幻想郷の木々が青く生い茂り、氷妖精が倒れる程に暑い日に、私は境内を掃いていた。
時折片手で額の汗を拭うがまるで止まらないので、そろそろ嫌になってきた頃合いだ。
異変がない日はこうして掃除か、昼寝をするのだが、こうも暑くては寝ようにも寝付けない。
蝉の大合唱が暑さをさらに加速させる気がして、気が滅入る。
リグルをとっちめれば蝉どもは静かになるだろうかと、下らない冗談を考えられる辺り、まだまだ熱射病には程遠いようで安心した。
自分で言っていて悲しくなるが、いつも通り参拝客は全くいない。
春や秋といった過ごしやすい季節はちらほら来たりするが、夏、冬は人足は全く途絶えてしまう。
奥の部屋で萃香が暑さを嘆きながら瓢箪を傾けている。
呑んだら体温が上がって余計に暑くなると思うのだが、本人がいいならそれでいいのだろう。
うちで飼育…もとい養育している針妙丸は姿が見えない。
妖精達と遊んでいるのだろうか。
「おーーい!霊夢ぅーー!」
遠くから聞き慣れた声が近づいて来る。
魔理沙だ。
彼女はこの暑いのに、黒を基調とした服で、見てるこっちまで暑くなる。
「はぁ、めんどくさいのが来た…」
「めんどくさいとは何だ!折角、暑中お見舞い申し上げに来たってのに!」
「はいはい…悪かったわよ」
内心暇で暇で仕方がなかったので友人の来訪は嬉しかった。
彼女はさも我が物顔で縁側に上がり込むと、「ここは友人に冷たいお茶も出さないのか」と言ったので、私は少しムカッと来て、当て付けのように熱々のお茶を出してやる。
夏に氷なんて高級品、紅魔館か稗田邸ぐらいしか無いだろう。
冷蔵庫はぼったくりの河童が販売こそしているが、400円は到底、庶民に手の届く値段ではない。
魔理沙は湯気の立つそれには口を付けず、珍しく真剣に話し出した。
「それより霊夢、今人里が大変らしいぜ」
「大変?妖怪でも出たの?」
「いや…」
「なんだ、心配して損した…妖怪じゃないならいったい何よ…」
「ほら、今朝の新聞」
丸めた新聞を渡される。
私はそれを掴み、丸まって、癖の付いてしまった紙を伸ばすと、グレーの濃淡のみで表現された人里の写真が目に入る。
「一面、読んでみろよ」
丁度掃除にも飽きてきた所だ。どんな下らない記事か、精々馬鹿にしてやることにしよう。
もしつまらなかったら焚き付けに使ってやる。
「えーと、なになに…」
『文々。新聞号外 人里の奇妙な変貌、異変か』
堂々と紙面に居座る見出しに苛つくが、言われた通りに本文を読み進める。
『現在、人間の里では奇妙な現象が立て続けに起こっている。
なんと、急速に近代化が進んでいるのだ。
街行く人の服装は和装から洋装に変わり、通りにはガス灯が灯る。
夕方にこれらが一斉に点く様子はさながら狐火のようで、美しく、不思議な魅力がある。
市場では今までに無かった物品が次々と売買され、人里の活気を更に加速させている。
筆者も電器屋にてシネマトグラフなる、カメラの一種を購入した。
こうした「進化」とも言える文明の発展に里の人々は非常に好意的で、暮らしが便利になり、空いた間暇で学問が出来るといった声もある一方で、寺子屋の教員である上白沢慧音氏は、物質的な豊かさを優先して人々の精神が薄弱になるのでは無いかと懸念していると筆者に語った。
これらの変化は先月頃発生したと推定されるが、詳しい日時や原因は不明。
異変を疑う線もあり、里内では調査が期待されている。』
普段なら鼻かみや焼き芋に使う新聞だが、こうして読んでみると意外に悪くない。
こんな「物語」が書けるとはあの天狗記者も大したものだ。
と、思ったが、あのブン屋は確か「私は真実しか記事にしませんよ!何てったって社会派ルポライターですから!」と言っていたはずだ。
ではこの内容はノンフィクションなのだろうか。
正直、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
横で帽子をブラッシングしている魔理沙が、「どうだった」と聞いてきた。
「どうだったって言われても、こんなの信じられる訳ないでしょうに」
私は雑に新聞を畳むと、魔理沙に返す。
「まあな、でも行くだけ行ってみないか?人里」
「えー…」
「どうせ暇なんだろ?こんな参拝客いない神社よかよっぽど楽しいと思うけどな」
「一言多いわよ…まあ、暇してたし、行くわ」
参拝客云々はこの際置いておいて、神社よか楽しいのは事実だと思う。
「よし、決まりだ!」
彼女は嬉しそうに箒に跨る。
多分、私同様に暇してたのだろう。
重い腰やっとこさ上げ、何回か伸びをした後、飛び上がる。
チラと振り返ると、博麗神社は既に点の様になっていた。
ありがとうございました。