朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
新たなる大幹部、アリスの日本支部司令官就任から数日が経った。
ショッカー日本支部改造手術室。
かつて朝田詩乃が乗せられて流された手術台には全裸のユウキが拘束されていた。
『チェック1 チェンジメカ、オーケー』
電子音声が聞こえて、ユウキのカラダに無数の光が照射される。彼女の肉体に埋め込まれた機械や強化筋肉、人工臓器の状態を念入りに検査していく。
それは近くでモニタリングする科学者達の操作するコンピューターへと転送され、さながらレントゲン写真みたいにユウキの全身を透過した画像と照らし合わされて異常の有無を確認。戦闘や任務により進化した能力値も含めて最新のものへと更新されていく。
『チェック2 エネルギーメカ、オーケー』
『チェック3 パワーメカ、オーケー』
粛々と進められていく退屈な検査にユウキは欠伸する。
定期的に行われているこれを受けるのは一度や二度だけではない。リジェクションが消えた今、その必要性に疑問はあるが、規則である以上仕方がない。
おまけに、これが大幹部であるアリスの命令で急遽捩じ込まれたとしても上官の意思に逆らうことなど出来ないのだ。
「ねぇシノン、あとどのくらいでこれ終わると思う?」
頭を横にして見つめるのは隣のレーンで同じく流される親友の姿。
ユウキと同様にハダカで拘束されたシノンは静かに目を閉ざし、検診を受けていた。白い裸体を照らす光線は体内を透過し、そして顔に浴びせられるレーザーは先日摘出したシノンの歯を再生させてもいた。
「……シノン?」
――しかし、ユウキが何度呼びかけてもシノンは反応を返すことはない。
彼女の脳裏にはアリスから教えられた事実を未だ飲み込めずにいたのだから。
※
ガニコウモルからの襲撃後、基地に移動したシノンはその夜アリスの個室に招かれていた――勿論、他のショッカーメンバーからは内密に。
「怪人の起源はおよそ500万年前、かつて恐竜を滅ぼしたとされる隕石のカケラをある者が手にしたことが始まりだとされています」
ランタンが照らす薄暗い部屋でアリスは古びた絵巻を広げ、細い指で不気味な姿をした飛蝗の異形から1人の人間が石を受け取る絵を示した。
「その者は手にした石を体内に取り込み、始まりの怪人……後に『創世王』と呼ばれる存在となりました」
「それが創世王の誕生……」
シノンの言葉にアリスは小さく頷いた。
「創世王はその力を持って世界に瞬く間に侵略し、自らの文明を作り出しました」
指が滑り、次に示したのは古代人だろう人々が異形達により蹂躙される光景。
「創世王の力は破壊するだけのものではない。彼から湧き出すエキスは加工する事で怪人を生み出すストーンを作り、怪人を強化する食糧にもなった……。創世王はその力を使い仲間を増やし続け、それが怪人と呼ばれる種族の成り立ちと呼ばれています」
アリスは手持ちから珪子――シリカの改造に用いた物と似た鉱石と青いゼリーの詰まったパックを取り出した。
「それがストーンと怪人の食糧ね」
「今はヒートヘブンと呼ばれています。食べれば若返り、力が漲る。怪人にとって最高のご馳走です」
封を開け、中身を豪快に流し込むアリス。
喉がゴクリとなった瞬間、シノンの超感覚に反応するほど彼女の脈拍が跳ね上がり、高まる血流と全身に力が漲っていくのが見てとれた。
「……一口でそれとは、とんでもない代物ねそのヘブンは」
「『食べれば身体にもう一つ太陽が出来る』なんて表現をした先代ビルゲニアもいたくらいなので、素晴らしいものですよ」
机に置かれたヘブンの残骸を手にして、シノンは目線を尖らせた。
「……で、この原料は創世王さまのエキスだけ、なのかしら? とてもそれだけには思えないけど」
シノンの急な一声にアリスの表情が揺らぐ。
ネコ怪人の本性を顕にする射抜くような眼光に怯むことなく不適な笑みで返す。
「……察しがいいですねシノン。ヘブンの原料は創世王から与えられるエキス、そして人間です」
「……っ、そんなとこだろうと思ったわ」
からになったパックを投げ捨て、シノンは不愉快さを隠すことなく息を吐いた。
怪人の中でも優れた嗅覚を誇るシノンの鼻は、ヘブンのゼリーに混じる人間の気配を当初から感じており、シリカの時には口にせずとも不快感を覚えていたのだ。
シノンもアリスも共に怪人。人を捨て、人を超えた存在であることに変わりない。
そして、それぞれが忠誠を誓う主の下、いつの日か人間の世を支配する事を願っている事にも違いはない。
だが、だからといって人間を食糧にする感覚をシノンは理解することが出来ずにいた。
残された機能の一つとして食事が可能ではあるが、あくまで人間への擬態や娯楽目的であり、内臓の代わりに埋め込まれた器官により半永久的な活動が可能(定期的なメンテナンスと最低でも数ヶ月に一度の栄養注射は必要であるが)なショッカー怪人からすれば、下等種族とはいえ、人間とは支配し管理する物であっても食糧とする物ではないので、理解し難いものがあった。
「……シノンの感覚では理解できないのは当然でしょう。同じ怪人といえど、我らは大きく別れてしまった。今更押し付ける気はありませんよ」
「でも試しに一口くらいどうですか?」と軽口を叩くアリスにシノンは睨みつけ、話を切り替えた。
「……それで、この創世王伝説からどうショッカーやゲルダム団に結びつくのかしら。今のところ、ただのオカルト歴史じゃない」
「では話を続けましょうか」
アリスは再度、指を絵巻に向けて次なる絵――創生王の手により破壊される文明と思わしき所を示した。
「……創生王は何も自らの文明を創り出しただけではない。その力は、自ら創造した文明を破壊するためにも使われました」
「何の為に?」
「創生王自身の寿命と美しき終焉のために」
アリスの後ろ、部屋を微かに照らす蝋燭の火が不気味に揺らぐ。
「創生王も生物である以上不老不死ではない。我ら一般怪人も人間より遥かに長い生命力を持ちますが、王の寿命は推定5万年。その終わりが近づいた時、王は自ら没後の文明を憂い、そして嘆きながら破壊しつくすのです。王を失った世界が苦しまぬよう、最期の慈悲と責務として……」
随分傲慢な物言いだ。と口から出そうになるのをシノンは堪え、ふと浮かんだ疑問をアリスにぶつけた。
「創生王の寿命は5万年……なら次の創生王はどうやって決めるの?」
「それは、世紀王達の争いで決めます」
「世紀王?」
またもや知らぬ単語の登場に頭を痛めつつもアリスの話に耳を貸す。
「世紀王とは創生王の後継者として5万年に一度作られる二人の改造人間のことを指します。創生王が日蝕の日に力を得たことに倣い、日蝕の日に生まれた者、又は日蝕の時に怪人となった者、……そしてキングストーン自ら選んだ者が世紀王としての資格を得るのです」
アリスは机に置いていたストーンを二つに割って、シノンに見せつけた。
「始まりの創世王の寿命が尽きる直前、彼の体内に取り込まれていた石が排出され、それが二つに別れたとされています。二つの石はエキスより作られたどのストーンよりも強く強靭な怪人を作り出し、その力は創世王に勝るとも劣らない存在となりました」
「それが世紀王というわけね」
「……えぇ、二人の世紀王は互いのキングストーンをかけて争い、鍛え合い、勝ち残りストーンを二つとも手にした者が創生王となり次の5万年を支配してきました」
それからも絵巻は続き、多種多様な姿をした創生王と世紀王と怪人達が文明を築き、破壊を繰り返す様が描かれていた。そして、世紀王達は代を重ねるごとに飛蝗の異形らしき姿へと統一されていっている事に気づいた。
「……その過程で、歴代でも最も優れた創世王が殿様飛蝗怪人であった事から、以後ゴルゴムでは飛蝗が神聖視され、創生王は飛蝗怪人となっていきましたが。これはどうでもいい話ですね」
アリスは指を滑らせて創生王達の遍歴――その下に枝分かれするように記された異形の群れを示した。
「そして、創生王達が築き破壊してきた文明の残骸に遺された怪人の痕跡――それが、その時の文明人達の手に渡り語り継がれ、ゴルゴム由来ではない怪人達が続々と誕生するようになりました」
そこに描かれているのは、歴代創生王以上に多様化した怪人達の姿。ゴルゴム怪人と変わらぬ動植物由来の人型から四足や怪獣然とした怪人、中には神話の神々のような神々しさを秘めた怪人までいて、そこにはショッカーの起源と思われる怪人も確認できた。
「……ここからは愚かな歴史です。怪人が大いに繁栄した時代、あろうことかその世を治めていた創世王はゴルゴム以外の怪人達を駆除、根絶するように戦争を始めたのです」
そこから描かれているのは――怪人同士の争いの始終。創世王率いる軍勢が他の怪人へと攻撃を仕掛けている攻撃。一面が赤く塗られ、そこに倒れ無残に散らされた怪人達の一幕にシノンは顔を顰めた。そして、それはアリスも同様で。
「……この争いにおいて、産まれた異文明の怪人のみならず、我々ゴルゴム怪人もその数を大きく減らしました。かつては世界を支配するほどだった人口は今では1万にも満たぬほどまで減少し、更にその戦いの最中、人間達の反抗によって怪人の時代は幕を閉じ、今の人間の世が訪れたのです」
絵巻はそこで終わり、途切れていた。
「その後、怪人は数を減らし続け、脈々と受け継がれた技術が流れてショッカーやゲルダム、ゲドンにドグマと姿や名前を変えて現代まで続いていますが、今や見る影もありません……」
長話に疲れたのか、アリスは水を口にした。
「……ただシノン、私はかつての創生王のように今一度ゴルゴムが怪人達を統べ世界を支配しようなんて考えていませんよ」
シノンの掌に自身の手を重ねて繋ぐ。
「私はただ、怪人が怪人らしく生きられる世界を望んでいる。人間達のように普通に暮らして、恋をして、子供を作り、生きて、最後には死ぬ……特別な事じゃない。平凡で平穏な暮らしが送れる世界を、作りたい」
アリスの宝石のような瞳がシノンを見つめてくる。揺らぎなどない、包み隠さぬ視線にシノンも目を逸らす事も逃げる事もない。
「……私はショッカーによって怪人にされた女。ショッカーに逆らうことはできないわ」
「逆らえなんて言いません。私もゴルゴムに怪人にされました。その気持ちは分かります。……ですが、今迫りつつある危機からすれば、個人の組織への忠誠など気にしている場合ではないのです――」
シノンから手を離し、部屋の小窓、そこから覗く丸い月を眺めた。
「――そう遠くない日、この世界に別次元より侵略者がやってきます。……それは恐ろしく強く残忍で獰猛な存在」
美しささえ感じる月を睨みアリスは拳を握りしめた。
「我々ゴルゴムも、本来なら表舞台に再び現れる気などなかった。世界の各所で怪人同士が争い、覇権を奪い合っていようが、人間が世界を腐敗させていようが干渉するつもりはなかったのです。なのに――」
ギリリ、と歯が鳴って、アリスの意思に反してカラダの一部がホログラムみたいに怪人ビルゲニアへと変わる。
「――なのに、奴等は私たちの住処を侵略した。『これは宣戦布告だ』などと言って、生き残ったのは私とごく僅かな怪人だけ――創世王も世紀王も行方不明、多くの同胞がその命を奪われました」
強烈な熱波が吹き付けて絵巻や家具を散らして、怪人ビルゲニアが現れた。
「私はあの『帝国』が憎い……。でも、それ以上にまた奴等によってより多くの命が奪われるのは見過ごせない」
シノンの方へ振り向き、決意を新たにした表情を浮かべたアリスは一歩ずつ歩み寄っていく。
「……これが私の目的です。組織やしがらみを超えて、人間と怪人、この世界を守るために戦う仲間が欲しい。あなたには、その仲間となってほしい」
同意を求めるようなアリスにシノンはもはや敵意や警戒など抱いてはいなかった。ただ一つ、理解できない点を除けば――
「最後に一つ。どうして私なの? ショッカーにはバットやスパイダーみたいに私より対怪人に優れた怪人は他にもいるはず、それなのに何故?」
「……それは、あなたが適合者だからです」
「適合者……リジェクションのことね」
シノンの答えにアリスは頷いた。
「私が数ある怪人組織の中で、ショッカーを、それも日本支部を選んだのか。それは朝田詩乃――シノンという成功例がいたからに他ならない」
シノンの胸に指を当て、その下で胎動する心臓に耳を澄ませる。
「ショッカーの怪人テクノロジーは他と比較して、兵器としては優れていてもそれは生物というより消耗品の兵器としての価値しかなかった。食事や睡眠も必要としない、ただ輸血のみで活動する存在……そんなものを同じ生命体として見なしてなどいませんでした」
「……貴方が現れるまでは」とアリスは続ける。
「貴方はあの改造手術の果て、リジェクションが起こらない初の成功例だった。他のショッカー怪人同様に補給無しで活動出来る存在ながら人工筋肉や各種器官は急速に進化し、留まることを知らない」
アリスの声が抑揚ある物となり、興奮してるのが分かった。
「私は運命だと思いました。世界が危機に陥った瞬間に生を受けた奇跡の怪人――私は貴方となら世界を救えると信じています」
シノンの横に立ち、視線を向けることなく続ける。
アリスの話にまだ釈然としない感覚を覚えつつも、シノンは微動だにせず彼女の反応を伺う。
「改めて聞きます。私に力を貸してくれますか? あなたと私、これから集める仲間達で世界を救います」
「世界を救うなんて興味ないわ。ショッカーに尽くし、ショッカーの理想とする世界が私の野望だから」
「ですが『帝国』に侵略されてしまえばショッカーの世界は一生訪れない、それに私といればあなたを強くする事ができる」
アリスの言葉にシノンは静かに笑った。
「確かストーンも貰える約束だったわね。ならもう一つ追加、仲間に加える怪人は私が決める権利も頂戴。何人か候補がある」
「構いませんよ。シノンの推薦が誰なのか、楽しみです」
これからの暗躍を思い、二人の怪人は不気味に嗤う。
「……で、何から始めるつもり?」
シノンの問いにアリスは正直に答えた。
「――ッ。……なるほど、それは面白そうね」
二人の怪人の思惑が重なり、蠢き、薄暗い部屋で動き始めた。
そして、そこを照らす満月、穏やかだったその白銀色はゆっくりと青へ、そして緑へと不気味に変わりつつあった。
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