朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
滑走路から飛行機が離陸し、遥か上空へと飛び立っていく。
空港のテラスにはそれを見送ったり、自分の便まで時間を潰す人で溢れていて、朝田詩乃もその中に紛れていた。黒い革ジャンにブラウス、色褪せたジーンズとゴツいブーツとグローブを付けたそれはいかにもバイク乗りといった様子だ。
首領の命令通り、ショッカー日本支部にやってくる大幹部を迎えに来た詩乃は、指定された日時と場所で目的の相手を待っていた。
いくつもの飛行機を見送って、流れゆく雲を見つめて時が過ぎるのを待つ。青く美しい空で眩しいくらいに太陽は輝き、心地よく照らすその光は心地よささえ感じて。
ふいに頭を下に向けると、横に座っている小さな女の子と目があった。愛らしいクリクリした目が特徴の穏やかな少女だった。
少女は初対面の詩乃にも満面の笑顔で挨拶してくれて、それに詩乃も穏やかに微笑んで返す。ほんの僅かな間でもどこか切なくて、安らぎを得た。
すぐに母親が少女の手を引き搭乗口まで連れて行く時も手を振ってくれて。詩乃もまた、少女の姿が見えなくなるまで手を振り見送った。
日々怪人として人間社会の破壊工作に身を投じている詩乃ことネコ怪人シノン。そんな彼女でも全ての人間に増悪を向けているわけではなく、こういった敵意のない子供相手くらいには優しい面も持ち合わせていた。
「――随分とお優しいのですね。いや、人間相手に優しいフリをしているつもりですか」
「…………ッ!?」
――それが油断に繋がったのかもしれない。
突如、背後から向けられた声に反応が遅れて。
決して、警戒を緩めていた訳ではない。常に改造人間としての能力をフル稼働させていたにも関わらず、その接近にこれまで気づかなかったのだ。
振り向かずともわかる。
明らかに人間ではあり得ない気配と、こんな芸当ができるのは自分達怪人を置いて他にはいない。そして、その怪人相手に死角を取れる存在など――
「……あなたが」
「えぇ、私の名前はアリス。……アリス・シンセシス・サーティ。……30番目の継承者。以後、お見知り置きを」
振り向き背後に立つ少女と対峙するシノン。
猫怪人の物へと変化した瞳で睨みつけ、猫の能力を秘めた歯が鋭く尖って威嚇する。
本能のままに殺気を向けているのは決して無意識からではない。
一見、ベージュのコートとその下に青いワンピースを着た儚げな雰囲気を帯びた少女。――だが、シノンには分かる。青い瞳から向けられる鋭い殺気は得体の知れない異彩を放ち、血を踏みつける立ち姿は隙が微塵も感じられなかった。
自分ともショッカー怪人たちとも違う。
未知の怪人タイプとしか言いようがない彼女。
緊張から冷や汗が首筋を伝う。強化スーツを装着していればまた違うのかも知れないが、生憎今は鞄に収納している以上、もしも本気の戦いが始まれば劣勢なのはこちらだった。
ピリピリとした冷戦が繰り広げられる中、それを破ったのはアリスで。
「……そんなに警戒する必要はありませんよ。私はあなたの敵ではない」
フッと笑って殺気を解くと、両手を広げて降伏の意思を示した。
重く張り詰めた空気が消えて、シノンもまた、瞬き一つで、詩乃へと変わり、瞳を解いた。
「少し揶揄っただけですよ。日本で生まれた優秀な改造人間がどれほどのものか、興味があって」
「……その割には殺す気マンマンだったように見えるけど」
「本気でやらねば意味がありません。私が日本支部に来た以上、これまでのように甘い作戦は取りませんので覚悟するように」
踵を返し、足元に置いたキャリーバックを再度持つアリス。次に大きなボストンバックを詩乃に投げると彼女の意を待たずに歩き出した。
「早く行きましょう。今は1分1秒が惜しい……」
ツカツカと先へ進むアリスに一瞬遅れ、詩乃も後に続いた。背後からもその鋭い剣の如き闘志は漏れていた。――が、今は、それが向けられていない事に安堵し、そして、それに怯えた自分に歯噛みして彼女を追いかけた。
※
詩乃達は空港の前に停めていたリムジンに乗り込み基地へと移動していた。
人間に擬態した戦闘員が運転手を務め、後部座席ではアリスと向かい合うように詩乃が乗席している。
「…………」
微かにクラシックの流れる車内でも張り詰めた空気だけがピリピリと広がって。
車内に場が変わっても詩乃の気分が晴れる事はなかった。初対面から試すような事をされたのもあるが、アリスの魅せる強者の風格だけは本物で。
認めたくはないが流石は大幹部。というべきか、幹部といえどただの一般怪人である自分より数段上の実力者であることは間違いなかった。経験も地力も圧倒的に差があって、今の詩乃では勝てる見込みはないことぐらいは理解できた。
今は長旅の疲れから目を閉じてはいるが、隙は一瞬足りともなく。――何よりその側に立てかけられた黒鞘の剣から目が離せなかった。
異様な気配を放つ怪しい長剣。黄金の持ち手には紫の紐が柄巻きにされ、赤い宝石の散りばめられた漆黒の剣鞘に包まれた刃からは姿を見せずとも得体の知れない何かを感じて。本能が剣を恐れるように、さっきから怪人と人間の間を行き交い、シノンの意思に反して切り替わり続けて上手く制御する事が難しかった。
「この剣がそんなに気になりますか?」
車が郊外から離れ、人気のない工場地帯に入った頃。アリスは静かに口を開いた。目は相変わらず閉じたままで、冷や汗を流し唾を飲む詩乃にそう問いかけた。
隠しても無駄だと首を縦に振った。
「……そうですよね。この剣は怪人の起源にも関わっている魔剣……。ショッカー製の機械タイプのあなたといえど、怪人である以上、これを恐れるのは当然です」
「……怪人の、起源?」
「シノン、あなたは改造人間が……怪人がどうやって誕生するようになったか知ってますか?」
アリスの問いに詩乃は答えることが出来ない。そんなこと考えた事もなければ、気にした事もなかったからだ。
怪人とは、ショッカーの作り出した兵器。組織の理念の為、世界を改造する任を与えられた名誉ある尖兵。
それ以外の、それ以上の存在理由があるなどと思いもしなかった。
しかし、このアリス――明らかにショッカー怪人とは一線を画す怪人を前にすると、それも揺らぐ。
怪人とは何だ、怪人とはどこから来たのだ。
――そもそも怪人は、いつからいるのか。
頭の中で答えなき疑問を考えるが、その度に鋭い痛みに襲われた。
「……怪人という種はショッカーが作った物ではない。もっと昔の、遥か古の時代から存在する技術をショッカーが復元したに過ぎない」
「古の時代から怪人がいた? そんな馬鹿な……」
「これまでは歴史の影に隠れて活動してきただけですよ。でも、もうすぐ我々の隠れる時代が終わる」
「我々……?」
アリスは静かに目を開き、詩乃を見つめた。攻撃的な視線ではない、穏やかに、見定めるような眼差しだが居心地が悪いのは変わりなかった。
「……シノン、何故私があなたを直々に指名したか分かりますか?実は、私は純粋なショッカーの一員ではありません。あなた達と敵対はしていませんが、とある外部組織からショッカーへと送られた、スパイのような者です」
「アリス、あなたは一体何者なの……」
「私は――」
アリスが何かを語りかけた瞬間――眩しい閃光が目を焼き、激しい轟音が響いて車が横転し、二人は凄まじい衝撃に襲われた。
工場の屋根の上。それを見下ろす不気味な影が一つ。おどろおどろしいその異形は軽々と飛び降りて、二人の乗る車へと迫る。
予期せぬ襲撃者は、未だ事態を飲み込めていないであろう少女たちへと容赦なくその刃を向けたのだった。
アリスが何の怪人なのか、そして持ってる武器の正体は察しの良い方ならすぐにお分かりになるとは思いますが今回はこの辺で