※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

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綾野珪子は悪魔の手で人を超える①

 綾野珪子という少女に味方はいない――否、正確にはいなくなったと答える方が適切だった。

 かつては親友と呼べる友がいたが、それはほんの気の迷い、いや、信じたが故に心を許してしまったが故の過ちで。

 

 誰かに思いを打ち明けたくて、夢を語っただけなのに――一夜にして全てが敵になった。

 

 そうして始まったいじめは終わる事なく繰り返され、家族にすら相談できなくて、小学校を卒業しても中学でもそれが続き、もう最後に誰かと会話したことさえ思い出せなかった。

 

 けれども一人で過ごしていくうちに楽しみというのもそれなりに見つかってくるもので。誰を気にするわけでもなく一人でいろんな場所に行って、そこにいる野良猫たちと戯れる事が珪子の安らぎとなっていった。

 学校帰りや時に学校をサボって通う猫たちの楽園。それは寂れた公園や路地裏、廃工場と場所が次々と変わり、集まる面子も日によってバラバラで。勝手気ままに集まっては散っていく、そんな夢の世界。

 

 ――でも、今日はその世界の様子が妙におかしく不安の色に満ちていて、

 いつものように何気なく立ち寄った廃工場で目に入ったのは、大量の猫の死骸。

 隠すように、吐き捨てるように草むらに捨てられた子猫たちを抱き寄せて、悲しみに胸が詰まった。

 またも自分の大切な何かが抜け落ちてしまったような痛みを感じて、苦しくて。喪失感を抱えながらも、せめて安らかに眠れるようにしてあげようと立ち上がったその瞬間――激しい爆音が耳を貫いた。

 爆発のような衝撃に耳を抑えつつ、音のする方へ駆け寄る。やめておけばよかったのに、好奇心にも似た思いには勝てなくて。

 

 

 そして。

 

 そこで見た。

 

 

 蝙蝠か蟹かも分からぬ不気味な怪物が、同世代の少女に襲いかかる光景を、目を疑うような一部始終を。

 咄嗟に手で口を抑え、悲鳴を堪えただけ上出来で。見つからぬように物陰に隠れて見守る。

 目にも止まらぬスピードで飛び回り宙を駆ける怪物相手に、少女もまた常人離れした動きで逃げ惑うその様子は、まるでテレビアニメのように空想じみていて、けれどもこれは紛れもない現実で。もう何が正しいのか分からなくなっていた。

 

 ――だから、動けなかった。

 

 

 足がすくんだのと、この非現実をもう少しだけ味わいたい気持ちが、動きを止めてしまった。

 怪物の一撃が地面を抉り、コンクリートの破片を散らした。それは砲弾のようなスピードで辺りに飛んで、珪子の頭上、運良く隠れることができていた倉庫の外壁に、運悪くも直撃してしまった。

 

 ガラガラと崩れる音に気づいた時にはもう手遅れで、ゆっくりと、永遠の時を焦らすように降り注いでくる落石をぼんやり見上げつつ、目を閉じた。

 

 ――これで終わりなんだ。これでもう、苦しまなくていいんだ――

 

 最後に「お父さんお母さん、ごめんなさい」と心の中で呟いて、珪子は瓦礫の下敷きになった。痛みや苦しみを感じる間もなく意識が薄れていき、真っ赤に染まった視界で見つめたのは、怪物が金髪の少女に切り捨てられる光景。

 

「は、はは……」

 

 最後に込み上げた嗤いは、諦めか後悔か、どちらかもう分からないが、「自分もあの力が欲しかった」と、少しだけ心残りにしつつ、珪子はその生涯を終える

 

 

 

 ――はずだった。

 

 

※

 

 

 大きな瓶一杯に満たされた赤い液体にシノンの歯が沈められていく。

 一本、二本、三本と降り注ぐそれは液体を加熱するとどういうわけか蒸発するみたいに溶けていき、四本全てが沈むと、また新たな形へと作り変わっていく。

 周囲の液体を吸い込むみたいに大きな粒となり、それが固まりあって、引き合うように大きく肥大化して、結晶のような大きな石となった。

 

 その傍らでアリスは忙しなく動き、迅速に準備を進めていく。

 

 

 珪子を連れ込んだ廃工場にて、彼女を救う為の改造手術は迅速に整えられ、粛々と執り行われた。

 比較的綺麗な台に全裸に剥いた少女を寝かせ、暴れないように拘束した。アリスの持ち込んだ道具一式と手術は滞りなく行えるようで、シノンがしたことといえば消毒と彼女の麻酔の補助くらいだった。

 

 少し離れた場所に座り経過を見守るシノン。流石に歯を4本も抜いたのは堪えたか、清潔なタオルで口元を抑え、身体を休めていた。

 口内の歯を引き抜いた痕やガニコウモルにやられた傷は既に怪人特有の自己再生能力により完治していたが、それに伴う肉体への負荷は相当なものであり、はっきりとしない意識が消えぬよう食いしばり、珪子の手術成功を祈った。

 

 執刀しているのはアリス一人であるが、そのメス捌きは正確さそのものだった。麻酔を施し、珪子のお腹を開き、迷いのない手つきで内部を切り開いていく。

 

 

 剣の名手はメスの達人なのかもしれない。

 

 

 なんて冗談は言えない程、アリスは真剣な眼差しで少女を救うべく迅速に事を進めていく。

 

 珪子の元から離れ、赤い液体の詰まった瓶を掴む。常人なら触れる事は出来ないほど熱せられ沸騰するその中に腕を入れ、中で生成された白い石を手にした。

 

「……それは何?」

 

 思わず口から出た疑問をアリスに向ける。

 アリスは手にした石を割ると、その中から更に小さい、乳白色に輝く鉱石を取り出した。

 

「……これは怪人の源。私も、私の仲間達もこの『ストーン』と呼ばれる石を腹部に取り込む事で怪人となりました……」

 

 自身の腹にそっと手を添え、苦しげに語るアリス。

 形式は違えど、改造手術である以上その地獄のような苦しみを詩乃もまた身をもって知っているので、気持ちは痛いほどに分かった。

 新たなる自分へと産まれ変わる儀式――聴こえはいいが、実際は死んだ方がマシな苦しみを永劫とも感じる時間味わい続けた記憶が蘇り、詩乃もまた腹部を抑えた。

 

 そして、それをまた、今度は自分が、この少女に味合わせてしまうのだ。

 

 

 そう思うと、どこか、胸が痛んだ……気がした。

 

「……シノン、彼女を抑えていてください。今からストーンを入れます……。その時、かなり痛みますから……」

 

 震える手を押さえ、アリスは緊張に揺らぐ視線を珪子へと向けた。

 彼女に言われるがままに詩乃は珪子の肩や腹を押さえると、開腹された内部に石が埋められていく瞬間を、見守った。

 

 

 血に塗れた、穴の開けられた一箇所に、石が、静かに沈み込んでいく。

 

 

「……グッ、ガッ! ギィ゛ッ、ヤ゛ァァァァァ!!!」

 

 瞬間、失われていた珪子の意識が戻り、寝かされた台の上で激しく暴れ始めた。怪人である詩乃すら跳ね返さんとするその力は、先程までとても瀕死だったとは微塵も思えなかった。

 

「……うっ、なんて力……!」

「シノンしっかり抑えて! 今はまだストーンが完全に入ってない……!」

 

 必死の形相で珪子の腹部へとストーンを押し込むアリス。無理やりなその手つきに血が迸り、珪子の苦しみに満ちた表情も更に歪んで痛々しいものとなる。

 

「ギッ、ギャァァァァァ!!! イッ、グアァァァァァ……!!!」

「……ねぇ、お願い! 頑張って、もう少しだからっ……!」

 

 詩乃は無意識に苦しみに暴れる少女の手を握りしめていた。

 

 ストーンが珪子の奥深くに沈むと同時に彼女のカラダから蒸気が噴き出し始めた。

それは全身を包み込み、周囲が熱波に覆われていく。

 

「……始まった」

 

 アリスの声を合図に珪子のカラダに変化が現れた。

 

 少女らしく細身だった指先から鋭い爪が伸び、腕が猫のような白い体毛が生えはじめる。それは腕のみならず足や全身に現れ、やがて頭部に到達すると珪子の顔はみるみる形を変えて、本物の猫さながらの異形へと変貌した。

 

「……美しい」

 

 綾野珪子が人間を辞めたその瞬間――アリスの口から不意に漏れたそれを詩乃は聞き漏らさなかった。

 はじめは人が異形に変わる瞬間に恐れを抱いているのかと思ったが、違う。

 彼女は、恐怖でなく歓喜を、怯えではなく感嘆の息を零していたのだ。

 

「……アリス」

 

 詩乃の声はアリスには誰の言葉も響かない。

 新たなる怪人の誕生に打ち震える彼女の耳には、何も届くことはなかった。

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