本当に色々。
今上げたのは既に逮捕/討伐されて怪現象に決着がついた事例だけど、いつ再犯がおこってもおかしく無い。
「今日はそれを食べ終わったらすぐに帰った方がいいね」
「は、ハイッ」
怖い話が終わり緊張が解けたせいか、今度はマスターと近くで話しているという事実に緊張してきた。
うう…早く帰らなきゃなのに帰りたく無いよお。
「ね、ねえ光…わたし、その…怖いし先に帰ってていいかな」
「いいよ。まだ明るいし、帰れるなら早く帰った方がいいと思うし」
あたしとは正反対に萌の顔色は悪い。
マスターにはちょっと申し訳ないけど、こんな状態で触手不審者が近くにいるかもしれない喫茶店にいるのはきっと心臓に悪いはずだ。
「ごめんね…あ、マスターさん。お会計お願いします」
「わかった。レジまで行こうか」
「光ちゃん、また来週ね…」
「うん。また来週」
手提げバックを手に持ち萌は立ち上がり、マスターと一緒にレジへと向かった。
それを見届けたあたしはナポリタンに向き合う。赤くケチャップが絡んだ麺や玉ねぎやウインナーがとても美味しそうだ。
本日両親は共に会社で徹夜作業らしく家にいない。
そのためこれが早めの夕飯となる。
なんだか、小さな非日常感があってこういう雰囲気はあたしは好きだ。喫茶店で食べるってのも中々ポイントが高いと思う。
「いただきます」
目を瞑り両手を合わせその言葉を口ずさむ。
あたしはこの紅麺の海に飛び込んでいったのだった。