朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
フロントが大きく爆発を起こし、コントロールを失った車は激しく蛇行して反転。地面を削りながら火花を散らし、廃工場の付近で静止する。
「…………ッ!? 一体何がっ……!」
煙を上げる車内から捩るように這い出た詩乃。
脱出の最中、車内に残っているであろうアリスの姿を探すが、どこにも見つからない。
戦闘服に着替える事も忘れて。車から飛び出して運転席に迫るが、そこにいた戦闘員は既に息絶えて泡と化していた。
「一体何が………… !?」
事態が飲み込めぬまま、背後で蠢く邪悪な気配を察知した。
動揺を振り払い背後に警戒を向けるも、わずかに相手の方が早く。蟹の鋏みたいな腕に首を掴まれて、詩乃のカラダは車に叩きつけられた。
「がっ、ぐあぁぁぁ……!」
咄嗟に身構え、腹を蹴って反撃するも蟹の硬質なボディーを前に歯が立たない。
そのまま轢きづられるままではいけないと、足で踏み込むもパワーは相手の方が遥かに上で詩乃は争うことも出来ずに投げ飛ばされてしまった。
「ぐっ、うぅぅぅ……!!」
転がりながらも体勢を立て直し、標的を睨むも既に姿はなく。構えをそのままに周囲を警戒するも一向に見つからない。
「……どこだ! どこに消えた……!」
姿は見えずとも、こちらを狙う視線だけははっきりと感じて。辺りを見渡して敵を探し、怪人としての力を覚醒させていく。
仮面が無くとも、スーツを着てなくとも、今戦わなければ殺される。
それだけが詩乃のカラダを動かしていた。
「……ッ!? 上か!」
上空から鋭い殺気を感じ見上げると、そこには不気味な怪人が蟹鋏を尖らせ迫っていた。
前転で回避すると、一瞬遅れて鋏は地面を抉り、凶悪なクレーターを作った。
「……くっ!」
頬を伝う鮮血に詩乃は唇を噛んだ。一瞬、ほんの一瞬だけ回避が間に合わず、蟹の一撃が頬を掠めたのだ。幸い傷口は浅いが、躱せなかった屈辱に怒りが込み上げてくる。
――が、そんな感情は、直後に見た光景に一瞬で立ち消えて。
「あれは……蝙蝠の羽!?」
怪人の背中から生える翼を見て詩乃は驚愕に目を見開いた。当初は蟹怪人だと想定していた異形の背中からは蝙蝠を思わせる羽が備わっていて、飛行を自在にしていたのだ。
「バカな……、ありえない。一体の怪人が二つの異なる生物の力を持つなんて……」
自らの常識を疑う事実に詩乃は驚きを隠せなかった。
改造されて間もない頃、バットから座学を受けた時に聞かされた内容。『一人の人間に埋め込める他の生物の遺伝子は一種類のみで、それ以上は拒絶反応を起こし死に至る』というもの。以前、ショッカーでも二種類の動植物を掛け合わせた改造人間を製造する計画が行われていたらしいが失敗が続き、結局は計画そのものが凍結されたという。
「何者だ、お前は……!」
対峙する異形に叫ぶも、聞く耳がついていないのか、そもそも答える価値すらないと判断されたのか、敵は詩乃に歩み寄り獲物を捕らえるべくその鋏を開閉させた。
「……答えろ!」
答えの代わりに未知なる異形は詩乃の首目掛けて迫った。風を切る猛烈な勢いのそれは彼女の首を捕らえる――その寸前で回避する事を予測し方向を変え、腕を切り裂いた。
「ぐぅ……!」
レザー生地を容易く切断する斬れ味に、詩乃の腕から鮮血が散った。
転がるように距離を置き、腕を抑えるがその傷口は痛々しく、何より普段なら瞬時に始まるはずの自動回復に遅れが生じ――且つ追いつかないほどの深傷だった。
(スーツさえ、着れれば……こんなやつになんか……)
単なる護衛任務だと軽く見ていた自分を恨めしく呪った。襲撃班も人間が相手で、それなら変身せずとも余裕だと考えていたが、まさか相手が怪人だなんて想像もしてなくて。
止まらない出血に視界が霞んで、膝を付いた。
それを見逃すほど刺客の怪人は甘くはなく、隙の生まれた詩乃にトドメを刺すべく、その腕を大きく振り上げて。
(こ、ここまでか……)
スローモーションのように迫る凶器を前に、詩乃は観念したように静かに目を閉じた。アリスの護衛任務が残っているが、ここまで醜態を晒した以上、生きている価値もない。
ゆっくりとこれまでの事を思い返しつつ最期を待った――
――けれども、待てどその時は訪れなくて。
「諦めるのが早いですよシノン。これでは私の部下失格ですね」
静かに目を開くと、寸前まで迫った蟹鋏を、確かに受け止める黒鞘が映った。
「ア、アリス……」
「この程度の怪人に立ち向かえず優秀な改造人間とは笑わせてくれる」
片腕で鞘を握ったまま怪人の突進を受け止めるアリス。驚いてるのは詩乃だけでなく、怪人も同じで。押せどもビクともしない少女に初めて動揺が浮かんだ。
「どうしましたガニコウモル。あなたは私を殺しに来たのでしょう? もっと本気を見せなさい」
そのまま押し返すと怪人――ガニコウモルはアリスと距離を取り、詩乃が相手だった時には見せなかった臨戦態勢を取った。
「シノン、よく目に焼き付けてください――」
鞘から剣を抜き、ガニコウモルに突きつける。さながらルビーのように妖しく輝く赤身の刃は鈍く光を放ちながら、その力を解放していく。
「――これが、私たちが本当に戦うべき相手。倒すべき存在なのだと」
抜刀した赤身の剣――サタンサーベルを構え、ガニコウモルと対峙するアリス。一見して、人間の少女と怪人の対決だが、優位に立つのは明らかにアリスの方で。
一歩進むアリスにガニコウモルは後退り、今や追い詰められたように息を荒げていた。
「…………ッ!!!」
痺れを切らし一直線に。音を置き去りにする勢いで突進するガニコウモル。
アリスは微動だにせず、標的を見定めると。一瞬のすれ違いの間に、冷静に剣を振るった。
通り過ぎ静止するガニコウモル。
アリスは背後を一瞥することもなく刃から滴る血を振り払った。
――直後、ガニコウモルは縦一文字で真っ二つとなって倒れ、その生涯を終えた。
アリスは鞘にサタンサーベルを収めるとシノンに手を差し伸べた。
「大丈夫ですかシノン? 立てますか?」
膝をつき、詩乃と同じ目線で優しく語りかける少女。つい先程まで強烈な殺気を放っていたり、屈強な怪人を一太刀で始末したとは思えないほど慈愛に満ちたその態度に、戸惑いながらも手を重ねた。
「……えぇ、大丈夫。助かったわ……」
「礼には及びません。それにしても関心しませんね。ショッカーは秘密主義とは聞いていましたが、まさか敵勢力の存在まで秘密にするとは……」
詩乃の謝意はどこ吹く風に、アリスはショッカーそのものへの不満を口にする。
出会った当初から、アリスもまた優秀な改造人間だとは察していたが、まさかここまで力の差があるとは恐れ入った。
言い訳を並べ立ててもガニコウモルに万全の自分単独で勝てたかと聞かれたら五分五分だというのが本音で。もしアリスがいなかったら、などと考えるだけで背筋が凍った。
「申し訳ありませんアリス様、貴方が殺気を見せてるのは私に向けてだと思っていましたが、実際はあの刺客に向けてのものだったとは気づきませんでした……」
「急に畏まらないでください……! 呼び方はアリスで構いませんから。……でも、これで分かったでしょう」
アリスは視線の先を転がるガニコウモルの死体へと向けた。既に息は無く、泡と化して消えつつあるその肉片を眺めながら続ける。
「このガニコウモルは『ゲルダム団』と呼ばれる組織の送ってきた怪人です」
「ゲルダム団……」
「彼らは元は南米の奥地を拠点とする過激な宗教団体でしたが、ショッカーから流出した改造手術のデータを元に武装勢力として拡大を続けています。彼らを止める事も我らの仕事の一つです」
「……これが、私達の本当に戦うべき相手」
「はい、人間相手はあくまで目的達成の為の一つでしかない。怪人の真の使命は、『彼ら』のような敵勢力と戦い、排除する事です」
「……ちょっと待って、彼らって、ゲルダム団以外にもいるの?」
「……当然です。それに対抗するためにあなた達ショッカーと我々『ゴルゴム』は同盟関係を結んだのですから……」
「ゴルゴム……。それがアリスの組織」
「えぇ、我らはショッカーよりも昔からこの地球で人類を監視してきた。……これ以上は長くなるので、とりあえずは基地へ移動を――」
アリスが移動を提案した直後、物陰で音がして二人はその方向へと振り向いた。常人には拾えないほど微かな音だが、二人は超越した感覚を持つ改造人間。数キロ先の針の音さえ拾えるその聴覚は崩れた瓦礫の下で蠢く声を聞き、真っ暗闇でも昼間の如く正確に視界を確保できる視覚は遥か遠方のその隙間から伸びる細い手を捉えた。
「……っ、大丈夫ですか!?」
駆け出したアリスがその手を握りしめ、詩乃が安全に気をつけながら瓦礫を投げ飛ばした。そこへ生き埋めにされていたのは学生服を着た少女。鮮やかであろう亜麻色のツインテールは泥で汚れ、頭や全身からは血が流れ顔色は青ざめていた。
「まさかこんな所に人が……」
「……何という事を!」
これまで感情を見せなかったアリスが初めて怒気を込めた声を上げ、拳を握りしめた。
詩乃もアリスも人間を超えた怪人。任務の過程で人間を始末したことも経験しているが、それはあくまで必要性があった場合や屈強な警備員や兵士が相手だからのこと。特別命じられなければ好き好んで女子供を傷つける趣味など持ち合わせてはいない(持ってる怪人もいるが二人ともそいつらは軽蔑している)
ましてや、こんな歳も変わらぬ少女の命が消えかけてる事態を見過ごせるほど堕ちてはいない。
(早く病院に……でもこの傷じゃ……)
「早くショッカー基地に連れていけば、もしかすると……」
「それでも間に合いません。病院も、基地も、彼女を救うには時間が足りない……」
「……ならどうすれば」
考えた策をアリスに否定され、詩乃は地団駄を踏んだ。
対してアリスは冷静に思考を巡らせると足速に車へと戻り、キャリーバッグを抱えて戻ってきた。
引きちぎるように中身を開けると、そこには理科の実験で使うような機材が所狭しと詰められていて、アリスはそこから青い液体の詰まった薬瓶を取り出した。
「……本来なら桐ヶ谷直葉に使うはずでしたが、仕方がない」
アリスは少女の腕を掴んで脈を計ると、まだ見込みありと判断して詩乃に指示を出した。
「……シノン、今から彼女に改造手術を執り行います。もうそれしか手はない」
「改造手術……!? 待って、今ここでなんて無理よ……。あれには最新の設備と大量の人員が」
「それは現代の改造手術です。今から行うのは我らゴルゴムに伝わる古の時代に施された手術。成功率は低いですが、何もしないよりはマシです……!」
アリスは少女を抱えるとキョロキョロと周囲を見渡して、廃工場に目を向けた。あそこで手術を執り行うようだ。
少女の制服のポケットから手帳が落ちた。詩乃が拾ったそれは学生手帳だった。
「……ただシノン、この手術には動植物の遺伝子が必要です。それも大量の遺伝子で濃密な……」
そこまで言いかけて詩乃に目を向けるが、彼女は反応を示す事なく固まっていた。
「シノン……?」
手にした少女の学生手帳を眺め、詩乃は苦い表情を浮かべていた。
綾野珪子。
――それがこの少女の名前のようだが、名前よりも問題はその中身だった。
元より学生手帳など対して熟読するほどの価値はないが、珪子のそれは至る所に落書きや破かれた後が見られ、経年劣化ではない、明らかに故意に破損させられた箇所が確認できた。そして何より、シノンの目を留めたのは手帳の後ろ側に挟み込まれたボロボロの古い写真。恐らく仲の良い友人との一枚なのだろうがそれは少女と友人の間で器用に破かれた後があり、握られ潰されていたのだった。
かつて同級生よりいじめを受けていたシノン――詩乃だからこそ分かった。「この少女も同じなのだ」と、改めて見れば、珪子の腕には微かな切り傷も確認でき、詩乃の胸に黒い憎しみがとぐろを巻いた。
「遺伝子はなんでもいいのよね……動物でも植物でも」
「え、はい……。なるべく死後まもない生物の死骸が望ましいだけで……」
「……なら改造人間の遺伝子でも大丈夫かしら」
「……それは、どういう…… !シノン、何をしてっ……!」
言い終わるより早く、詩乃は自身の口に手を入れ、指で奥歯を掴んだ。そして、一思いに引き抜くとそれをアリスに見せた。
「……ガッ!!! ゴァッ……!」
「シ、シノン……一体何を!?」
「私が以前受けた強化改造……そこで私は『自身の歯で噛んだ対象を傀儡に変える毒』を貰ったの。その毒には猫の遺伝子が大量に詰まっていて、私の血液が合わされば標的を私の玩具に出来る……」
怪人の尋常ならざる力を受けて口から血が溢れるが、詩乃は気にも留めずに話を続けた。
「……この奥歯にはその遺伝子だけが詰まった状態。血が混じらなければ洗脳は効かない……はず。それで上手くいくかしら?」
手渡された歯を見つめ、アリスも思考に耽る。彼女の話が本当ならこの歯を流用すれば可能かもしれないと思った。
「……その歯は、後何本ありますか?」
「……上下で2本ずつだから、あと3本残ってるわ」
「全て渡してください。……それでこの少女を救いますよ」
「初めからそのつもりよ……!」
息の乱れた詩乃はアリスと視線を交わし合った。
今日出会ったばかりの二人だったが、綾野珪子という一人の少女を救うという共通の意志を持ち、結束を固めた。
読んでいただきありがとうございます
次回は少し間隔空くかもしれないですが、お待ちいただけると幸いです