朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
今回の途中より新展開への布石があるのでお見逃しなく
額や首筋に浮かんだ汗を拭いつつ、息を整える間もおかずにヘビ人間の元へ寄る。
「……ゥウ、ミ、ミル、ナァ……!」
「いやだ、どんな姿だろうと木綿季は木綿季だよ。絶対に目を離さない」
醜い姿を隠そうと腕で身体を庇うヘビ人間を晴彦は抱きしめる。変わらぬ温もりと包まれる感触に自然と力が抜けた。
「……ごめんね守れなくて。こうなったのは僕の責任だ。木綿季は僕が助かるから」
「ウッ……、ウッ……、ウゥ……」
涙するヘビ人間の頭を撫で、晴彦はスーツの留め具を外し上半身を露出した。改造手術の影響で筋肉質になったものの、肌の質感や匂いは優しい彼ままだった。
「もう少し待ってね……」
縦一文字――丁度心臓が鼓動する真上に刻まれた傷の上に手を置き、深呼吸をする。
その後ろで、何事かと動くスパイダーをバットが制止した。
「……木綿季、君は、君だけでも生きて」
直後、晴彦は自身の胸を抉り心臓を掴んだ。
「…………ッ!?」
「……グッ! ウウッ……!」
口の端から血が溢れ、痛みに震えが止まらなくなる。それでも、晴彦は止めることなく引き抜いた心臓をヘビ人間の胸に翳した。
――そして、最期に、フッ、と笑うと。
「――さよなら木綿季」
心臓をヘビ人間の胸に押し付けた。
眩い光が起こって辺りを包み込む。
常人より強化された戦闘員すら目を覆うほどの閃光を怪人二人だけが見守っていた。
そして、その中心ではヘビ人間が次第に人の形――元の木綿季の姿に戻り、痛々しい手術痕も消えていった。
光が収まると晴彦は倒れ、その上に木綿季も被さった。
「――コブラとスネーク。この二体は元々コンビで活動する設計だった」
バットが静かに二人の元へ歩み寄り、見下ろす。
「プラスの心臓を持つコブラと、マイナスの心臓を持つスネーク。二体がいれば最強の怪人コンビとしてショッカーに君臨する――はずだったのですがねぇ」
バットは自らのマントを外して、生まれたままの木綿季と上半身裸の晴彦に掛けた。
「まさか二体が一つになるとは……あの死神博士も想定外でしょうね」
仮面を外し、少年少女の前に膝をつく。
「ま、彼はお見通しだったのかもしれないですが……」
汗に濡れた木綿季の髪を撫で労った。
新たな仲間を歓迎するよりも、特筆点がないと思っていた彼らが起こした奇跡を賞賛したいと、バットは木綿季が目覚めるその時まで、側に寄り添った。
※
「――それがボクが怪人になった経緯。ボクは晴彦の心臓を貰って、イマここにいるんだよ」
湯上がりの身体に風が心地よく、昔話を打ち明けた気の緩みもあってか木綿季は大きく伸びをする。
場所はシャワーブースから離れ、人気のない広場に二人は移動していた。勿論ハダカではなく互いに私服姿なのだが、これまで特殊強化服姿か全裸しか見てこなかったのもあり、どこか気恥ずかしく新鮮な感覚を感じていた。
そして、やや寂れた様子のここはかつて木綿季を始めとした子ども達が遊んでいた場所に他ならない。
「よくそれでショッカーに残る気になれたわね。私なら皆殺しにすると思うけど」
「そりゃ最初は反抗したよ。でもリジェクションの問題や晴彦に託された命を捨てるわけにはいかないし……。何より、他の子供を解放する条件を飲ませた以上逃げるわけにはいかなかったからさ」
二人で腰掛けた石段の上、ぷらぷらと足を振る木綿季の顔に憂いはなかった。
事実、木綿季ことスネークが組織に従属を示して以降、バットやスパイダーの尽力、スネーク自らの功績によってショッカーに集められていた子供達は全員解放され――紺野木綿季という成功個体の誕生で必要無くなったのも理由の一つではあるが――自由の身となっている。
その恩やリジェクション問題もあってか木綿季は現在も組織に残留し、任務に当たっているのだった。(ショッカーの人格操作の影響で倫理観が多少歪んでいる事を木綿季自身は知らない)
「偉いわね木綿季は。誰かの為に自分の手を汚せる人なんて、そういないわ」
「それは詩乃もでしょ。記録を見たよ、お母さんを守る為に、詩乃だって頑張ったじゃないか」
過去を指摘され詩乃の顔に影が刺す。
「……ごめん、悪く言ったつもりはないんだ」
「……分かってるわ。ただ、強くなってもあれが本当に正しいのか分からなくて……」
ショッカーにより力を与えられてもなお、詩乃の心の迷いは微かに消えていなかった。バットにより装着された怪人抑制リングには洗脳を緩める副作用の一つでもあるが、迷いとして存在していることに変わりはなかった。
それほどまでに、過去の事件は詩乃の心に深く刻まれているのだ。
「……ねぇ詩乃、こっち向いて」
「…………?」
ゆっくりと重い頭を木綿季に向ける詩乃――同時に、乾いた詩乃の唇に木綿季の唇が重なって。
驚いて鳴り出す心臓の鼓動に合わせるように、二人の少女は吐息を絡ませ交換しあった。
「……っ、い、いきなり何するの木綿季……!」
頬を真っ赤にした詩乃は慌てて唇を話し、まだ感触の残るそこを指でなぞった。
「ビックリした?」
「……っ、するに決まってるじゃない! だ、大体、キ、キキ、キスなんて……、は、はじめて……」
震える声で木綿季に抗議する詩乃だったが、今度は身体を抱きしめられて。
「何が正しいのか、正しくないのかなんて、ボクにも誰にも分からないよ。……でもね、その時の決断を正解にすることが出来るのは、詩乃……キミだけなんだ」
「……私だけ?」
「うん、ボク達の手はもう汚れてる。今更どうにも出来ない……。だったらそのまま進んで、ぶつかって、本気で立ち向かって乗り越えていくしかないよ」
「……それは、分かってるけど」
木綿季は震える詩乃の身体を離すまいと強く抱きしめて。
詩乃もまた、さながら蛇の如き絡みつきと少女らしい温もりと柔らかさに身を預けた。
「……大丈夫。詩乃はもう一人じゃない。ボクも……バットも……スパイダーも……。皆が詩乃の味方だから。ボク達と一緒に、乗り越えていこうよ」
「うん……ありがと」
互いに身を寄せ合い、胸を重ね合う。
組織にたった二人しかいない女怪人達は、互いの秘密を打ち明け、その親睦を更に深めていった。
※
数日後、ショッカー基地司令室。
謹慎処分を終えた詩乃と木綿季は、二人してここに招集され、鷹のレリーフ前に立たされた。
組織の象徴たる荘厳なる紋章とその中心で輝きを放つ緑の光に二人の緊張も高まる。
『朝田詩乃……紺野木綿季……。今日をもってお前達の謹慎を解く。能力を解放する許可を与える』
首領の一声に二人はほっとため息をついた。
戦闘員が彼女達の首に施された抑制装置を取り外すと、瞬時に全身へと力が駆け巡り、瞳が人間のものから怪人のものへと変身した。
人工血液が激しく巡り、強化筋肉が脈打つ感覚にシノンは獰猛に牙を光らせ、ユウキは背筋を駆け上るエネルギーに舌舐めずりした。同時に返却された特殊強化服を大事そうに握りしめ、二人は互いを見やった。
「やったねシノン! これで晴れて自由の身だ!」
「……えぇユウキ、ようやくまた暴れられるわ……!」
喜びから抱きついてくるユウキを受け止め、シノンは組織のエンブレムに一礼した。
倣うようにユウキも頭を下げると、埋め込まれた宝石が再度輝き、男の野太い声が響いた。
『此度のお前達の蛮行、これにて不問とする。……さっそくだが、お前達には次なる任務へと着いてもらう』
緑の光が真っ赤に染まり、レーザーのように壁に放たれたそれは一枚のホログラムを投影した。
そこに映しだされたのは、二人の少年と少女。恐らく兄妹であろう彼ら。
細身でどこか中世的な顔立ちをした少年と、ショートカットの黒髪が似合うシノン達とそう歳も変わらぬであろう少女だ。
『少年の名前は桐ヶ谷和人。優れたコンピュータースキルを有した人材で、ショッカーの誇る電子頭脳は彼を将来、組織にとって有益な存在になると結論付けた』
『そして、娘の名は桐ヶ谷直葉。桐ヶ谷和人の妹で、去年の剣道の全国大会、女子中学部門においてベスト8の成績を収めた優秀な人材だ。彼女は我らの極秘調査の結果、新たなる怪人となる資格を有した逸材と評価した』
続いて表示されたのは直葉の剣道での試合の風景で、狂いなき正確な太刀筋で相手から一本を取る姿は素人目から見ても(といっても改造人間目線では有段者並の眼力はあるが)かなりの腕前である事を察した。
兄の和人の方は、映像こそないもののこれまでのテストの成績や診断データ、そして彼が個人的に制作したと思われる機械の情報が表示され、まだ発展途上ながら優れた才能の持ち主であることがわかった。
『今回のお前達の任務はこの兄妹の捕獲だ。シノンは桐ヶ谷直葉を捕らえ改造手術を施せ。ユウキはシノンと情報を共有し和人を尾行、洗脳の必要性を調査して結論が出次第実行に移せ』
「了解です首領……でも尾行かぁ。前も後ろでコソコソするだけだったじゃん……」
「……仰せのままに行動いたします首領様」
多少の不満を口にするユウキに対し、シノンは首領の命令を受け、踵を返した――
『待てシノン、お前にはもう一つ指令を伝える』
「……?」
不意に呼び止められた声にシノンの足が止まる。
首領は緑のランプを光らせて続けた。
『直葉捕獲任務に就く前に、お前には海外より新たに日本支部に赴任する大幹部を出迎えて貰いたい。そして今回の任務はその指揮の元で行ってもらう』
「ショッカーの大幹部……」
大幹部。それはシノンがメンテナンス時に交信した博士や大佐、大使達と同じ上位存在であり。組織内で幹部に位置するシノン達怪人の更に上の立場として、計画の進展の乏しい支部にて命令を下す事もあると聞いていたが、このタイミングでやってくるとは驚きだった。それほどまでにこの桐ヶ谷兄妹に関する任務は重要度が高いのかとシノンの心に緊張が走る。
『くれぐれもこの任務、失敗することは許されない事を肝に銘じておけ』
「……ご命令のままに」
それを最後に首領との交信は途絶え、シノンはその場を後にした。
一人残されたユウキは、そんなシノンの背中が消える前で見つめ続けていた。
次回よりシノン(詩乃)と派遣されてくる幹部の道中編です
早ければ来週には更新できるかもなのでお楽しみに
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