※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

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人体実験と蠢く悪意

 ショッカーより与えられた大幹部専用の個室で、アリスは手紙を綴っていた。

 蝋燭だけがテーブルを照らす真っ暗な室内。微かな灯り一つで日中同様くっきりと見える瞳は不可視な文字を書き記す紙を上下左右へと視線を踊らせた。

 

 常人はおろか、シノン達ショッカー怪人でさえ解読はおそらく不可能であろうこの文字群。今の文明が栄えるはるか昔に存在した集落でのみ用いられた特殊な言語――それを更に暗号化した文章を、ゴルゴム怪人達は仲間への連絡用として用いていた。

 

 この手紙は今はまだ海外にいる同士へと宛てた物。

 この瞬間も誰にも悟られぬよう慎重に海を越え、こちらに向かっているが、ショッカーや他の組織からも決して悟られる事がないよう(勿論ショッカー側であるシノンにも気づかれぬよう)に暗号化し、解読不能な言語で記した文には現在の計画の状況と今後の動向が記されていた。

 

 ふいに、アリスが切れ長の目を流し見つめる部屋の隅。陰の闇に隠れたそこを睨めば、いつからいたのか、小さな蝙蝠が姿を現した。

 

「これを彼に」

 

 便箋に入れた手紙を蝙蝠に託せば、素早く飛び去ってまた陰の中へと姿を消した。

 

 蝙蝠を見送って、アリスはふぅ、と息を吐いた。

そして、机の引き出し――そこに仕舞ってある小さな木箱を取り出して、開いた。

 

中にあるのは、怪人達にとって命と同義とも言えるストーンが3つ。――天、海、地。それらを司る三神官のみが持つ事を許される特別な石が大事に保管されてあった。

 

「…………」

 

 無言のまま、鈍く光るストーン達に触れるアリス。直後、強い光を灯し始めるそれらを目に、彼女の瞳が曇る。

 

「ダロム……、ビシュム……、バラオム……。あなた達の悲願は、必ず私が……っ」

 

 自らに埋められたストーンのある腹部を撫で、3つのストーンを所持していたかつての同胞に思いを馳せる。

 

「…………ッ」

 

 押し込めていたはずの想いが押し寄せて、とめどなく溢れてしまう。

 そして、憎き宿敵への怒りを胸に、必ずや計画の成就を願った。その為にも、必ず――

 

 

※

 

 

「……くっ、ふぅう、うっ……あぁあ……!」

 

 少女の苦しげな声が手術室に響く。

 真っ暗な室内で唯一眩しいくらいに照らされた中心。設置された大きな円形手術台の上には、少女が一人、全裸で拘束されていた。

 

「ぎっ、うっ、……はぁ、はぁっ、あうっ……!」

 

 少女の周りは無数の白衣達で囲まれて、全身には手術台から伸びる無数のコードが繋がれて、光の信号のような何かが少女に肉体へと注がれ続けていた。

 無麻酔で切り開かれた少女の腹部に向け、器具をひたすらに押し込み、引き抜いて、切り開き続けていた。

 

「ぎゃあ、あっ、……い、痛い……痛いぃぃぃっ」

 

 涙に濡れ激痛に悶える少女。セミロングの黒髪は汗に塗れて肌に張り付き、幼さを残した美貌は苦痛に歪んでいた。

 

「……い、痛いよぉぉお、も、もうっ許して……」

「静かにしろサチ、このくらい慣れてるだろ」

「な、慣れてなっ、ぎぃやぁぁあ!」

 

 科学者の一人がそう吐き捨てると同時に腹部にドリルで穴が開けられて、出血の飛沫と共にサチも目を見開き悲鳴を上げた。

 常人よりも痛みに耐性がある彼女とて、ゴルゴム式の改造手術は耐え難いものであった。

 

 この『サチ』という少女は普通の人間ではない。

 そして、その名もショッカーにより仮称として与えられただけで、本名を知るものはサチ本人含めて組織内には存在しなかった。

 

 ショッカーが実験用の人間モルモット採取の一環として行なっている誘拐や遭難エリアでの捕獲活動にて、数年前、とある山岳にて同じ学生仲間と遭難し、死体として発見された内の一人だ。

 彼女達の死体は当時『不老不死状態での死者蘇生』の研究をおこなっていた『博士』のチームに引き渡され、人体実験の果てで蘇ったのはサチ一人。

 その後は特筆点もなく怪人や戦闘員としても利用価値の低かった彼女は記憶と全ての記録を抹消され、ありとあらゆる実験にて『死なないモルモット』として酷使され続け、時に拷問のような研究に晒され、時に怪人の性欲処理の捌け口として非道の限りを受け続けてきたのだ。

 

 そして役目を終えた彼女に与えられたのは、未知数であるゴルゴム怪人への改造手術をテストするための被験体として選ばれ、今後はサンプル第一号として海外に輸送される手筈となっていた。

 

「喜べサチ、この手術が終わればお前はもうモルモットとして働かなくていいんだ。これからは怪人の見本として一生展示されることになる」

「いっ、嫌……、やだっ、やめて、怪人になんて、なりたくないっ……、改造人間なんて嫌ぁぁあ……」

「そんなことお前は気にする必要なんてないさ。お前の意思は、もう時期消える」

 

 サチの腹部から腕が離れていき、手術も終わりが近づいてくる。

 

「ノミ博士、ストーンをお願いいたします」

「……う、うん」

 

 ノミ――と呼ばれた白衣の男は小さくうなづくと、その場から離れて保管庫に置かれた機器を手にして戻ってきた。

 かつてアリスが珪子/シリカの改造手術に用いた装置と同型であり、内部には赤色の改造薬と創世王より抽出されたエキス、そして今回の素体となる蟹が入っていた。

 ノミは装置を開けて内部で精製された鉱石を取り出すと、それを掴んでサチを見下ろした。

 

「や、やめて……助けて……うぅ」

「もう遅い。コードから伝わる蟹の遺伝子が既にお前の肉体を書き換え、もはや人でもゾンビでも無くなっているんだ」

「そ、そんな……」

「…………」

 

 絶望的な事実を突きつけられ絶望に暮れるサチを見て、ノミの手が震える。

 ノミ自身が怪人になったのは遥か昔のことだが、それも望んでのこと。だが、目の前にいる少女は怪人になることを拒み抗っている。

 このサチという少女が元より死人であることは既に知っているが、年端もいかぬ女の子が地獄に苦しむ姿を見て何も感じぬほど、ノミという男は悪人ではないのだ。彼にとっては怪人も人間も、何一つ違いはないのだから。

 

「どうされましたか、ノミ博士。何か問題でも?」

「……い、いや。何も……」

 

 圧をかけてくるショッカーの科学者に押されて、ノミは一歩前に出てサチの横に立った。

 

 下を見れば、右目の下にある泣きほくろを涙で濡らして、今なお助けを求める少女。

 そして、上を見上げれば見学室に立つ上官――幹部怪人アリスの姿。

 アリスは有無を言わさぬ冷たい眼差しをノミを射抜き「やれ」と命じた。

 

「……ごめん、ごめんね」

 

 葛藤を押し殺すよう、小声で唱えつつサチの腹部へとストーンを埋めた。

 

「う゛っ、ぐっ、ぅぅう゛!!!」

 

 サチの目が飛び出んばかりに開き、拘束されてるにも関わらず全身が跳ね上がった。無論、鉄枷は逃れることを許さないがあまりの激痛にサチは外聞を捨てて踠き苦しみ出した。

 

「ぐっ、があ゛ぁぁぁっ! あ゛っ! あ゛あ゛ぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 涎が端から溢れ、サチの肉体が激しく暴れる。

 ノミは彼女のカラダを押さえつけ、予め埋め込んでおいたストーンを強引に捩じ込んだ。

 

「ひゃっ!? い゛っ、ぎや゛あぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ストーン自身が勝手にめり込んでくるような痛みにサチはたまらず身を震わせた。人体実験の果てに人よりも痛みに強く気絶しにくいカラダと成り果てた彼女だが生来の穏やかで心優しい彼女の心で耐えるには限界があり、今日のこれはそれを遥かに超えていた。

 

「あ゛っ、あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ……!」

 

 やがて、サチの全身から蒸気が噴き上がって肉体は姿を変えていく。

 微かに覗く手足は蟹らしい甲殻に包まれた物に変わり、華奢な肩からは蟹の足と思われる突起が生えてきた。

 そして、整った顔立ちはさながらカニ人間と呼べるほど醜悪な物に覆われて変貌し、甲羅が赤く染まって全身が不気味に変わり果て、サチは蟹怪人となった。

 

「ウッ、ウウウッ……ウワッ……」

 

 変身した負荷に悶え、手術台の上でキョロキョロと視界を揺らす蟹怪人。再度、蒸気が吹き荒れて屈強な異形は元の少女であるサチへと戻り、手術によって開腹された痕もいつの間にか塞がっていた。

 

「うっ……、一体、何が……?」

 

 改造直後で記憶が曖昧になっているサチを尻目に、ショッカー科学チームは目の前で起こった奇跡のような光景に言葉を失い、感嘆していた。

 

「素晴らしい……」

「なんという技術力なのだゴルゴムとは……」

「我々とはまるで違う。科学というより魔法だ……」

 

 各々感想を口にする中、ノミだけは一人、与えられた最後の役目を果たそうとサチに迫った。

 

「……手術お疲れ様。ゆっくりおやすみ……」

 

 未だ呼吸が整わず虚な瞳で見つめてくるサチの汗まみれの首元にショッカーのレリーフが付いたネックレスを掛ける。

 サチの形の良い乳房の真ん中に置かれた瞬間、ネックレスに埋め込まれたクリスタルが緑に輝き、彼女の瞳からハイライトが消えた。

 

 これはショッカーが新たに開発した洗脳装置の一つであり、脳改造という被験体に多大なる負荷を掛ける処理を外付けアイテムで補完する為の試作品である。

 

 外様であるノミとしてはショッカーの操り人形であるサチを憐れに思いつつ、自我を失うことでも少なからず苦しみからの救いになれば、と祈ることしかできなかった。

 

 

※

 

 

「……いつ見ても痺れますね。人間が怪人になる瞬間は」

 

 別室でサチが怪人となる一部始終を眺めていたアリスは、変わり果てた彼女を見てウットリと笑みをこぼした。

 

「人間を餌にしたり、怪人にしたり、あなたは人間をなんだと思ってるのよ」

「共存すべき存在だと思ってますよ。怪人が上位となった上での話ですが」

 

 あくまでも怪人上位のアリスにシノンは呆れたようにため息をついた。元より生々しい物が苦手な彼女は部屋の隅で本を読んでいた。

 

「でも凄かったねー。ボクらショッカー怪人とは全然怪人になり方が違うんだ」

「……私も意識なくて知らなかったですけど、結構グロいというか……」

 

 アリスの横、初めて目にするゴルゴム式手術に興味深々なユウキとやや引いた様子のシリカがいた。

 二人はそれぞれシノンとアリスからのスカウトを受けて仲間に加入、同じ脅威に立ち向かう者として行動を共にしていた。

 そして四人の服装も共通の物へと変わり、黒いローブを和服の上に纏ったような格好をしていた。

 

「改造手術なんて人に見せる物じゃないから当然よ。第一、人が苦しむ様を見るなんて悪趣味な……」

「うんうん、その通りだねシノン――助けてお母さん――なんて、人に聞かれたくないもんね」

「……っ!? ユ、ユウキっ、ああ、あんた……! どうしてそれをっ……!」

 

 バタン、と本が落ちるよりも早く怪人ジャンプで飛び上がり、一瞬で頬を赤くしてユウキに掴みかかるシノンとそれを楽しげに見つめるシリカ。

 同じ年頃の怪人仲間が増え、シノンとユウキの二人しかいなかったコミュニティは賑わいを見せていた。

 

「……遊んでる場合ですか。シノン、あなたは用事があるのではないですか? ――確か、科学実験室で新型スーツのテストだとか」

「……あっ」

 

 喉をわざとらしく鳴らしシノンを横目で見つめるアリス。ユウキを捕獲しチョークスリーパーを掛けていたシノンは我に返った。

 

「……私もゴルゴム幹部としての役目があるのでこれで。シノン、あまり遊ばないように」

「えぇ、私も用事を済ませてくるわ……」

 

 足早に部屋を後にするアリスを見つめながら、シノンは苦い顔を浮かべていた。これから向かう用事――それは、彼女にとって出来れば避けたい課題でもあったから。

 

 

「……シ、シノン〜、もうっ、もう……許して……うぅ」

 

 シノンの腕の中、苦しげにギブアップ宣言をするユウキが解放されたのは、それからしばらくしてだった。

 

 

※

 

 

 シノン達と別れたアリスが向かった先――それはショッカーによって拉致監禁された人々が捕えられた地下牢だった。

 主に生活困窮者やホームレス、組織にとって不利益と判断された人間達が極秘に拐われ、戦闘員の素体や怪人兵器の実験隊、そしてアリスらゴルゴム怪人のように人間を別の目的で利用する組織への交渉材料として確保されていた。

 地下に足を踏み入れるなり、アリスを見た捕虜達は阿鼻叫喚の地獄と化し、彼女の身なりから組織の重役であることを察した彼らは助けを乞うよう縋り、懸命に叫びを上げた。

 

 ――しかし、アリスの目的は彼らを解放する事でも、ましてやヘブンの素材とすることでもなかった。

 

 無数に連なる牢屋を超えて、一角に設置された、ただ1人しか入っていない檻の前にたった。壁際に打ち込まれた鎖に拘束された青年を見下ろすように。

 

「……はじめまして、結城浩一郎さん。私の名はアリス」

 

 ――彼こそ、ユウキが先日誘拐した結城浩一郎その人であり、汚れたスーツ姿のまま、数日間ここに監禁されていたのだ。

 

「……なんの用だ? 一体、何のつもりでこんな――」

「――妹を助けたくはないですか?」

 

 アリスの言葉に男の目が見開く。

 

「……明日奈はもう何年も前に死んだ。海外で行方不明になって。何をふざけた事を……!」

 

 疲労とストレスを堪え、怒気を孕んだ口調で荒々しくアリスを睨んだ。

 

 対してアリスは怯んだ様子など微塵も見せず。

 

「……貴方の妹はまだ生きています。彼女は私にとってもかけがえのない存在――最後の希望なのですから」

「……まさか、お前が明日奈を……っ!」

「……だとしたら、どうしますか?」

 

 鎖を鳴らしアリスに詰め寄ろうとするが人間の力では逃れることなど敵わない。

 

「――彼女は本当に死にかけている。そして、それを救えるのはあなただけなのです」

 

 曇りのない真を突くようなアリスの視線に、浩一郎は一度込み上げてきた激情を沈ませた。ここで抵抗し続けても先へは進まない。ならばせめて、妹の安否が知ることさえ出来れば、と――。

 

 ――そして、落ち着きを取り戻しつつある彼を見下ろして、アリスは妖しく冷酷な笑みを溢したのだった。

 

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