朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
予想以上にユウキ編が長くてタイトル詐欺感が出てるので早めに何とかします…汗
天井。
いつ何時も視界の前に広がって変わらない見飽きた光景。
病院の無菌室で、全身を機械に繋がれて、心電図の音だけをBGMにただ生かされるだけの日々。心はとっくの昔に何も感じなくて、数日前に無情に伝えられた訃報――最愛の姉が死んだという知らせがずっと頭に残って。もう、何もかもがどうでもよくなっていた。
(もう、充分生きたよね……)
紺野木綿季は虚な目で宙を見つめ、ふっ、と諦めたように息を吐いた。そのまま消えて無くなりたいと思っても、周りがそれを許さない。
意味も理由もなく、仲間もいない、ただ心臓が止まるその時まで息をし続けるだけの毎日。
「もう、……いいよ。もう……、充分だよ……」
微かに漏れた、心からの言葉に涙が滲んで。脈拍が乱れて視界がぼやけ、今この瞬間に終わりが訪れればどんなに楽かと何度目かのことを思う。
――だから、接近してくる存在に気づくのにも遅れて。
「まだ諦めるのは早いですよ」
突然に、誰もいないはずの室内に硬質な足音が響いて。誰も立ち入らないはずの、隔絶されたこの部屋で聞こえた自分以外の音に驚いて。
「治りますよ。あなたの病気は」
花束を抱えた長身の男が木綿季のベッドへと歩み寄る。
防護服ではない、まるでタクシードライバーのような服を着た怪しげな男が今にも死にかけな少女を見下ろした。
「う、そだ……ボクの病気は、治らないって……」
「普通の医療ならね。だが、我々なら治す事が出来る。そして、より崇高なる存在へと進化できる」
鷹、だろうか。奇妙なマークが記されたカード入りの花束が前に差し出されて。
「ようこそショッカーへ。我々は、あなたのような人間を勧誘します」
「ボク、みたいな……?」
「えぇ、あなたには優れた才能がある。我々なら、それを生かす事が出来る」
途中から理解の及ばぬ話に頭が痛くなって、一度視線を逸らして天井を見上げる。
(この人が、多分『人攫いの悪魔』なのかな……)
人攫いの悪魔――以前病院の先生から聞いた事がある噂。夜な夜な病院に侵入して、患者を音もなく連れて行ってしまう悪魔。付近の病院で事件が起きたという話は耳にして、その度に警戒の回覧板を読まされたがまさか自分の元にくるとは予想もしていなかった。
のんびりとナースコールのボタンに指をかけ、止まる。
今ここで押せば、すぐに多くの人間が駆けつけてこの男は捕まるだろう。仮に捕まらず、逃げ延びたとしても自分を連れては不可能だと思う。
でも、それで何が変わる。
何も変わらない。ただ、天井を見上げるだけの日々に取り残されるだけだ。
ひたすらに、死ぬその瞬間を順番待ちするだけの、空虚な毎日に。
スイッチから指が離れて、ベッドから腕が伸びる。点滴跡だらけの痩せ細った木綿季の手が男の袖を掴んだ。
「ボクを……助けて、ください……」
外見からは予想もつかない力で握られて、一瞬男にも動揺が走るも、すぐにその手に自分の手を重ねて意を示した。
――その日、一人の少女が病院から姿を消した。が、その事実はすぐに忘れ去られ、変哲もない日常は滞りなく繰り返されていった。
※
「助かりそうですか。彼女?」
「…………」
大きなガラス窓が一枚だけ張られた真っ暗な部屋でタキシードの男――バットがポツリと、そう呟いた。
隣に立つ長身の男――スパイダーは無言のまま、窓の向こうを眺めるばかりだ。
ここはショッカーの持つ医療施設の一つ。現代医学では及びもつかない高度な技術と世界中から集められた優秀な人材により運営されていた。
主な目的としては組織が利用価値を見出した有力者を病気の治療を条件に協力関係を結ばせる場合、被人道的な人体実験を行う場合に用いられている。が、今回、それを利用しているのは少女。
紺野木綿季という、富や名声はおろか地位も持ち合わせてない、明日を生きられるかどうかも怪しい病床に伏しているただの少女。
痩せ細った手足に骨の浮き出た身体。女の命とも喩えられる髪には色艶はなく、青ざめた顔からも生気は感じられなかった。
「しかし首領のお考えは理解できない。いくら改造人間を増やすためとはいえ、病弱な人間をわざわざ選んでくるとは」
「そんな人間は攫っても気づかれず死体で見つかっても疑われない。未だ手術成功率は低いのだ。適当なモルモットで成功確率を上げておきたいのだろう」
「なら適当なホームレスでも攫って来ればいい。……改造手術のコストもタダではない、それをこんな死に体の者達に費やすなど、馬鹿げてる……」
バットは木綿季の前を向いたまま独り言のように呟いた。
改造手術はその名の通り一人の人間に大勢の科学班と最新設備を利用して行われる処置であり、組織にとって時間も人員も貴重な資源である。
そして、その莫大なコストを投じて生み出される怪人もまた特別で秀でた存在であるべきというのが彼の持論でもある。
先程は例えでホームレスを挙げたが、本音を言えば、人体実験ならまだしも、怪人となるべきなのは選び抜かれた選りすぐりの存在であるべきとも考えていた。
「きっと我らには理解できぬお考えが首領にはあるのだ。怪人は首領に従うのみ。それこそが怪人の存在理由であり価値なのだ」
「思考の放棄ですね。少しは自分で考えなければいけませんよ。……それとも言いたくない何かがあるのですか?」
バットはスパイダーを覗き込むように視線を遊ばせる。スパイダーは一度も目を木綿季から逸らすことはなく、その仏頂面から眉一つ動かすことはなかった。
が――
「…………お前の方はどうなのだ」
「はい?」
「お前が推薦したという小娘の件だ。躊躇いもなく人を殺した女とは聞いているが、それこそ固執する価値があるとは俺には思えん」
スパイダーは睨むようにバットへ鋭い視線を浴びせるが、彼は余裕な表情は崩すことなく笑うと。
「あの娘は心に闇を飼っている。とても大きく深い、氷のように冷たい底知れないものをね。今は目覚めていませんが、強さを求める本能は是非怪人にするに相応しい」
「それで、外堀から態々埋めるような真似をしているというわけか」
「えぇ、彼女を疎ましく思う者達に過去をリークしてやれば簡単に動いてくれましたよ。後はバイト先や近所から孤立させてあげれば、我々の招待に応じるでしょう」
「そこまでの手間をかける必要があるのかそれこそ疑問だ。人間の娘一人今すぐ俺が連れてきても構わん」
「折角熟成させた獲物に、そんなこと、私がさせると思ってるのですか……」
ガラス窓から向かい合い火花を散らす異形の二人。
いつしか首から下には強化服へと変化して。バットはマントの中へと手を伸ばし、スパイダーは腰の金具に指を掛ける。
――が、そこで手術室で動きがあり、微かに聞こえた木綿季の乱れた呼吸に双方ガラス越しの向こうへと振り返った。
現代の医療では手の施しようがなかった木綿季の肌には確かな血色が蘇り、痩せこけた頬には微かにだが肉付きが戻りつつあった。
重く閉ざされていた瞼が揺れ、木綿季の目が開かれた。
まだぼんやりと、状況を把握できてないように揺れる木綿季の視線。
全身防護服のショッカー医療チームは、互いに目を配ると木綿季を囲むように動き出した。木綿季の全身に通わせる点滴の種類を変え、全身から様々な体液を抜いて機械に掛ける。状況に応じて処置を変え、迅速に治療を進めていく。その記録は全てショッカーのデータベースへと保管され、紺野木綿季という少女の肉体は余す所なく悪魔達に調べ尽くされた。
科学者の一人が木綿季の頭に奇妙なヘルメットを被せた。
見た目はフルフェイスだが、その全面は奇妙な機械基盤が剥き出しとなって蠢き、埋め込まれたライトが怪しく明転して不気味な音を鳴らしていた。
頭頂部からはコードが伸び、手術台と繋がれ――これはショッカーの簡易催眠ヘルメットであり、意思に関わらず不具合を起こさぬレベルで組織に都合の良い形で対象の思想や倫理観を操作し、駒として利用できるように改変することを目的としていた。
目元を覗かせていた箇所にバイザーが被され、木綿季の視界が覆われた。赤、青、黄、緑、紫。虹彩色の光が木綿季の瞳に降り注ぎ思考が上書きされていく。
科学者達に見下ろされる中、木綿季の意識は、指一本動くことなく書き換えられていった。
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